2008.06/09(Mon)

君と恋愛、海の色。29

#29

【More・・・】

 なにやら肌寒さを感じ、石富は目を覚ました。カーテンの引かれた部屋の中は薄明るく、日が昇って久しいことが知れる。ぼんやりとしたままで、寒いと思ったのは肩が布団から出ていたからだな、と気付き、腕を布団の中に入れながら、今、自分がベッドに1人でいるということに、やっと意識が回った。

(……あれ?)

 昨夜は、客間で一矢と寝たわけじゃない。1週間ぶりに思いきり秋家とセックスして、当然その後は、腕に抱いて一緒に眠ったはずなのだが。

「なお……?」

 セミダブルのベッドには、石富が1人で寝ていた。トイレかな、と思い、秋家が寝ていたところのシーツを手の平で撫でてみる。だがそこは、今まで人の体温が触れていたとは思えないほど、冷たかった。

 ばさっと布団を蹴って跳ね起き、転げるようにベッドから下りると、石富は部屋を出てリビングに向かう。先に起きてコーヒーでも飲んでいるのかと思ったのだが、そこに秋家の姿はなく、さらに不安になった石富だったが、テーブルの上にメモ用紙が1枚、置いてあるのを見つけた。
 手にとって読んでみると、秋家の読みやすい丁寧な文字で、こう書かれていた。

『おはよう、剣二。ちょっと、実家に行ってきます。黙って出ちゃってごめんね。でも、お昼までには帰ってくるから。』

 反射的に、ぱっと壁にかかってある時計に目をやった。時間は10時過ぎ、シーツの冷たさから言って、秋家はかなり前に布団から出ていたようだった。一体いつの間に起きたのやら、情けないことに、石富は全く気付かなかった。

(マジかよ……)

 昨夜あれだけ無理をさせたのは、今日が定休日で、早起きしなくていいと思っていたからだ。ベッドで2回した後、汚れを落としに入ったはずのお風呂でもう1回して、それからリビングでお酒を飲んでいたらまた催してしまい、そのまままたソファでしてしまった。それからもう一度シャワーをして、寝たのは夜中の3時過ぎだったと思うのだけれど、秋家は最初から、今日は早起きするつもりでいたのだろうか。

「なんで言わねーんだよ、なおのやつ……」

 きっと起きる時、体がつらかったろうに。実家に行く予定があったのなら、言っておいてくれればよかったのだ。今日ゆっくりできないのなら、あそこまで無理はさせなかった。それとも石富が、いっぱいしよう、などと誘ったから、言えなかったのだろうか。もしくは朝になって急に、行かなければならなくなったのかもしれないけれど。

 いずれにせよかわいそうなことをしてしまった、と自分のしつこさを反省し、帰ってきたら秋家に謝ろうと思った。

 お昼には帰る、ということは、昼食は一緒に食べようということだろうから、時間も時間だったので朝ご飯は食べず、コーヒーだけ飲んだ。顔を洗って髭を剃り、髪は結ばずにムースをつけて後ろに流す。着替えをしてから、どうにも1人で落ち着かない石富は、一服がてら玄関を出て、階段に座り込んだ。

 ラッキーストライクに火をつけて煙を吸いながら、今の自分の姿に、一矢が来た時のことを思い出した。ちょうど1週間前、こうして階段に座り込んで、石富達が帰ってくるのを待っていたのだ。それから共に生活するようになり、そのおかげで初めて秋家とケンカをし、結果的に、石富は家族にカミングアウトするにまで至った。

 一矢が来なければ、少なくともこんなに早く家族に打ち明けることには、ならなかっただろうと思う。そりゃ、いつかは言うつもりだったけれど、ここまで石富が即断即決ともいえる行動に出たのは、秋家とケンカして、仲直りして、それがさらに自分達のつながりを深くしてくれて、だから何か、未来へ向けての変化が欲しくなったからだ。

 その一矢とは、一昨日以来なんのコンタクトも取っていない。関係は微妙なままで、正直気にならないと云えば嘘になる。だが、父が言うように、やはり時間は必要なのだろう。たとえ息子でも、弟でも、自分の常識を超えた話をその場で受け入れてあげることは、難しいというよりも、むしろ不可能と云えるかもしれない。

 だからこそ、それを認めてくれた父というのは、よほど精神が強いか、もしくは色々なことを、達観してしまっているのか。いずれにせよ、息子の自分が考えていた以上に、器の大きな人間だったということだろう。その大きさに、どれだけ助けられたか知れない。

 一矢が来たあの日から、たった1週間しか経っていないけど、この7日間はずいぶん長かったように思う。結果的に良かったと思えはするけれど、できればこういう、日常を壊されるような事態は、あまり起こらないでほしいと願いたい。

「なお、まだかなぁ……」

 階段に座ったまま、3本目のタバコに火をつける。くゆる煙を眺めて、ふと実家には何をしに行ったんだろうと思った。いくら自分が家族に話したからといって、まさか秋家まで急にそういう行動に出るとは思えないが、突然実家に行くというのも、何かあったのかと考えてしまう。

 その時、携帯電話が短いメロディを奏でた。メールを知らせるそれに、ポケットから携帯を取り出し、ディスプレイを開く。メールは、秋家からだった。

『起きてる?今から帰るから』

 短いその一文にパッと顔を輝かせ、石富はすぐに電話をかけようとしたが、運転中だとまずいと思い、メールの返信だけにとどめた。

『起きてるぞ。早く帰っておいで。でも、安全運転でな』

 最後にハートマークをつけて、抑えきれないにやけ顔で送信した。

 それから30分ほどして、秋家は走って帰ってきた。階段の上に石富の姿を見つけ、にこっと嬉しそうに、白い歯をこぼす。鉄製の階段をかんかんと軽い音をたてて上ると、膝に手をついて呼吸を整え、ただいま、と言って笑った。

「おかえり。ビックリしたぜ、起きたらいないから」
「ごめんね。よく寝てたから、起こすのかわいそうで」
「そんなの、気にしなくていいのに。それよりお前、体大丈夫か?」

 本気で心配そうな表情を見せると、秋家は平気だよ、と少し、恥ずかしそうに言う。

「……起きる時、ちょっとつらかったけど、今は平気。そんなに、俺弱くないよ?大丈夫」
「そ、か……でも、まさか朝早いとは思わなくて、無理させてごめんな」
「気にしてほしくなかったから、言わなかったんだよ。だから、気にしないで?」

 にこり、と笑うその表情に、気遣われていると感じ、恥ずかしいような困ったような、不思議な気分になった。石富としては無理をさせたくないのが本音だけど、気を使って激しくないセックスをされるのが嫌だったのかな、と思うと、それは素直に嬉しい。だが、無理させたくない、という気持ちの方が大きいので、ごめん、と心の中でもう一度謝った。

「……それで、何しに行ったんだ?実家」
「あ、えと……とにかく中、入ろうか」

 言葉を濁した秋家に少々不安を覚えつつ、石富は腰を上げた。部屋に入り、リビングのソファに座ると、秋家は石富の隣にぴたりと寄り添い、肩に頭をのせてきた。その、秋家の頭に自分の頭をこつんともたれさせて、秋家の膝の上で手をつないだ。

「どうした……?」

 めずらしく甘えるような素振りが気になって、ぎゅっと手を握りしめる。秋家は戸惑うような気配を見せながらも、ゆっくり口を開いた。

「……昨日さ、母さんから電話があったんだ。従弟が結婚するって話だったんだけど、そしたら、明日俺の誕生日だし、その従弟の話もあるし、少し顔見せなさいって言われて、それで行ってきた。それでね、その従弟の結婚の話から、俺の話になってさ……」

 そこで秋家は、一旦言葉を切った。石富はなんとなくこの先が想像できた気がして、じとっと少し、嫌な汗が出た。まさか秋家まで、家族とそういう話し合いをしてきたとでも、いうのだろうか。

「……あなたは結婚とか、どう考えてるの?って聞かれちゃってさ」
「そう、か……まぁ、親ならそりゃ、気になるよな……」

 まして秋家は一人っ子である。30歳を過ぎた息子がいつまでも結婚しないでいることに、親が不安を覚えていても仕方がないだろう。それが親戚の結婚話で、余計に焦りが生まれたのかもしれない。

「俺、すごく考えたんだ……今この場をごまかすのは簡単だけど、でも、この先ずっと、ごまかし続けるわけにはいかないし、どうしようって。それで黙ってたら、母さんがね、変なこと、言い出して」
「ん……?変なこと?」

 秋家がその場で葛藤した気持ちは、石富にもよくわかる。つい一昨日、自分も実家で、似たような状況にいたのだ。どれだけ決意をして行っても、いざその時になると、人間というのは揺れてしまう。それを弱さだと云われればそれまでだが、人間というのは、そんなに強い生き物ではない。

 だが、秋家の話はどうも、そういう類のものではないらしい。母親が言い出した変なこととは、一体なんなのだろう。

「母さんね、俺の顔じっと見て、なにかあるなら言いなさい、言ってちょうだいって、すごく必死で俺に聞くんだ。言いにくいことかもしれないけど、もうそろそろ、話してちょうだいって……俺ビックリして、この人何を知ってるんだろうって、母さんがちょっと怖くなった……何も言えなくて黙ってたらさ、母さん、なんて言ったと思う?」

 秋家は、視線をこちらに向けて、少し悪戯っぽく微笑んだ。全く予想がつかなかったため、わからないと正直に答えると、続く秋家が言ったことに、石富は心臓が止まるかと思った。

「あなた剣二くんと、そういうお付き合いしてるんじゃないの?って、真顔で言われた」

 驚愕のあまり目を見開き、石富はじっと秋家を見た。だが秋家はけろりとしたもので、むしろ困ったような顔で、笑っている。片や石富は、秋家の母親が自分達のことを知っているという事実に、ひょっとしてうちの家族がチクったんじゃ――と冷や汗を出した。

 最悪、あの時の母の様子からして、秋家の母親を責めたという可能性も、ありえると思った。そこまで迷惑身勝手な人とは思いたくないけれど、秋家の母親が知っているということは、誰かがそれを言ったということなのではないか。
 秋家は、石富が家族に話したことを知らないから、まさか石富がそんなことでバクバクと心臓を鳴らしているとは、微塵も思っていないようだが。

「待て、よ……なんでおばさん、知ってるんだ……?」
「うん、それがね、知ってるっていうか……気付いてたんだって、ずっと前から」
「え……」

 気付いていた。
 よく意味がわからなかったが、気付いていた、ということは、とりあえず母が言ったわけではないようなので、それにはひとまずホッとした。

「どういう意味だ……?」
「えっとね……俺、剣二に嘘ついてたでしょ……?大学も、東京行くことも。それを……あの、ごめんね……俺母さんに、口止め、してたんだ……剣二に言わないでって……」

 秋家は当時を悔いるように、本当に申し訳ないというように、表情を歪めて言った。

(ああ、そっか。なおは俺が電話したこと、知らないのか)

 秋家の母親自身に、口止めされているということを聞いて知っていたのだが、秋家はどうもそれを知らないらしい。だがそれを今更言うこともないだろうと思い、気にしなくていい、とだけ言って、手をぎゅっと握った。

「ごめんね、ありがと……それで、母さんね、その時から、俺が剣二のこと意識してるって、気付いてたんだって。友達相手に取る行動としては、異常だって思ってたみたい……そう言われて、俺、もう全部話しちゃったんだ。剣二の許可なしで言うのはどうかと思ったんだけど、ごまかせなかったよ……母親って、すごいね」

 まいったよ、と眉尻を下げて笑うその顔に、ひどく切なくなった。母親に全てを打ち明けていた時の秋家は、本当に苦しかったに違いない。それは身を持って、わかってあげられる。
 それに。

(なんなんだ、この偶然……)

 自分が家族に打ち明けたのは、つい一昨日のことだ。そして今日は、本意ではなかったにしろ、秋家が母親に、カミングアウトしたという。
 自分の母は認めてくれなかったが、果たして秋家の母親は、この事実を、どう受け止めたのだろう。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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