2008.05/30(Fri)

君と恋愛、海の色。26

#26

【More・・・】

「気をつけて帰れよ」

 外まで見送りに出て来てくれた父が、門扉を出たところでそう言った。わかってるよ、と言いながら後ろを振り返り、父の顔をきちんと正面から見つめ、石富は改めて感謝の気持ちを伝える。

「ホントにありがとう。正直、まさかオヤジが許してくれるとは、思ってなかった」
「……だろうな。まぁ、それだけお前が、真剣だったってことだ。………母さん達のことは、心配するな。時間は必要だろうが、そのうち必ず気持ちも変わる」
「だと、いいけど……」

 結局あれから、母親は口を開かなかった。それどころか、石富と目を合わすことすら拒み、帰ると言っても、こちらを見ることもなく、返事もしなかった。そこまで自分と秋家の恋愛を許せないのかと思うと、ショックよりももう、呆れに近い、憐れみのような感情すら湧いてきてしまい、許してもらえない事実より、母がそういう人であったことの方が、悲しかった。

 ただ、一矢は、母同様おかしい、と石富の話を無視していたけれど、父の話は黙って真剣に聞いていて、石富が帰ると言ったら、こちらを向いて『気をつけてな』と言ってくれた。父が許したのに反対できないと思ったのか、父の話に考えを変えてくれたのかは定かではないが、少しだけ、歩み寄ってくれたんだと思う。

「……もう、ないか?」
「え?」
「だから、ビックリすることはもうないのか、と聞いてるんだ。ついでだから、あるなら今言っておけ」

 突然父にそう言われ、石富はしばし考える。父の言う『ビックリすること』が、あるにはあるのだが、言っていいものかどうか、迷ってしまう。内容的には、『恋人が男』ということにさらに輪を掛けて、ヘビー級だと思うのだ。さすがの父も、冗談じゃない、と怒るかもしれない。でも、これもいつかは、言わないといけないことなので。

「……俺、苗字変わるかも」
「は?」
「結婚できないから、養子縁組って形になるんだ。なおの方が誕生日早いから、俺があいつの籍に……」
「ちょ、ちょ、ちょっと待てっ」

 とんでもないことをつらつら並べる石富の顔の前に、ストップ、と手の平を見せ、父は引き攣ったような表情で、石富の目をじっと見た。だがその目は恐ろしく真剣で、決してふざけているわけでも、簡単に口にしているわけでもないことを、父に知らしめる。

 石富は、むろん本気だ。本当は、秋家を自分の籍にもらいたいけれど、生年月日の早い方が養親になるそうなので、石富が秋家の『息子』にならなければいけない。それでも、重要なのは同じ苗字になることだから、秋家さえ了承してくれたら、石富は秋家のところに入籍する気でいる。

「……ごめん、オヤジ。本気、なんだ」
「お前……それは、きついぞ……」
「今すぐじゃない。いつか、そうしたいと思ってる」

 父が、石富の決めたことは『受け入れるしかない』と言ってから、石富の中の父に対する恐怖心が、かなり薄れている。その言葉に甘えて無茶を言っているつもりはないけれど、話しやすくなっていることは事実だ。

(やっぱ、少し甘えてるかもな……)

 許して、父さん。
 心の中でイイ子に謝ってから、石富は父を見つめた。

「……本当に、困ったヤツだな、お前は」

 認める、という言葉の代わりにそう言って、父は石富の頭をペシッと小突いてから、諦めたような、弱い笑顔を見せた。その笑顔に、少し、胸が痛む。

「ごめん、ホント……マジで、ごめんなさい」
「謝らなくていい。だがな、剣二。それはかなり、重要な問題だ。うちだけじゃなくて、なお君のご両親も関わってくることだからな。ここで決めてしまうわけには、いかないよ」
「わかってる。でも、そういう気持ちがあるってことだけ、知っといて」
「ああ、わかった。さぁ、もう帰りなさい。明日も仕事だろう」
「うん。ホントにありがとう。おやすみ」
「おやすみ」

 石富は秋家の車に乗り込むと、エンジンをかけ、静かに発車させた。父に手を振り、真っ暗な道路を家に向かってひた走りながら、2時間前の、実家に向かう時の気持ちを思い出していた。
 行く時は、まさか父が許してくれるとは、考えていなかった。母はもしかしたら、抵抗しつつも、少しはわかってくれるんじゃないか、と思っていたが、実際は丸っきり逆だった。

 父が、自分のことをあんな風に思ってくれていたなんて、恥ずかしいけれど、すごく嬉しいと思う。普段は無口な父親の深い愛情は、大きく、そして、温かく、我が儘な息子の道ならぬ恋を、その広い心で受け入れてくれた。
 母のことは気がかりだが、心配するな、と言った父の言葉を信じようと思う。何年後でもいいから、いつかあの頑なな心が、解けてくれればいい。石富の気持ちが本物だと、わかってくれたらいい。

(早く、帰ろう)

 今とても、秋家に会いたかった。
 たった2時間弱だったけれど、実家にいた時間は長く感じらて、ずいぶん長い間秋家と離れているような気がする。

 石富はアクセルを踏んで、少しだけ、車のスピードを上げた。



「ただいま」
 
 車を止めた駐車場から走って帰ってきた石富は、シューズボックスの上の籠に車の鍵を入れ、部屋に上がった。だが、入ってすぐ右側のリビングとキッチンを覘いたが、秋家の姿は見当たらない。

(あれ?)

 もう寝たのかと思って寝室に向かうと、向かいの仏間のドアが開き、中からパジャマ姿の秋家が出てきた。おかえり、と言って笑ってくれる顔を見て、石富は吸い寄せられるようにその体を抱き寄せ、腕の中にぎゅっと閉じ込める。

「ただいま。そこにいたのか」
「うん、今日の報告してた」
「そっか。ごくろうさん」

 柔らかい髪の毛を食むようにして石富がしゃべると、秋家はくすぐったそうに首を竦め、甘えるように胸に頬をすり寄せてくる。可愛くて、ホッとして、張り詰めていた心が、じわじわとほぐれていった。

 緊張して家を出て、家族と話して。上手くいった、と言いきれるほどではないけれど、一緒にいるための未来に向けて、確実な一歩は踏み出せたと思う。だが、今日家族と話したことは、まだ秋家には言わないでおくつもりだ。許してくれたのは父だけだし、母と、そして今朝までここにいた一矢は、自分達のことを受け入れてくれたわけではない。だから今は、まだ話さない。

「なぁ、なお」
「ん?」

 抱き締めた華奢な体を、ダンスのようにゆっくり左右に揺らしながら、唇を秋家の耳元に寄せた。くすぐったいのか、秋家はふるっと身を震わせ、肩を竦める。

「明後日は休みだから、明日、いっぱいセックスしような」
「な、なにっ、すごい直球…っ……」

 あまりにストレートな誘いが恥ずかしかったのか、秋家の体が、急に熱くなった。少し顔を離して見てみると、耳が赤くなっている。その、赤くなった耳殻をぺろりと舐めると、ひゃっと秋家が小さな悲鳴を上げた。

「今やっちまったら、お前明日、仕事出れねーよ、たぶん。抑える自信がない。だから、明日の晩、たくさんしような」
「たくさん、て、どのくらい……?」
「動けなくなるくらい……って言いたいとこだけど、せっかく誕生日なのに、動けなくて一日中ベッドっていうのもあれだしな……まぁ、楽しみにしとけよ」

 にやり、と笑って見せると、顔を上げた秋家は頬を染めて、バカ、と呟いた。

 唇に軽くキスしてから体を離し、秋家が作っておいてくれた晩ご飯を食べた。秋家は水割りを飲みながら石富の食事に付き合ってくれて、久しぶりに2人だけで色々話をした。実家に自分達のことを話しに行ったとは言わずに、一矢の子供の話と、就職先についてお礼を言われたことだけを話した。

 時間が遅くなったので、先に寝てていいよ、と秋家を寝室に行かせて、石富は風呂に入った。上がってから350mℓの缶ビールを1本飲んで、それから久しぶりに、一緒に眠るために寝室へ向かう。ベッドの中の秋家は、すでにスースーと静かな寝息を立ててよく眠っていて、石富は起こさないよう気をつけながら、隣にもぐり込んだ。腕枕をしたかったけど、起こしたらかわいそうなので、それは諦める。

 左側を向いて、仰向けに眠る愛しい恋人の横顔を、そっと眺めた。完全に熟睡しているようで、長い睫毛が時折ふるりと揺れるが、薄く開いた唇からは、規則正しい寝息が小さく聞こえている。

(おやすみ、なお……) 

 6日ぶりの秋家の隣は、昨日まで一矢の隣で眠れぬ夜を過ごした石富にとって、本当に天国だった。好きでたまらない、美しい横顔を充分に見つめてから、石富は目を閉じる。

 静かな中、聞こえるのは秋家の寝息と、自分の呼吸だけ。

 ずっと寝不足だったせいもあり、秋家の隣で安心した石富は、すぐに眠りの中へ落ちていった。




前回、前々回と、たくさんの拍手ありがとうございました。
ちょっとビックリしてます…っ
コメントも一緒にくださった、Kさま、Sさま、Kさま、Mさま、Kさま、無記名の方、本当に嬉しいです。
ありがとうございます!
石富パパ、お気に召していただけたようで嬉しいですw
おそらくもう少しで終わりますので、思いのほか長くなってしまった続編ですが、今しばらくお付き合いくださいませ。
本当にありがとうございました(^-^)

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

19:46  |  君と恋愛、海の色。  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

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