2008.05/24(Sat)

君と恋愛、海の色。24

#24

【More・・・】

 水をうったように静まりかえった部屋。
 石富は、父を見て、母を見て、それからそっと、視線を逸らせた。微かに震える息を吐き、やり場に困った視線は自然と、テーブルの上の湯飲みに注がれた。
 
 しばらく、呼吸の音すら聞こえなかった中、かさりと衣擦れの音がして、石富はどきりとする。ちらりと音のした方を見ると、父が腕を組んで、ソファにもたれかかっていた。だが、そうして黙って腕を組んだだけで、何も、言葉は発しなかった。
 その沈黙が妙に恐ろしく、父が今何を考えいるのかと思うと、不安でどうしようもない。

 重い、心地の悪い沈黙はとても長く感じられて、何か言うべきだろうか、と口を開きかけた石富だったが、それより早く、隣に座っていた一矢が口を開いた。

「おい、剣二……それ、どういう意味だよ……」

 低く、焦りの滲むような声で言われて、石富は一矢を見た。眉を寄せ、信じられない、という表情をしている一矢に、石富は真剣な顔で言う。

「言葉通りの意味……俺はあいつのこと、恋愛感情って意味で、好きってこと」

 きっぱりと告げる石富に、一矢の顔はあからさまに歪められた。それは、嫌悪なのか軽蔑なのか、あるいはその両方か。異質なものを見るような眼差しはさすがにつらいけれど、おそらくこれが、一般的な人間の反応なのだろう。しかも、一矢は今朝までその現場である2人の家にいたのだ。自分が寝泊りしていたところが、『そういう意味』のある空間だったと知れば、なおさら嫌悪感は増すかもしれない。

 それはもちろんショックなことだし、傷つくことでもある。でも、だからといって、一矢を責めることができるわけもない。ただ、せめて秋家のことだけは、悪く思わないでほしいと、それだけを願った。石富をどう思おうとそれは仕方がないけれど、秋家だけは、たとえ一矢の心の中だけであろうと、傷つけられたくない。

「おい、なに言ってんだよ……確かになおちゃん、可愛いけどよ……男、じゃねーか。恋愛感情ってよ、んなバカな話あるかよ。信じらんねーよ……わかってんのか?男なんだぞ?」
「……わかってる。でもなおは、特別なんだ」

 一矢の顔はますます歪められる。石富は、またつらくなった。わかってくれるとは思っていなかったが、いざこうやって、真っ向から否定されるような表情を向けられると、ものすごく悲しい。

 自分と秋家は愛し合っている。それは他の、男女で恋愛している人間達と、少しも変わらない。それなのに、男同士というだけで、その事実すら信じてもらえないんだろうか。秋家を想う心まで否定されているようで、悔しかった。

「剣二、あなた……」

 すると、ずっと黙ったままだった母親が、重そうに口を開く。

「どうして、なのよ……今までずっと、女の子と付き合ってたじゃないの。結婚もしたでしょう……?どうして今、そうなるのよ……まさか、久美ちゃんと別れたのって、なお君のせいなの……?」

 母の声は微かに震えていて、目は見開かれ、目尻にはうっすら涙が溜まっていた。兄が向ける表情とは違うけれど、それでも彼らの顔は、石富をどんどん悲しくさせていく。そのうえ母は、久美子と離婚したのは秋家のせいだと思っているようで、それがさらに、気持ちを沈ませる。

「……いや、それは違う。確かに、久美子とケンカして別居することになったのは、俺がジュリズ辞めたせいだけど……その時は、まだその……そういう、関係じゃなかったから。だからなおは、離婚には関係ない」

 秋家が離婚に全く関係ないかというと、決してそういうわけでもない。少なからず石富には、久美子より秋家を選んだという自覚があるから、関係ない、というと嘘になる。だが、それは勝手に石富がしたことであって、秋家は何も、知らなかったのだ。だから『秋家のせい』などと思われるのは、絶対に嫌だった。

「関係ないって言っても、現にあなた、ジュリズを辞めてから、なお君と喫茶店始めたんじゃないのよ……あなた、久美ちゃんと仲良かったでしょう……?うまく、いってたじゃないの。一緒に東京に行くって、はりきってたじゃないの…っ…ちゃんと、女の久美ちゃんのことが、好きだったんじゃ、ないの!?………なお君は、男で、しょうが…っ……!おかしいわよ、そんなこと……!」

 段々激昂してきて声が大きくなった母の目から、涙が零れた。怒りなのか悲しみなのか、わなわなと体を震わせ、じっと石富を睨むように見つめてくる。
 その眼差しにも、おかしい、という言葉にも、ズキリ、と胸が痛くなった。ある程度の雑言は予想していたが、本当に言われてしまうと、さすがに堪える。悪意があるわけではないとわかっていても、自分達の恋愛が世間的にどう思われているか思い知らされているようで、悔しくて、悲しい。

「友達で、いいじゃないの!それが当たり前で、普通のことなのよ!男同士でどうこうなんて、不潔なことを言うのは、やめてちょうだい…っ……!」

 母はとうとう、手で顔を覆って泣き出した。
 そして石富は、不潔、という言葉に、心臓をえぐられたようなショックを受けた。気持ち悪いとか、そういう言葉は予想していたけれど、これは考えていなかった。だからなのか、母からのその言葉に、一気に心がへし折られてしまう。

 石富は俯き、震える唇を噛みしめた。
 なぜ、いけないのだ。誰かを愛して、愛されて、優しくして、優しくされて。その、かけがえのない相手が自分と同じ性別というだけで、どうしてそれが、汚いことのようにされてしまうんだろう。
 秋家を想う気持ちは、石富の中で1番正しくて、美しいものなのに――

「………おい、剣二。おふくろ泣いちまったじゃねーかよ……おめー、それ、いつからだ?いつから、なおちゃんとそういう付き合いなんだ?」
「………去年の、12月」

 一矢の質問に、ぼそりと力ない声で答える。母の嗚咽が聞こえてきて、耳を塞ぎたくなった。

「最近じゃねーかよ……中坊ん時のあれ……さすがに今、あん時と同じことは言えねーけどよ。でも、なんか……勘違いってことは、ねーか?なぁ、よく考えてみろよ。おめー、ホモじゃねーだろ?いつもなおちゃんと一緒にいて、なんかよくわかんなくなってんじゃねーの?ああ、そーかひょっとして、久美ちゃんと別れてから、ずっと彼女いねーんじゃねーの?それでだって。だから、な、女作れよ。そしたらそっちがいいって、ぜってー思うって」

 あの時と同じことは言えない、と言いながら、結局同じことを言っている。14歳の時もこうして、『彼女を作れ』と一矢は言った。あの時、一矢に相談なんかしたばかりに、気持ちが抑え込まれてしまったのだ。こうすれば、また弟が言う事を聞くとでも、思ったんだろうか。

 もう、あの時のような子供じゃない。兄の言う事をなんでも聞く、弱い弟じゃない。

「……勘違いじゃないよ。兄ちゃん」
「にぃ……て、剣二……?」

 高校生に上がったくらいから、一矢のことは『兄貴』と呼ぶようになった。友達の前で兄のことを『兄ちゃん』と呼ぶのが恥ずかしいと思い始めたからで、それからはずっと、兄貴と呼んでいる。
 だから今、あえて石富は、一矢を『兄ちゃん』と呼んだ。もちろん、皮肉を込めて。

「俺、あの時は、兄ちゃんの言うこと全部信じたよ。親友のこと好きなのは当たり前だって言われて、そうなのかって思った。でも、今は違う。なんも知らねーガキじゃねーんだ。自分の気持ちくらい、自分でわかる。これが、勘違いじゃねーってことくらい、てめーでわかるんだよ…っ……」

 これが、と石富は、拳を握った右手を、自分の左胸にトンとぶつけた。
 この気持ちが勘違いなわけがないだろう。勘違いで、男とセックスできるはずがないだろう。

 まっすぐに、突き刺すように一矢を見つめた。真剣なのだ、とわかってほしくて、視線に強い意志を込める。だが一矢は、それでも信じようとしなかった。

「な、なにがわかるだ!勘違いじゃなかったら、なんだっていうんだよ!確かにな、なおちゃんはちょっと、ありえねーくらいきれいだよ。でもな……いや、だからか。だから、勘違いしちまってんだよ。見た目きれいだから、それでおめー、思い違いしてんだって!じゃないと、おかしいだろ?」
「違う……!違うって、言ってんのに……っ…」

 伝わらない。秋家を好きだという気持ちすら、信じてもらえない。
 どう言えばいいんだ、と頭を抱えていると、泣いて俯いていた母が、口を開いた。

「違わないわ……一矢の、言う通りよ」

 ティッシュで目元を拭いながら、顔を上げた母が再び石富を目で捉える。その目に、石富は反射的に心を構えた。

「剣二、あなた勘違いしてるのよ。だってこんなの、おかしいわ……普通に、女の子好きなんでしょ?だからあなた、なお君に誘われて、ちょっとその気になってるだけなのよ。そうじゃないと、ありえないもの……おかしいでしょう……お願いだから、目を覚ましてちょうだい」

(なお君に、誘われて、だと……?)

 プツ、と頭の中でなにかが切れた。
 ぎりり、と音がするほど、石富は歯を食いしばり、血が滲みそうなくらい手を握りしめる。

 許せなかった。秋家のことを、少しでも悪く言われるのは、たとえそれが実の親でも、絶対に許せない。
 握りしめた手が、怒りにわなわなと震える。

「……違うって、言ってんじゃねーかよ…っ……さっきから、なんでそうやってなにもかも、勝手に決めつけるんだ!」
「剣二!」
 
 立ち上がって叫んだ石富を咎めるように、母が叫ぶ。子供を叱責するみたいなその目に、石富の怒りはさらに増した。

「なおに誘われたわけでも、勘違いでもねーよ!俺が、俺自身がなおのこと好きなんだ……!くそ…っ……話して、いつかわかってくれたらいいとか、思ってたけど、こんなかよ……もういい!あんたらにわかってもらおうなんて、俺が間違ってた……!」

 いきなり受け入れ姿勢で話を聞いてもらえるなどと、甘いことを考えていたわけでは決してない。だが、いくら悪い展開をシミュレーションしていても、いざその時になると、それも全く役にたたないのだと、今更気がついた。

 人の感情、思考、表情、言葉、その場の空気や温度、それはそこでしかわからないことで、だから予定は、必ずその通りにいくとは限らない。

 もう、どうでもいい。
 こんな家族なら、いらない――

 だから石富は、もう帰ろうと思った。それでこのまま、この勝手な家族と縁が切れても、それならそれでかまわないと思った。

(帰ろう……なおに、会いたい)

 リビングを出ていこうとする石富に、母と一矢が待ちなさい、と声を荒げる。当然そんなものは無視して、すたすたとドアに向かって歩く。だが。

「待ちなさい、剣二」

 低く、抑揚のない声で呼び止められ、どきんとした石富は、ドアノブを掴んでいた手を止めた。ゆっくりと後ろを向き、その声の主の目を、じっと見つめる。

「お前、このまま帰って、本当にいいのか?」

 ずっと黙ったままだった父の顔は、怒っているわけでも、悲しんでいるわけでもなく、ただいつものように、無表情だった。



【御礼】
いつもたくさん拍手をいただいて、本当にありがとうございます。
やる気の源です(*^^*)
拍手内コメントにもありがたいお言葉をいただいて、とても嬉しく、いつも感謝しています。
この作品が終わりましたら、おこがましいとは思いますが、御礼SSという形でお返しできたらと思っております。

Kさま、Sさま、Lさま、Kさま、Kさま、Tさま、Kさま、Sさま、Pさま、Sさま、Kさま、Kさま(Kの方が多いですが、それぞれ別の方です><)、それから、お名前のご記入のない方々も、本当にありがとうございます。
がんばれます(・∇・`〃 ) !

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

16:14  |  君と恋愛、海の色。  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

コメントを投稿する

URL
COMMENT
PASS  編集・削除するのに必要
SECRET  管理者だけにコメントを表示  (非公開コメント投稿可能)
 

▲PageTop

 | BLOGTOP |