2008.04/07(Mon)

君と恋愛、海の色。8

#8

【More・・・】

「ふざけるんじゃないわよ!!」

 女にしては低めな久美子の大声が、石富家に響き渡る。
 いつもの『話し合い』の最中、オーナーが退職願いを受理してくれた、と話したら、久美子は目を三角にして激怒した。

 とりあえず、最初はいつも『話し合い』という形で冷静に始めはするのだが、途中で必ず久美子がぶちギレる。理由はもちろん、何を言っても石富が退職の考えを改めないと言い張るからだ。

 そういう頑な石富に、久美子は最初理詰めで改心させようとしてきた。急に、勝手に辞めることが、どれほど周りに迷惑をかけるのか、自分1人の我が儘で家族も会社もかき回して、それで平気なのか、と口の上手い久美子にこんこんと説教されて。

 だが石富は、久美子が正しいことを言っているのはわかっていても、それで考え直す気は毛頭なかった。迷惑なのも、我が儘過ぎるのも、重々承知している。それでも、石富はその我が儘を押し通す覚悟をしていた。

 秋家に、『俺が厨房やる』と言った時は、ジュリズのことも久美子のことも何も考えていなかった。だが後になって考えてみても、辞めるの苦労するだろうな、とは思ったけれど、やっぱり後悔だけはしなかった。むしろ秋家とやる喫茶店のことを考えると、楽しみで嬉しくて、絶対何を言われても折れない、と決意したくらい、秋家との小さな喫茶店経営に心を致していた。

 だから、いくら久美子が拳を握りしめ怒りに震えていても、石富は断固として気持ちを変えるつもりはない。

「私がまだ許してないのに、会社に退職願い受理させただって!?あんた、私をなめてんの!?」

 胸倉を掴まれて、がくがくと揺さぶられる。

「悪いとは思ってる。でも、もう決めたんだ。わかってくれ」
「わかるわけないでしょーが!!こんなハンパな時期に移動願い出して、それを通してもらった私の立場はどうなるのよ!今更取り下げてくれだなんて言えないわ!!」
「……すまん」
「…っ………すまんで済むわけないでしょ!ムカつく!!」

 がん、と左頬に衝撃が走り、同時に体が後方へ飛んで、背中が壁にぶつかった。目の前がチカチカして、久しぶりの痛みに石富は頬を押さえて、口の中に広がった血の味に顔を顰めた。

「いって……」

 久美子は、怒りが限界突破すると手が出る。それも女だてらに、拳で顔面を殴ってくる。
 大学生の時に、ダイエットを兼ねてボクシングを習っていたという久美子の右ストレートは、女の力とは思えないくらい重い。ボクシングの公式ルールでリング上で戦ったら、石富は負けてしまうかもしれない。それくらい、本気で強い女だった。

 でも、だからといって男の石富が手を上げるわけにはいかないし、パンチをかわしたらかわしたで『よけるな!』と言ってさらに怒るので、早く怒りを沈めさせるためにも、石富はいつもやられっ放しだった。
 とはいえ、理由も無しにキレることはないし、そこまで激憤することも滅多にない。だが今回ばかりは、いささか事情も特別だ。

(殺される……)

 それくらい、久美子は怒り狂っていた。
 でも、今回は本当に石富が一方的に悪いから、何を言われてもされても、大人しくやられるしかない。

「その一緒に店やるって人、ここに連れてきなさい!私に一言あるのが普通でしょ!?」
「それは、そうだけど……連れてはこれない。でも、友達なんだよ、信用してくれ」

 秋家の名前を出したら、今の久美子なら殴り込みにも行きかねない。少なくとも、電話で何か言うくらいのことはするだろう。それが文句でないにしても、間違いなく秋家は気を使って、『手伝ってくれなくていい』と言うに決まっている。それだけは、絶対に避けたかった。

「あんた、言ってることもやってることも、めちゃくちゃだわ。信用してくれなんて、どのツラ下げて私に言えるわけ?」

 これには、ぐうの音も出なかった。ただ、馬鹿の一つ覚えのように、すまん、と何度も謝った。
 
 それからも毎日久美子とのケンカは続いたが、どんなに謝っても許してはくれなかった。それでも石富は折れるつもりはなかったから、ただ申し訳ないと謝り続ける。

 そして久美子との話し合いも平行線のまま年の瀬も迫り、石富は時間を見つけては秋家と会うようにしていた。改装中の店を見に行き、インテリアは2人でよく相談して、テーブルやソファを選んだ。
 そして、石富の今の仕事が大晦日まで、ということで、オープンを1月20日に決め、それまでにメニューや値段、諸々を決めよう、ということで、ひとまず店の話はまとまった。

(ウィンド・ベルって、いい名前だな)

 秋家が考えた新しい店の名前は、涼しげで可愛らしい、風鈴という意味の横文字だった。以前は『風流』という和風名だったらしいので、改装してオーナーも変わり、イメージチェンジをする店にはぴったりだと思った。それでいて『風』という共通の言葉も入っていて、どこかに『風流』を残したいという、秋家の心が伝わってきた。

 そしてやってきた大晦日。
 石富は、5年9ヶ月勤めたジュリズを退職した。迷惑この上ない辞め方をしたにもかかわらず、みんな優しく送りだしてくれた。中には泣いている従業員もいて、それにはさすがに石富も、なんとも云えずジーンときた。

 最後に石富は、ありがとうございました、と厨房に深く頭を下げ、ジュリズを去った。ここで学んだことは、大きな財産になって自分の中に一生残る。実際の年月以上に濃い時間だったと、石富は改めて感謝した。

 そして久美子は、最後まで石富を許してくれないまま、もう勝手にしろ!と言って1人で東京に行ってしまった。引き止めることができないわけではなかったが、正直なところ、石富は久美子がこっちに残っても、1人で東京に行くと言っても、どちらでも受け入れるつもりだった。

 自分の都合で振り回している自覚はあったし、どうしてほしい、などと言える立場にはない。それに、今の石富は、秋家と、そしてウィンド・ベルのことで頭がいっぱいで、正直久美子のことを真剣に考えてあげられる状態ではなかったのだ。

 最低だと、自分でも思う。久美子の気持ちを考えれば、いくら石富を殴っても気の済む問題ではなかっただろう。いくら謝ったところで、許されるものではないだろう。でも、それをわかってはいても、秋家と店を持てるこの現実を、捨てることはできなかった。たとえそれが、久美子を裏切る行為だったとしても。

 石富は二度と、後悔したくなかったのだ。

 秋家は、逃げた理由をまだ石富に話してくれていない。石富本人には言いにくいのかもしれないから、いつか秋家から話してくれる時がくるまで、待つつもりでいる。

 過干渉はしない、と昔から思っていたけれど、それでも気付かないうちにかまい過ぎていたのかもしれないから、それが嫌になって逃げた可能性だってある。だから、踏み込むのは秋家が許してくれたところまで、それ以上は、触れずにそっとしておいてあげなければ――

 そうしないと、秋家はまた、逃げてしまうかもしれない。
 石富はもう二度と、あんな虚無感を味わいたくはなかった。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

21:44  |  君と恋愛、海の色。  |  CM(2)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●唯香さま

きゃあ、唯香さん( ̄Д ̄;)!
私伺えていないのに、来てくださって申し訳ないです〜!
今私、アップアップしてるんですw
石富って何考えてるかわからないから((゚ロ゚;)エェッ!?)
いや、っていうかw
段々情けなくなってきてる気がして、このままでいーのか的な心配をしてます……
だからがんばって、最終的にはかっこよくしなければw

では私も伺いますので〜♪
ありがとうございました☆
遠麗 | 2008.04.10(木) 22:39 | URL | コメント編集

●石富〜〜〜!!

お久しぶりでございますvv
剣二が沈黙を守ったのには、そんな決意があったからなのですね〜〜(>_<)

やっぱりあんた、男前だよ〜〜剣二〜〜〜っ!!(号泣)
大丈夫!ちゃんと幸せになれるからね!もう少し頑張るんだよ〜〜(←バカ?爆)

またふらりと遊びにきますので、更新のんびりと頑張ってくださいませね〜vvv
水城 | 2008.04.10(木) 17:42 | URL | コメント編集

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