2008.03/27(Thu)
君と恋愛、海の色。3
#3
兄は弟の頭を撫で、そう付け加えた。
だから一矢の言う通り、石富は彼女を作った。
夏休みに入ってすぐ、一緒に花火大会に行ってほしい、と隣のクラスの女子に誘われて、なんで?と聞いたら好きなの、と言われたから、付き合ってみることにした。正直言うと、知らない子だったので迷ったのだが、他に好きな女子がいたわけでもなかったし、何より彼女を作れば違いがわかる、と一矢に言われていたから、わかった、と返事をした。
本当は、花火大会には秋家と行く約束をしていたのだ。でも、秋家とばかり一緒にいるから、こんな気持ちになるのかも、そう考えて、遊ぶのを減らしてみようと思った。
だから石富は、秋家の家に遊びに行った時、嬉しくもないのに無理矢理笑顔を作って、彼女ができた、と報告した。そして花火大会にはその子と行くから、一緒に行けなくなってごめん、と謝った。
「……そう、なんだ。やったね、剣二。おめでとう。花火のことは、気にしなくていいよ」
秋家は笑っておめでとうと言ってくれたけど、石富はなぜかちっとも嬉しくなかった。ありがとう、と笑みながらも、心の中にはよくわからない、もやもやしたものが渦を巻いていて。
(おめでとうって、なおにとってはめでたいことなのか?俺に彼女ができたこと、嬉しいのか?俺と行かないなら、なおは誰と花火見に行くんだ?)
そして花火大会当日。浴衣を着た可愛い彼女との初めてのデートだというのに、石富はろくに彼女と話もせずきょきょろしてばかりだった。ピンク色の浴衣姿も、さすがに最初は可愛いと思ったけれど、それほど興味は持続せず、気が付けば周りを見回して無意識に秋家の姿を探していた。
自分じゃない、誰か別のヤツと来てるんだろうか、そればっかりが気になって、でも秋家の姿は見つけられなかった。打ち上げ花火を眺めている時も、隣が秋家だったら楽しかっただろうな、と無理して女子とのデートを選んだことを、後悔していた。
そしてそんないい加減な付き合いで彼女が満足するはずもなく、花火大会から1ヶ月後、石富は彼女にふられた。泣かれて『私のこと好きなの?』と聞かれて、バカ正直に『そうでもない』などと答えたものだから、そりゃふられて当然だった。
傷つけてしまった、とは思ったけれど、だからといって石富にはどうすることもできず、ただ泣いてばかりいる彼女に慰めの言葉1つかけることができなかった。
彼女を作れば何が違うのかわかる、と言われたのに、結局わかったのは『秋家と遊ぶ方が楽しい』、ということだけ。それを一矢に話すと、兄は呆れたように言った。
「バカかお前は……ヤらずに別れるヤツがあるかよ。オレが言ったのはな、セックスしたらわかるって意味だボケ。ったく、しょうがねーな……」
その数日後、なぜか一矢の友達の女子高生を紹介され、無理矢理付き合うことにされてしまい、そしてほぼ強引に童貞を奪われた。当然恋愛感情など全くなかったけれど、初めての女の体は気持ちがよくて、一矢が言った『セックスしたらわかる』という言葉の意味も、少し理解できた気がした。
「な?女とじゃなきゃこんなことできねーだろ?セックスできる『好き』が恋愛だ。お前、自分とおんなじ体してる男と、ヤレるか?」
そう言われると、やっぱり無理なのかな、と思った。女を、性を知って、そのうえで男をそういう対象にできるとは、どうやっても思えなかったから。
そうか、つまりセックスは女としかできなくて、気持ちとかはあんまり関係ないのだ。だからどんなになおを好きでも、それは親友だから好きなのであって、こういう好きじゃない。だってセックスは、女としかできないことなんだから、なおとは、できないことなんだ――
それから石富は、いろんな女と付き合った。一矢の女友達、同級生、先輩、後輩……でも同じ人間とは何回かやったら飽きてしまうので、少しでもイラつくことを言われたりされたりしたら、すぐに別れた。そして他の女と付き合って、また別れて、それを短期間で繰り返す。だから付き合った人数も、相手の顔も名前も、あまりはっきりと覚えていない。
セックス自体は気持ちいいから好きだった。でもいつも、終わった後にはひどい虚無感に襲われて、自分のしていることが無意味で無益で、どうしようもなく思えてくる。相手が誰でも、いつでもそうなった。
その一方で、秋家といる時間は石富にとってどんどん大切なものになっていった。だから逆に石富は、そんな自分を警戒し、彼女を切らさないようにして、自分の全てが秋家になることを避けた。
でも、背が伸びた自分とは反対に、中3の時のまま大きくならない秋家を可愛いと思ったり、手とか首とか髪とか、思わず触りたくなったり、細い体を抱き締めたくなったり――そういう、自然に湧いてくる感情だけは、どうやっても消えてくれなかった。
秋家に彼女でもできれば、やっぱり男なんだ、と思えて、こういう感情も消えてくれるかもしれない、そう思ったけれど、いつ聞いても誰とも付き合っていないよ、という秋家に、どこかホッとしている自分がいた。結局どうしたいのか、自分でもよくわからなかった。
そうして高校3年になって、進路について考える時期がきた。石富は、大学には行かずに調理の専門学校に進学したいと母に話した。共働きで忙しかった母の家事を手伝ううちに、料理に興味が湧いたのだと話したら、やりたいことをやれと言ってくれた。
そしてそれは、もちろん秋家にも話した。本当は、秋家と同じところに進学して、一緒に学生生活を送りたいという気持ちもあったのだが、なりたい職業が明確なうえ、親に無駄な負担をかけるわけにもいかないので、石富は秋家と別々の進路を選んだ。
なにも、会えなくなるわけじゃない、進学するつもりの学校は県内だし、学校の近くに引っ越すことになるけれど、そんなに遠いわけじゃない。休みの日に会いに行くし、お前も来ればいいよ、と秋家に言うと、そうだね、と笑ってくれた。
でも、秋家の心は、この時……いや、もっと以前から、ずっと苦しんでいたのだ。鈍い、馬鹿な自分のせいで、ずっと。秋家は、石富から離れる決意を、この時すでにしていたのかもしれない。苦しみから解放されるために、『親友』の前から消える決意を。
この日から、ずっと一緒だった学生生活の終わりへ、そしてあの空虚な8年への、カウントダウンが始まった。
だがそれを知っていたのは、秋家だけだったのだけれど。
【More・・・】
「彼女作れ、剣二。女を知ればわかるさ。何が違うのかがな」兄は弟の頭を撫で、そう付け加えた。
だから一矢の言う通り、石富は彼女を作った。
夏休みに入ってすぐ、一緒に花火大会に行ってほしい、と隣のクラスの女子に誘われて、なんで?と聞いたら好きなの、と言われたから、付き合ってみることにした。正直言うと、知らない子だったので迷ったのだが、他に好きな女子がいたわけでもなかったし、何より彼女を作れば違いがわかる、と一矢に言われていたから、わかった、と返事をした。
本当は、花火大会には秋家と行く約束をしていたのだ。でも、秋家とばかり一緒にいるから、こんな気持ちになるのかも、そう考えて、遊ぶのを減らしてみようと思った。
だから石富は、秋家の家に遊びに行った時、嬉しくもないのに無理矢理笑顔を作って、彼女ができた、と報告した。そして花火大会にはその子と行くから、一緒に行けなくなってごめん、と謝った。
「……そう、なんだ。やったね、剣二。おめでとう。花火のことは、気にしなくていいよ」
秋家は笑っておめでとうと言ってくれたけど、石富はなぜかちっとも嬉しくなかった。ありがとう、と笑みながらも、心の中にはよくわからない、もやもやしたものが渦を巻いていて。
(おめでとうって、なおにとってはめでたいことなのか?俺に彼女ができたこと、嬉しいのか?俺と行かないなら、なおは誰と花火見に行くんだ?)
そして花火大会当日。浴衣を着た可愛い彼女との初めてのデートだというのに、石富はろくに彼女と話もせずきょきょろしてばかりだった。ピンク色の浴衣姿も、さすがに最初は可愛いと思ったけれど、それほど興味は持続せず、気が付けば周りを見回して無意識に秋家の姿を探していた。
自分じゃない、誰か別のヤツと来てるんだろうか、そればっかりが気になって、でも秋家の姿は見つけられなかった。打ち上げ花火を眺めている時も、隣が秋家だったら楽しかっただろうな、と無理して女子とのデートを選んだことを、後悔していた。
そしてそんないい加減な付き合いで彼女が満足するはずもなく、花火大会から1ヶ月後、石富は彼女にふられた。泣かれて『私のこと好きなの?』と聞かれて、バカ正直に『そうでもない』などと答えたものだから、そりゃふられて当然だった。
傷つけてしまった、とは思ったけれど、だからといって石富にはどうすることもできず、ただ泣いてばかりいる彼女に慰めの言葉1つかけることができなかった。
彼女を作れば何が違うのかわかる、と言われたのに、結局わかったのは『秋家と遊ぶ方が楽しい』、ということだけ。それを一矢に話すと、兄は呆れたように言った。
「バカかお前は……ヤらずに別れるヤツがあるかよ。オレが言ったのはな、セックスしたらわかるって意味だボケ。ったく、しょうがねーな……」
その数日後、なぜか一矢の友達の女子高生を紹介され、無理矢理付き合うことにされてしまい、そしてほぼ強引に童貞を奪われた。当然恋愛感情など全くなかったけれど、初めての女の体は気持ちがよくて、一矢が言った『セックスしたらわかる』という言葉の意味も、少し理解できた気がした。
「な?女とじゃなきゃこんなことできねーだろ?セックスできる『好き』が恋愛だ。お前、自分とおんなじ体してる男と、ヤレるか?」
そう言われると、やっぱり無理なのかな、と思った。女を、性を知って、そのうえで男をそういう対象にできるとは、どうやっても思えなかったから。
そうか、つまりセックスは女としかできなくて、気持ちとかはあんまり関係ないのだ。だからどんなになおを好きでも、それは親友だから好きなのであって、こういう好きじゃない。だってセックスは、女としかできないことなんだから、なおとは、できないことなんだ――
それから石富は、いろんな女と付き合った。一矢の女友達、同級生、先輩、後輩……でも同じ人間とは何回かやったら飽きてしまうので、少しでもイラつくことを言われたりされたりしたら、すぐに別れた。そして他の女と付き合って、また別れて、それを短期間で繰り返す。だから付き合った人数も、相手の顔も名前も、あまりはっきりと覚えていない。
セックス自体は気持ちいいから好きだった。でもいつも、終わった後にはひどい虚無感に襲われて、自分のしていることが無意味で無益で、どうしようもなく思えてくる。相手が誰でも、いつでもそうなった。
その一方で、秋家といる時間は石富にとってどんどん大切なものになっていった。だから逆に石富は、そんな自分を警戒し、彼女を切らさないようにして、自分の全てが秋家になることを避けた。
でも、背が伸びた自分とは反対に、中3の時のまま大きくならない秋家を可愛いと思ったり、手とか首とか髪とか、思わず触りたくなったり、細い体を抱き締めたくなったり――そういう、自然に湧いてくる感情だけは、どうやっても消えてくれなかった。
秋家に彼女でもできれば、やっぱり男なんだ、と思えて、こういう感情も消えてくれるかもしれない、そう思ったけれど、いつ聞いても誰とも付き合っていないよ、という秋家に、どこかホッとしている自分がいた。結局どうしたいのか、自分でもよくわからなかった。
そうして高校3年になって、進路について考える時期がきた。石富は、大学には行かずに調理の専門学校に進学したいと母に話した。共働きで忙しかった母の家事を手伝ううちに、料理に興味が湧いたのだと話したら、やりたいことをやれと言ってくれた。
そしてそれは、もちろん秋家にも話した。本当は、秋家と同じところに進学して、一緒に学生生活を送りたいという気持ちもあったのだが、なりたい職業が明確なうえ、親に無駄な負担をかけるわけにもいかないので、石富は秋家と別々の進路を選んだ。
なにも、会えなくなるわけじゃない、進学するつもりの学校は県内だし、学校の近くに引っ越すことになるけれど、そんなに遠いわけじゃない。休みの日に会いに行くし、お前も来ればいいよ、と秋家に言うと、そうだね、と笑ってくれた。
でも、秋家の心は、この時……いや、もっと以前から、ずっと苦しんでいたのだ。鈍い、馬鹿な自分のせいで、ずっと。秋家は、石富から離れる決意を、この時すでにしていたのかもしれない。苦しみから解放されるために、『親友』の前から消える決意を。
この日から、ずっと一緒だった学生生活の終わりへ、そしてあの空虚な8年への、カウントダウンが始まった。
だがそれを知っていたのは、秋家だけだったのだけれど。
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