2008.04/27(Sun)
君と恋愛、海の色。15
#15
顔を合わすのは実家でたまたま会った時とかその程度で、だから一矢の生活状況などは、母親に聞かない限り石富は全く知らないし、気にもしていなかった。仲が悪いというわけではないが、兄弟なんて大人になれば、どこもそんなものなんじゃないかと思う。
別に会わなくても、元気でやってればそれでいい。たまに顔を会わせて、元気か?の一言で、充分つながっていられる。それが兄弟、家族なんじゃないだろうか。
最後に兄の近況を母親に聞いたのは、数ヶ月前くらい、年明けに家に行った時だったと思う。その時母親は、大きなため息をつき、『また離婚するのよ、あの子』と呆れたように言っていたから、今一矢はバツ3になっているはずだった。
石富が高校生の時にできちゃった結婚をして1年で別れた一矢は、2年後に再婚し、3人も子供を儲けておきながら、7年ほどでまた離婚した。いずれも子供は奥さんの方が引き取っているが、養育費や子供との面会についてまでは詳しく聞いていない。
そして2人目との離婚後のわずか1年後に、3回目の結婚をして、また3人も子供を作った。それなのに、もう離婚だとは本当に呆れてしまう。石富とて昔の女性関係を思えば偉そうなことを言えた義理ではないが、結婚して子供までいるのなら、もう少し責任感を持つべきだと思うのだ。だがそれを一矢に言っても、結局馬の耳に風だろう。
だから石富には、やたらと甥や姪がいる。最初の奥さんの子供とは一度も会わないまま別れてしまったが、2人目との間の3人の子供には、実家で2,3回会ったことがある。でも、離婚してからは一度も会っていないし、もう顔もあまり覚えていないので、今となっては他人も同然だった。
そして3人目との間の子供は、1番上の子に一度会ったことがあるだけで、今何歳かもよくわからないありさまだ。
母親に『また離婚するのよ』と聞かされてから、その後兄の状況は聞いていなかったが、行くところがない、と石富のところに来るくらいなのだから、何か大変なことがあったのかもしれない。
正直云えば、秋家との2人暮らしを邪魔されるのは、すごく嫌だ。でも理由次第では、数日程度なら仕方がないと思っている。
だからとりあえず一矢の話を聞こうと、家に上がってもらい、秋家の入れてくれたコーヒーを飲みながら、今事情を聞いているところだ。
「1月に離婚してよ、子供は俺が引き取ったんだ」
「え、兄貴が?」
「ああ。あの女、いらねーっつーんだもんよ」
普通は母親が引き取るものなのに、と思い聞き返すと、一矢はあっさりこう言った。それを聞いて、石富はなんだか気分が悪くなった。
一矢も一矢だけど、その奥さんもずいぶんな人間のようだ。母親なのに、自分が引き取ろうとは思わなかったんだろうか。いらないなんて、どういう神経をしていればそんなことが言えるんだろう。
身勝手な大人の都合でいるやらいらないやら、あまりにひどい話で不愉快になってくる。離婚で1番犠牲になるのは、紛れも無く子供達だ。どちらとも離れたくないのに、それを余儀なくされる小さな子供は、きっと心に、深い傷を作る。
「ひどい、ですね……」
おそらく石富と同じ気持ちになったのだろう秋家が、思わず、といった感じで呟いた。
「あ、と…ごめんなさい、俺が言えることじゃないですね」
「ああ、いいよいいよ。ホントのことだしな。ホントにひでぇ女だったよ。オレはびっくりしたね」
自分が口を出す問題じゃなかった、と謝った秋家に、一矢はそう言ってから、離婚の原因やらその後のこと、そして、行くところがないと言った理由を説明し始めた。
まず離婚の原因は奥さんの浮気で、その相手と一緒になりたいから別れたい、子供もいらない、ということで、それをわずかな慰謝料であっさり受け入れた一矢は、離婚後子供を連れて実家に帰った。自分1人では3人も世話しきれないので、母親に面倒を見てもらおうと思ったらしい。
父も母も、当然孫は可愛いだろう。いつもは一矢が離婚したら、離れ離れになってしまっていた孫達が、理由はどうあれ一緒に暮らせるようになった。だから母は、孫の世話を嬉々としてしていたようだ。
そんな矢先、一矢がリストラに合い、3月の中頃から無職になった。すると一矢は、まるで高校生の頃にでも戻ったかのように、放蕩し始めた。
実家という環境が良くなかったのだろう。家賃はいらないし、家にいれば母親がご飯を作ってくれる。父親は60歳を過ぎているが、65歳までは働くといってまだ元気に仕事に行っている。だからすぐに働かないといけない、という危機感が、一矢の中に一切起こらなかった。
昼間は子供と遊んで、子供と一緒に母親に面倒を見てもらって、夜には遊びに出掛ける。そんな暮らしが1ヶ月ほど続いた、つい先週のこと。堪忍袋の緒が切れた母親に、ダラダラするのもいい加減にしろ!と怒鳴られた。そしてついに、普段は静かで大人しい父親までもがぶちキレて、だらけるためにうちにいるのなら出て行け!と激しい怒号を一矢に飛ばした。
「……とまぁ、そういうわけだ」
「そういうわけだじゃねーよ!なにいい年して追い出されてんだよ!どう考えても兄貴が悪いじゃねーか!」
呆れた。まさかこんな情けない理由だとは思わず、石富は頭を抱えたくなった。
離婚については、どうやら相手が一方的に悪いようなので同情するが、行くところがない理由については、完全に一矢のだらしなさが原因ではないか。両親が怒るのも当然だ。
今月の頭くらいに、アパートで使っていたテレビと冷蔵庫をそっちに送っていいか、と電話をした時、母は疲れた声でいいわよ、と言っただけで、一矢のことも子供のことも、何も言わなかった。それまでもその後も、母は電話をかけてくることはなかったのだ。
石富が忙しいことは知っているから、母は気を使ってくれたのかもしれない。店のリニューアル計画のことも話したから、余計にこちらを気遣ってくれて、下手に心配させないようにしてくれたんじゃないかと思う。
それに、孫と37歳の子供の世話で疲れていて、石富に電話をしてまで愚痴をこぼす気力が、単に起こらなかったせいもあるだろう。
「だいたいなんでリストラ!?工場にそんなんあるのか!?」
一矢は、学はないが車が好きで、高校卒業後は知り合いの人がやっている自動車修理工場で働いていた。工業出身なので機械いじりも素人ではなく、好きという気持ちと長年の実務経験で技術を学び、これでも一応、一級自動車整備士の資格を持っているのだ。
高校卒業後働いていた工場は、その知り合いと揉めたとかで10年ほど前に辞めてしまったが、違う修理工場で働いていたはずだ。修理工場でリストラなんて、よく意味がわからなかった。
「リストラっつーか、クビ?社長とケンカしてよ。4月から若いの入るから、おめぇいらねぇっつって。オレも頭きてたから、こんなクソ工場やめてやらぁ!って辞めてやったのよ。あー今思い出しても腹立つなぁ、あのハゲ」
一矢は社長を思い出してか、苦々しい顔をした。よっぽどムカついているのだろうが、今の石富にはその一矢の気持ちを慮ってやることができない。社長とケンカした理由も、おそらく大したことではないのだろう。これ以上呆れたくないので、石富はその理由については聞かなかった。
「ハゲのことは忘れろよ。それより再就職しろって。働いてれば、おふくろに出て行けなんて言われねーだろ?」
事情によってはしばらく泊めてあげてもよかったけれど、こんなバカみたいな理由で秋家と2人の暮らしを邪魔されるのは、ものすごく嫌だ。だがこのままでは、少なくとも再就職できるまでは泊めなければいけないような流れになっている。
どうしよう、と焦った石富の頭に、自分のアパートのことが浮かんだ。4月いっぱいだけでも、あそこに寝泊りさせられないだろうか。その間に就職先が決まれば、邪魔されずにすむ。
「あ、兄貴。俺のアパートはどうだ?1人の方がいいだろ」
「お前のアパート?引き払うんじゃねーのかよ」
「まぁ、そうだけど……でも4月いっぱいはいられるしさ」
「布団あるのかぃ?テレビはぁ?冷蔵庫はぁ?」
テレビも冷蔵庫も、実家に運んであるのを知っている一矢は、バカにしたような顔でわざとそう聞いてきた。こんなことなら、ぎりぎりまで家具も家電も置いておくんだった……と後悔しても、今更だ。
「そうだ。サーフボードなら、置いてあるけど」
「……それでどうしろってんだよ」
生活できんのか。一矢にそう突っ込まれ、もう何も反撃できなかった。一矢はぎゃははと大声で笑いながら、しばらく世話になるわ、と石富の頭をぐりぐり撫で回す。されるがままになっていると、隣で秋家が、くすっと小さく笑った。
「すまん、なお。しばらく兄貴おいてやっていいか?」
「俺はいいよ。ていうか剣二も、お兄さんの前ではちゃんと弟なんだね」
ふふ、と秋家に可愛らしく笑われて、石富は恥ずかしくなった。こんなダメな中年でも、先に生まれた以上兄であり、自分は弟なのだ。どうやっても結局、弟は兄には歯向かいきれないらしい。
「そうか、秋家くんはなおちゃんっていうのか。これからよろしくお願いします」
一矢はうやうやしく秋家に頭を下げた後、じっと秋家の顔を眺めた。
「あの、なにか……?」
「あ、あぁ!思い出した!なおって、そっか!剣二おめぇ、中坊ん時、オレになんか相談してきたよな!あれ、この子のことか!?なおのことす……」
「わぁ――!」
石富は声を上げて一矢の言葉を遮りながら、飛びかかって手で口を塞いだ。どうやら14歳の時に秋家のことが好き過ぎておかしい、と相談したことを、『なお』という名前を聞いて思い出したらしい。
「んだよ剣二!恥ずかしいのかてめぇは。あのな、なおちゃんこいつ……」
「うるせー!黙れこの無職!ダメ中年が!」
「あんだ!?この野郎、弟のくせに!」
あんな恥ずかしいこと、絶対にしゃべらせてたまるか。
ケンカにもっていこうと挑発してやると、一矢はあっさりノッてきた。といっても、一矢もそこまでバカじゃないから、秋家の目の前で本格的なケンカを始めるつもりなどないことは、わかっているようだ。ニヤニヤしながら軽く石富を蹴り飛ばし、馬乗りになってきたかと思うと、腕を組んで楽しそうに笑った。
(最悪だ……ホントにもう最悪だ……)
石富は両手で顔を覆い、心の中で最悪、と繰り返した。
一矢は、就職先が決まるまでここにいるだろう。そしてそれが、1週間以内に決まるとは、とても思えない。
(なおの誕生日が……)
付き合って初めての、秋家の誕生日。
一矢の出現で、石富が考えていたお祝いの計画は、見事に打ち砕かれた。
運良く定休日だから、昼間は少し遠出してデートをし、夜は家で石富が料理を作って、高いシャンパンで乾杯し、そのあとは……とか思っていたのに、どうしてこんなことになるんだ。
大きな不安と不満を抱えたまま、奇妙な3人の生活がスタートした。
【More・・・】
一矢とは、お互い家を出てからはあまり会っていなかった。母親と電話をする時に、たまに話に出てきて近況を知ることはあるけれど、一矢と直接会うことも話すことも、ほとんど皆無だった。顔を合わすのは実家でたまたま会った時とかその程度で、だから一矢の生活状況などは、母親に聞かない限り石富は全く知らないし、気にもしていなかった。仲が悪いというわけではないが、兄弟なんて大人になれば、どこもそんなものなんじゃないかと思う。
別に会わなくても、元気でやってればそれでいい。たまに顔を会わせて、元気か?の一言で、充分つながっていられる。それが兄弟、家族なんじゃないだろうか。
最後に兄の近況を母親に聞いたのは、数ヶ月前くらい、年明けに家に行った時だったと思う。その時母親は、大きなため息をつき、『また離婚するのよ、あの子』と呆れたように言っていたから、今一矢はバツ3になっているはずだった。
石富が高校生の時にできちゃった結婚をして1年で別れた一矢は、2年後に再婚し、3人も子供を儲けておきながら、7年ほどでまた離婚した。いずれも子供は奥さんの方が引き取っているが、養育費や子供との面会についてまでは詳しく聞いていない。
そして2人目との離婚後のわずか1年後に、3回目の結婚をして、また3人も子供を作った。それなのに、もう離婚だとは本当に呆れてしまう。石富とて昔の女性関係を思えば偉そうなことを言えた義理ではないが、結婚して子供までいるのなら、もう少し責任感を持つべきだと思うのだ。だがそれを一矢に言っても、結局馬の耳に風だろう。
だから石富には、やたらと甥や姪がいる。最初の奥さんの子供とは一度も会わないまま別れてしまったが、2人目との間の3人の子供には、実家で2,3回会ったことがある。でも、離婚してからは一度も会っていないし、もう顔もあまり覚えていないので、今となっては他人も同然だった。
そして3人目との間の子供は、1番上の子に一度会ったことがあるだけで、今何歳かもよくわからないありさまだ。
母親に『また離婚するのよ』と聞かされてから、その後兄の状況は聞いていなかったが、行くところがない、と石富のところに来るくらいなのだから、何か大変なことがあったのかもしれない。
正直云えば、秋家との2人暮らしを邪魔されるのは、すごく嫌だ。でも理由次第では、数日程度なら仕方がないと思っている。
だからとりあえず一矢の話を聞こうと、家に上がってもらい、秋家の入れてくれたコーヒーを飲みながら、今事情を聞いているところだ。
「1月に離婚してよ、子供は俺が引き取ったんだ」
「え、兄貴が?」
「ああ。あの女、いらねーっつーんだもんよ」
普通は母親が引き取るものなのに、と思い聞き返すと、一矢はあっさりこう言った。それを聞いて、石富はなんだか気分が悪くなった。
一矢も一矢だけど、その奥さんもずいぶんな人間のようだ。母親なのに、自分が引き取ろうとは思わなかったんだろうか。いらないなんて、どういう神経をしていればそんなことが言えるんだろう。
身勝手な大人の都合でいるやらいらないやら、あまりにひどい話で不愉快になってくる。離婚で1番犠牲になるのは、紛れも無く子供達だ。どちらとも離れたくないのに、それを余儀なくされる小さな子供は、きっと心に、深い傷を作る。
「ひどい、ですね……」
おそらく石富と同じ気持ちになったのだろう秋家が、思わず、といった感じで呟いた。
「あ、と…ごめんなさい、俺が言えることじゃないですね」
「ああ、いいよいいよ。ホントのことだしな。ホントにひでぇ女だったよ。オレはびっくりしたね」
自分が口を出す問題じゃなかった、と謝った秋家に、一矢はそう言ってから、離婚の原因やらその後のこと、そして、行くところがないと言った理由を説明し始めた。
まず離婚の原因は奥さんの浮気で、その相手と一緒になりたいから別れたい、子供もいらない、ということで、それをわずかな慰謝料であっさり受け入れた一矢は、離婚後子供を連れて実家に帰った。自分1人では3人も世話しきれないので、母親に面倒を見てもらおうと思ったらしい。
父も母も、当然孫は可愛いだろう。いつもは一矢が離婚したら、離れ離れになってしまっていた孫達が、理由はどうあれ一緒に暮らせるようになった。だから母は、孫の世話を嬉々としてしていたようだ。
そんな矢先、一矢がリストラに合い、3月の中頃から無職になった。すると一矢は、まるで高校生の頃にでも戻ったかのように、放蕩し始めた。
実家という環境が良くなかったのだろう。家賃はいらないし、家にいれば母親がご飯を作ってくれる。父親は60歳を過ぎているが、65歳までは働くといってまだ元気に仕事に行っている。だからすぐに働かないといけない、という危機感が、一矢の中に一切起こらなかった。
昼間は子供と遊んで、子供と一緒に母親に面倒を見てもらって、夜には遊びに出掛ける。そんな暮らしが1ヶ月ほど続いた、つい先週のこと。堪忍袋の緒が切れた母親に、ダラダラするのもいい加減にしろ!と怒鳴られた。そしてついに、普段は静かで大人しい父親までもがぶちキレて、だらけるためにうちにいるのなら出て行け!と激しい怒号を一矢に飛ばした。
「……とまぁ、そういうわけだ」
「そういうわけだじゃねーよ!なにいい年して追い出されてんだよ!どう考えても兄貴が悪いじゃねーか!」
呆れた。まさかこんな情けない理由だとは思わず、石富は頭を抱えたくなった。
離婚については、どうやら相手が一方的に悪いようなので同情するが、行くところがない理由については、完全に一矢のだらしなさが原因ではないか。両親が怒るのも当然だ。
今月の頭くらいに、アパートで使っていたテレビと冷蔵庫をそっちに送っていいか、と電話をした時、母は疲れた声でいいわよ、と言っただけで、一矢のことも子供のことも、何も言わなかった。それまでもその後も、母は電話をかけてくることはなかったのだ。
石富が忙しいことは知っているから、母は気を使ってくれたのかもしれない。店のリニューアル計画のことも話したから、余計にこちらを気遣ってくれて、下手に心配させないようにしてくれたんじゃないかと思う。
それに、孫と37歳の子供の世話で疲れていて、石富に電話をしてまで愚痴をこぼす気力が、単に起こらなかったせいもあるだろう。
「だいたいなんでリストラ!?工場にそんなんあるのか!?」
一矢は、学はないが車が好きで、高校卒業後は知り合いの人がやっている自動車修理工場で働いていた。工業出身なので機械いじりも素人ではなく、好きという気持ちと長年の実務経験で技術を学び、これでも一応、一級自動車整備士の資格を持っているのだ。
高校卒業後働いていた工場は、その知り合いと揉めたとかで10年ほど前に辞めてしまったが、違う修理工場で働いていたはずだ。修理工場でリストラなんて、よく意味がわからなかった。
「リストラっつーか、クビ?社長とケンカしてよ。4月から若いの入るから、おめぇいらねぇっつって。オレも頭きてたから、こんなクソ工場やめてやらぁ!って辞めてやったのよ。あー今思い出しても腹立つなぁ、あのハゲ」
一矢は社長を思い出してか、苦々しい顔をした。よっぽどムカついているのだろうが、今の石富にはその一矢の気持ちを慮ってやることができない。社長とケンカした理由も、おそらく大したことではないのだろう。これ以上呆れたくないので、石富はその理由については聞かなかった。
「ハゲのことは忘れろよ。それより再就職しろって。働いてれば、おふくろに出て行けなんて言われねーだろ?」
事情によってはしばらく泊めてあげてもよかったけれど、こんなバカみたいな理由で秋家と2人の暮らしを邪魔されるのは、ものすごく嫌だ。だがこのままでは、少なくとも再就職できるまでは泊めなければいけないような流れになっている。
どうしよう、と焦った石富の頭に、自分のアパートのことが浮かんだ。4月いっぱいだけでも、あそこに寝泊りさせられないだろうか。その間に就職先が決まれば、邪魔されずにすむ。
「あ、兄貴。俺のアパートはどうだ?1人の方がいいだろ」
「お前のアパート?引き払うんじゃねーのかよ」
「まぁ、そうだけど……でも4月いっぱいはいられるしさ」
「布団あるのかぃ?テレビはぁ?冷蔵庫はぁ?」
テレビも冷蔵庫も、実家に運んであるのを知っている一矢は、バカにしたような顔でわざとそう聞いてきた。こんなことなら、ぎりぎりまで家具も家電も置いておくんだった……と後悔しても、今更だ。
「そうだ。サーフボードなら、置いてあるけど」
「……それでどうしろってんだよ」
生活できんのか。一矢にそう突っ込まれ、もう何も反撃できなかった。一矢はぎゃははと大声で笑いながら、しばらく世話になるわ、と石富の頭をぐりぐり撫で回す。されるがままになっていると、隣で秋家が、くすっと小さく笑った。
「すまん、なお。しばらく兄貴おいてやっていいか?」
「俺はいいよ。ていうか剣二も、お兄さんの前ではちゃんと弟なんだね」
ふふ、と秋家に可愛らしく笑われて、石富は恥ずかしくなった。こんなダメな中年でも、先に生まれた以上兄であり、自分は弟なのだ。どうやっても結局、弟は兄には歯向かいきれないらしい。
「そうか、秋家くんはなおちゃんっていうのか。これからよろしくお願いします」
一矢はうやうやしく秋家に頭を下げた後、じっと秋家の顔を眺めた。
「あの、なにか……?」
「あ、あぁ!思い出した!なおって、そっか!剣二おめぇ、中坊ん時、オレになんか相談してきたよな!あれ、この子のことか!?なおのことす……」
「わぁ――!」
石富は声を上げて一矢の言葉を遮りながら、飛びかかって手で口を塞いだ。どうやら14歳の時に秋家のことが好き過ぎておかしい、と相談したことを、『なお』という名前を聞いて思い出したらしい。
「んだよ剣二!恥ずかしいのかてめぇは。あのな、なおちゃんこいつ……」
「うるせー!黙れこの無職!ダメ中年が!」
「あんだ!?この野郎、弟のくせに!」
あんな恥ずかしいこと、絶対にしゃべらせてたまるか。
ケンカにもっていこうと挑発してやると、一矢はあっさりノッてきた。といっても、一矢もそこまでバカじゃないから、秋家の目の前で本格的なケンカを始めるつもりなどないことは、わかっているようだ。ニヤニヤしながら軽く石富を蹴り飛ばし、馬乗りになってきたかと思うと、腕を組んで楽しそうに笑った。
(最悪だ……ホントにもう最悪だ……)
石富は両手で顔を覆い、心の中で最悪、と繰り返した。
一矢は、就職先が決まるまでここにいるだろう。そしてそれが、1週間以内に決まるとは、とても思えない。
(なおの誕生日が……)
付き合って初めての、秋家の誕生日。
一矢の出現で、石富が考えていたお祝いの計画は、見事に打ち砕かれた。
運良く定休日だから、昼間は少し遠出してデートをし、夜は家で石富が料理を作って、高いシャンパンで乾杯し、そのあとは……とか思っていたのに、どうしてこんなことになるんだ。
大きな不安と不満を抱えたまま、奇妙な3人の生活がスタートした。
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