2008.05/06(Tue)

君と恋愛、海の色。18

#18

【More・・・】

 翌日、夜の8時を過ぎた頃。常連の女子高生、増岡(ますおか)弥生(やよい)が店にやってきた。ほとんど毎週末、閉店際に、彼女はえつみを迎えに店にやってくる。

「オムライス大盛り1つでーす」
「了解」

 そして、見た目にそぐわず大食いだ。えつみは弥生の注文を石富に伝えると、カウンターに戻って弥生と話を始めた。

(今日はサービスだな)

 いつもよりご飯の量を多めにして、卵も1つ多く割った。特製のドミグラスソースをたっぷりかけて、セットのサラダも量を多くし、生ハムものせてやる。それを石富自らカウンターに持っていき、弥生の前に差し出した。

「うわ、デカ。なんで?大盛りってこんなに多かったかしら。それにサラダも豪華だわ」

 弥生はいつもより大きいオムライスを見て、ビックリした顔をした。そして石富をちらりと見上げ、胡散臭い、とでも言いたげに、眉を片方上げて表情を歪めた。

「なんなの、コックさん。いきなりこんなサービス、すっごいあやしいんですけど」

 警戒してか、なかなかスプーンをつけない弥生に、大丈夫だから食え、と言いながら、石富は事情を説明した。

「お前の父ちゃん、確か外車ディーラーだったよな。整備士1人、いらねーか?」
「整備士?うーん……アタシに言われてもわからないんだけど……パパに聞いてみましょうか?」
「なに、石富さん。コック辞めんの?」

 石富と弥生の会話を横で聞いていたえつみが、にやにやしながら口を挟んできた。

「バカ、俺じゃなくて、兄貴だ」
「へぇ、兄貴なんかいたんだ。なに?無職なの?」
「まぁ、そう、だな……」

 えつみにはっきりと聞かれて、石富は言葉を濁す。さすがに、実の兄が無職と人に話すのは、けっこう恥ずかしい。

「整備士資格持ってんだ?」
「ああ。一応一級らしい」
「そうなんだ。でもなんか、外車は国産よりかなり大変だって聞くよ?一級取っててもあんま関係ねーって話だし」
「へぇ、そうなのか」

 確かに、以前一矢に聞いた話だと、修理工場には外車はもちろん、時々クラシックカーが持ち込まれることもあって、やはり現行の国産車より大変だと言っていた。だが、そういう難しい車をいじる方が、面倒だけど楽しいのだ、とめずらしく覇気のある顔で言っていたので、よく覚えている。
 そうなると、やはりなぜ工場を辞めてしまったのか、気になるところだ。昨日、一矢が見せた不自然な表情が、そう思わせるのかもしれないが。

「それにさ、ディーラーなんて普通に就職すんのもけっこう大変なんじゃないの?まぁでも……これも一応、コネだよね。弥生あんた、オヤジに聞いてやんなよ」
「ええ、聞いてみる」
「すまねーな。頼むわ」
「任せてっ。最近パパ、アタシの言うことよく聞くの。そうだ、えつみさん。最近えっちゃんは来ないのか、ってパパが言ってたわよ」
「げ、なにそれ」

 そのまま弥生とえつみの2人が話し始めたので、石富は厨房に戻った。そして、やっぱり考えが少し甘かったかもしれないな、とため息をついた。
 えつみの言うように、正規ディーラーなど普通に就職するのも狭き門と云えそうだ。しかも今は4月、新入社員が入ったところだろうし、わざわざ40近い人間を中途採用するとは、とても思えない。いくら可愛い娘の頼みでも、聞けることには限界があるだろう。

(やっぱり、無理だよな……)

 気落ちした石富はため息をつくと、お冷用のグラスにコーラを注ぎ、それを飲み干した。お客の入ってくる気配がないことを確認すると、事務室に行き、ノックしてからドアを開ける。

「あれ、剣二。どうしたの」

 デスクの前に座ってパソコン画面を眺めていた秋家は、石富を見て少し驚いた顔をした。ここで秋家が事務仕事をしている時は誰も来ないから、なにかあったのかと思ったみたいだ。石富はちらりと外を確認して、せまい事務室に入った。

「弥生が来たから、兄貴のこと言っといた。オヤジに聞いてみてくれるってよ」
「そうなんだ、うまくいくといいね」
「うーん……難しそうだけどな……」

 石富はそう言うと、ドアは開けたまま秋家に近づき、身を屈めて掠め取るように、チュッと唇にキスをした。

「バカッ、剣二ってば!仕事中はダメだって言ったじゃん!」

 手の甲で唇を押さえて顔を赤くした秋家は、小さく抑えた声で石富に叫んだ。

「なんでそんなに怒るんだよ。もう3日だぜ?ヤってねーどころか、まともにキスもしてねーんだ。これくらいいーだろ」

 そこまで怒るなと、むすっと拗ねた顔をして見下ろすと、微笑んだ秋家は柳眉を下げて、本当に困っているような顔をした。

「お兄さんいるんだし、しょうがないじゃない。我慢しよ、ね」
 
 まるで子供にでも言い聞かせるかのように、落ち着いた口調で言う秋家に、石富はなんだか少しムッとした。自分はこんなに、触りたくてキスしたくて抱きたくてしょうがないのに、どうしてこんなに落ち着いていられるんだろう。秋家は、それほど石富に触れたいとは、思っていないんだろうか。
 
 石富のことを好きだと、告白してくれたあの日。
 キスだけしてくれたらそれだけで嬉しいと、体の関係までは望まなかった秋家だが、それはノーマルである石富が、男とはセックスできないだろう、と思って言ったことのはずだった。だが、今の秋家を見ていると、本当にしなくても平気なんじゃないかと、思えて仕方がない。

 石富は、秋家とセックスがしたいと思う。ただ一緒にいるだけで満足だなんて、そんなきれいなことを言うつもりはない。心の底から好きな相手が側にいて、抱きたくならないなんてそんなのは嘘だ。

 それでももし、秋家が本当にしたくない、と言えば、それなら何もせず、ずっと側にいてもいい。でも、そうじゃないのなら、やっぱり体に触れたいし、つながりたいと思う。それがたぶん恋愛で、それを教えてくれたのは、他の誰でもない、秋家だというのに。
 なのに今、自分と秋家の間に、微妙な温度差を感じている。

 恋人になってから、一矢がやってくる一昨日まで、自分達の間には何も邪魔するものなどなかった。仕事は一緒、家でも一緒、ずっと2人でいて、それが当たり前のようになっていた。セックスだって、石富が望めば秋家は絶対嫌がらないから、望んでくれてるものだと思っていたが――そういえば、秋家から求めてくれたことが、これまで一度でもあっただろうか。

 それどころか、あまりしつこくやりすぎると、本気で嫌がって逃げることすらあった。石富が求めれば必ず応じてくれていたが、本当は嫌だと思う時も、あったのかもしれない。そして、一矢が来たことにより、石富が手出しできない状態ができ、実は内心、ホッとしている可能性も、ないとは云いきれない。

「……なんだよ、なおは、俺としたくねーのかよ」
「そうじゃないけど……しょうがないでしょ?お兄さんに知られるわけにはいかないんだし」

 ね、と言って、秋家はなだめる様に、石富の手をぎゅっと1回握った。
 
(そうじゃない、ね……したい、とは、言わねーんだな……)

 求める気持ちがないことをごまかされているような気がして、石富はイラついたように秋家の手を払いのけた。

「え……」

 秋家は小さく、驚いたような声をあげ、きれいな目を丸くして石富を見上げた。その、少し傷ついたような黒い瞳にどきりとして、とても見ていられなくなった石富は、さっと目を逸らし秋家に背を向けた。

「そろそろ行くわ……」
「………うん……」

 小さく呟く声にずきんと胸が痛くなったが、石富は振り返らなかった。そのまま事務室を出て裏口に向かうと、外に出て胸ポケットからタバコを取り出す。火をつけてから強く吸い込み、フーと一気に紫煙を吐き出すと、石富は頭を抱えるようにしてその場にしゃがみこんだ。

(なにやってんだ、俺……)

 秋家は、なにも悪くないのに。
 一矢に知られるわけにはいかないのは、石富だって充分わかっているのだ。それなのに、そんな当たり前のことを落ち着いて言う秋家が、すごくムカついた。求めているのは自分だけだと思ったら、さらに苛立ちが増した。

 でも、だからといって、あんな傷ついた目をさせたかったわけじゃない。もう二度と苦しめない、傷つけないと、決めたはずだったのに――

(ごめん、なお……ごめん……)

 心の中で謝りながらも、だがその心のどこかには、同じ熱で自分を求めてくれないことへの苛立ちが、確かに存在している。秋家に謝りたい気持ち、そして、責めたい気持ち。どちらも本当で、だからこそ、どうしたらいいのかわからない。

(むずかしいな……)

 初めての恋愛。そして、初めての障害。
 石富はただ、頭を抱えて悩むしかなかった。




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テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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