2008.04/16(Wed)

君と恋愛、海の色。11

#11

【More・・・】

 店の近くで言い合うわけにはいかないので、石富は商店街の入り口近くにある、お客専用駐車場に松橋を連れて行った。

 遅くても9時には全ての店が閉店するので、今は1台も車が止まっていない……はずなのだが、2つあるウィンド・ベル用の駐車スペースに、セダンが1台止まっていた。近づいて見てみると、シルバーに輝く車体の正面には、『L』の文字のエンブレムが光っている。

(……絶対こいつの車だろ。レクサスかよ……)

 いい車乗ってんなぁ、と思いながら、松橋の方を振り向いた。そして腕を組んで正面から見据え、石富ははっきりと強い口調で言った。

「わかってると思うから単刀直入に言うけどよ。お前、なおにしつこくすんのやめろ」
「………」

 なんの前置きも無しにスパッと切り込むと、松橋は特に表情を変えることもなく、ズボンのポケットに手を入れたまま、まっすぐな目で石富を見た。

「……それを、なんであんたが?俺とあの人の関係、知ってんのかよ」
「ああ、知ってるよ。そのうえで言ってるんだ。あいつ、最近ずっと顔色悪くて、元気もなかった。だからなんかあったのかって、無理矢理問いつめたんだ。それで、俺が知ってるわけ」

 実際問いつめたのはえつみだが、秋家が自主的に話したわけではないことだけは、言っておいた方がいい。チクったのか、などと誤解させてしまったら、秋家が危ないと思った。

「問いつめたってよ……あんたなんでそこまでするんだ。ただの、幼なじみなんだろ?そう言ってたぜ、あの人。……まぁ、それで?幼なじみが困ってるから、正義の味方気取って、こっそり悪者退治してやるってか?なにヒーローぶってんだよ、うぜぇな」

 その松橋の言い草に、カーっと腹の底から、怒りが高速で這い上がってきた。

 松橋は、『ただの』幼なじみ、のところを、わざと強調して言い、それも輪をかけてムカついて、石富の怒りは一気に沸点を超えそうになった。だが、10代の頃ならまだしも、さすがにこの年で年下相手にプッツリいくわけにはいかない。それに、松橋は怒らそうとして、わざと嫌な言い方をしているかもしれないのだ。冷静さを欠いてしまっては、解決どころか余計におかしな結果を招かないとも限らない。

 石富は怒りに震えながらも、できるだけ落ち着いた声で松橋に言った。

「別にヒーロー気取ってるわけじゃねーがな。でも、大事な幼なじみが困ってるんだ。そしてその元凶もわかってる。排除したいと思うのは当たり前だろ」

 石富は『大事な』の部分を強調して言ってやった。すると松橋の眉がぴくっと動き、キッと目つきが鋭くなった。

「……排除だと?あんた、俺とあの人のこと何も知らねぇくせに、なに言ってやがんだ。こういうの、なんて云うか知ってるか?一人相撲ってんだよ。あんたのてめぇ勝手なただの友情ごっこだ。あの人はこんなことされても、喜んだりしねーよ」
「……っ…んだと、てめ……!」

 秋家のことを全てわかっているようなその言い方に、再び頭がカッと熱くなった。『一人相撲』、『友情ごっこ』という松橋の言葉が、凶器のように心をえぐってくる。
 こんなヤツの言葉に踊らされてはいけない、そう思うのに、確実にその言葉は石富を痛めつけ、冷静さを奪っていった。だが、かろうじて残っている理性で、手を出すのだけは我慢した。

「一人相撲ってんなら、それこそおめぇの方じゃねーか。相手が嫌がってるってのに、一人で盛り上がってんじゃねーっての」
「…っ……るせーな、盛り上がってんのはてめぇだろ!あんたに関係ねーっつってんだから、放っとけよ!」
「放っとくわけねーだろが!」

 石富は叫んで、松橋の胸倉を掴み、正面からぎりぎりと睨みつけた。手は出さないと思ったのだが、更なる松橋の言い草に、残っていた理性もどこかに飛んだ。

「あいつが!毎日どんな顔して仕事してると思ってんだ!どう見たって元気はないし、顔色はどんどん悪くなって、いっつも思いつめたような顔してよ!おめぇはそれが望みなのか!?なおが苦しいのが嬉しいのかよ!」
「……っんな、つもりなわけねーだろ……!俺はただ、あの人が好きなだけだ!」
「それでなんもかも許されると思ってんのか!」

 ぐっとスーツの襟部分を掴み上げると、松橋も石富のジャケットを掴み、激しく睨み合う。

「うるせーんだよ……!何も知らねーで、いい気なもんだ……!俺があの人苦しめてるだと!?笑わせるぜ……あんたがそれを言うのかよ!」
「…んだそりゃ、わけわかんねーこと言ってんじゃねーよ!」

 よくわからないことを言った松橋は、殺気立った目で石富を睨みつけ、胸倉を掴む手に力を込めた。そして石富もまた、怒りが限界に達して殴りたい衝動に駆られたが、こんなところで殴り合いのケンカなどしたら、通報されてしまうかもしれない。
 それはまずいだろう、そう思った石富の頭に、さっき見た松橋のものであろう車が浮かんだ。

(レクサスか……)

 松橋は20代、おそらく26,7くらいじゃないかと思う。一般的なサラリーマン、しかも20代の収入で買えるような車では、決してないだろう。だがグレードによっては、絶対手が出ないというレベルでもない。とはいえ、虚栄のために無理して高級車を買うようなバカとも思えないから、無理なく買えるほどの収入が、松橋にはあるということだ。つまり。

(一流企業に勤めてて、そこそこの地位もあり収入は高い。仕事はできるが、人間性にやや問題アリ……)

 石富は、松橋をこう分析した。むろん、車で全てが判断できるわけもないので、単なる憶測にすぎないのだが。
 家が金持ちで、自分で買ったものではないという可能性もあるし、そもそもこのレクサスが松橋の車だという確証すらない。

 だが石富は、自分の直感を信じて、ちょっと卑怯な手を使うことにした。このままここで殴り合い寸前の言い合いをしていても、埒が明かない。

「……お前、ずいぶんいい会社勤めてるんだな」
「な……まさか、調べたのか……?」

 松橋の声音が変わった。石富はやはり、と、予想が外れていないことを確信した。
 胸倉を掴んでいる松橋の手を払いのけ、ジャケットの襟を直し、探るような目で見つめてくる松橋に、わざと意味ありげに、ニヤっと笑って見せた。

「将来有望な超エリート君が、男に熱上げてストーカーしてるなんてよ、会社に知られたらおめぇさん、どうするつもりなんだよ、あ?」

 鎌をかけた石富に、松橋はグッと押し黙った。
 『将来有望な超エリート君』という言葉を否定しないということは、自分が本気で思っているかどうかは別にしても、社内でそう評価されているということだろう、と石富は思った。無駄な謙遜をするようなタイプでもないし、エリートである自信は確かにこの男の中にはある。

 となれば、このまま押せば……というか脅せば、秋家から引き離すことができるかもしれない。

「会社のみんなは温かいか?お前の性癖や本性を知って、それでもみんな、変わらずに接してくれるのか?」
「……っ…、あんた、それは卑怯だろ……!」

 歯を食いしばり、拳を握りしめる松橋を見て、さすがにちょっとだけ良心が痛んだ。卑怯な自覚はあるし、当然松橋の会社にバラすつもりがあるわけもない。セクシャリティに悩んでいるのは、松橋だって秋家と同じなんだろうから。

 だが、秋家にこれ以上嫌な思いをさせたくないから、多少卑怯な手を使ってでもこの男を引き離す必要がある。別れたいと言っても聞かないのなら、無理にでも別れるようにするまでだ。

「会社にバレてもかまわないとか思うか?それでも自分の気持ちを貫き通す、ってさ。それもな、もしお前となおが相思相愛なら、美しい話だろうがよ、あいにくなおはそうじゃねぇ。さっきの話じゃねーが、それこそおめぇの一人相撲だぜ、そーだろ?」

 もしかしたら、ものすごくかわいそうなことを言っているかもしれない。だが、手加減してやるわけにはいかないのだ。

 松橋は怒りに震えながら、石富をじっと睨みつけている。

「……俺は、本気だからな。なおから手ぇ引かねーのなら、てめぇの会社にチクるまでよ。会社の人間が信じるか信じねぇかは知ったこっちゃねぇ。要はてめぇがダメージ受けるかどうかだ。お前、自分のこと好きじゃない相手のために、人生棒に振るのか?」

 真剣な顔で石富が言うと、松橋は返事をせず、睨んでいた目をフッと逸らした。何か考えてるのか、しばらく地面をじっと見つめていたが、急に顔を上げ、石富に向かって言った。

「……わかった。秋家さんとは別れる。でもあんたに言われたからじゃねぇから、そこは勘違いすんな。じゃーな」

 松橋はそれだけ言うと、ポケットから鍵を取り出し、止まっているレクサスに乗ろうとした。石富はやっぱりこいつのだったか、と思いながら、松橋を呼び止める。

「おい、待てよ」
「なんだよ」
「ちゃんと約束しろ。二度とここには来ない、そんでなおに、二度と会わないって」
「……約束って、なんだそりゃ……まぁ、いい。もう来ねーよ、絶対。秋家さんにも……もう会わない」

 同情する気はないが、もう会わない、と言った松橋の顔は、やはりつらそうに見えた。

 だが帰り際、車に乗った松橋は、運転席のドアウィンドーを開け、石富に捨て台詞を残して帰っていった。

「おい、あんた。俺ばっかりがあの人苦しめてるみたいな言い方しやがったけどな、1番苦しめてんの、誰だと思ってんだよ」
「……あ?」
「じゃーな、ぼんくら野郎」
「んな、てめ……!」

 だがドアウィンドーはスーッと閉められ、松橋のレクサスは静かなエンジン音を響かせながら発車した。

「くそったれ!誰がぼんくらだ!二度と来るな!」

 石富は憤慨し、車に向かって毒を吐いた。

 が、この約2年後に、石富は松橋に言われたこの言葉を、嫌というほど痛感することになる。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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 | 2008.04.17(木) 00:30 |  | コメント編集

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