2008.03/19(Wed)

番外編 (中編)

君に初恋、桜色。/番外編 〜反省会〜(中編)

【More・・・】

 俺はどうやら、よっぽど必死な顔つきをしていたらしかった。翔さんはしぶしぶ、という感じで、俺の携帯番号を自分の携帯に登録してくれた。
 でも俺には、翔さんの番号は教えてもらえず、『また連絡する』とだけ言い残して彼は帰っていった。

 そしてその日から、翔さんの電話を待つ日が続いた。気が付くといつも翔さんのことを考えていて、どうして俺の名前がそんなに嫌なのか、色々可能性を考えてみたりして。
 そして1番ありえると思ったのは、ふられた元カレと同じ名前なんじゃないかということだった。

 元カレの名前が、“ケンジ”といって、でも字面はマシ、とか言ってたから、字は俺とは違う。で、“家”って字は……やっぱり苗字に入ってるんだろうな、俺と一緒で。だから俺の名前が嫌なんだ。
 でもだからって、それで俺が嫌われるのは理不尽なはず。うーん、でも翔さんにしてみたら、嫌なもんは嫌なんだから、仕方がないじゃないか、ってとこだろうな。

 そんなことを、ずっとずっと考えてて……結局翔さんから電話がかかってきたのは、GWから5ヶ月も過ぎた、10月のことだった。

『もう連絡くれないのかと思ってた』

 久しぶりに会った翔さんは、仕事の帰りらしくスーツ姿だった。初めて会った時のカジュアルな格好とは雰囲気が違って、ストイックでなんか超仕事デキそうで、かっこいい大人の男って感じだった。

『まぁ……はっきり言って忘れてたんだが』
『そんな、ひどい……』

 翔さんは相変わらず、ひどいことばかり俺に言う。傷つくんだけど、それでも俺はなぜか翔さんを憎めなかった。不思議と腹は立たなくて、ただひどいよ、冷たいよと悲しく思う。
 基本的に気が短くて、すぐ頭に血が昇る俺がこんなになってる時点で、ちょっとおかしくはあったんだ。でもこの時俺はまだ、自分の気持ちなんか全然わかっていなかった。

『いや、忘れてたというか……仕事が忙しいのもあって、先延ばしにしてたらこんなになっちまった。すまん。それと、この前のも悪かったな。名前が嫌なんて、別にお前が悪いわけじゃねーのに』
『え、そんな、いいよ気にしてないしっ』

 驚いた。まさか翔さんが、連絡が遅くなったことに加え、前回のことまで謝ってくれるとは思わなかった。だから俺は、思わず気にしてないと言ってしまったが、それはあまりにも嘘っぽすぎたかもしれない。でも翔さんは気にせず、普通に話をしてくれた。

 翔さんは証券会社に勤めてるらしかった。仕事の話とか経済の話とかしてくれたけど、正直俺にはちんぷんかんぷんだった。でも俺が必死で理解しようとすると、翔さんは案外優しく説明してくれて、それでもやっぱりよくわからなかったけど、怒らずに『しょうがねーな』と笑ってくれた。
 その笑顔にドキッとした自分に困惑しつつも、俺は翔さんと友達になりたいと思った。

 そしてその後、俺達は月2、3回のペースで会い続けて、俺はどんどん翔さんに惹かれていった。でもそれは、男として憧れてるだけで、決してそれ以上ではなかったはずだった。
 でも、あの日。俺は自分の気持ちを、友情じゃないと自覚した。

 翔さんと初めて会って、1年が過ぎた6月。約束した日ではなかったんだけど、俺は1人で2丁目に飲みに行ってみた。週末だったし、もしかして翔さんがいるかもしれない、と期待して。でもそう都合よくいるわけもなく、俺は早々に店を出た。
 そしてその帰り道。偶然俺は、翔さんに会った。でも彼は、1人ではなかった。

 隣には小柄な男がぴったり寄り添っていて、翔さんはそいつの肩を抱いていた。どう見ても親密で、俺は無意識に2人の後をつけていた。
 そしたら、2丁目からほど近い、男同士OKのラブホテルに入って行こうとしたから……気がつくと俺は、2人の前に飛び出し、両手を広げてそれを阻止していた。

『ダメ!』

 急に目の前に現れた俺に、翔さんは驚愕の表情を浮かべていた。そして隣の小さい男も、ビックリして不審げな視線を俺に向ける。

『あんた誰?翔さん、知り合いなの?』
『……まぁな。おい、どういうつもりだ。今日は約束してないだろ』

 翔さんは怒りの視線を俺に向け、ジャマしやがって、という舌打ちが聞こえてきそうだった。

『とにかく、ダメ!絶対イヤだ!』
『なんなの……?まさか翔さん、この人もセフレ?』

 ダメと手を広げる俺を指差し、小さい男が翔さんに言った。この人『も』――ということは、隣の男は翔さんのセックスフレンドということか……顔を見ると、なるほど中性的な、可愛い顔立ちをしている。納得すると同時に、俺はひどくムカついた。本来なら、タイプのはずの男の子の方に。

『まさか。そんなわけないだろ……』
『ふーん?違うんだ。でもなんか怒ってるみたいだし、俺のこと睨んでるし……今日は止めとこうよ、翔さん』
『え……?あ!おい、陵(りょう)!』

 陵と呼ばれた青年は、じゃーねと手を振りながら、翔さんの腕をすり抜け走っていった。追いかけようとした翔さんを、俺は腕を掴んで引き止める。

『待って翔さん!』
『なんで邪魔するんだ!お前とはそういう付き合いじゃないだろーが!』
『そうだけど!でもラブホ入るの見て、すごくイヤって思っちゃったんだ!』
『はぁ……?』

 お互いタチで、タイプでは全然ないから、まさか俺にそういう意味での興味を持たれるなんて、翔さんは夢にも思ってなかっただろう。だから心底困惑した様子で、俺をじっと見つめた。
 
『どういう意味だ』
『わかんない……でも、俺翔さんのこと、ただの友達って思えない……』
『セックスしたいって意味か?俺に抱かれたいってことか?』
『そ、そうなの、かな……』
『……来い』
『えっ……?』

 翔さんは俺の手を引いて、陵と入ろうとしていたラブホテルに入って行った。

『うそ、ちょ、翔さん!』

 ぴたっと、翔さんは歩みを止めた。そして俺を振り返り、厳しい顔をして強く言い切った。

『俺はお前に、陵とのセックスを邪魔されて不満に思っている。そしてお前は、俺と性的な意味での付き合いがしたい。だったらヤレばいいって話だ。利害の一致だろ?まさかお前、俺の邪魔だけしといて、そんなつもりじゃなかったとか言うんじゃないだろうな。もしそうなら、俺達の付き合いもここまでだな』

 堂々と言い切られて、俺は何も言えなくなった。俺は頭が悪いから、翔さんの言う事は正しいと、道理にかなっていると思ったんだ。今思えばずいぶん勝手な言い分だけどね……でも、間違いなくジャマはしてしまったわけだし。

 正直そんなつもりはなかったけど、俺達の付き合いもここまで、なんて言われたら、反抗するわけにはいかなかった。それだけは、絶対イヤだったから。

 それで俺は、初めて翔さんとセックスした。初めて、男に抱かれた。
 翔さんは散々『タイプじゃない』とか『勃つかわからないけど』と言っておきながら、結局3回もした。俺もそんなことを言われて傷ついたけど、いざとなったら興奮してくれたのが嬉しくて、2回目には自分から上に乗って腰を振っていた。

 翔さんは慣れていて、上手だった。俺は経験値の違いよりも、翔さんの経験値の高さにショックを受けた。

 それから俺達は、セフレのような付き合いをするようになった。翔さんは、俺に好きだとは言ってくれない。セックスはしても、恋人のような甘さは一切なくて、俺はたまに好きだよ、って言うけど、そうか、と笑って返してくれるだけ。
 きっとまだ、別れた元カレのこと忘れてないんだ。すごく夢中だったって言ってたし、完璧に理想の人だと言っていた。どんな人なんだろう。そんなに、きれいでエッチだったんだろうか。

 そんなある時。
 俺の家に来ていた翔さんが、携帯電話を忘れて帰った。俺は心の中でちょっとだけ葛藤した末、あっさりとそれを見た。『携帯勝手に見る女は最低だ!』と過去に彼女をなじったこともあったが、自分が同じことをして、初めて彼女の気持ちがわかった。
 最低なんて言って悪かったよ。

 ドキドキしながら、まずは受信メールフォルダを開いてみた。何通か保存されているメールがあって、それらは全て同じ人物からのメールだった。

 “秋家さん”

 この人だ!やっぱり苗字に、“家”が入っていた。あきや、って読むのかな。
 『いつもご苦労さま。お仕事がんばってね』『俺もだよ。土曜日も日曜日も会えなくてごめんね。こんどはちゃんと、デートしようね』後は似たような内容のメールが全部で8通。俺もだよ、って、一体何が俺もなんだ?気になる……でも送信メールは1通も保存されていなかった。

 次に、フォトフォルダを開いた。そして俺は、ひどいショックを受けた。
 数えきれないくらい、同じ人物の写真ばかりある。ものすごくきれいな顔をした、見るからに優しそうな男の人。もう間違いない、これが秋家さんだ。
 写真は秋家さん1人のものが多くて、中には勝手に撮ったんだろう、寝顔や後ろ姿なんかもあった。そして数枚、翔さんと一緒に撮ってあるのもあって、……キスしてるのもあった。

 見るんじゃなかった、と後悔したけど、遅い。
 翔さんは、まだ忘れてない。今でも秋家さんのことが好きなんだ。もう1年以上経つのに、メールも保存してるほど、愛してるんだ。俺なんか、俺のことなんか、好きになってくれるはずがない。

 それから俺は、やさぐれたように遊びに出るようになった。主に2丁目に行き、男と遊んだ。誰でもいいから、翔さんの代わりになればいい。
 でも別に、必ずセックスするわけではなくて、楽しく飲めてその時だけでも忘れられたらいいと、そう思ってた。

 そして、その日はやってきた。2丁目の店で、あの“カレ”に会ったんだ。

 見間違えるはずがない。何枚も何回も、翔さんの携帯の写真を見た。
 秋家さんだ。間違いない。

 俺は一緒にいた男を放ったまま、迷わず席を立って秋家さんに声をかけた。

『ねぇ、1人なら、一緒に飲まない?』

 頭に、翔さんの顔が浮かんだ。
 だけど俺は、それをむりやり打ち消した。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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