2008.03/26(Wed)
君と恋愛、海の色。2
#2
12歳の石富は、スースーして慣れない丸刈りの頭を撫でながら、1年4組の教室に向かっていた。
(兄ちゃん絶対、嘘ついたな……)
昨日、4つ年上の兄の一矢(かずや)が、ウキウキと翌日の準備をしていた石富に、突然こう言ってきた。
――おい、剣二。中学はよ、上下関係が厳しいんだから、1年は丸刈りにしなきゃいけねーんだぜ?
その兄の一言に、石富は焦った。確かに中学になると、そういう上下関係ができるという話を、友達に聞いたことがあったからだ。それに一矢も同じ中学を卒業しているし、自分の経験から教えてくれているんだろう、と思った。だから疑うこともなく、戸惑う母に必死で頼んで、バリカンで五分刈りにしてもらったのだ。
それなのに。
(誰も坊主なんかいないじゃん……)
たまに同じような頭を見かけたけど、おそらく彼らは野球部に入るつもりの生徒じゃないだろうか。ほとんどの新入生は普通に髪の毛を伸ばしているから、これはきっと、また兄に騙されたに違いない。
昔から一矢はそうだった。弟に嘘を教えて、それを石富が信じて恥ずかしい思いをしたりバカにされたりするのを、おもしろがっている。いくら母に怒られても止めない。石富もいい加減、嫌だと思うのだけれど、それでもたまに、面白い本当のことを教えてくれることもあるので、もしかして、と思う石富はいつも、一矢のいう事を信じてしまうのだった。
きっと今頃、恥ずかしい思いをしてる弟を想像して、笑ってるんだろう。
ぷんぷんと兄を怒りながら、石富は4組の教室に入った。出席番号順に、紙が貼られたところに座ってください、と黒板に書いてあったので、石富は窓際の前から2番目、『2番』の紙が貼られた机に座る。そしたら、前に座っている1番の男子生徒の頭に、桜の花びらがついていた。
(なんだ、こいつ。花ついてら)
取ってやろう、と思い、頭の上に乗っかっている花びらを指で摘んだら、その子がくるりとこちらを振り向いた。
(え、女子?でも、学ラン……)
あまりに可愛くて、ビックリした。ビックリしたけど、向こうもビックリしてたので、石富はとりあえずニコッと笑って、頭についていた花びらを見せてあげて、ついていたことを教えてあげる。すると、ふわん、と微笑んで、ありがとうと言ってくれた。
子供ながらにキュンとして、こいつと仲良くなりたい、と強く思った。それが秋家との出会いだった。
それから、席が前後だったおかげで、秋家とは1番話す友達になり、学校ではいつも一緒にいた。休みの日も、お互い部活が終わったらどっちかの家に行き一緒に遊んだし、夏休みや冬休みもちゃんと電話で話して、たまに会って遊んだ。
そうやって秋家とばかり遊んでいた、中学2年の1学期。
石富はある時ふと、自分の視線がいつも秋家を追いかけていることに気が付いた。そして秋家が隣にいると、無意識に横顔を眺めている時があることにも、やっぱり気が付いた。
いつも目で追ってるうえに、こっちを見てない時に盗むように顔を眺めている。そんな自分が、ちょっと変なんじゃないかと、思春期の少年は激しく動揺した。
そして石富はこの悩みを、兄の一矢に話してみようか、と考えた。友達に言えるわけがないし、ましてや両親になどもっと話せない。ならば他に、一応の信頼を持てる相手といえば、石富には兄以外思い浮かばなかったのだ。
今思えば、この選択が間違っていたのかもしれない。その結果秋家を苦しめ、石富は自分を押し殺す形になってしまったのだから。
兄に話した事で、確かに石富の心は軽くなった。だが同時に、何かで硬く凝り固めて、大事なものを見えなくしてしまったのだ。
まだ幼い14歳の心は、兄の言葉に、強過ぎるほどの影響を受けた。
「兄ちゃん、俺さ、友達のことすげぇ好きなんだ」
「はぁ?」
「なおっていうんだけど、たまにうち来てるよ。兄ちゃんいつも居ないから会ったことないか」
この当時、高3だった一矢はほとんど毎日遊びに出ていて、家に帰ってくるのがめずらしいくらいだった。この地域で最も悪評高い有名な工業高校に通っていて、頭も悪いし素行も悪かった。
母はいつもガミガミ怒っていたが、一矢はそれを無視はしても、母に暴力だけはふるわなかったので、そこはまだマシだったかもしれない。
それにいくら素行が悪いらしくても、家にいる時は大人しかったし、石富にとっては面白い兄だったので、そんなに悪い印象は持っていなかった。まぁ、外で何をやっていたかは、よく知らないのだが。
「ふ〜ん。で?」
「だから、なおのこと、友達なのに、すげー好きなんだ。おかしいだろ?」
「ばっかだな、剣二。友達なのに、じゃなくて、友達だから好き、なんだろ?おめぇは考え過ぎなんだよ。オレだってよ、ゲンちゃんのこたぁ大好きだぜ?」
ゲンちゃんというのは、一矢の1番の親友である。本名は聞いたことがないけど、3回くらい見たことがあった。いつも一矢と一緒に行動していて、一矢が中学生の時、万引きして補導された時も、学校の屋上でシンナーを吸っているのがバレて大騒ぎになった時も、ゲンちゃんは一緒だった。とにかく一矢の話には、よくゲンちゃんが出てくる。
「違うよ、俺はすげー好きなんだ」
「オレだってゲンちゃんすげー好きだっての」
「……………」
「な?友達の中で特別好きなのが親友だろ?だったらよ、親友のことすげー好きなのは当然じゃねーか。なんでそれがおかしいんだ。あのな、剣二、おめぇはまだガキだからわかんねーかもしれねぇけどよ、男はな、友達大事にする生きモンなんだ。だから友達好きなのは当然なんだよ」
「………そうなのか?」
「ああ、そうさ。だからおめぇが、そのなおのこと好きなのは、それほど親友だって思ってる証拠だ。おかしかねーんだよ。むしろ友情に厚いてめぇを誇れ」
いつになく一矢は、真剣な表情で言った。嘘をついている感じもなく、というか嘘をつく必要もないとは思うのだけど、なんだかやたらと説得力があった。
だから石富は、秋家のことがすごく好きなこの気持ちを、親友に対しての厚い友情なのだと解釈した。そして一矢も、ゲンちゃんのことがこのくらい好きなのか、と思ったら、少し楽になった。自分がおかしいのかと思ったけど、そうではなかったのだ、と安心した。
しかしこれは単に、一矢の中に『同性愛』という概念が無く、だからどれだけ好きでも、相手が男である以上それは友情だろう、そうとしか、その前提でしか、一矢は考えられなかっただけなのだろう。だから一矢には悪気など微塵もなく、むしろ弟の悩みを解決してやろう、その一心だけだったに違いない。
だがそれは、愛も性も何も知らない、柔らかな少年の心に、硬く根付いて殻を作った。
そしてその殻は、小さな初恋を隠し、長い間、見えないものにしてしまったのだ。
【More・・・】
中学の、入学式の日。12歳の石富は、スースーして慣れない丸刈りの頭を撫でながら、1年4組の教室に向かっていた。
(兄ちゃん絶対、嘘ついたな……)
昨日、4つ年上の兄の一矢(かずや)が、ウキウキと翌日の準備をしていた石富に、突然こう言ってきた。
――おい、剣二。中学はよ、上下関係が厳しいんだから、1年は丸刈りにしなきゃいけねーんだぜ?
その兄の一言に、石富は焦った。確かに中学になると、そういう上下関係ができるという話を、友達に聞いたことがあったからだ。それに一矢も同じ中学を卒業しているし、自分の経験から教えてくれているんだろう、と思った。だから疑うこともなく、戸惑う母に必死で頼んで、バリカンで五分刈りにしてもらったのだ。
それなのに。
(誰も坊主なんかいないじゃん……)
たまに同じような頭を見かけたけど、おそらく彼らは野球部に入るつもりの生徒じゃないだろうか。ほとんどの新入生は普通に髪の毛を伸ばしているから、これはきっと、また兄に騙されたに違いない。
昔から一矢はそうだった。弟に嘘を教えて、それを石富が信じて恥ずかしい思いをしたりバカにされたりするのを、おもしろがっている。いくら母に怒られても止めない。石富もいい加減、嫌だと思うのだけれど、それでもたまに、面白い本当のことを教えてくれることもあるので、もしかして、と思う石富はいつも、一矢のいう事を信じてしまうのだった。
きっと今頃、恥ずかしい思いをしてる弟を想像して、笑ってるんだろう。
ぷんぷんと兄を怒りながら、石富は4組の教室に入った。出席番号順に、紙が貼られたところに座ってください、と黒板に書いてあったので、石富は窓際の前から2番目、『2番』の紙が貼られた机に座る。そしたら、前に座っている1番の男子生徒の頭に、桜の花びらがついていた。
(なんだ、こいつ。花ついてら)
取ってやろう、と思い、頭の上に乗っかっている花びらを指で摘んだら、その子がくるりとこちらを振り向いた。
(え、女子?でも、学ラン……)
あまりに可愛くて、ビックリした。ビックリしたけど、向こうもビックリしてたので、石富はとりあえずニコッと笑って、頭についていた花びらを見せてあげて、ついていたことを教えてあげる。すると、ふわん、と微笑んで、ありがとうと言ってくれた。
子供ながらにキュンとして、こいつと仲良くなりたい、と強く思った。それが秋家との出会いだった。
それから、席が前後だったおかげで、秋家とは1番話す友達になり、学校ではいつも一緒にいた。休みの日も、お互い部活が終わったらどっちかの家に行き一緒に遊んだし、夏休みや冬休みもちゃんと電話で話して、たまに会って遊んだ。
そうやって秋家とばかり遊んでいた、中学2年の1学期。
石富はある時ふと、自分の視線がいつも秋家を追いかけていることに気が付いた。そして秋家が隣にいると、無意識に横顔を眺めている時があることにも、やっぱり気が付いた。
いつも目で追ってるうえに、こっちを見てない時に盗むように顔を眺めている。そんな自分が、ちょっと変なんじゃないかと、思春期の少年は激しく動揺した。
そして石富はこの悩みを、兄の一矢に話してみようか、と考えた。友達に言えるわけがないし、ましてや両親になどもっと話せない。ならば他に、一応の信頼を持てる相手といえば、石富には兄以外思い浮かばなかったのだ。
今思えば、この選択が間違っていたのかもしれない。その結果秋家を苦しめ、石富は自分を押し殺す形になってしまったのだから。
兄に話した事で、確かに石富の心は軽くなった。だが同時に、何かで硬く凝り固めて、大事なものを見えなくしてしまったのだ。
まだ幼い14歳の心は、兄の言葉に、強過ぎるほどの影響を受けた。
「兄ちゃん、俺さ、友達のことすげぇ好きなんだ」
「はぁ?」
「なおっていうんだけど、たまにうち来てるよ。兄ちゃんいつも居ないから会ったことないか」
この当時、高3だった一矢はほとんど毎日遊びに出ていて、家に帰ってくるのがめずらしいくらいだった。この地域で最も悪評高い有名な工業高校に通っていて、頭も悪いし素行も悪かった。
母はいつもガミガミ怒っていたが、一矢はそれを無視はしても、母に暴力だけはふるわなかったので、そこはまだマシだったかもしれない。
それにいくら素行が悪いらしくても、家にいる時は大人しかったし、石富にとっては面白い兄だったので、そんなに悪い印象は持っていなかった。まぁ、外で何をやっていたかは、よく知らないのだが。
「ふ〜ん。で?」
「だから、なおのこと、友達なのに、すげー好きなんだ。おかしいだろ?」
「ばっかだな、剣二。友達なのに、じゃなくて、友達だから好き、なんだろ?おめぇは考え過ぎなんだよ。オレだってよ、ゲンちゃんのこたぁ大好きだぜ?」
ゲンちゃんというのは、一矢の1番の親友である。本名は聞いたことがないけど、3回くらい見たことがあった。いつも一矢と一緒に行動していて、一矢が中学生の時、万引きして補導された時も、学校の屋上でシンナーを吸っているのがバレて大騒ぎになった時も、ゲンちゃんは一緒だった。とにかく一矢の話には、よくゲンちゃんが出てくる。
「違うよ、俺はすげー好きなんだ」
「オレだってゲンちゃんすげー好きだっての」
「……………」
「な?友達の中で特別好きなのが親友だろ?だったらよ、親友のことすげー好きなのは当然じゃねーか。なんでそれがおかしいんだ。あのな、剣二、おめぇはまだガキだからわかんねーかもしれねぇけどよ、男はな、友達大事にする生きモンなんだ。だから友達好きなのは当然なんだよ」
「………そうなのか?」
「ああ、そうさ。だからおめぇが、そのなおのこと好きなのは、それほど親友だって思ってる証拠だ。おかしかねーんだよ。むしろ友情に厚いてめぇを誇れ」
いつになく一矢は、真剣な表情で言った。嘘をついている感じもなく、というか嘘をつく必要もないとは思うのだけど、なんだかやたらと説得力があった。
だから石富は、秋家のことがすごく好きなこの気持ちを、親友に対しての厚い友情なのだと解釈した。そして一矢も、ゲンちゃんのことがこのくらい好きなのか、と思ったら、少し楽になった。自分がおかしいのかと思ったけど、そうではなかったのだ、と安心した。
しかしこれは単に、一矢の中に『同性愛』という概念が無く、だからどれだけ好きでも、相手が男である以上それは友情だろう、そうとしか、その前提でしか、一矢は考えられなかっただけなのだろう。だから一矢には悪気など微塵もなく、むしろ弟の悩みを解決してやろう、その一心だけだったに違いない。
だがそれは、愛も性も何も知らない、柔らかな少年の心に、硬く根付いて殻を作った。
そしてその殻は、小さな初恋を隠し、長い間、見えないものにしてしまったのだ。
| BLOGTOP |





