2008.05/18(Sun)
君と恋愛、海の色。22
#22
「いやー、昨日はちょっと飲み過ぎたなー。二日酔いならねーでよかったよ……なんで人のおごりだとあんなに飲めちまうんだろうな。払いが自分じゃねーから安心すんのかね、はは」
人のおごりだと逆に飲めなくなってしまう石富は、少しは遠慮しろよ、と一矢につっこみ、秋家が入れてくれたコーヒーを一口飲んだ。
「つーか兄貴よ、その頭、ゲンちゃんに笑われなかったのか?」
「は、そりゃおめー、腹抱えて大爆笑よ。短いうえに黒いのなんて、中坊ん時以来だからな」
一矢は中学生の頃にはもう、髪の色を茶色くしていた。今でこそドラッグストアに行けば、様々な種類のブリーチ剤やカラーリング剤が売っていて、誰でも簡単に髪の色を変えることができるけれど、当時はそうはいかなかった。
中学になって色気づいた一矢は、親に見つからないよう冷蔵庫から父親のビールを拝借し、それを風呂場で頭にかけて、脱色していたのだ。それからは、一矢の髪が短いところも黒いところもあまり見なかったので、久々にこうしてきっちり耳を出した黒い頭を見ると、我が兄ながら笑えるビジュアルだと思った。
だが、面接のためにそこまでしたのだな、と思うと、少し一矢を見直した。修理工場の時などは、初出勤でも金髪頭で出かけていたことを思うと、嬉しさは尋常ではないらしい。
「まぁ、そりゃ笑うわな。つーか、実際笑えるよ、それ」
「んだよ、そんなにおかしーか?オレ的にはけっこうイケてると思ってんだけど。なおちゃんどうだ?」
「かっこいいですよ。その方が似合ってると思います」
ふふ、と優しい顔で微笑む秋家に、一矢は本気で照れて、でへっと嬉しそうな顔をした。なに照れてんだよ、と少々ムッとしつつ、褒めた秋家を軽く睨んでみたけれど、その視線は空振りした。
「なおちゃんだけだよ、かっこいいなんて言ってくれんの……たぶん家に帰ったら、ガキにもババァにも笑われるんだ、オレは……」
「そんなことないですよ」
「いや、あるね。子供に『おじさん誰?』って言われるね」
「剣二、てめ」
そう言うと一矢は、秋家のフォローを茶化した石富のお皿から、ベーコンを1枚奪って勝手に食べた。
その後、小学生のような兄弟ゲンカが始まったのだが、石富だけが秋家に注意され、しぶしぶ取られたベーコンは諦め、なんだか負けたような気分で朝食を終えた。
仕事に出る準備をして、3人で玄関を出る。店の裏口に来たところで、一矢は秋家の正面に立ち、手を握ってお礼を言った。
「なおちゃん、ありがとう。世話になったな。見えねーかもしれねーが、オレすっげぇ感謝してっから。剣二だけだったら、ありがとうとか思わねんだけどな」
「いや、俺にも思えよ」
「……とにかく、なおちゃんにはありがとうだ、ホントに」
「そんなっ。なにもしてないですよ、俺なんて。大したお構いもできなくて、すみませんでした」
ぺこりと頭を下げ、お仕事がんばってくださいね、と秋家は微笑む。昨日仲直りしたからか、今日の秋家の笑顔はずいぶんとまっすぐで、きれいだった。あまり兄に見せないでほしいと思うけれど、今日からまた元の生活に戻れることに免じて、目をつぶることにする。
「なお、先に中入っててくれ。俺ちょっと兄貴と話すから」
「うん、わかった。それじゃあ、お兄さん、また遊びに来てくださいね」
「おぅ、絶対来るよ。剣二がいない時にね」
一矢の冗談を軽く流して、秋家は軽く会釈してから店の中に入った。ひらひらと手を振って、一矢は石富に視線を戻す。
「なんだ、剣二。オレは別に話すことねーぞ」
「んー、まぁな……そういえば、今日はどうやって仕事行くんだ?」
「バスだ。オレの車は家だしよ。明日からは車で行くけど」
「ふーん……あのさ、兄貴。今日、家帰るんだよな?俺も、行くわ、家。仕事終わってからだから、10時頃になるけど」
「ふーん……なんだ?どうしたよ、急に」
「うん……ちょっとな、用事、あるんだ」
そんな石富の様子を一矢は気にしていたが、バスの時間5分前になり、夜にな!と言いながら急いで国道の方に走って行った。
それを見送ってから店内に入ると、石富はいつものように開店準備を始める。
(さすがに、緊張すんな……)
実家に行く目的は、むろん家族に話すためだ。だが、許してほしい、と家族の許諾を得に行くわけではない。ただ事実と、自分の本心と、決意を伝えるために行く。
秋家と、恋愛関係にあるという事実。そして、自分は誰よりも秋家が大事であり、それはたとえ家族であっても例外ではなく、つまり家族より、秋家が大事である、という本心。だから、何があっても何を捨てても、秋家とは離れない、という決意。
今すぐ許してくれ、とは云えない。2人共、ごく普通の人達なのだ。いきなり男同士で恋人関係にあると言われても、理解なんぞできるわけがないだろう。特に父親のことを思うと、緊張で胃が痛くなりそうだった。
でも、いつかは話さなければならないこと。
石富は、今日自分の気持ちを話したあと、家族と少し距離をおこうと考えている。そして、何年経ってでもいいから、いつか許してくれたら嬉しいと、そう話すつもりだ。
今すぐじゃなくてもいい、今はただ、自分の本気だけをわかってもらえたらいい。それでももし、絶対許せないというのなら、その時はもう、自分達のことを忘れて、そっとしておいてください。
向こうにとったらずいぶん都合のいい言い分かもしれないが、どうあっても秋家と別れる気がない以上、他に方法が浮かばない。母親は、もしかしたら泣くかもしれないが、母の涙でも、石富の心が動くことはない。ただ、申し訳ない、と思うだけだ。
(親不孝だな、俺も……)
一矢とは違う意味で、迷惑をかけている。むしろある意味、一矢よりひどいとも云える。
石富は子供の頃から、一矢の反動でか、比較的『いい子』だった。だからその分、親は余計にショックかもしれない。
頭の中で家族の反応をシミュレーションしながら、いつものように仕事をする。だが閉店が近づくにつれて緊張が増していき、段々逃げたくなってきてしまった。父親の顔を思い出すと怖くて、まだ話すのは先でもいいかな、なんて矮小な考えまで浮かんできて、カミングアウトがいかに勇気のいることか思い知った。
秋家も、カミングアウトする時にはこんな気持ちだったんだろうか。今更だが、その苦しみを少しでもわかってあげられたのかと思うと、奇妙な喜びのようなものも感じる。そして同時に、やっぱり逃げてはいけない、と思った。
店を閉めて作業も終わり、階段を上がる途中で、石富は秋家に『ちょっと今から実家行ってくる』と声をかけた。
「兄貴の仕事のこともあるし、ちょっと行ってくるわ」
「今から……?そう、わかった。気をつけてね」
秋家も少し不思議に思ったようが、まさか家族に話しに行くとは思わないだろうから、特に追求はされなかった。
石富の車は自分のアパートなので、秋家の車のキーを借りて、月極駐車場に向かった。ブルーのセダンに乗り込み、座席を少し後ろに下げてから、エンジンをかける。久々に実家への道を走っていると、弥が上にも緊張は高まっていった。
昨日の今日でもう話すというのは、尚早すぎるのかもしれない。
でも、なにか1つ、変化が欲しかったのだ。2日後の、秋家の誕生日までに。
【More・・・】
あれだけ酔っぱらっていた一矢だが、翌朝石富が起こすと素直に起床した。二日酔いということもなさそうで、初出勤に緊張もしているようだが、それ以上に楽しみな気持ちが顔に出ている。「いやー、昨日はちょっと飲み過ぎたなー。二日酔いならねーでよかったよ……なんで人のおごりだとあんなに飲めちまうんだろうな。払いが自分じゃねーから安心すんのかね、はは」
人のおごりだと逆に飲めなくなってしまう石富は、少しは遠慮しろよ、と一矢につっこみ、秋家が入れてくれたコーヒーを一口飲んだ。
「つーか兄貴よ、その頭、ゲンちゃんに笑われなかったのか?」
「は、そりゃおめー、腹抱えて大爆笑よ。短いうえに黒いのなんて、中坊ん時以来だからな」
一矢は中学生の頃にはもう、髪の色を茶色くしていた。今でこそドラッグストアに行けば、様々な種類のブリーチ剤やカラーリング剤が売っていて、誰でも簡単に髪の色を変えることができるけれど、当時はそうはいかなかった。
中学になって色気づいた一矢は、親に見つからないよう冷蔵庫から父親のビールを拝借し、それを風呂場で頭にかけて、脱色していたのだ。それからは、一矢の髪が短いところも黒いところもあまり見なかったので、久々にこうしてきっちり耳を出した黒い頭を見ると、我が兄ながら笑えるビジュアルだと思った。
だが、面接のためにそこまでしたのだな、と思うと、少し一矢を見直した。修理工場の時などは、初出勤でも金髪頭で出かけていたことを思うと、嬉しさは尋常ではないらしい。
「まぁ、そりゃ笑うわな。つーか、実際笑えるよ、それ」
「んだよ、そんなにおかしーか?オレ的にはけっこうイケてると思ってんだけど。なおちゃんどうだ?」
「かっこいいですよ。その方が似合ってると思います」
ふふ、と優しい顔で微笑む秋家に、一矢は本気で照れて、でへっと嬉しそうな顔をした。なに照れてんだよ、と少々ムッとしつつ、褒めた秋家を軽く睨んでみたけれど、その視線は空振りした。
「なおちゃんだけだよ、かっこいいなんて言ってくれんの……たぶん家に帰ったら、ガキにもババァにも笑われるんだ、オレは……」
「そんなことないですよ」
「いや、あるね。子供に『おじさん誰?』って言われるね」
「剣二、てめ」
そう言うと一矢は、秋家のフォローを茶化した石富のお皿から、ベーコンを1枚奪って勝手に食べた。
その後、小学生のような兄弟ゲンカが始まったのだが、石富だけが秋家に注意され、しぶしぶ取られたベーコンは諦め、なんだか負けたような気分で朝食を終えた。
仕事に出る準備をして、3人で玄関を出る。店の裏口に来たところで、一矢は秋家の正面に立ち、手を握ってお礼を言った。
「なおちゃん、ありがとう。世話になったな。見えねーかもしれねーが、オレすっげぇ感謝してっから。剣二だけだったら、ありがとうとか思わねんだけどな」
「いや、俺にも思えよ」
「……とにかく、なおちゃんにはありがとうだ、ホントに」
「そんなっ。なにもしてないですよ、俺なんて。大したお構いもできなくて、すみませんでした」
ぺこりと頭を下げ、お仕事がんばってくださいね、と秋家は微笑む。昨日仲直りしたからか、今日の秋家の笑顔はずいぶんとまっすぐで、きれいだった。あまり兄に見せないでほしいと思うけれど、今日からまた元の生活に戻れることに免じて、目をつぶることにする。
「なお、先に中入っててくれ。俺ちょっと兄貴と話すから」
「うん、わかった。それじゃあ、お兄さん、また遊びに来てくださいね」
「おぅ、絶対来るよ。剣二がいない時にね」
一矢の冗談を軽く流して、秋家は軽く会釈してから店の中に入った。ひらひらと手を振って、一矢は石富に視線を戻す。
「なんだ、剣二。オレは別に話すことねーぞ」
「んー、まぁな……そういえば、今日はどうやって仕事行くんだ?」
「バスだ。オレの車は家だしよ。明日からは車で行くけど」
「ふーん……あのさ、兄貴。今日、家帰るんだよな?俺も、行くわ、家。仕事終わってからだから、10時頃になるけど」
「ふーん……なんだ?どうしたよ、急に」
「うん……ちょっとな、用事、あるんだ」
そんな石富の様子を一矢は気にしていたが、バスの時間5分前になり、夜にな!と言いながら急いで国道の方に走って行った。
それを見送ってから店内に入ると、石富はいつものように開店準備を始める。
(さすがに、緊張すんな……)
実家に行く目的は、むろん家族に話すためだ。だが、許してほしい、と家族の許諾を得に行くわけではない。ただ事実と、自分の本心と、決意を伝えるために行く。
秋家と、恋愛関係にあるという事実。そして、自分は誰よりも秋家が大事であり、それはたとえ家族であっても例外ではなく、つまり家族より、秋家が大事である、という本心。だから、何があっても何を捨てても、秋家とは離れない、という決意。
今すぐ許してくれ、とは云えない。2人共、ごく普通の人達なのだ。いきなり男同士で恋人関係にあると言われても、理解なんぞできるわけがないだろう。特に父親のことを思うと、緊張で胃が痛くなりそうだった。
でも、いつかは話さなければならないこと。
石富は、今日自分の気持ちを話したあと、家族と少し距離をおこうと考えている。そして、何年経ってでもいいから、いつか許してくれたら嬉しいと、そう話すつもりだ。
今すぐじゃなくてもいい、今はただ、自分の本気だけをわかってもらえたらいい。それでももし、絶対許せないというのなら、その時はもう、自分達のことを忘れて、そっとしておいてください。
向こうにとったらずいぶん都合のいい言い分かもしれないが、どうあっても秋家と別れる気がない以上、他に方法が浮かばない。母親は、もしかしたら泣くかもしれないが、母の涙でも、石富の心が動くことはない。ただ、申し訳ない、と思うだけだ。
(親不孝だな、俺も……)
一矢とは違う意味で、迷惑をかけている。むしろある意味、一矢よりひどいとも云える。
石富は子供の頃から、一矢の反動でか、比較的『いい子』だった。だからその分、親は余計にショックかもしれない。
頭の中で家族の反応をシミュレーションしながら、いつものように仕事をする。だが閉店が近づくにつれて緊張が増していき、段々逃げたくなってきてしまった。父親の顔を思い出すと怖くて、まだ話すのは先でもいいかな、なんて矮小な考えまで浮かんできて、カミングアウトがいかに勇気のいることか思い知った。
秋家も、カミングアウトする時にはこんな気持ちだったんだろうか。今更だが、その苦しみを少しでもわかってあげられたのかと思うと、奇妙な喜びのようなものも感じる。そして同時に、やっぱり逃げてはいけない、と思った。
店を閉めて作業も終わり、階段を上がる途中で、石富は秋家に『ちょっと今から実家行ってくる』と声をかけた。
「兄貴の仕事のこともあるし、ちょっと行ってくるわ」
「今から……?そう、わかった。気をつけてね」
秋家も少し不思議に思ったようが、まさか家族に話しに行くとは思わないだろうから、特に追求はされなかった。
石富の車は自分のアパートなので、秋家の車のキーを借りて、月極駐車場に向かった。ブルーのセダンに乗り込み、座席を少し後ろに下げてから、エンジンをかける。久々に実家への道を走っていると、弥が上にも緊張は高まっていった。
昨日の今日でもう話すというのは、尚早すぎるのかもしれない。
でも、なにか1つ、変化が欲しかったのだ。2日後の、秋家の誕生日までに。
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