2008.04/04(Fri)
君と恋愛、海の色。7
#7
(なんで、車で来なかったんだろう……)
昔、秋家の家に行く時はいつも、歩きか自転車だったから、反射的に走ってきてしまった。何も考えずに飛び出して来たものだから、石富は今頃になって色々気付いていた。そもそも秋家が、実家から電話してきたとは限らないではないか。もしかしたら実家じゃなく、それこそ東京からかけてきた可能性だってありえるというのに。
(バカか俺は……確認もせずに)
石富はポケットから携帯を取り出すと、久美子の携帯に電話をかけた。すぐに出た久美子に、家電話の着信履歴を見てくれるよう頼むと、なんなのよ、と怒りながらもちゃんと確認してくれた。その番号が秋家の実家だったことにホッとして、石富は再び走った。
秋家の家につき、その懐かしい外観を眺めると、とくん、と心臓が鳴った。家の南側に回って、2階の秋家の部屋を見上げたら明かりがついていたので、さらにどきっとする。
(なお、いるのか……?まさかおばさんが部屋片付けてるだけ、なんて言わねーよな……)
よし、と石富は覚悟を決め、再び玄関の前に立った。緊張して、微かに震える指でインターホンを押すと、しばらくして秋家の母親の声がした。
『はい、どちらさまでしょう?』
「あの、夜分にすみません、石富、ですが……」
『……え、えっ?……剣二くんなの!?』
秋家の母は大層驚いてインターホンを切ると、慌てて玄関まで出てきてくれた。
「まぁ、本当に久しぶり!それにしても剣二くん。ずいぶんかっこいい大人になったわねぇ」
「そうですかね……ありがとうございます。あの、それで……」
「はいはい、わかってるわよ。上がってちょうだい」
聞くまでもない、と、秋家の母親はニコニコしながら石富に上がるよう言うと、階段を上って秋家の部屋のドアをノックした。友達が来たわよ、と中に話しかけ、石富に上に上がってくるよう手招きをする。
部屋の前に行くと、お願いね、と一言だけ言い残し、秋家の母親は階段を下りていった。その一言は7年半前、彼女と最後に交わした電話での会話に、つながっているような気がした。
信用してくれてるんだ、と思うと、素直に嬉しかった。あの時の電話では、もういい、などと子供みたいな態度をとってしまって、せっかくの親切心に失礼なことをしてしまった。でも彼女は、それを謝ってほしいなどとは思っていないだろう。ただ息子を、お願いね、と、言葉通りそう思っている。
その思いに報いるためにも、絶対に秋家を責めてはいけないと思った。
黙っていなくなったのには、きっとどうしようもない理由があったのだ。そして原因は、石富にある。その原因に直接責められては、秋家は何も言えなくなってしまうだろう。
それに今日電話をしてきたのは、もしかするとその理由を話してくれて、謝ってくれるつもりなのかもしれない。
だから秋家が話すまで、こちらから話題に出すことはやめた方がいいと思った。無理に問いつめるような真似は、したくない。
石富は小さく深呼吸をし、緊張した手でドアノブを握った。
(できるだけ、自然に、自然に……なおはきっと、後ろめたい思いでいるはずだからな)
がちゃ、とドアを開け中に入ると、秋家はベッドに座っていて、石富を見るなり驚倒しそうなほど目を見開き、まるで怯えてでもいるかのような顔になった。
その表情に、やはり自分は嫌われていたんだろうか、と少し傷ついたが、それでも久しぶりに見た秋家の姿は、石富の心臓をひどく落ち着かなくさせた。
18歳だった秋家は、当たり前だけど自分と同じ26歳になっていた。外見はあの頃とほとんど変わっていないけど、髪の毛が伸びて、少し大人の顔つきになっている。それに、昔はまだ可愛いという印象の方が強かったけれど、今は、なんだか……
(きれいになってる……)
色のない、止まっていた時間が、再び動き出したような気がした。
石富は緊張を押し隠し、できるだけ落ち着いて見えるよう笑顔を浮かべ、久しぶり、と挨拶をした。秋家の座っているベッドの横に腰を下ろし、電話をくれたことの話をすると、秋家は石富が直接来たことに戸惑っている様子で、毛布を握りしめ俯いて、なんで来たのか聞いてきた。
嫌だったのか、迷惑だったのか、と気になったが、それも今更だ、と開き直り、久しぶりだったから、と尤もらしい理由を言った。
それから、過去のことは聞かずに、今何してるのか聞いてみた。
そうして聞いた秋家の話に、石富はとても興奮していた。むろん、顔に出すような真似はしない。でも、かつて夢見たことが、現実になるかもしれないと思ったら、想像するだけで心がうずうずと踊りだしそうな気分だった。
いつか、自分が立派なシェフになったら、『一緒にお店やろう』と誘おうと思っていた。秋家がいなくなって絶望的だったそれが、まさかこんな形で急に手の届くところまで転がってくるなんて、夢みたいだと思った。
でも、これは夢じゃない。ちょっと手を伸ばせば、間違いなく掴める現実だ。これを逃せば、もうチャンスはないかもしれない。
(なおの喫茶店、一緒にやりたい……!)
お世話になった人に譲り受けたという喫茶店の経営を、共同でやりたいと思った。だから石富は何の迷いもなく、自分が厨房をやる、と秋家に言った。
秋家は最初、何を言っているんだ、という難しい顔をしていたが、石富があまりに嬉しそうに言うものだから、最終的には快く受け入れてくれた。
この時、石富の頭の中に、勤めているレストラン、ジュリズフォレストキッチンの新支店料理長に抜擢されたことや、そのために久美子が会社に移動願いを出して、年明けに引っ越す予定だったことなど、一切なかった。せめて天秤にかけて迷うのが普通だと思うのだが、この時石富はどこか、そういう常識的なものが欠けていたのかもしれない。
ただ、秋家と一緒に店をやりたい、それだけだった。
自分の出世も、自分が辞めることでジュリズにかける迷惑も、久美子のことも。何も、考えなかったのだ。
それから、石富はいろんな意味で大変な思いをすることになった。自分の勝手が原因なのだから仕方ないとはいえ、本当に神経をすり減らす毎日が続いた。
まずは久美子と母親にジュリズを辞めたいと言うと、2人がかりでバカなこと言うな、と怒鳴られ、家では久美子と母親の説得に努める日々。
そして、ジュリズのオーナーに退職したい、と申し入れると、バカなことを言うな、と同じように怒鳴られ、やっぱり怒られた。直接本社まで出向き、何度も頭を下げ、不満があるなら聞く、給料も上げる、と言ってくれるオーナーに、それでも辞めさせてください、と言うのは、すごくつらかった。一度では聞き入れてくれず、何度も本社に通い、頭を下げ、そうして4回目にして、やっとオーナーは仕方がない、と退職願いを受理してくれた。
一度は新支店の料理長の話を受け入れておきながら、いきなり辞めると勝手なことを言った石富に、それでもオーナーは罵るようなことは何一つ言わず、最後に『がんばりなさい』とだけ言ってくれた。
思わず泣きそうになり、石富はありがとうございました、と深く頭を下げた。ジュリズで働けたことは、今でも石富にとって誇りである。
会社と家、退職の説得続きで神経の休まる間もなく疲弊していたが、仕事場の方は受け入れてもらうことができた。こっちの支店の勤務が12月31日までの予定だったので、その日で石富はジュリズを退職することが決まった。
だが、もっと大変だったのは、久美子の説得だった。
辞めるという話をしてからというもの、家では毎日、怒髪衝天した嫁とのケンカが待ち受けているのだった。
【More・・・】
秋家の家までもう少し、というところで、石富は膝に手をついて前かがみになり、はぁはぁと上がった息を整えていた。(なんで、車で来なかったんだろう……)
昔、秋家の家に行く時はいつも、歩きか自転車だったから、反射的に走ってきてしまった。何も考えずに飛び出して来たものだから、石富は今頃になって色々気付いていた。そもそも秋家が、実家から電話してきたとは限らないではないか。もしかしたら実家じゃなく、それこそ東京からかけてきた可能性だってありえるというのに。
(バカか俺は……確認もせずに)
石富はポケットから携帯を取り出すと、久美子の携帯に電話をかけた。すぐに出た久美子に、家電話の着信履歴を見てくれるよう頼むと、なんなのよ、と怒りながらもちゃんと確認してくれた。その番号が秋家の実家だったことにホッとして、石富は再び走った。
秋家の家につき、その懐かしい外観を眺めると、とくん、と心臓が鳴った。家の南側に回って、2階の秋家の部屋を見上げたら明かりがついていたので、さらにどきっとする。
(なお、いるのか……?まさかおばさんが部屋片付けてるだけ、なんて言わねーよな……)
よし、と石富は覚悟を決め、再び玄関の前に立った。緊張して、微かに震える指でインターホンを押すと、しばらくして秋家の母親の声がした。
『はい、どちらさまでしょう?』
「あの、夜分にすみません、石富、ですが……」
『……え、えっ?……剣二くんなの!?』
秋家の母は大層驚いてインターホンを切ると、慌てて玄関まで出てきてくれた。
「まぁ、本当に久しぶり!それにしても剣二くん。ずいぶんかっこいい大人になったわねぇ」
「そうですかね……ありがとうございます。あの、それで……」
「はいはい、わかってるわよ。上がってちょうだい」
聞くまでもない、と、秋家の母親はニコニコしながら石富に上がるよう言うと、階段を上って秋家の部屋のドアをノックした。友達が来たわよ、と中に話しかけ、石富に上に上がってくるよう手招きをする。
部屋の前に行くと、お願いね、と一言だけ言い残し、秋家の母親は階段を下りていった。その一言は7年半前、彼女と最後に交わした電話での会話に、つながっているような気がした。
信用してくれてるんだ、と思うと、素直に嬉しかった。あの時の電話では、もういい、などと子供みたいな態度をとってしまって、せっかくの親切心に失礼なことをしてしまった。でも彼女は、それを謝ってほしいなどとは思っていないだろう。ただ息子を、お願いね、と、言葉通りそう思っている。
その思いに報いるためにも、絶対に秋家を責めてはいけないと思った。
黙っていなくなったのには、きっとどうしようもない理由があったのだ。そして原因は、石富にある。その原因に直接責められては、秋家は何も言えなくなってしまうだろう。
それに今日電話をしてきたのは、もしかするとその理由を話してくれて、謝ってくれるつもりなのかもしれない。
だから秋家が話すまで、こちらから話題に出すことはやめた方がいいと思った。無理に問いつめるような真似は、したくない。
石富は小さく深呼吸をし、緊張した手でドアノブを握った。
(できるだけ、自然に、自然に……なおはきっと、後ろめたい思いでいるはずだからな)
がちゃ、とドアを開け中に入ると、秋家はベッドに座っていて、石富を見るなり驚倒しそうなほど目を見開き、まるで怯えてでもいるかのような顔になった。
その表情に、やはり自分は嫌われていたんだろうか、と少し傷ついたが、それでも久しぶりに見た秋家の姿は、石富の心臓をひどく落ち着かなくさせた。
18歳だった秋家は、当たり前だけど自分と同じ26歳になっていた。外見はあの頃とほとんど変わっていないけど、髪の毛が伸びて、少し大人の顔つきになっている。それに、昔はまだ可愛いという印象の方が強かったけれど、今は、なんだか……
(きれいになってる……)
色のない、止まっていた時間が、再び動き出したような気がした。
石富は緊張を押し隠し、できるだけ落ち着いて見えるよう笑顔を浮かべ、久しぶり、と挨拶をした。秋家の座っているベッドの横に腰を下ろし、電話をくれたことの話をすると、秋家は石富が直接来たことに戸惑っている様子で、毛布を握りしめ俯いて、なんで来たのか聞いてきた。
嫌だったのか、迷惑だったのか、と気になったが、それも今更だ、と開き直り、久しぶりだったから、と尤もらしい理由を言った。
それから、過去のことは聞かずに、今何してるのか聞いてみた。
そうして聞いた秋家の話に、石富はとても興奮していた。むろん、顔に出すような真似はしない。でも、かつて夢見たことが、現実になるかもしれないと思ったら、想像するだけで心がうずうずと踊りだしそうな気分だった。
いつか、自分が立派なシェフになったら、『一緒にお店やろう』と誘おうと思っていた。秋家がいなくなって絶望的だったそれが、まさかこんな形で急に手の届くところまで転がってくるなんて、夢みたいだと思った。
でも、これは夢じゃない。ちょっと手を伸ばせば、間違いなく掴める現実だ。これを逃せば、もうチャンスはないかもしれない。
(なおの喫茶店、一緒にやりたい……!)
お世話になった人に譲り受けたという喫茶店の経営を、共同でやりたいと思った。だから石富は何の迷いもなく、自分が厨房をやる、と秋家に言った。
秋家は最初、何を言っているんだ、という難しい顔をしていたが、石富があまりに嬉しそうに言うものだから、最終的には快く受け入れてくれた。
この時、石富の頭の中に、勤めているレストラン、ジュリズフォレストキッチンの新支店料理長に抜擢されたことや、そのために久美子が会社に移動願いを出して、年明けに引っ越す予定だったことなど、一切なかった。せめて天秤にかけて迷うのが普通だと思うのだが、この時石富はどこか、そういう常識的なものが欠けていたのかもしれない。
ただ、秋家と一緒に店をやりたい、それだけだった。
自分の出世も、自分が辞めることでジュリズにかける迷惑も、久美子のことも。何も、考えなかったのだ。
それから、石富はいろんな意味で大変な思いをすることになった。自分の勝手が原因なのだから仕方ないとはいえ、本当に神経をすり減らす毎日が続いた。
まずは久美子と母親にジュリズを辞めたいと言うと、2人がかりでバカなこと言うな、と怒鳴られ、家では久美子と母親の説得に努める日々。
そして、ジュリズのオーナーに退職したい、と申し入れると、バカなことを言うな、と同じように怒鳴られ、やっぱり怒られた。直接本社まで出向き、何度も頭を下げ、不満があるなら聞く、給料も上げる、と言ってくれるオーナーに、それでも辞めさせてください、と言うのは、すごくつらかった。一度では聞き入れてくれず、何度も本社に通い、頭を下げ、そうして4回目にして、やっとオーナーは仕方がない、と退職願いを受理してくれた。
一度は新支店の料理長の話を受け入れておきながら、いきなり辞めると勝手なことを言った石富に、それでもオーナーは罵るようなことは何一つ言わず、最後に『がんばりなさい』とだけ言ってくれた。
思わず泣きそうになり、石富はありがとうございました、と深く頭を下げた。ジュリズで働けたことは、今でも石富にとって誇りである。
会社と家、退職の説得続きで神経の休まる間もなく疲弊していたが、仕事場の方は受け入れてもらうことができた。こっちの支店の勤務が12月31日までの予定だったので、その日で石富はジュリズを退職することが決まった。
だが、もっと大変だったのは、久美子の説得だった。
辞めるという話をしてからというもの、家では毎日、怒髪衝天した嫁とのケンカが待ち受けているのだった。
●ひろさま
遠麗 | 2008.04.05(土) 20:41 | URL | コメント編集
●
鈍感男の突っ走り、楽しいです。
秋家の話は苦しくて辛くて、可哀相にって思ったけれど。
石富サイドは情けなくて笑える。
いるんですよね、鈍感な善人。
秋家の付き合っている人が男とわかった時の石富の反応が楽しみ♪
これからも宜しくお願いします。
秋家の話は苦しくて辛くて、可哀相にって思ったけれど。
石富サイドは情けなくて笑える。
いるんですよね、鈍感な善人。
秋家の付き合っている人が男とわかった時の石富の反応が楽しみ♪
これからも宜しくお願いします。
ひろ | 2008.04.05(土) 00:08 | URL | コメント編集
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楽しんでいただけて光栄ですw
石富ってば、なんだかどんどん情けないキャラになっていってるような気がしますが……w
払拭できるようがんばります☆
本当はかっこいいはずなのでw
またお越しくださいませね♪
ありがとうございました。