2008.05/21(Wed)
君と恋愛、海の色。23
#23
しばらく玄関前で、できるだけ気持ちを落ち着かせ、よし、と小さく気合いを入れてからドアを開けた。
「ただいま」
石富が玄関に入ると、ドタドタという騒がしい音と共に、子供が2人、奥から走ってきた。女の子と男の子、どうやら一矢の子供のようだ。
女の子の方は髪が長く、顔立ちが少し一矢に似ていて、おそらく4、5歳だろうが、妙に大人っぽい感じがする。背も男の子より高いので、おそらく彼女がお姉ちゃんなのだろう。一方男の子の方は、一矢とはあまり似ておらず、くりんとした大きな目の、可愛らしい顔をしている。体も小さく、姉のパジャマの裾を握りしめ、一歩引いたところでジッと石富を見つめていた。
「こんばんは」
「こ、こんばんわ……」
石富が言うと、お姉ちゃんの方が挨拶を返してくれた。弟の方は相変わらずジッとこちらを見ているものの、姉の後ろに隠れるようにして何も言ってくれない。なんだかその姿は、小さい頃の自分を思い出させた。
石富も子供の時は、遊んでほしくて一矢の後を追いかけ、こうやって服の裾を掴んで、いろんなところについて行った覚えがある。その先で置き去りにされ、迷子になって泣いていたら、お巡りさんに保護されたという、嫌な思い出もあるのだけれど。
「おー、剣二来たか」
奥から一矢が、腕にもう1人小さい子を抱いて現れた。子供は3人だと言っていたから、抱かれているあの子は末っ子なんだろう。
「うん。なぁ、この子達、名前は?」
「そうか、おめー、初めて会うんだったな」
「赤ちゃんの時に1回見たけど……」
「ああ、それはこいつだな。ほら、自己紹介しろ。お前らのおじさんだぞ」
おじさん、と言われると若干ショックだが、事実なのでこればかりは仕方がない。これまであまり一矢の子供達とは仲良くしていなかったが、この子達とは会う機会が多くなるはずなので、ちゃんと叔父として覚えてもらわなくてはならない。尤もそれも、今日のカミングアウトの結果次第なのだが。
「えっと、世利佳(せりか)です、5歳、です」
「世利佳ちゃんね、俺は剣二だ、よろしく。赤ちゃんの時に1回会ったんだけど、覚えてないよな。大きくなったね」
頭を撫でててあげると、世利佳は恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに笑った。その瀬利佳のパジャマを握ったままの弟は、ジッと見つめてくるだけで、やっぱり何もしゃべらなかった。
「こいつさ、すっげぇ人見知りなんだよ。誰に似たんだかな……。佳蓮(かれん)っつって、4歳だ。んで、このチビが次男の世羅(せら)、1歳……えーと、8ヶ月だったか?」
一矢はそれを、腕の中で寝ている世羅本人に聞いている。なぁ、と言いながら、頬を指でちょんちょんとつつき、石富が見たこともないような優しそうな顔をして、微笑んでいる。
(子供の前だと、ちゃんと父親の顔なんだな。つーか、この名前って……)
車じゃないのか、と思ったが、おそらく間違いないだろうから、あえて聞かなかった。
「寝かせてくるわ」
一矢がそう言うと、世利佳が石富におやすみなさい、と言ってくれた。ずっとしゃべらなかった佳蓮も、バイバイ、というように手を振ってくれたので、おやすみ、と言って手を振り返した。
可愛い甥と姪と会えて、いくぶん緊張も解れたようだが、リビングに入って父親の姿を見た途端、再び心臓が、緊張で激しく鳴りだした。
「……ただいま、オヤジ、おふくろ」
「おう、おかえり。一矢のことは、迷惑かけたな」
「おかえり。本当にありがとうね。一矢、喜んでたわよ。それにしても、急にどうしたの?」
めずらしいわね、と言いながら、キッチンにいた母はお茶の入った湯のみを2つ持ってきて、ソファに座った石富の前と、父の前にそれを置き、再びキッチンに戻った。
「お前、よくあんなところに知り合いいたな。一矢に聞いてビックリしたぞ」
茶を啜りながら、父は石富のコネクションに関心したように言った。石富もまた、温かいお茶で落ち着こうと、入れてくれた茶を啜る。
「俺の知り合いってわけじゃなくて、うちのバイトの子の友達なんだよ。まぁ、常連さんていうか」
「そうか。いつになく一矢が張り切っててな、今日は楽しかったって、晩飯の時にずっとしゃべりっぱなしだったんだ。ほとんど何を言ってるのかわからなかったんだが」
「はは、まぁ、そうだよね」
石富と同じで、父にも車の知識は一般的なレベルしかない。専門的なことを言われても、そりゃ意味などわからないだろう。
しばらくして一矢が下りてきたので、母が一矢の分と自分の分のお茶を入れて、ソファに座る。久しぶりに家族4人が勢ぞろいしたその状況に、石富の緊張はマックスになった。
「剣二、なんか用事あるんじゃなかったのか?」
そして茶を飲みながらの一矢のその言葉に、両親が揃ってこちらを向く。ドキッとして、にわかに手が震えてきた。あれだけ固く決心していても、いざ話す瞬間は、やはりものすごく、怖い。
「ああ……あの、さ。用事、というか、聞いてほしいことが、あるんだ」
隣の一矢の顔、そして、対面のソファに座っている両親の顔。順番に見つめてから、石富は言った。
「俺、好きな人が、いるんだ。すっごく、好きで……ずっと、一緒にいたいと、思ってる」
「……好きな人って……剣二、それって、再婚したいってこと?」
母に限らず、当然この時点では、全員がそう思っただろう。初婚の失敗もあって、久美子と離婚してからは、誰も石富に結婚や恋愛について触れてこなかった。
母は、自分が結婚を勧めて同居までさせたのに、それがたった3ヶ月で別居ということになってしまい、いらぬ節介だったんだろうか、と自責していたし、父もまた、ジュリズを辞めると言ってからの、石富と久美子のケンカを毎晩聞いていたから、気を使わせてしまっていた。
だから彼らは、もう結婚しないんだろうか、と気にはしつつも、言い出せなかったと思うのだ。それが今、『聞いてほしいことがある』などと重要そうに話せば、そういう話だと思われても、仕方がないと思う。
でも――
「再婚じゃないよ。結婚は、しない……したくても、できない。だって……」
一旦、言葉を切った石富は、微かに震えている両手をギュッと握り合わせた。下を向いて、はぁ、と短い呼吸をする。
そして、秋家の笑顔を思い出した。泣いた顔を、思い出した。
(なお……)
ふっと、顔を上げ、石富は両親の顔を交互に見ながら、言った。
「俺の、好きな人。女じゃ、ない。………なおだよ。2人共、知ってるよな?俺の、友達。俺は、なおが好きなんだ。1番、大事なんだ――」
両親の顔が、表情が死んだみたいに、固まった。
【More・・・】
数ヶ月ぶりに実家の玄関の前に立ち、石富は大きく深呼吸をした。もしかしたらこれを最後に、二度とこの家の敷居を跨がせてもらえないかも……などと暗い考えが頭をよぎり、ぶるぶると頭を振る。ドッドッと心臓が大きく鳴り、嫌な汗が出てきそうだった。しばらく玄関前で、できるだけ気持ちを落ち着かせ、よし、と小さく気合いを入れてからドアを開けた。
「ただいま」
石富が玄関に入ると、ドタドタという騒がしい音と共に、子供が2人、奥から走ってきた。女の子と男の子、どうやら一矢の子供のようだ。
女の子の方は髪が長く、顔立ちが少し一矢に似ていて、おそらく4、5歳だろうが、妙に大人っぽい感じがする。背も男の子より高いので、おそらく彼女がお姉ちゃんなのだろう。一方男の子の方は、一矢とはあまり似ておらず、くりんとした大きな目の、可愛らしい顔をしている。体も小さく、姉のパジャマの裾を握りしめ、一歩引いたところでジッと石富を見つめていた。
「こんばんは」
「こ、こんばんわ……」
石富が言うと、お姉ちゃんの方が挨拶を返してくれた。弟の方は相変わらずジッとこちらを見ているものの、姉の後ろに隠れるようにして何も言ってくれない。なんだかその姿は、小さい頃の自分を思い出させた。
石富も子供の時は、遊んでほしくて一矢の後を追いかけ、こうやって服の裾を掴んで、いろんなところについて行った覚えがある。その先で置き去りにされ、迷子になって泣いていたら、お巡りさんに保護されたという、嫌な思い出もあるのだけれど。
「おー、剣二来たか」
奥から一矢が、腕にもう1人小さい子を抱いて現れた。子供は3人だと言っていたから、抱かれているあの子は末っ子なんだろう。
「うん。なぁ、この子達、名前は?」
「そうか、おめー、初めて会うんだったな」
「赤ちゃんの時に1回見たけど……」
「ああ、それはこいつだな。ほら、自己紹介しろ。お前らのおじさんだぞ」
おじさん、と言われると若干ショックだが、事実なのでこればかりは仕方がない。これまであまり一矢の子供達とは仲良くしていなかったが、この子達とは会う機会が多くなるはずなので、ちゃんと叔父として覚えてもらわなくてはならない。尤もそれも、今日のカミングアウトの結果次第なのだが。
「えっと、世利佳(せりか)です、5歳、です」
「世利佳ちゃんね、俺は剣二だ、よろしく。赤ちゃんの時に1回会ったんだけど、覚えてないよな。大きくなったね」
頭を撫でててあげると、世利佳は恥ずかしそうにしながらも、嬉しそうに笑った。その瀬利佳のパジャマを握ったままの弟は、ジッと見つめてくるだけで、やっぱり何もしゃべらなかった。
「こいつさ、すっげぇ人見知りなんだよ。誰に似たんだかな……。佳蓮(かれん)っつって、4歳だ。んで、このチビが次男の世羅(せら)、1歳……えーと、8ヶ月だったか?」
一矢はそれを、腕の中で寝ている世羅本人に聞いている。なぁ、と言いながら、頬を指でちょんちょんとつつき、石富が見たこともないような優しそうな顔をして、微笑んでいる。
(子供の前だと、ちゃんと父親の顔なんだな。つーか、この名前って……)
車じゃないのか、と思ったが、おそらく間違いないだろうから、あえて聞かなかった。
「寝かせてくるわ」
一矢がそう言うと、世利佳が石富におやすみなさい、と言ってくれた。ずっとしゃべらなかった佳蓮も、バイバイ、というように手を振ってくれたので、おやすみ、と言って手を振り返した。
可愛い甥と姪と会えて、いくぶん緊張も解れたようだが、リビングに入って父親の姿を見た途端、再び心臓が、緊張で激しく鳴りだした。
「……ただいま、オヤジ、おふくろ」
「おう、おかえり。一矢のことは、迷惑かけたな」
「おかえり。本当にありがとうね。一矢、喜んでたわよ。それにしても、急にどうしたの?」
めずらしいわね、と言いながら、キッチンにいた母はお茶の入った湯のみを2つ持ってきて、ソファに座った石富の前と、父の前にそれを置き、再びキッチンに戻った。
「お前、よくあんなところに知り合いいたな。一矢に聞いてビックリしたぞ」
茶を啜りながら、父は石富のコネクションに関心したように言った。石富もまた、温かいお茶で落ち着こうと、入れてくれた茶を啜る。
「俺の知り合いってわけじゃなくて、うちのバイトの子の友達なんだよ。まぁ、常連さんていうか」
「そうか。いつになく一矢が張り切っててな、今日は楽しかったって、晩飯の時にずっとしゃべりっぱなしだったんだ。ほとんど何を言ってるのかわからなかったんだが」
「はは、まぁ、そうだよね」
石富と同じで、父にも車の知識は一般的なレベルしかない。専門的なことを言われても、そりゃ意味などわからないだろう。
しばらくして一矢が下りてきたので、母が一矢の分と自分の分のお茶を入れて、ソファに座る。久しぶりに家族4人が勢ぞろいしたその状況に、石富の緊張はマックスになった。
「剣二、なんか用事あるんじゃなかったのか?」
そして茶を飲みながらの一矢のその言葉に、両親が揃ってこちらを向く。ドキッとして、にわかに手が震えてきた。あれだけ固く決心していても、いざ話す瞬間は、やはりものすごく、怖い。
「ああ……あの、さ。用事、というか、聞いてほしいことが、あるんだ」
隣の一矢の顔、そして、対面のソファに座っている両親の顔。順番に見つめてから、石富は言った。
「俺、好きな人が、いるんだ。すっごく、好きで……ずっと、一緒にいたいと、思ってる」
「……好きな人って……剣二、それって、再婚したいってこと?」
母に限らず、当然この時点では、全員がそう思っただろう。初婚の失敗もあって、久美子と離婚してからは、誰も石富に結婚や恋愛について触れてこなかった。
母は、自分が結婚を勧めて同居までさせたのに、それがたった3ヶ月で別居ということになってしまい、いらぬ節介だったんだろうか、と自責していたし、父もまた、ジュリズを辞めると言ってからの、石富と久美子のケンカを毎晩聞いていたから、気を使わせてしまっていた。
だから彼らは、もう結婚しないんだろうか、と気にはしつつも、言い出せなかったと思うのだ。それが今、『聞いてほしいことがある』などと重要そうに話せば、そういう話だと思われても、仕方がないと思う。
でも――
「再婚じゃないよ。結婚は、しない……したくても、できない。だって……」
一旦、言葉を切った石富は、微かに震えている両手をギュッと握り合わせた。下を向いて、はぁ、と短い呼吸をする。
そして、秋家の笑顔を思い出した。泣いた顔を、思い出した。
(なお……)
ふっと、顔を上げ、石富は両親の顔を交互に見ながら、言った。
「俺の、好きな人。女じゃ、ない。………なおだよ。2人共、知ってるよな?俺の、友達。俺は、なおが好きなんだ。1番、大事なんだ――」
両親の顔が、表情が死んだみたいに、固まった。
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