2008.05/08(Thu)

君と恋愛、海の色。19

#19

【More・・・】

 弥生が返事をしに来てくれたのは、翌日の土曜日、昼を過ぎた頃だった。学校の制服で現れた彼女は、いつものようにカウンター席に座り、めずらしくカレーの並サイズを注文した。

「あれ、お嬢。今日は普通サイズか?」
「そうなの。3時にえつみさんが終わったら、新しく見つけた食べ放題のお店に行かなくちゃいけないから」
「そうか……」

 並とはいえ、1人前を食べてからまだ食べ放題に行くという弥生に、呆れに近いような感心を抱いてしまう。今日はえつみが3時にあがって、交替で晴希が入ることになっているから、それから2人で出掛けるのだろう。

 石富は厨房に戻り、通常サイズのカレーを用意すると、昨日と同じく自分の手で弥生のところに持って行った。

「おまちどさん」
「ありがとう。それでね、パパに聞いてみたんだけど、明日店に来れるなら面接してもいいって」
「マジかよ!?」
「うん。なんかね、新入社員が入ったっていうのに、ベテランさんが肝臓悪くして入院したそうなの。それにね、来月で辞める人もいるんだって。だから外車どれくらい扱えるか面接してみて、もし大丈夫そうならすぐ来てくれてもいいって」
「おお、それはありがてーな。明日の何時だ?」
「えーっとね……」

 弥生はバッグから手帳を取り出し、さらさらとメモをしてそれをぴりっと破くと、はい、と石富に差し出した。そこには店舗の場所、電話番号、弥生の父の名前、面接予定の時間が書かれている。

「お兄さん来れるの?パパに来れるって言っておいていい?」
「ああ、大丈夫だ。サンキュな、弥生。恩にきる」
「ええ。でもまだわからないわよ?面接してみてからだって言ってたし」
「面接してもらえるだけでもすげーことだよ。普通にハローワーク行ったって、絶対無理だろうからな」

 指に挟んだメモを振ってもう一度礼を言い、石富は厨房に戻った。そのまま裏口から外に出て、携帯を取り出し一矢に電話をかける。

『おう、どした』
「あ、兄貴。あのな、明日の2時、絶対時間空けといてくれ」
『ん?別にいーけどよ。なんでだ?』
「面接だよ。運がよけりゃ、即働ける」
『へぇ、どこの工場だ?』
「いや、修理工場じゃねんだ。……ドイツ車の正規ディーラーって言ったら、驚くか?」
『……………冗談だろ?』

 一矢は一瞬黙り、それから訝しむような声でそう言った。どうやら信じていないようである。まぁ、それも当然だろうけれど。

「いや、これがマジなんだ。まぁ、詳しくは帰ったら話すから、とりあえず面接受けれるようにしといてくれよ?」
『ちょ、え、おい、剣二!マジって、マジでか!?すげ、なんだそれオイ!』
「まぁ、そういうことだ。じゃあ晩にな」
『オイ待て……』

 まだ何か言っていたけど、仕事も忙しいので石富は電話をきった。はぁと息をつき、中に戻る。するとタイミング良くえつみがオーダーを入れてきて、了解、と返事をした石富は水道で手を洗った。
 オーダーされたカルボナーラと生姜焼き定食を作りながら、今2階で食事をとっている秋家のことを考える。

 昨日は仕事が終わってからも、秋家とは気まずいままだった。バイトの子達が帰ってから、家に上がるまでの短い時間、2人になれたら謝ろうと思っていたのに、秋家は石富と目が合うと、にこっとヘタクソな笑い方をして、逃げるように裏口から出て行ってしまった。
 だから結局、謝るどころかまともにしゃべってもいない。

(ああもう!どうすりゃいんだよ……!)

 頭の中は、秋家のことばかり。だが調理に意識が集中していなくても、覚えきっている体はちゃっちゃと仕事をこなす。えつみにできたと声をかけると、また次のオーダーが入った。

 その後食事休憩が終わって戻ってきた秋家に、弥生の返事がOKだったことを伝えたが、それからはオーダーを受ける時以外、やはりしゃべることはなかった。

「おつかれさまでした」

 閉店後、9時半になって、晴希がニコニコ顔で石富の横を通りすぎた。土曜日だし、きっとこれから聖一と会うんだろうな、と思うと、羨ましいやら悔しいやらで、不機嫌な石富は晴希をからかうことにした。

「おつかれ、ハル坊。これから彼氏としっぽりか」
「しっ……そ、そりゃ、土曜日だし、会いますけど……しっぽりとか、そういう言い方はオヤジくさいですよ」
  
 ぷいとそっぽを向いた晴希の口の端は上がっていて、オヤジって言ってやったよへへん、とでも、心の声が聞こえてきそうだった。

「おぅ、オヤジ上等だよ。しっぽりはしっぽりだろ。このエロガキめ」
「んなっ、エロガキって……石富さんのエロ親父!」

 晴希はそう叫び、控え室に走りこんだ。そしてすぐに出てくると、べーっと舌を出してから、それでもちゃんとおつかれさまでした、と挨拶だけは言って、裏口から出て行った。
 可愛い晴希に手を振り、少し心も和んだ気がしたが、それも一瞬だった。店内に秋家と2人だと思うと、途端に緊張してくる。片付けと準備が終わり、今日こそは謝ろうと思った石富だったが、帰ろうか、と声をかけてきた秋家が、昨日と同じ顔で笑うものだから……何も言えなくなった。
 なにか、言うべきことがあるはずなのだけど、微笑まれて、帰ろうか、と言われて、そしたらなにも思い浮かばず、口が動かなかった。

 胸の奥に鉛でもつまったような重苦しさを抱え、秋家の後について店を出る。階段にはやはり一矢が座っていて、2人を見るなりパァッと顔を輝かせた。

「剣二、なおちゃん!やっと終わったかぁ。オレァもう、あれから気になってしょうがなかったぜ。んでよ、ずっとここ座ってたら、なんかちっこいのに怪しげに見られたけど。ありゃバイトか?」
「ちっこい……晴希か。ああ、バイトだよ」

 自転車のところに来たら、強面の一矢が階段に座っていたのだ。そりゃ晴希が驚いて不審がっても、仕方がないだろう。母親似の石富と違い、どちらかと云えば一矢は父親似だった。父ほど凶悪でもないが、一矢を知らない晴希から見れば、充分『怪しいおじさん』だったに違いない。

 それから部屋に上がり、秋家が食事の支度をしている間に、石富は弥生にもらったメモを一矢に渡した。

「うちの常連の女の子なんだけどな。父親が社長なんで、ダメ元で聞いてみたら、面接してくれるっつーからさ。場所わかるよな?明日、ちゃんと行ってくれよ?名前言えば、社長に通してくれるらしいから」
「了解だぜ。いやぁ、すげーな、マジで。夢みてぇだよ。サンキュな、剣二」

 一矢は心底嬉しそうに、ニカッと笑った。ここまで嬉しそうにされると、石富としても悪い気分ではない。本当に外車が好きなんだなぁ、と思い、石富もにこっと笑み返す。

「採用されても、頼むから遅刻とかすんなよな」
「するわけねーだろ。オレは基本、無遅刻無欠勤なんだよ」

 弥生のくれたメモにキスをして、一矢はそれをポケットに入れた。
 その後一矢は終始ご機嫌で、石富と秋家が気まずい状態にあることにも、全く気付く様子はなかった。まぁ、元々鈍いというのもあるけれど、今一矢の思考は、世界一有名なドイツ車と、それを修理する自分の姿でいっぱいなのだろう。

 食事が終わり、外階段に出て一矢と一服した後、石富は1人で仏間に入った。
 この2階、間取りこそ3LDKになっているが、寝室である秋家の部屋と客間が8畳なのに対し、この仏間である和室だけは、4畳半と狭かった。ここが広ければ、石富は1人でここに寝たいのだけど、如何せん布団を敷くスペースがないため、仕方なく一矢と客間で寝ているのだ。

 石富は壁際に並べられた2つの仏壇の前に座り、手を合わせた。

(少し、話を聞いてください)

 ウィンド・ベルの前身、風流を経営していた2人が夫婦だったと秋家に聞いたのは、つい3週間ほど前、次郎の命日の日だ。ただの共同経営者ではないだろうな、と思っていたから、聞いてもそんなに驚きはせずに、むしろすんなり納得できた。

(驚いたっていうなら、こっちの方だ)

 石富は仏壇にいくつか並べられている写真立てを、じっと見つめた。
 白黒のそれには、石富が世界一好きな人間とよく似た笑顔の、美しい青年が写っている。よく見れば少し違うのだけれど、初めてこの部屋に通され、この写真を見た時は、なぜ秋家の白黒の写真があるんだ、と思ったほど、若い頃の次郎は、秋家とよく似ていた。

 そしてそんな次郎を愛した西澤に、なにか、親近感というのかどうかわからないが、どうしても他人とは思えない気持ちを、石富は持っている。次郎のことも、秋家に似ているからという理由だけではなく、ただ純粋に、西澤次郎という人物に対して、好意を持っている。

 会ったこともなく、写真と話しか知らないのに、不思議だとは自分でも思う。でも実際、秋家と今のような関係になる以前から、ここには経営状況の報告に来ていたのだが、その時から彼らのことは、『好き』だったように思う。

 そんな2人の前に座り、どうしたらいいですかね、と心の中で問いかける。答えなど返ってくるわけはないが、ただずっと、石富はそこに座って、2人に話し続けた。

(大事にしますって、約束したんすけどね……)

 傷つけちゃいました、と申し訳なく思いながら、石富は西澤の写真を見た。スーツを着て真剣な表情で写っている写真だったが、気のせいか、少し、笑ってくれたような気がした。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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