2007.12/22(Sat)
笑う策士と不機嫌なエンジェル(中編−2)18禁
中編−2 ※18禁
「高1ん時のなぁ、クリスマスイブの日だ。その当時付き合ってた女に、クリスマスの当日にふられてな……かなりへこんでたんだ。それでふらふら街うろついてたら、いきなりどっかの店の中から子供が飛び出してきてよ。真っ白いモコモコしたコート着て、ふわふわした茶色い髪揺らして。クリスマスで浮かれてたのか、通りすがりの俺に、にっこーと笑いかけてきてなぁ……。俺はマジで、心の底から天使だ、と思ったよ。クリスマスにふられた哀れな俺を、神様が天使に会わせてくれたんだってな」
「……………とても、プラス思考ですね」
なんと言っていいかわからず、ヒカリはとりあえずそのファンタジーなプラス思考を褒めてみた。
(全然覚えてない……)
子供の頃はクリスマスがそれはそれは楽しみで、浮かれて誰にでも笑いかけていた記憶は確かにある。でもその中に高校生の志波がいただなんて、驚く他ない。それにしても、この野蛮人な志波に、天使だとか神様だとか、そんな乙女的思考があったとは、まさに意外としか言いようがない。それともふられたショックで、感傷的になっていただけなのだろうか。
「それでその子供、これまたべっぴんな金髪のおふくろさんと、手つないで歩いて行ったんだ。俺はボケーっと、知らない間にその親子の後をつけてた……」
「……………」
「引くなっつっただろ……」
「それやっぱり、俺……ですよね?」
「お前以外に誰がいるよ。なんかなぁ、もう男でも女でも、そんなことどうでもいいくらいきれいだ、と思ったんだ。まだガキだったお前に、一目惚れしたんだ、俺は。冗談抜きで『俺の天使』ぐれぇの勢いで惚れた」
「……………」
「引くな引くな。まだこれからだぞ」
引いているわけではないのだが、ただ、コメントにとても困る。そんなに前から志波がヒカリのことを好きだったなんて夢にも思わないし、でも、照れているのとはまた少し違うような気がするのだ。志波が言っているのは確かに自分のことなんだろうけど、実感がないヒカリは、ただ単に『志波の思い出』を聞いているだけのような気分なのだった。
「それで家までつけてってさ。お前知らねぇだろ。俺らの実家って、案外近いんだぜ?」
「え、そうなんですか?」
それは知らなかった。まだあまり、お互いの実家や家族について話したことがなかったから、これはヒカリにとって初耳だった。志波は高校を卒業してからすぐに、今の造船所に勤め始めたそうなのだが、家からだとかなり遠かったため、この辺に引っ越したのだという。
「まぁ、それでな。家を知ってから、俺は完全にお前のストーカーだったな」
「………普通に言わないでください……」
ここまでくると、さすがに実感がないとも言っておられず、志波にちょっとだけ引いてしまった。しかし、ヒカリはあの店でナンパされるまで、志波のことなど知らなかったのだが、ストーカーといってもどこまでのレベルなのか、そこが気になるところだ。ヒカリは子供の頃、知らない人に声をかけられたり、どこかに連れていかれそうになったり、そんなことがしょっちゅうあったから。
「ストーカーっつってもたまに家まで行って、お前の姿見てたくらいだけどな。お前に彼女でもできれば、まぁそれなりに割り切って、諦めようと思ってたわけなんだが……高校生になっても、いっこうにお前、女できる様子もねーし、もてねぇはずねぇのによ、なんでかな、とは思ってたんだ。そしたら……」
そこで一旦間を置いた志波に、何を言うのかとヒカリはドキドキした。
「頼人(よりと)って……もちろん知ってるよな?」
「………!」
思わず、ヒカリは振り向いた。知ってるもなにも、頼人はヒカリの前の彼氏だ。大学に入ってからすぐ付き合い始め、志波と会ったあのゲイバーに連れて行ってくれた、3つ年上の先輩。
「頼ちゃん、知ってるんですか……?」
頼ちゃん、とヒカリが呼んだからなのか、志波の顔が不愉快そうに歪む。しかしぼっそりと、ヒカリの質問には答えてくれる。
「まぁな……後輩の1人だな……」
後輩の1人。ヒカリのアパートに住んでいるのも志波の後輩だ。志波は仲のいい後輩が多いのだろうか。ヒカリなんて、そんなに仲良しの後輩なんて1人もいないのに。
「6月の終わりくらいだったか。ゲーセンで頼人に会ってよ。おお久しぶりじゃねーか、なんて言ってたら、お前が『頼ちゃーん』て寄ってきてなぁ……俺はぶったまげたね。なんでこいつといるんだよ!と思って、頼人シメ上げて吐かせたんだ。そしたら恋人だってよ……嫉妬で殺しちまいそうになったけど、お前がゲイなんだって知って、これは絶対手に入れてやるって決めたんだ。
それで頼人にお前の好みだの過去の恋愛なんかも吐かせてな。お前の好みの男になろうと決めた。でも夏頃って、俺はまだ安いボロアパートに住んでて、とてもお前の好みの『金のある大人の男』からは程遠かったからな……だからとりあえず引っ越した」
なんだかそう言われると、ヒカリが金でしか男を見ていないように聞こえる。でも実際、今まで付き合った人はみんなそうなのだから、そう思われても仕方がないのかもしれない。家が金持ちのぼんぼんだったり、会社の役員や経営者だったり、お医者さんだったり。そうじゃなきゃイヤ、と言ったことは一度もないけど、それに慣れて、甘やかしてくれることが前提で男の人を見ていたことは否定できない。
「言ってなかったけど、俺も一応社長なんだぜ?ヒカリ」
「え……なんのですか?」
「もちろんペンキ屋のだ。俺らはな、造船所の作業員でも、下請けになんだよ。それで去年独立して、会社作った。だからちっさくても会社で、俺は一応社長。つってもまぁ、そこまで俺が儲けてるわけでもねーけどな。でもこれくらいのマンションに住める程度には社長なんだよ」
確かにヒカリは、1LDKとはいえきれいなこのマンションに、志波が1人で住んでいるのを不思議に思ったことがある。造船所って給料いいのかな、と思っていたけど、社長なら納得もいく。
「社長なのは、すごいです。でも俺、志波さんがお金なくても、気にしないのに……」
お金がなくちゃヒカリが好きにならない、と思われているのなら、それはとても悲しい。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。でもな、もし俺が最初からこんな感じで、作業服でナンパしてたらお前、ついてきたか?」
「…………そ、それは、わかりません」
「な?そうだろ?」
とても、痛いところをつかれてしまった。今だからこそ、お金がなくてもちゃんとしてなくても、それでもいいと思うけれど、最初からこれだったら、付き合っていたかすら危うい。
「だから俺は、最初はお前の好みに合わせて自分を作った。惚れさせて完全に手に入れるまでは、自分を隠そうと思ったんだ。すぐ一緒に住みたいって言ったのは、お前を逃がさないためだ。でもまぁ、あそこまで汚ねぇ部屋に呼ぶのは、俺にとっちゃ賭けだったけどな。お前が俺のために我慢して掃除するか、それか完全に嫌われるかどっちかだろうってよ」
「完全に嫌ってたら、どうするつもりだったんですか?」
「そりゃおめぇ、そのまま監禁して閉じ込めるつもりだったさ」
「………うそだ」
「はは、そう冗談でもねーけど。しかしよぉ、掃除の時に女の下着が出てきた時は、死ぬほど焦ったな……お前、今までのやつら全員、女と浮気されたから別れてるだろ?だから血の気が引く思いだったな……」
「そう、でしたね……それも、頼ちゃんに?」
「ああ……」
確かに、ヒカリは今までの彼氏全員に、女の人と浮気されている。頼人だってそうだ。そしてそれが原因で、ヒカリが別れを切り出す形で終わっている。恋愛自体に『うまくいかない』と悩んだことはないけれど、なぜか浮気はされるのだ。
実のところ、今まで付き合った人の中に、ゲイの男はいない。皆バイかノーマルで、だからヒカリは、女の人と関係してしまった彼らを怒ることはしたくなかった。浮気されたことが悩みにならないなんて、ちょっとおかしいとは自分でも思う。でも、嫉妬心よりも、やっぱり、という諦念の方が先に湧いてくる。男が女を好きになることは、自然なことだと思うから。
不自然なのはヒカリの方。男なのに、男の人しか好きになれなくて、男の人に付き合ってもらっている。だからヒカリは、彼らを責められない。女の人と同じ土俵に、立てるはずがないではないか。
(そっか……だから、志波さんがゲイじゃないって知って、ショックだったんだ……)
志波がゲイなら、少なくとも女の人と浮気されることはない。もし浮気されても、相手が男なら勝負することはできると思う。でも、女の人には戦う前から負けていると思うから、ヒカリはいつも逃げていたのだ。
「ヒカリは、俺のこと信じられるか?」
「……どういう、意味ですか……?」
「お前は女相手に勝負するのが怖いんだ。だから逃げる。俺は絶対浮気をしねぇ。おめぇを、逃がさねぇってことだ。それを信じられるか?」
「……信じて、裏切られたらつらいです……」
「そうか……じゃあ、おめぇが信じるまで、俺はずっと一緒にいる。信じさせてやるさ。俺を今までの男と一緒だと思うなよ。お前を、絶対離してやらねぇからな」
「………ほんとですか?」
「ああ、だから……覚悟しとけよ」
元ストーカーはヒカリに熱烈な告白をしたあと、後ろから抱き締めて耳元にキスをした。
今までの男と一緒だと思うな、と志波は言うが、そもそも同じところがあんまりないんだけど、とヒカリは可笑しく思った。でも、そういう意味じゃないのはわかっているから、はい、と素直に返事をした。
「さて、そろそろ出るか。のぼせそうだな」
立ち上がった志波に続いて、ヒカリも風呂場を出た。バスタオルで体を拭いていると、志波が言いにくそうに呟く。
「ところでヒカリちゃん、俺はさっきから君の裸に立ちっぱなしなんだけどな……どうしよう?」
なにが、なんて、わからないほどヒカリは無垢でもない。
ヒカリは志波の股間を見て、それから顔を見上げて言った。
「はい、知ってます。さっきもずっと、背中に当たってましたから」
「………お前って、何気なくアレだよなぁ……まぁ、そういうところもツボなんだけどよ。で、今日の晩飯なに?先にヒカリ食っちまっていーか?」
「今日は……手抜きです……だって!昨日、せっかくぶり大根作ったのに、なんにも言ってくれなかったから!」
思い出したヒカリは、ぷくっと頬を膨らませた。志波もしまったと思ったのか、慌ててごめん、を連発し、機嫌をとるようにヒカリをぎゅーっと抱き締めてくる。
「う、うまかったぞ!でも、もうちょっと煮込んだらもっとうまかったかも……味はよかったんだけどな……はは、ヒカリちゃん、機嫌直して?」
「……もう作りません」
「そう言わないで、な……?」
ヒカリの拗ねた言い方に、志波は顔を覗きこんできて、チュッと唇にキスした。チュッチュッと何回も軽くキスされて、それが次第に深くねっとりと口の中を舐められる頃には、ヒカリの股の間も志波と同じ状態になっていた。
「……ベッド行くか?」
志波に言われて、ヒカリはうっすら赤くなった顔でこくんと頷いた。
バスタオルに包まれ横抱きにされて、寝室に運ばれる間にもキスをされて、いつもなら痛いから少しイヤだと思う無精髭も、なぜか今日はあまり気にならなかった。
部屋の灯りをつけ、ヒカリをベッドに下ろしながら、志波はそのままヒカリの上に跨り、顔中にキスをする。首も耳も全部キスされて舐められながら、志波の右手がヒカリの小振りな性器を握った。
「あっ……ん、ん」
ゆるりと、先走りを塗りこむように大きな手で弄られて、自然に腰が浮き上がってしまう。もう片方の手はヒカリの小さな乳首を押したり摘んだりして、それだけでもイけそうだと思った。
「ヒカリいい匂い……くらくらすんなぁ……いつもいい匂いだけど、風呂上りは特にすげぇな……やべぇよ」
首元に顔をうめながら、志波はうっとりと呟いた。その言葉にヒカリは嬉しくて興奮して、もっと、もっと、と腰を浮かせる。
「あ、あ、志波さ、ん……もっと、強く、して……」
「どこだよ。こっち?それともこっちか?」
「あぁ……!」
性器と乳首を同時に強く弄られて、ヒカリは呆気なく射精してしまった。
「気持ちよかったか?昨日1日してねぇだけなのにな。やらしいなぁヒカリは……」
いつもみたいに意地悪なことを言われて、ヒカリはゾクリと背中が震えるのを感じた。
(なに、今の……)
いつもならひどい、と思うようなセリフだったのに、今日はどうしたのだろう。ちくちくする無精髭もイヤじゃないし、ひどい言葉もイヤじゃない。あんな、志波の過去の話を聞いたから、ヒカリの中で何かが変わったのだろうか。
わからない。でも、確かにいつもと、違っていた。
【More・・・】
あまりに驚いて、ヒカリは振り返った。しかし、見るなっつったろ、と無理矢理前を向かされて、背中に感じる志波の鼓動に、ヒカリの胸もドキドキと鳴り始める。7年前といえば、ヒカリはまだ小学校6年生ではないか。「高1ん時のなぁ、クリスマスイブの日だ。その当時付き合ってた女に、クリスマスの当日にふられてな……かなりへこんでたんだ。それでふらふら街うろついてたら、いきなりどっかの店の中から子供が飛び出してきてよ。真っ白いモコモコしたコート着て、ふわふわした茶色い髪揺らして。クリスマスで浮かれてたのか、通りすがりの俺に、にっこーと笑いかけてきてなぁ……。俺はマジで、心の底から天使だ、と思ったよ。クリスマスにふられた哀れな俺を、神様が天使に会わせてくれたんだってな」
「……………とても、プラス思考ですね」
なんと言っていいかわからず、ヒカリはとりあえずそのファンタジーなプラス思考を褒めてみた。
(全然覚えてない……)
子供の頃はクリスマスがそれはそれは楽しみで、浮かれて誰にでも笑いかけていた記憶は確かにある。でもその中に高校生の志波がいただなんて、驚く他ない。それにしても、この野蛮人な志波に、天使だとか神様だとか、そんな乙女的思考があったとは、まさに意外としか言いようがない。それともふられたショックで、感傷的になっていただけなのだろうか。
「それでその子供、これまたべっぴんな金髪のおふくろさんと、手つないで歩いて行ったんだ。俺はボケーっと、知らない間にその親子の後をつけてた……」
「……………」
「引くなっつっただろ……」
「それやっぱり、俺……ですよね?」
「お前以外に誰がいるよ。なんかなぁ、もう男でも女でも、そんなことどうでもいいくらいきれいだ、と思ったんだ。まだガキだったお前に、一目惚れしたんだ、俺は。冗談抜きで『俺の天使』ぐれぇの勢いで惚れた」
「……………」
「引くな引くな。まだこれからだぞ」
引いているわけではないのだが、ただ、コメントにとても困る。そんなに前から志波がヒカリのことを好きだったなんて夢にも思わないし、でも、照れているのとはまた少し違うような気がするのだ。志波が言っているのは確かに自分のことなんだろうけど、実感がないヒカリは、ただ単に『志波の思い出』を聞いているだけのような気分なのだった。
「それで家までつけてってさ。お前知らねぇだろ。俺らの実家って、案外近いんだぜ?」
「え、そうなんですか?」
それは知らなかった。まだあまり、お互いの実家や家族について話したことがなかったから、これはヒカリにとって初耳だった。志波は高校を卒業してからすぐに、今の造船所に勤め始めたそうなのだが、家からだとかなり遠かったため、この辺に引っ越したのだという。
「まぁ、それでな。家を知ってから、俺は完全にお前のストーカーだったな」
「………普通に言わないでください……」
ここまでくると、さすがに実感がないとも言っておられず、志波にちょっとだけ引いてしまった。しかし、ヒカリはあの店でナンパされるまで、志波のことなど知らなかったのだが、ストーカーといってもどこまでのレベルなのか、そこが気になるところだ。ヒカリは子供の頃、知らない人に声をかけられたり、どこかに連れていかれそうになったり、そんなことがしょっちゅうあったから。
「ストーカーっつってもたまに家まで行って、お前の姿見てたくらいだけどな。お前に彼女でもできれば、まぁそれなりに割り切って、諦めようと思ってたわけなんだが……高校生になっても、いっこうにお前、女できる様子もねーし、もてねぇはずねぇのによ、なんでかな、とは思ってたんだ。そしたら……」
そこで一旦間を置いた志波に、何を言うのかとヒカリはドキドキした。
「頼人(よりと)って……もちろん知ってるよな?」
「………!」
思わず、ヒカリは振り向いた。知ってるもなにも、頼人はヒカリの前の彼氏だ。大学に入ってからすぐ付き合い始め、志波と会ったあのゲイバーに連れて行ってくれた、3つ年上の先輩。
「頼ちゃん、知ってるんですか……?」
頼ちゃん、とヒカリが呼んだからなのか、志波の顔が不愉快そうに歪む。しかしぼっそりと、ヒカリの質問には答えてくれる。
「まぁな……後輩の1人だな……」
後輩の1人。ヒカリのアパートに住んでいるのも志波の後輩だ。志波は仲のいい後輩が多いのだろうか。ヒカリなんて、そんなに仲良しの後輩なんて1人もいないのに。
「6月の終わりくらいだったか。ゲーセンで頼人に会ってよ。おお久しぶりじゃねーか、なんて言ってたら、お前が『頼ちゃーん』て寄ってきてなぁ……俺はぶったまげたね。なんでこいつといるんだよ!と思って、頼人シメ上げて吐かせたんだ。そしたら恋人だってよ……嫉妬で殺しちまいそうになったけど、お前がゲイなんだって知って、これは絶対手に入れてやるって決めたんだ。
それで頼人にお前の好みだの過去の恋愛なんかも吐かせてな。お前の好みの男になろうと決めた。でも夏頃って、俺はまだ安いボロアパートに住んでて、とてもお前の好みの『金のある大人の男』からは程遠かったからな……だからとりあえず引っ越した」
なんだかそう言われると、ヒカリが金でしか男を見ていないように聞こえる。でも実際、今まで付き合った人はみんなそうなのだから、そう思われても仕方がないのかもしれない。家が金持ちのぼんぼんだったり、会社の役員や経営者だったり、お医者さんだったり。そうじゃなきゃイヤ、と言ったことは一度もないけど、それに慣れて、甘やかしてくれることが前提で男の人を見ていたことは否定できない。
「言ってなかったけど、俺も一応社長なんだぜ?ヒカリ」
「え……なんのですか?」
「もちろんペンキ屋のだ。俺らはな、造船所の作業員でも、下請けになんだよ。それで去年独立して、会社作った。だからちっさくても会社で、俺は一応社長。つってもまぁ、そこまで俺が儲けてるわけでもねーけどな。でもこれくらいのマンションに住める程度には社長なんだよ」
確かにヒカリは、1LDKとはいえきれいなこのマンションに、志波が1人で住んでいるのを不思議に思ったことがある。造船所って給料いいのかな、と思っていたけど、社長なら納得もいく。
「社長なのは、すごいです。でも俺、志波さんがお金なくても、気にしないのに……」
お金がなくちゃヒカリが好きにならない、と思われているのなら、それはとても悲しい。
「嬉しいこと言ってくれるじゃねーか。でもな、もし俺が最初からこんな感じで、作業服でナンパしてたらお前、ついてきたか?」
「…………そ、それは、わかりません」
「な?そうだろ?」
とても、痛いところをつかれてしまった。今だからこそ、お金がなくてもちゃんとしてなくても、それでもいいと思うけれど、最初からこれだったら、付き合っていたかすら危うい。
「だから俺は、最初はお前の好みに合わせて自分を作った。惚れさせて完全に手に入れるまでは、自分を隠そうと思ったんだ。すぐ一緒に住みたいって言ったのは、お前を逃がさないためだ。でもまぁ、あそこまで汚ねぇ部屋に呼ぶのは、俺にとっちゃ賭けだったけどな。お前が俺のために我慢して掃除するか、それか完全に嫌われるかどっちかだろうってよ」
「完全に嫌ってたら、どうするつもりだったんですか?」
「そりゃおめぇ、そのまま監禁して閉じ込めるつもりだったさ」
「………うそだ」
「はは、そう冗談でもねーけど。しかしよぉ、掃除の時に女の下着が出てきた時は、死ぬほど焦ったな……お前、今までのやつら全員、女と浮気されたから別れてるだろ?だから血の気が引く思いだったな……」
「そう、でしたね……それも、頼ちゃんに?」
「ああ……」
確かに、ヒカリは今までの彼氏全員に、女の人と浮気されている。頼人だってそうだ。そしてそれが原因で、ヒカリが別れを切り出す形で終わっている。恋愛自体に『うまくいかない』と悩んだことはないけれど、なぜか浮気はされるのだ。
実のところ、今まで付き合った人の中に、ゲイの男はいない。皆バイかノーマルで、だからヒカリは、女の人と関係してしまった彼らを怒ることはしたくなかった。浮気されたことが悩みにならないなんて、ちょっとおかしいとは自分でも思う。でも、嫉妬心よりも、やっぱり、という諦念の方が先に湧いてくる。男が女を好きになることは、自然なことだと思うから。
不自然なのはヒカリの方。男なのに、男の人しか好きになれなくて、男の人に付き合ってもらっている。だからヒカリは、彼らを責められない。女の人と同じ土俵に、立てるはずがないではないか。
(そっか……だから、志波さんがゲイじゃないって知って、ショックだったんだ……)
志波がゲイなら、少なくとも女の人と浮気されることはない。もし浮気されても、相手が男なら勝負することはできると思う。でも、女の人には戦う前から負けていると思うから、ヒカリはいつも逃げていたのだ。
「ヒカリは、俺のこと信じられるか?」
「……どういう、意味ですか……?」
「お前は女相手に勝負するのが怖いんだ。だから逃げる。俺は絶対浮気をしねぇ。おめぇを、逃がさねぇってことだ。それを信じられるか?」
「……信じて、裏切られたらつらいです……」
「そうか……じゃあ、おめぇが信じるまで、俺はずっと一緒にいる。信じさせてやるさ。俺を今までの男と一緒だと思うなよ。お前を、絶対離してやらねぇからな」
「………ほんとですか?」
「ああ、だから……覚悟しとけよ」
元ストーカーはヒカリに熱烈な告白をしたあと、後ろから抱き締めて耳元にキスをした。
今までの男と一緒だと思うな、と志波は言うが、そもそも同じところがあんまりないんだけど、とヒカリは可笑しく思った。でも、そういう意味じゃないのはわかっているから、はい、と素直に返事をした。
「さて、そろそろ出るか。のぼせそうだな」
立ち上がった志波に続いて、ヒカリも風呂場を出た。バスタオルで体を拭いていると、志波が言いにくそうに呟く。
「ところでヒカリちゃん、俺はさっきから君の裸に立ちっぱなしなんだけどな……どうしよう?」
なにが、なんて、わからないほどヒカリは無垢でもない。
ヒカリは志波の股間を見て、それから顔を見上げて言った。
「はい、知ってます。さっきもずっと、背中に当たってましたから」
「………お前って、何気なくアレだよなぁ……まぁ、そういうところもツボなんだけどよ。で、今日の晩飯なに?先にヒカリ食っちまっていーか?」
「今日は……手抜きです……だって!昨日、せっかくぶり大根作ったのに、なんにも言ってくれなかったから!」
思い出したヒカリは、ぷくっと頬を膨らませた。志波もしまったと思ったのか、慌ててごめん、を連発し、機嫌をとるようにヒカリをぎゅーっと抱き締めてくる。
「う、うまかったぞ!でも、もうちょっと煮込んだらもっとうまかったかも……味はよかったんだけどな……はは、ヒカリちゃん、機嫌直して?」
「……もう作りません」
「そう言わないで、な……?」
ヒカリの拗ねた言い方に、志波は顔を覗きこんできて、チュッと唇にキスした。チュッチュッと何回も軽くキスされて、それが次第に深くねっとりと口の中を舐められる頃には、ヒカリの股の間も志波と同じ状態になっていた。
「……ベッド行くか?」
志波に言われて、ヒカリはうっすら赤くなった顔でこくんと頷いた。
バスタオルに包まれ横抱きにされて、寝室に運ばれる間にもキスをされて、いつもなら痛いから少しイヤだと思う無精髭も、なぜか今日はあまり気にならなかった。
部屋の灯りをつけ、ヒカリをベッドに下ろしながら、志波はそのままヒカリの上に跨り、顔中にキスをする。首も耳も全部キスされて舐められながら、志波の右手がヒカリの小振りな性器を握った。
「あっ……ん、ん」
ゆるりと、先走りを塗りこむように大きな手で弄られて、自然に腰が浮き上がってしまう。もう片方の手はヒカリの小さな乳首を押したり摘んだりして、それだけでもイけそうだと思った。
「ヒカリいい匂い……くらくらすんなぁ……いつもいい匂いだけど、風呂上りは特にすげぇな……やべぇよ」
首元に顔をうめながら、志波はうっとりと呟いた。その言葉にヒカリは嬉しくて興奮して、もっと、もっと、と腰を浮かせる。
「あ、あ、志波さ、ん……もっと、強く、して……」
「どこだよ。こっち?それともこっちか?」
「あぁ……!」
性器と乳首を同時に強く弄られて、ヒカリは呆気なく射精してしまった。
「気持ちよかったか?昨日1日してねぇだけなのにな。やらしいなぁヒカリは……」
いつもみたいに意地悪なことを言われて、ヒカリはゾクリと背中が震えるのを感じた。
(なに、今の……)
いつもならひどい、と思うようなセリフだったのに、今日はどうしたのだろう。ちくちくする無精髭もイヤじゃないし、ひどい言葉もイヤじゃない。あんな、志波の過去の話を聞いたから、ヒカリの中で何かが変わったのだろうか。
わからない。でも、確かにいつもと、違っていた。
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