2008.03/30(Sun)
君と恋愛、海の色。4
#4
秋家は4月から塾に通い始め、石富も本格的に調理の勉強を始め、学校以外で会う時間は格段に減った。だから学校にいる時くらいは、と、できるだけ秋家といるようにしていたのだが、秋家はいつも、物憂いような表情をしていた。元から感情が顔に出にくく、明るくて元気、というタイプではなかったが、常になにか考えているように、ぼんやりしていることが多くなった。
慣れない塾が疲れるのか、受験でナーバスになっているのか、理由はわからないが、石富に対して一線引いたような態度を取る。確かに以前から、ずっとどこか遠慮されているような感じを覚えることはあった。でも、3年になってからいっそうひどくなった気がして、石富はそれがものすごく不安で、嫌だった。
避けられているわけではないし、しゃべってはくれる。でも、見えない何かが大きく隔たっているのを、確かに感じるのだ。もしかして、石富が知らないだけで、実は気持ちにかなりの温度差があるんだろうか……と不安が増してきた頃。
秋家の様子が、一段とおかしくなり始めた。誰かに殴られたみたいに頬が腫れていたり、首元に、キスマークのような痕がついていたり。
不安が、急激に脹れ上がった。
だが心配して、どうした、何があった、と聞いても、秋家は笑って、なんでもないよ、と言うだけだった。派手に転んだだけで、首のは虫刺されだよ、と。何度聞いても、そう言いきった。
それが事実とは思えなかったけれど、嫌われているのでは、と不安だった石富には、それ以上しつこく問い詰めることができなかった。鬱陶しい、などと思われて嫌われたら、そんなのは耐えられないから。
だから、心配でしょうがないけれど、秋家が言いたくないことならば、そっとしておいてあげようと思った。気になってたまらなくても、しつこく聞いて困らせるのは本意ではない。
秋家はあまり、自分のことを話してくれない。でもそれを、なぜ話してくれないんだ、と責めることは、いくら親友でもできないことだ。
踏み込ませてもらえない領域に腹を立て、それを無理矢理犯しても、それは相手のためではなく単なるエゴだ。だからその首に痕をつけた相手をどんなに憎く思っても、石富にはどうすることもできない、する権利もない。
ただ、心配する以外に、何もできない。
そして、秋家が付き合っているかもしれない相手に、自分はなぜここまで憎しみを持ってしまうのか、よくわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃだった。この感情の正体は、一体なんなのか。
秋家のことになると、どうしてこんなに心が掻き乱されるんだろう。
友情って、こんなに苦しいものなのか?
そうして悩んでる間にも、時間はどんどん過ぎていく。
石富は学校の見学や体験入学に行ったり、卒業生の人が働いているホテルや、経営しているレストランも見に行ってみたりして、不安定ながらも将来のビジョンというものが見えるようになっていた。
そして願書を提出し、面接を受け、石富は推薦での入学が決まった。1番に秋家に電話して報告すると、おめでとう、と言ってとても喜んでくれた。嬉しくて照れくさくて、あの時は泣きそうになったことを今でもよく覚えている。
1月になり、秋家はセンター試験を受けた。行くと言っていた大学は、秋家の家から通える距離だったので、石富は実家から通うものと思っていた。秋家も、家を出るとも一人暮らしをするとも言っていなかったから、当然なんの疑いもなく、家に行けばいるんだ、と思っていた。
そしてやってきた3月1日、卒業式。
秋家が、いつもよりきれいに見えたのは、気のせいだったんだろうか。卒業式で感傷的になっていたから、そんな風に見えたのか。
いつもと同じ秋家。それなのに、どこかいつもより頼りなげで、浮かべる笑顔は儚くて、とても弱々しいものだった。そして、石富を見上げる目は――少しだけ濡れて、揺れていた。
どきりとして、思わず抱き締めたくなった。もう明日からは、毎日会えない。会えるのなんか、よくて週に1回、実際は、もっと少なくなるに違いない。
(なお……)
ぎりり。
心臓が痛くて、苦しかった。ずっと、一緒だったのに……もう一緒に屋上で昼寝することも、一緒に裏庭で弁当を食べることも、二度とできない。それを思うと、ぐぅっと込み上げてくる、なにかたまらない感情があるのだけれど、石富にはそれが何なのか、わからない。
そして卒業式から数日後、秋家から大学に合格したという電話があった。お祝いしてやる、と言って秋家を呼び出し、2人で1日中遊んだ。秋家はとても楽しそうで、石富も久しぶりにゆっくり秋家と遊べて、すごく楽しかった。だから石富は、当然またすぐに会うつもりでいた。よもやこれが最後になろうとは、夢にも思っていなかったから。
「ありがとう、剣二。楽しかったよ。ご飯もごちそうさま」
「合格祝いなんだから当然だろ。大学、がんばれよ」
「うん、剣二もね。立派なコックさんになってね」
「コックじゃなくて、シェフって言え」
「あはは、そっか」
帰り道、夜の海岸沿いを歩きながら、いろんな話をした。中学、高校の思い出とか、ゲームの話やテレビの話、そして、ちょっと真面目に将来の夢なんかも語ってみたり。
「とにかく、全部自分で料理やりたいんだよ」
「お店持ちたいってこと?」
「まぁ、そうだな。いずれはそうなれたらいいと思う。なぁ、なお、その時は……」
「え?」
「……いや、なんでもない」
一緒にやらないか、と誘おうとしたのだが、止めた。もし秋家に将来やりたいことがあったら、困らせることになる。でも、『一緒にお店やろう』と、いつか立派なシェフになったら、誘ってみようと思った。
そうすれば、毎日一緒にいられるから。
分かれ道が来て、石富はじゃあな、と手を上げた。また電話するよ、と言うと、秋家はそれには答えず、石富をじっと見上げて、にこっと笑った。
「剣二、今までずっと、ありがとう。がんばってね、応援してるから。ホントに、ありがとうね……じゃ、バイバイ……!」
それだけ言うと、くるっと背を向けて、走って行った。
「おい……!って、なんだよ、今までずっと、って……」
最後みたいな言い方しやがって。
石富はふぅ、と息を吐き、ちょうど角を曲がって見えなくなった小さな背中に手を振った。
「またな、なお」
さっき秋家の声は少し、震えていたような気がしたけれど。
(気のせいかな……)
この時、石富は、まだ何も知らなかった。
秋家が何を考えていたか、どうするつもりだったのか。
そして、角を曲がった先、道に転げるようにうずくまり、声を上げて泣き崩れている秋家の姿も、もちろん、知らない。
【More・・・】
卒業したら、もう同じ教室で授業を受けることも、一緒に弁当を食べることもない。こんな風に毎日会えることが当たり前の日常なんて、今だけなんだ――そう思いながらの1年間は、石富にとって本当に早いものだった。秋家は4月から塾に通い始め、石富も本格的に調理の勉強を始め、学校以外で会う時間は格段に減った。だから学校にいる時くらいは、と、できるだけ秋家といるようにしていたのだが、秋家はいつも、物憂いような表情をしていた。元から感情が顔に出にくく、明るくて元気、というタイプではなかったが、常になにか考えているように、ぼんやりしていることが多くなった。
慣れない塾が疲れるのか、受験でナーバスになっているのか、理由はわからないが、石富に対して一線引いたような態度を取る。確かに以前から、ずっとどこか遠慮されているような感じを覚えることはあった。でも、3年になってからいっそうひどくなった気がして、石富はそれがものすごく不安で、嫌だった。
避けられているわけではないし、しゃべってはくれる。でも、見えない何かが大きく隔たっているのを、確かに感じるのだ。もしかして、石富が知らないだけで、実は気持ちにかなりの温度差があるんだろうか……と不安が増してきた頃。
秋家の様子が、一段とおかしくなり始めた。誰かに殴られたみたいに頬が腫れていたり、首元に、キスマークのような痕がついていたり。
不安が、急激に脹れ上がった。
だが心配して、どうした、何があった、と聞いても、秋家は笑って、なんでもないよ、と言うだけだった。派手に転んだだけで、首のは虫刺されだよ、と。何度聞いても、そう言いきった。
それが事実とは思えなかったけれど、嫌われているのでは、と不安だった石富には、それ以上しつこく問い詰めることができなかった。鬱陶しい、などと思われて嫌われたら、そんなのは耐えられないから。
だから、心配でしょうがないけれど、秋家が言いたくないことならば、そっとしておいてあげようと思った。気になってたまらなくても、しつこく聞いて困らせるのは本意ではない。
秋家はあまり、自分のことを話してくれない。でもそれを、なぜ話してくれないんだ、と責めることは、いくら親友でもできないことだ。
踏み込ませてもらえない領域に腹を立て、それを無理矢理犯しても、それは相手のためではなく単なるエゴだ。だからその首に痕をつけた相手をどんなに憎く思っても、石富にはどうすることもできない、する権利もない。
ただ、心配する以外に、何もできない。
そして、秋家が付き合っているかもしれない相手に、自分はなぜここまで憎しみを持ってしまうのか、よくわからなくて、頭の中がぐちゃぐちゃだった。この感情の正体は、一体なんなのか。
秋家のことになると、どうしてこんなに心が掻き乱されるんだろう。
友情って、こんなに苦しいものなのか?
そうして悩んでる間にも、時間はどんどん過ぎていく。
石富は学校の見学や体験入学に行ったり、卒業生の人が働いているホテルや、経営しているレストランも見に行ってみたりして、不安定ながらも将来のビジョンというものが見えるようになっていた。
そして願書を提出し、面接を受け、石富は推薦での入学が決まった。1番に秋家に電話して報告すると、おめでとう、と言ってとても喜んでくれた。嬉しくて照れくさくて、あの時は泣きそうになったことを今でもよく覚えている。
1月になり、秋家はセンター試験を受けた。行くと言っていた大学は、秋家の家から通える距離だったので、石富は実家から通うものと思っていた。秋家も、家を出るとも一人暮らしをするとも言っていなかったから、当然なんの疑いもなく、家に行けばいるんだ、と思っていた。
そしてやってきた3月1日、卒業式。
秋家が、いつもよりきれいに見えたのは、気のせいだったんだろうか。卒業式で感傷的になっていたから、そんな風に見えたのか。
いつもと同じ秋家。それなのに、どこかいつもより頼りなげで、浮かべる笑顔は儚くて、とても弱々しいものだった。そして、石富を見上げる目は――少しだけ濡れて、揺れていた。
どきりとして、思わず抱き締めたくなった。もう明日からは、毎日会えない。会えるのなんか、よくて週に1回、実際は、もっと少なくなるに違いない。
(なお……)
ぎりり。
心臓が痛くて、苦しかった。ずっと、一緒だったのに……もう一緒に屋上で昼寝することも、一緒に裏庭で弁当を食べることも、二度とできない。それを思うと、ぐぅっと込み上げてくる、なにかたまらない感情があるのだけれど、石富にはそれが何なのか、わからない。
そして卒業式から数日後、秋家から大学に合格したという電話があった。お祝いしてやる、と言って秋家を呼び出し、2人で1日中遊んだ。秋家はとても楽しそうで、石富も久しぶりにゆっくり秋家と遊べて、すごく楽しかった。だから石富は、当然またすぐに会うつもりでいた。よもやこれが最後になろうとは、夢にも思っていなかったから。
「ありがとう、剣二。楽しかったよ。ご飯もごちそうさま」
「合格祝いなんだから当然だろ。大学、がんばれよ」
「うん、剣二もね。立派なコックさんになってね」
「コックじゃなくて、シェフって言え」
「あはは、そっか」
帰り道、夜の海岸沿いを歩きながら、いろんな話をした。中学、高校の思い出とか、ゲームの話やテレビの話、そして、ちょっと真面目に将来の夢なんかも語ってみたり。
「とにかく、全部自分で料理やりたいんだよ」
「お店持ちたいってこと?」
「まぁ、そうだな。いずれはそうなれたらいいと思う。なぁ、なお、その時は……」
「え?」
「……いや、なんでもない」
一緒にやらないか、と誘おうとしたのだが、止めた。もし秋家に将来やりたいことがあったら、困らせることになる。でも、『一緒にお店やろう』と、いつか立派なシェフになったら、誘ってみようと思った。
そうすれば、毎日一緒にいられるから。
分かれ道が来て、石富はじゃあな、と手を上げた。また電話するよ、と言うと、秋家はそれには答えず、石富をじっと見上げて、にこっと笑った。
「剣二、今までずっと、ありがとう。がんばってね、応援してるから。ホントに、ありがとうね……じゃ、バイバイ……!」
それだけ言うと、くるっと背を向けて、走って行った。
「おい……!って、なんだよ、今までずっと、って……」
最後みたいな言い方しやがって。
石富はふぅ、と息を吐き、ちょうど角を曲がって見えなくなった小さな背中に手を振った。
「またな、なお」
さっき秋家の声は少し、震えていたような気がしたけれど。
(気のせいかな……)
この時、石富は、まだ何も知らなかった。
秋家が何を考えていたか、どうするつもりだったのか。
そして、角を曲がった先、道に転げるようにうずくまり、声を上げて泣き崩れている秋家の姿も、もちろん、知らない。
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