2008.05/27(Tue)
君と恋愛、海の色。25
#25
母にも兄にも腹が立っていて、別にもうわかってくれなくてもいいと思ったし、このまま二度と会わなくなっても、かまわないと思った。だが父の言葉は、その自棄な決心を、ひどく鈍らせる。
(んなこと言ったってよ……こいつら、話聞かねーし……)
母も兄も、石富の話を理解するどころか、事実の肯定すらしてくれないのだ。これでは話し合う以前の問題だし、そういう父だって、黙ったままで何も言ってはくれないじゃないか。会話にならないのなら、いても意味はない。
だが、このまま最悪の形で家族と別れてしまって、この後絶対後悔しないかと言われれば、それも自信がない。日が経って怒りが治まると、本当にあれでよかったのかと、少なくとも迷いは生じるはずだ。
(どうしろってんだよ……!)
思いがせめぎ合って、石富はドアノブを握ったまま、まだ動けない。
「お父さんの言う通りよ。話はまだ終わってないんだから。こっちに来て座りなさい」
じっとしたまま考えていると、今一番聞きたくない母の声が聞こえた。まるで父に便乗したような台詞にも、子供に言うような口調にも、ムカッと苛立ちが増す。
「話って、俺の言う事信じもしないくせに、これ以上なに話すってんだよ……」
「信じるもなにも、あなたがおかしなことを言うからでしょう。子供が間違えてたら、それを正すのが親の役目だわ」
「な……」
この、母は。どこまで石富の言葉を無視する気なのだろう。頭ごなしに石富を『間違えている』と決め付け、自分が正しいと信じきっている。そして正しい自分が、間違った子供を修正するべきだと言っているのだ。
眩暈がしそうだった。年も年だし、ある程度頭が固いのは仕方がないこととはいえ、ここまでひどいとは思っていなかった。母の場合、同性愛に偏見があるというよりも、存在そのものを否定しているように思える。
ありえない、おかしい、間違っている。
だから母の口からはこういう言葉ばかりが出てきて、石富の話を現実のものとして解釈できないのだろう。そしてそれは、おそらく一矢にも、同じことが言える。話し合おうとしたところで、これでは堂々巡りになるのがおちだ。
「……だからさ、そういうとこが、話しても無駄だっつってんだけど……わかんねーかな……」
呆れと虚しさと絶望が混じったような、どろどろした気分だった。そしてそれを全面に出すような低い声で、うんざり、といったように手で顔を覆いながら、石富は母に言った。すると母はそれが気に入らなかったのか、ヒステリーでも起こしたかのように叫びだした。
「わかってないのは、あんたでしょう!どうして、自分でおかしいと思わないの!?道を外れてるとは考えないの!?あんただけじゃないわよ、なお君だって……っ」
「やめないか!」
急に響いた父の一喝に、父以外の全員がびくっと身を竦ませた。むろん、1番驚いているのは、ヒス声を遮られた母本人で、目を剥いて父を凝視している。リビングは一瞬で、シーンと静まり返った。
「母さん、言葉を選べ。言ってしまったら取り返しがつかないんだぞ。剣二は、俺達の子じゃないか。こいつがどういう性格か、お前もよくわかってるだろう。自分のことではあまり怒らないが、人のために怒る。そうだろう?」
父に同意を求められ、母はまた今にも泣きそうな顔で、こくんと頷いた。そしてテーブルの上のティッシュを2枚引き抜くと、目元を押さえながら鼻を啜り始める。
父は、さっき母が何を言おうとしたのか、瞬時に予想がついたのだろう。だから言わさないように母を止め、そのことを咎めている。
『なお君だって……』。考えたくもないが、なにか秋家に対して、ひどいことを言うつもりだったんだと思う。それを聞いていたら、その時こそ石富は、この家を、家族を、捨てていたかもしれない。父は、それを止めてくれたのだ。
「……剣二、お前は昔から、いい子だったな。ちゃんと勉強もするし、言うことも聞くし。でもお前は、実はものすごい頑固者なんだ」
「え……?」
「いつだったか……お前小学校の、3年だったか?みちおを拾ってきた時だ」
「ああ……うん、3年だ」
小学校3年の夏休み。石富は家の近くの道路で、犬を見つけた。小さな子犬ではなく、見るからに年老いた、あまり元気のない犬だった。年齢的な衰えに加え、暑さと飢えでふらふらしているその姿が痛ましく、石富は家に連れて帰って水を飲ませ、冷蔵庫から出してきたハムも食べさせてあげた。汚れていた体に水をかけて、少しきれいになったところで、母に飼ってもいいか聞いてみた。
『だめよ。捨ててきなさい』
当然反対されたが、石富は引かなかった。この犬はきっと、一度捨てられている。それなのにまた自分が捨ててしまっては、もう生きていけないかもしれない。そう思うと、とてもじゃないが離れることはできなかった。
飼ってくれないなら出て行く、と母に言い捨て、石富はその犬と公園に向かった。夜になってお腹が空いたが、それでも我慢して家には帰らず、空腹に耐えながら公園で眠った。だがその日の夜中に、探しに来た父親に見つかり、めちゃくちゃに怒られてしまった。それでも、飼ってくれるまでは帰らない、と犬にしがみついて泣きわめき、ついに父の方が折れた。
道路で見つけたから『みちお』と名付けたその雄の老犬は、その後石富家の一員として余生を過ごした。反対していた母も可愛がってくれるようになり、一矢もたまに散歩に行ってくれた。拾ってからわずか2年半後に寿命で亡くなってしまったけれど、一緒に過ごした日々はちゃんと覚えているし、庭にはちゃんと、みちおの眠るお墓がある。
「あの時、みちおにしがみついて離れないお前見て、こいつは聞き分けはいいが、こうと決めたら絶対それを通す奴なんだと思った。子供の頃から、お前はそんなだったんだよ。だから大学じゃなくて専門学校に行きたいと言った時も、俺は反対しなかったし、レストランを辞めると言い出した時も、何も言わなかった。案の定、あれだけ久美ちゃんとケンカしても、お前は折れなかったよな。まぁ、とにかくお前は、めったに我が儘は言わないが、一度言い出したら梃子でも動かない、筋金入りの頑固者だ」
父は、誰に言うでもなく、正面を向いたまま話した。母はそれを、隣でじっと聞きながら、時折ティッシュで目元を押さえている。一矢もまた、黙って父の話を聞いている。
「………そんなに、俺って頑固?」
「ああ、そうだ。だから、お前がこうやって、俺達に正面きって話しに来たってことは、もう何を言われても動かない、でかい覚悟が腹ん中にあるってことだろ。お前はそれを伝えに来た。そしてそれを許すかどうかを、俺達に選べと言ってる。違うか?」
ふいにこちらへ視線を向けられて、どきりとした。恐ろしいことに、父の言う事はほとんど当たっている。選べ、とまで言うつもりはないけれど、何年経っても許すことができなければ、その時は縁を切る覚悟もあるから、その本気はわかってほしいとは思っている。結局、選べと言っているようなものかもしれないが。
「選べ、というか……ただ、覚悟はしてきた。俺は、何より誰より、なおのことが大事だ。だから、みんなが反対しても、、絶対許さないって言っても、俺は、なおと離れるつもりはない。それこそ俺に、どちらかを選べって言うなら、俺はなおを選ぶ。それだけだよ」
石富は淡々と、だが確かな覚悟を持って、その言葉を家族に伝えた。うぅ、と母が呻くようにしてまた泣いて、さっきまでのヒス声とは一転、弱々しい声で、だがそれでも、まだ石富を責めるようなことを言う。
「どうして、そんなに簡単に、家族を捨てることができるの、あなたは…っ……私の育て方が、悪かったの……?あなたにとって家族って、そんなに軽いものなの…っ…?」
「……簡単でも、軽くもない。俺はただ、決めてるだけだ」
誰が簡単に、家族を捨てようなどと思えるだろう。どちらも大事で、できるなら秋家とのことを認めてくれて、受け入れてほしいというのが本音だ。だが、それを家族に強要するわけにはいかないから、それならもう、そちらで選んでもらうしかないというだけだ。どうしたって、こちらの覚悟は変わらないのだから。
「……俺はな、剣二」
「え……」
父の声に顔を上げ、そちらを見る。父は腕を組み、考えるような困ったような顔をして、視線を俯き加減に落とした。
「お前の気持ちは、たぶん一生、理解はしてやれない。それに本音を言えば、やっぱり男は女と一緒になるべきだとも思う。でもな、お前が頑固で、恐ろしく意志が強いことを知ってるし、反対したら、お前が本当に俺達を切る覚悟があることも、わかってる。そして、もし、そうなったとしたら……俺は間違いなく、死ぬ時に後悔すると思うんだ。なんでお前を、許さなかったんだろうってな」
「………オヤジ」
父のその言葉に、以前秋家に聞いた、西澤と次郎の昔話を思い出した。互いの家族から逃げた西澤と次郎は、西澤の妹、光子と偶然会った時に、西澤の両親は死んだと聞かされたそうだ。その両親が死の間際に、会えないまま死ぬくらいなら、許してやればよかった、と言い残したらしい。
西澤の両親は死を待つ床の中、ずっと後悔に苛まれていたのかと思うと、それだけで悲しくなる話だった。
ふと、今それを父に重ねてしまって、思わず涙ぐみそうになった。
「……だからな、俺に選択肢は、ないんだ、剣二。お前が選ぶことを、俺はただ、認めてやるだけなんだ」
「お父さん!何言ってるの!?」
認める、と言った父に、母が慌てたように声を荒げた。だがスッと手を上げ、母の顔の前に手の甲を見せるようにして黙らせ、石富をジッと見つめる。
「……いい、のか?」
「いいもなにも、お前はもう、決めてるんだろ?」
「ああ」
「それなら、それを受け入れるしかないじゃないか。だがその、やっぱり多少、時間は必要だと思うんだ。なお君が礼儀正しくていい子なのは知ってるが、事情を知ってから会うとなると、お互い、心構えが必要だろう?」
「うん、そう、だね……」
認めてくれた。一番難しいと思っていた父が、秋家とのことを認めてくれた。
理解してくれたわけではないが、それでも充分、譲歩してくれたんだと思う。実際のところ、胸中穏やかとはいえないだろうが、受け入れてくれると、間違いなく言ってくれた。
「……ありがとう、父さん」
自然に、そう言っていた。父さんなんて呼び方をしたのは、中学生の時以来じゃないだろうか。
父もビックリしたのか、一瞬だけ目を丸くしたが、その後確かに、笑ってくれた。
【More・・・】
父の言葉に、石富はその場から動けなくなってしまった。母にも兄にも腹が立っていて、別にもうわかってくれなくてもいいと思ったし、このまま二度と会わなくなっても、かまわないと思った。だが父の言葉は、その自棄な決心を、ひどく鈍らせる。
(んなこと言ったってよ……こいつら、話聞かねーし……)
母も兄も、石富の話を理解するどころか、事実の肯定すらしてくれないのだ。これでは話し合う以前の問題だし、そういう父だって、黙ったままで何も言ってはくれないじゃないか。会話にならないのなら、いても意味はない。
だが、このまま最悪の形で家族と別れてしまって、この後絶対後悔しないかと言われれば、それも自信がない。日が経って怒りが治まると、本当にあれでよかったのかと、少なくとも迷いは生じるはずだ。
(どうしろってんだよ……!)
思いがせめぎ合って、石富はドアノブを握ったまま、まだ動けない。
「お父さんの言う通りよ。話はまだ終わってないんだから。こっちに来て座りなさい」
じっとしたまま考えていると、今一番聞きたくない母の声が聞こえた。まるで父に便乗したような台詞にも、子供に言うような口調にも、ムカッと苛立ちが増す。
「話って、俺の言う事信じもしないくせに、これ以上なに話すってんだよ……」
「信じるもなにも、あなたがおかしなことを言うからでしょう。子供が間違えてたら、それを正すのが親の役目だわ」
「な……」
この、母は。どこまで石富の言葉を無視する気なのだろう。頭ごなしに石富を『間違えている』と決め付け、自分が正しいと信じきっている。そして正しい自分が、間違った子供を修正するべきだと言っているのだ。
眩暈がしそうだった。年も年だし、ある程度頭が固いのは仕方がないこととはいえ、ここまでひどいとは思っていなかった。母の場合、同性愛に偏見があるというよりも、存在そのものを否定しているように思える。
ありえない、おかしい、間違っている。
だから母の口からはこういう言葉ばかりが出てきて、石富の話を現実のものとして解釈できないのだろう。そしてそれは、おそらく一矢にも、同じことが言える。話し合おうとしたところで、これでは堂々巡りになるのがおちだ。
「……だからさ、そういうとこが、話しても無駄だっつってんだけど……わかんねーかな……」
呆れと虚しさと絶望が混じったような、どろどろした気分だった。そしてそれを全面に出すような低い声で、うんざり、といったように手で顔を覆いながら、石富は母に言った。すると母はそれが気に入らなかったのか、ヒステリーでも起こしたかのように叫びだした。
「わかってないのは、あんたでしょう!どうして、自分でおかしいと思わないの!?道を外れてるとは考えないの!?あんただけじゃないわよ、なお君だって……っ」
「やめないか!」
急に響いた父の一喝に、父以外の全員がびくっと身を竦ませた。むろん、1番驚いているのは、ヒス声を遮られた母本人で、目を剥いて父を凝視している。リビングは一瞬で、シーンと静まり返った。
「母さん、言葉を選べ。言ってしまったら取り返しがつかないんだぞ。剣二は、俺達の子じゃないか。こいつがどういう性格か、お前もよくわかってるだろう。自分のことではあまり怒らないが、人のために怒る。そうだろう?」
父に同意を求められ、母はまた今にも泣きそうな顔で、こくんと頷いた。そしてテーブルの上のティッシュを2枚引き抜くと、目元を押さえながら鼻を啜り始める。
父は、さっき母が何を言おうとしたのか、瞬時に予想がついたのだろう。だから言わさないように母を止め、そのことを咎めている。
『なお君だって……』。考えたくもないが、なにか秋家に対して、ひどいことを言うつもりだったんだと思う。それを聞いていたら、その時こそ石富は、この家を、家族を、捨てていたかもしれない。父は、それを止めてくれたのだ。
「……剣二、お前は昔から、いい子だったな。ちゃんと勉強もするし、言うことも聞くし。でもお前は、実はものすごい頑固者なんだ」
「え……?」
「いつだったか……お前小学校の、3年だったか?みちおを拾ってきた時だ」
「ああ……うん、3年だ」
小学校3年の夏休み。石富は家の近くの道路で、犬を見つけた。小さな子犬ではなく、見るからに年老いた、あまり元気のない犬だった。年齢的な衰えに加え、暑さと飢えでふらふらしているその姿が痛ましく、石富は家に連れて帰って水を飲ませ、冷蔵庫から出してきたハムも食べさせてあげた。汚れていた体に水をかけて、少しきれいになったところで、母に飼ってもいいか聞いてみた。
『だめよ。捨ててきなさい』
当然反対されたが、石富は引かなかった。この犬はきっと、一度捨てられている。それなのにまた自分が捨ててしまっては、もう生きていけないかもしれない。そう思うと、とてもじゃないが離れることはできなかった。
飼ってくれないなら出て行く、と母に言い捨て、石富はその犬と公園に向かった。夜になってお腹が空いたが、それでも我慢して家には帰らず、空腹に耐えながら公園で眠った。だがその日の夜中に、探しに来た父親に見つかり、めちゃくちゃに怒られてしまった。それでも、飼ってくれるまでは帰らない、と犬にしがみついて泣きわめき、ついに父の方が折れた。
道路で見つけたから『みちお』と名付けたその雄の老犬は、その後石富家の一員として余生を過ごした。反対していた母も可愛がってくれるようになり、一矢もたまに散歩に行ってくれた。拾ってからわずか2年半後に寿命で亡くなってしまったけれど、一緒に過ごした日々はちゃんと覚えているし、庭にはちゃんと、みちおの眠るお墓がある。
「あの時、みちおにしがみついて離れないお前見て、こいつは聞き分けはいいが、こうと決めたら絶対それを通す奴なんだと思った。子供の頃から、お前はそんなだったんだよ。だから大学じゃなくて専門学校に行きたいと言った時も、俺は反対しなかったし、レストランを辞めると言い出した時も、何も言わなかった。案の定、あれだけ久美ちゃんとケンカしても、お前は折れなかったよな。まぁ、とにかくお前は、めったに我が儘は言わないが、一度言い出したら梃子でも動かない、筋金入りの頑固者だ」
父は、誰に言うでもなく、正面を向いたまま話した。母はそれを、隣でじっと聞きながら、時折ティッシュで目元を押さえている。一矢もまた、黙って父の話を聞いている。
「………そんなに、俺って頑固?」
「ああ、そうだ。だから、お前がこうやって、俺達に正面きって話しに来たってことは、もう何を言われても動かない、でかい覚悟が腹ん中にあるってことだろ。お前はそれを伝えに来た。そしてそれを許すかどうかを、俺達に選べと言ってる。違うか?」
ふいにこちらへ視線を向けられて、どきりとした。恐ろしいことに、父の言う事はほとんど当たっている。選べ、とまで言うつもりはないけれど、何年経っても許すことができなければ、その時は縁を切る覚悟もあるから、その本気はわかってほしいとは思っている。結局、選べと言っているようなものかもしれないが。
「選べ、というか……ただ、覚悟はしてきた。俺は、何より誰より、なおのことが大事だ。だから、みんなが反対しても、、絶対許さないって言っても、俺は、なおと離れるつもりはない。それこそ俺に、どちらかを選べって言うなら、俺はなおを選ぶ。それだけだよ」
石富は淡々と、だが確かな覚悟を持って、その言葉を家族に伝えた。うぅ、と母が呻くようにしてまた泣いて、さっきまでのヒス声とは一転、弱々しい声で、だがそれでも、まだ石富を責めるようなことを言う。
「どうして、そんなに簡単に、家族を捨てることができるの、あなたは…っ……私の育て方が、悪かったの……?あなたにとって家族って、そんなに軽いものなの…っ…?」
「……簡単でも、軽くもない。俺はただ、決めてるだけだ」
誰が簡単に、家族を捨てようなどと思えるだろう。どちらも大事で、できるなら秋家とのことを認めてくれて、受け入れてほしいというのが本音だ。だが、それを家族に強要するわけにはいかないから、それならもう、そちらで選んでもらうしかないというだけだ。どうしたって、こちらの覚悟は変わらないのだから。
「……俺はな、剣二」
「え……」
父の声に顔を上げ、そちらを見る。父は腕を組み、考えるような困ったような顔をして、視線を俯き加減に落とした。
「お前の気持ちは、たぶん一生、理解はしてやれない。それに本音を言えば、やっぱり男は女と一緒になるべきだとも思う。でもな、お前が頑固で、恐ろしく意志が強いことを知ってるし、反対したら、お前が本当に俺達を切る覚悟があることも、わかってる。そして、もし、そうなったとしたら……俺は間違いなく、死ぬ時に後悔すると思うんだ。なんでお前を、許さなかったんだろうってな」
「………オヤジ」
父のその言葉に、以前秋家に聞いた、西澤と次郎の昔話を思い出した。互いの家族から逃げた西澤と次郎は、西澤の妹、光子と偶然会った時に、西澤の両親は死んだと聞かされたそうだ。その両親が死の間際に、会えないまま死ぬくらいなら、許してやればよかった、と言い残したらしい。
西澤の両親は死を待つ床の中、ずっと後悔に苛まれていたのかと思うと、それだけで悲しくなる話だった。
ふと、今それを父に重ねてしまって、思わず涙ぐみそうになった。
「……だからな、俺に選択肢は、ないんだ、剣二。お前が選ぶことを、俺はただ、認めてやるだけなんだ」
「お父さん!何言ってるの!?」
認める、と言った父に、母が慌てたように声を荒げた。だがスッと手を上げ、母の顔の前に手の甲を見せるようにして黙らせ、石富をジッと見つめる。
「……いい、のか?」
「いいもなにも、お前はもう、決めてるんだろ?」
「ああ」
「それなら、それを受け入れるしかないじゃないか。だがその、やっぱり多少、時間は必要だと思うんだ。なお君が礼儀正しくていい子なのは知ってるが、事情を知ってから会うとなると、お互い、心構えが必要だろう?」
「うん、そう、だね……」
認めてくれた。一番難しいと思っていた父が、秋家とのことを認めてくれた。
理解してくれたわけではないが、それでも充分、譲歩してくれたんだと思う。実際のところ、胸中穏やかとはいえないだろうが、受け入れてくれると、間違いなく言ってくれた。
「……ありがとう、父さん」
自然に、そう言っていた。父さんなんて呼び方をしたのは、中学生の時以来じゃないだろうか。
父もビックリしたのか、一瞬だけ目を丸くしたが、その後確かに、笑ってくれた。
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