2008.04/20(Sun)

君と恋愛、海の色。12

#12

【More・・・】

「嘘つき!俺昨日、奥さんに聞いたんだ!お店のことも、離婚のことも!」

 そう、秋家に泣きながら言われて、石富は驚愕のあまり血の気が引いた。目を見開き声も出せず、ただ、涙ながらに石富を責める秋家の声だけを聞いていた。

 秋家は、本当に久美子に聞いたらしく、全てを知っていた。副料理長だったこと、新支店の料理長に決まっていたこと、そしてそれを断って、ジュリズを退職したこと。離婚に至った原因も、何もかも知っていた。

(奥さんに、聞いただと……?)

 昨日、秋家は石富の家に避難していた。
 また誰かにストーカー行為をされているらしく、その相手が家に押し掛けてきそうだったので、心配になった石富は自分の家に秋家を連れて帰った。

 そして事情を聞いている時、なんでこいつはこんなに危なっかしいんだろう、また殴られたりしてたんじゃないのか、と不安になり、無意識のうちに頬を撫でてしまっていたのだ。それが恥ずかしくなり、外に逃げている間に……よりにもよって石富のことを1番知っている女、久美子が家に上がりこんでいた。

 離婚してから、久美子はたまに石富の家に来ていた。連絡をしてから来いと言っていたのだが、いつも何かのついでに寄っていくものだから、いつの間にか言うのを忘れていたら、最悪のタイミングで久美子は訪ねてきてしまった。

 秋家に余計なことを言ってないだろうか、と気になって、外まで送った時に聞いてみたら、久美子は確かにこう言ったはずだった。

――余計なこと?私は余計なことなんて言ってないわよ。

 それなのに、どうして秋家がなにもかも知っているのだ。

(あのクソ女……!)

 だが久美子にしたら、おそらく嘘を言ったわけではなく、『余計なこと』は言ってないでしょ、という意味なんだと思う。あの気丈な女は、隠してる必要のないことだ、と自分で判断して、秋家に事実を告げたのかもしれない。そしてそれは、もしかしたら正しい判断なのかもしれないが、そんなことは石富にはどうでもよく、ただ、秋家に事実を知られたくなかっただけなのだ。

 だから石富は、久美子にひどく腹が立った。知り合ってからこれまで、あんまりムカついたことなどなかったのに、初めてこんなに腹が立った。

 これだけは、隠しておくつもりだったのだ。秋家は優しいから、こんな話を聞けば絶対に久美子に対して申し訳ないと、勝手に責任を感じて落ち込む。石富に対しても然りだ。自分のせいで辞めさせた、と沈み込むに決まっているのに。

(片付いたと思った後にこれかよ…っ……)

 秋家をストーカーしていた犯人は、今の松橋の交際相手だった。一方的な嫉妬心に駆られて、元恋人に嫌がらせしていた、というなんとも身勝手な理由からだった。だがこれで、秋家の不安は解消され、今日はお互い全部話そう、と秋家の家に来たのに、まさかこんなことになるなんて。

 秋家がここまで感情をあらわにして怒ったのは、初めてだった。石富も、秋家に対してこれほど激しく怒鳴ったのは初めてだ。出会ってから20年、これが初めてした、ケンカだった。

 そして秋家の口から、『重い』という言葉が出た時、石富はカッとなり、衝動的に秋家を押し倒していた。
 一番、恐れていた言葉だった。いくら親友とはいえ、友達のためにここまでするのはどう考えたっておかしい。石富自身、そんなことは百も承知だ。でもどうしても、石富はこの選択しかできなかった。いや、できなかったのではなく、そもそも他に選択肢など存在しなかったのだ。

 だから石富にとって、秋家を選んだことはとても自然なことだけれど、秋家にとっては不自然な重い足枷でしかない。そんなもので縛り付ける気など、石富にはなかったのに。

 重い、おかしい、嬉しくない。
 そんな風に思われることは予測していたが、実際本人に言われると、予想以上にぐっさり傷ついた。一緒に仕事している自分を否定されたような、ひどく悲しい気分になった。でも、それ以上に怒りが湧いた。

 秋家は、たとえこういうことを思っても、決して口にするような人間ではないはずだった。無闇に人を傷つけたりしない。
 それなのに、なぜ今はこうも攻撃的なんだろう。それほど、石富のしたことが許せないんだろうか。
 知らず肩を押さえつけていた手に力がこもってしまい、痛い、と言われてハッとした石富は、秋家の上から体をのかせた。

 すると秋家は、背中を向けて黙った石富に、ゆっくりと、語ってくれたのだ。自分の本心を。

 震えて、消えてしまいそうな声で、ずっとずっと秘めていた想いを、拙い言葉使いで一生懸命伝えてくれた。

 一緒にいるのが、苦しかった。つらかった。忘れたかった。楽になりたかった――もう、会わないでいようと、思ってた……
 
 長年の秋家の苦しみを背中越しに聞きながら、石富は死にそうなくらいの激しい後悔に苛まれた。頭の中が本当に真っ白になり、そして、できることなら、自分を殺してしまいたいと、本気で思った。

(俺は、どこまでバカなんだ……!)

 2年前、松橋に言われた言葉が、頭に浮かんできた。

――1番苦しめてんの、誰だと思ってんだよ。じゃーな、ぼんくら野郎。

 まさにその通りだった。松橋は、秋家の気持ちを知っていたのだ。気付いていて、だからあんなことを言ったのだ。

(1番苦しめてんの、俺じゃねーかよ……!)

 バカな自分のせいで、1番大事な人が長い間苦しい思いをしてきた。守っているつもりなのは自分だけで、本当は傷つけていたんだ――そう思うとたまらなくて、秋家の体を腕の中に抱き寄せた。

 細い腰を抱いて、髪の毛に鼻を寄せると、ほのかに甘い香りがした。ぎゅうっと心臓が引き絞られるようになって、ドクドクと心音が速くなった。
 以前、熱を出して倒れかけた秋家を抱きとめた時も、こんな風に心臓がバカになって、なかなか落ち着いてくれなかった。秋家を抱き締めると、いつもこうなる。

 体温、匂い、触れている肌の感触。全てがたまらなくて、どうしたらいいのかわからなくなる。
 石富は、正直に自分の気持ちを秋家に話した。男には欲情しないが、お前は特別なんだ、と。

 ここまできても、石富は自分の気持ちがはっきりと見えていなかった。湧き出る感情は抑えられないほど激しいのに、それに名前をつけることがまだできない。
 その原因はやはり、昔兄の一矢に言われた、あの言葉だった。

――女とじゃなきゃこんなことできねーだろ?セックスできる『好き』が恋愛だ。お前、自分とおんなじ体してる男と、ヤレるか?

 まるで刷込みのように、14歳の時に植え付けられたこの言葉が、なにより石富を封じていた。

 だが、秋家に誘われるまましてみたキスは、全くなんの抵抗も石富の中に生まなかった。むしろキス1つでこんなに興奮したのは初めてで、夢中で秋家にくちづけた。そうなるともう、発情した体は止められなくなり、裸になった秋家を見て間違いなく男であると再確認しても、欲望は止まるどころか一層激しくなった。

 石富にとってセックスといえば、溜めないために出す行為、という認識の方が強かった。排泄行為と同じで、溜めれば体を悪くするから、日常的に行わざるえない、1つの生理現象なのだと思っていた。だから、ことの最中には可愛いと思っていた女が、終わった途端そこまで思えなくなるのだと、そんな考えを持っていた。あの久美子ですら、それだけはどうしようもなかったのだ。

 それなのに、今。
 秋家を抱く自分は、これまでの自分とは何もかもが違っていた。出すためだなんて、そんな考えは一切なく、秋家が可愛くて可愛くて、大事にしたい、優しくしたい、気持ちよくしたいと、とにかく『してあげたい』という気持ちばかりが溢れ出てくるのだ。

 抱いている間中愛しさが止まらなくて、そして秋家と1つにつながった時、ぱりん、と心の中の殻が、完全に砕けた。
 ああ、答えは、こんなに簡単なものだった。

 なおが好き。
 なおにずっと、恋をしていた。

 わかってしまえば、後はもう、自然に愛し合うだけだった。愛し合っている2人が抱き合う行為というのは、生殖などとは全く別のとろこにある話だと、初めてそう思った。
 でも、それは決して何も生まない行為なんかじゃない。男同士でも、そこには確かに、とても大事なものが生まれている。少なくとも、自分達の間には。

 石富は、体以上に心の中が温かく満たされていた。

 眠ってしまった秋家を腕の中に抱き締め、言葉に表すことのできない幸福感に浸った。
 そして、心から愛する人とのセックスというのは、終わった後にこそ幸福を感じるものなのだと、初めて知った。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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