2008.06/20(Fri)
君と恋愛、海の色。32(完結)
#32(完結)
そしてそんな忙しいGWも終わりに近づいた、月曜日のこと。
ウィンド・ベルに、驚く来客があった。
その日、やっとオーダーストップの8時半が過ぎて、お客もほとんどいなくなり、石富は外でコーラを飲みながら一服していた。疲れてぼーっとした頭で、そういえば禁煙するんじゃなかったっけ、と考えていた時、裏口の戸が開き、秋家がひょこっと顔を出した。
「剣二にお客さんだよ」
「客……?誰だ?」
「んーとね、すっごく可愛いお客さん」
秋家はニコニコと笑顔で言って、石富を余計わからなくさせた。不思議に思いながら、タバコを消して店内に戻り、秋家に言われるがまま奥のテーブルに行くと、そこにはなんと、一矢がいた。石富が目を見開いて驚くと、一矢はちょっとばつの悪そうな顔をして、複雑そうに笑った。
(可愛いっつーから、誰かと思ったが……子供のこと言ったのか)
一矢は1人ではなく、膝に次男の世羅を抱っこしていて、そして隣には、世利佳と佳蓮が並んで座っている。世利佳は石富に気付くと、覚えてくれていたのか、にかっと嬉しそうに笑った。
「こんばんは叔父さん!」
「お、おう、世利佳。元気だったか?」
「うん!」
夜にお出かけできて嬉しいのか、世利佳はやたらとハイテンションでニコニコ顔だ。一方佳蓮は相変わらず大人しくて、元気か?と問うた石富に、こくんと頷いただけだった。
「久しぶりだな、剣二……」
「ああ……どうしたんだよ、急に。ビックリすんじゃねーか」
どうにも気まずく、お互い、どこか遠慮がちだ。どうしたもんか、と思っていたら、秋家がトレイにアイスコーヒーとアイスクリームを乗せて、テーブルにやってきた。
「剣二、座ってお兄さんと話してていいよ。もうすぐ閉店だし」
「え、ああ……」
確かに、何か話があるから来たのだろうから、それを聞かないわけにもいかない。それに、カミングアウトした結果を知ってる秋家が、一矢と会ってこんなにニコニコしているのも不思議だった。先に一矢になにか聞いて、石富にも話すよう勧めているなら、きっと悪い話ではないんだろう。
石富は一矢の向かいに腰を下ろし、グラスを配る秋家の所作を見つめた。一矢の前にアイスコーヒーとアイスクリームを置き、世利佳と佳蓮の前にもアイスを1つずつ置いた。
「ありがとう!」
「……ありがとう」
すると、世利佳が元気にお礼を言った後、佳蓮が小さな声でありがとうと言ったのが聞こえて、初めて声を聞いた石富は、しゃべったことに少しビックリした。
「およ、めずらしいな。佳蓮が初対面の人にしゃべったよ。相当見慣れた人間じゃねーと寄り付きもしねーのにな。なおちゃんすげー」
「俺も、しゃべったの初めて聞いた……」
「そうなの?はは、それは嬉しいな」
にこっと佳蓮に微笑みかけて、秋家はごゆっくり、と言ってカウンターに戻っていった。佳蓮はぼーっとその後ろ姿を見つめていて、それを見た一矢が、佳蓮のほっぺたを指でつつきながら、からかうように言った。
「どうした佳蓮。惚れちまったか?」
「…っ……おい……」
それが自分に対してのタチの悪い揶揄に聞こえて、石富は腹が立った。だが一矢はわかっていないようで、なぜ怒るんだ、という顔をしてから、あ、と気付いて慌てて顔の前で手を振った。
「違う違う!なんも含みはねーよ!それにオレは今日、謝りに来たんだからな」
「……え?」
謝りに来た、と言われて、スーッと怒りは引いていった。
家族に話しに行った日から、ちょうど今日で1週間。本当はもっと早く来たかったが、遅くなった、と言って、一矢は真剣な顔で謝ってくれた。
「オレ、オヤジの話聞いて、もう全くその通りだなーと思ったんだ。お前確かにチビの時から頑固だったし、オヤジの言う通り、縁切ると決めたら、迷いなくそれ本気でやるヤツだって、オレも思う。それにオレ、考えたんだけどよ……よく考えたら、お前、オレに相談したあの時から、なおちゃんのこと好きだったわけだよな……20年だろ、20年。すげーよ、お前ら。そんなの誰が何言ったって、変わるわけねーよな」
「兄貴……」
一矢の言葉に、目の奥がツンとする。男となんかありえない、と言い続けた一矢が認めてくれて、こうして会いに来てくれた。父と同じように、おそらく本当の意味での理解はできないだろうけど、気持ちをわかってくれて、許してくれたのなら、それで充分だと思った。
「オレが余計なこと言ったから20年もかかっちまったのかと思うと、まぁ、責任?つーか、それなりに感じてるわけよ。でもオレもな、まさかそういうのとは思わなかったからよ……あの時は、ホントにそう思ったんだ。けど、悪かったな」
「……っ、そんな、もう、昔のことだし……今はすごく幸せだから、いいんだ」
一矢がこんなに素直に謝るのなんて、よく考えたら初めてじゃないだろうか。なんだか妙に恥ずかしくて、嬉しくて、照れ隠しに石富は、ノロケるようなことを言った。
すると一矢は、ノロケんじゃねーや、とからかうように笑って、それから少しだけ表情を曇らせると、母親のことを話しだした。
「おふくろもな、ホントはあれ、お前に謝りたいと思ってんだ。ひでーこと言ったって、気にやんでる。でも、ババァもあれで案外頑固だからな。あれだけお前に文句言っといて、すぐにやっぱり許すとは言えねーんだよ。時期見て、そのうちお前の方から、会いに来てやってくれや」
「……わかった」
母と今すぐ顔を合わせるのは、石富にも無理だと思う。だが将来、実家に秋家を連れて行けるようになる日が、くるかもしれない。そしてそれはたぶん、そう遠くない未来に、きっとおとずれる。
「そういえば、仕事はどうだ?遅刻とかしてないだろうな」
「してねーよ。めっちゃ遣り甲斐あるし、楽しいぜ」
「そっか、よかった……なぁ、なんで、前の工場ん時は、無断欠勤なんかしてたんだ?」
「え、ああ、それな……」
何の気なしに聞いた石富の質問に、一矢は口ごもる。以前も確か、この話をした時の一矢の様子は、おかしかった。なにか理由があるのだろうかと思い、石富はしつこく聞いてみる。単なるさぼりが理由なら、この反応はちょっと、不自然な気がするからだ。
「……剣二、誰にも言わねーって、約束できるか?」
「え……わかった、いいよ。誰にも言わない。あ、でも、なおには言うぜ?聞く権利あるだろ」
「あー…そうだな。なおちゃんは、しょうがねーか」
こうして聞いた一矢の話は、思いも寄らない内容だった。
一矢が社長の指示で、工場に持ち込まれた車を1台、修理したそうだ。中古でいい、というから、部品を中古と交換したのに、お客さんに渡した請求書には、新品と書かれていた。事務員である社長の妻に間違ってると言ったものの、気になった一矢は後日、こっそり事務室の机から請求書の控えを取り出し、今まで自分が修理した車の請求額を、いくつか見てみた。
「ビックリしたさ。中古なのに、全部が新品で請求されてた。オレが修理やったんだからな、間違いねー。あのボケ夫婦、そんなこずるいことして小銭儲けてやがったんだ。腹が立って、仕事する気なくなってな……反抗のつもりだったんだがよ」
「……それで、勝手に休んだりしたのか」
「まーな。でも、あの夫婦、そのうちパクされると思うぜ」
一矢はなにか、確信的な笑みを浮かべ、そう言いきった。
この約1ヵ月後、一矢のいた工場に修理を依頼した客が数人、警察に被害届けを出し、不正な請求が発覚することになる。そのうえ、脱税していたことまで明らかになり、一矢の宣言通り、夫婦の手は後にまわることになるのだが、この時点では一矢もそれ以上は話さなかったので、石富はよくわからないまま、そうだといいな、と言ったのだった。
その後9時半を少し過ぎてから、一矢達は帰って行った。帰り際、やっぱり佳蓮は秋家にだけバイバイと言い、叔父である石富には小さい手をふにゃふにゃ振ってくれただけで、それがちょっと、なにやら複雑に寂しかった。
「なんだよあいつ。俺にはしゃべんねーくせによ」
「はは、なんでだろう。それにしても、みんな名前可愛いよね」
「ああ、あれ、全部車だぞ」
「車……?あっ、ホントだ。すごい、さすがお兄さん」
「いや、バカだろ。まぁ、可愛いからいいけど」
「ふふ、ひどいなぁ。…………剣二、お兄さん来てくれて、よかったね」
ふいに優しい声でそう言われ、石富は秋家を見て、ああ、と笑った。
本当に、来てくれてよかった。認めてくれたことを、きっと秋家の方が喜んでいると思う。家族に許されることで、気持ちが、どうしても覚えてしまう罪悪感が、ふわりと少し、軽くなる。
「さあ、なおちゃん。あと1日で休みだ。がんばろー」
「ちゃんはやめてよ、剣二が言うと、なんかむず痒い」
「なんでだよ」
一矢の真似をしてそう呼ぶと、秋家は背中をかく真似をして嫌がった。でも、本当は照れてるのがわかるから、それが可愛くて思わず笑みがこぼれる。
それから残っていた厨房の片付けを2人でやりながら、石富は一矢に聞いた修理工場の話を秋家に聞かせた。そんなことする人がいるなんて信じられない、と秋家は驚愕していたが、ただでさえ不景気な中、加えて原油や諸物価の急激な高騰を考えると、そういうことをする人間が出てきても、なんら不思議なことはない、と石富は思う。だからといって許していい行為ではないが、同じ自営業者として、全くの他人事とも言いきれない。
今は繁盛しているウィンド・ベルも、いつかかんこ鳥が鳴く日が、来るかもしれない。そうなった時、正しく打開できる保障なんて、どこにもないのだ。
だが何があっても、秋家と2人ならなんでも一緒に乗り切れると、そう思う。行き詰まったら一緒に考えて、2人で答えを出せばいい。ものすごく苦しいことでも、大変なことでも、相手を信じ、手をつないでいれば、きっと自分達は大丈夫だ。
「なお、明後日は一緒に、海行こうな」
「うん」
翌日も店は常に満員で、やはり忙しかったが、明日は休みだと思うだけでそれも全く苦にならず、あっという間に一日が終わった。だが、気が緩んで1週間の疲れが一気に出たのか、2階に上がってソファに横になった途端、石富は死んだように眠っていて、翌朝秋家に起こされるまで目を覚まさなかった。
「……え、あれ!?俺寝てたのか……?マジかよ、くそっ、Hするつもりだったのにー!」
「…………一応、俺起こしたよ?でも、全然起きなくてさ。泥のように眠るって、ああいうのだね、きっと」
連休中お疲れさま、と微笑まれ、本当に疲れていたんだな、と実感した。
その後シャワーをして朝ご飯を食べて、2人は2週間ぶりに海へと出かけた。暖かいというよりは少し暑いくらいで、海は先々週より人が多かった。
「よぉ、智祐、久しぶり」
「けんちゃん!来たんだね」
智祐は嬉しそうに言って、先に行ってるから、と海へと入っていった。それを見送りつつ、石富はビーチチェアを2つ並べて砂の上に置き、その片方に腰かけた。
秋家も黙って隣に座り、2人でしばらく、海を眺める。
「剣二は、行かないの?」
「行くけど、一服してから」
石富はシャツのポケットからタバコを取り出し、火をつけた。結局禁煙はまだしていないが、本当にそろそろ、始めないといけない。
(マジでやらねーと……ホント口だけ野郎だと思われる……)
それはあまりに情けない。
石富は1本だけ吸い終えると、それを携帯灰皿に入れて、立ち上がった。羽織っていたシャツを脱ぎ、ビーチチェアの背にかけ、首から、指輪を通したチェーンをはずし、秋家に渡した。
「なくなるといけねーから、持っといてくれ」
「うん……」
秋家はそれを両手で包むように握って、本当に幸せそうな笑みを、微かに浮かべた。
先週、指輪を渡した時、最初は困惑していた秋家だが、泣きながらも、嬉しい、ありがとうと言ってくれて、今では本当に肌身離さず持ってくれている。風呂と寝る時以外は常に身に付けて、とても大切にしてくれているのだ。もちろん、石富にとってもこれは宝物だから、波にさらわれないように、今はパートナーに預けておく。
「よし、じゃあ、行ってくるわ」
「うん、気をつけてね」
ロングボードを抱えて、踏みしめるように砂の上を歩く。
目の前に広がる海はどこまでも広く、いっそ果てなどないように思える。南中近い太陽に照らされた沖の海面はチカチカと光り輝き、まるであの指輪の、小さなダイヤのようだと思った。
(キレイだな……)
海が、あざやかに美しい。
秋家と一緒に来るようになるまで、そんなこと思ったこともなかったけれど、秋家という存在が、石富の見るもの全てを、強く生き生きと、あざやかに映しだす。
恋愛というのは、本当に不思議だ。甘くて、楽しくて、夢のように幸せだが、同時に、もし相手をなくしたら、と考えると、死にそうなほどの恐怖を感じる。
まるで海みたいだな、と石富は思った。光が差す場所は美しく神秘的だけど、深海は暗くて冷たくて、ひどくおそろしい。だがそれも海の一部であるように、そういう恐怖も、きっと恋愛の一部なんだろうと思う。
相手を想う限り、いつかなくしたら、という恐怖は、消せないのかもしれない。だが、しっかりと手をつないで、強く想い合っていれば、差し込む光はいつも明るく、自分達を照らし続けてくれるはずだ。
光り輝く海は、どこまでも広く、果てなく、続いているのだから。
〜The End〜
この回で終わらせようと思ったら、めっちゃ長くなってしまいました(□`;)
(いつも長いような気もしますが……)
お手間取らせまして申し訳ありません><
さて、短編〜中編の予定で始まりました続編ですが、ビックリするくらい長くなってしまいましたΣ(゚д゚lll)
なんでこうなるんだろう……
とにかく家族公認にしたかったので、オヤジにオカンに兄貴に甥に姪に、石富ファミリー総出演でしたw
特に兄貴はキーマンで、本当はもっとダメ人間になる予定だったんですが(…)、なんか中途半端なレベルで終わってしまいました(-ω-;)
むしろちょっとイイ人……?
でもバカなので、思慮に欠ける部分が多いという、そういう大人ですw
とにかく無事終了できて、ホッとしております。
連載中、たくさんの拍手をいただきまして、本当にありがとうございました。
温かいコメントには、本当に励まされました。
今後の予定は、キリリク作品→番外編→拍手御礼SS→新連載という流れでまいりたいと思います。
よろしければ、今後もお付き合いくださると嬉しいです。
長期連載のうえに更新が遅いにもかかわらず、いつもご訪問くださって本当にありがとうございます。
これからも、当ブログをよろしくお願いいたします<(_ _)>
【More・・・】
5月になり、ゴールデンウィークの間は連日、目が回る忙しさだった。祝祭日が忙しいというのも今に始まったことではないが、休憩も取れないほどというのは、慣れてはいても少々きつい。だが、石富は忙しいのがそんなに嫌いではないので、疲れはするがそれ以上に遣り甲斐を感じながら、働いた。そしてそんな忙しいGWも終わりに近づいた、月曜日のこと。
ウィンド・ベルに、驚く来客があった。
その日、やっとオーダーストップの8時半が過ぎて、お客もほとんどいなくなり、石富は外でコーラを飲みながら一服していた。疲れてぼーっとした頭で、そういえば禁煙するんじゃなかったっけ、と考えていた時、裏口の戸が開き、秋家がひょこっと顔を出した。
「剣二にお客さんだよ」
「客……?誰だ?」
「んーとね、すっごく可愛いお客さん」
秋家はニコニコと笑顔で言って、石富を余計わからなくさせた。不思議に思いながら、タバコを消して店内に戻り、秋家に言われるがまま奥のテーブルに行くと、そこにはなんと、一矢がいた。石富が目を見開いて驚くと、一矢はちょっとばつの悪そうな顔をして、複雑そうに笑った。
(可愛いっつーから、誰かと思ったが……子供のこと言ったのか)
一矢は1人ではなく、膝に次男の世羅を抱っこしていて、そして隣には、世利佳と佳蓮が並んで座っている。世利佳は石富に気付くと、覚えてくれていたのか、にかっと嬉しそうに笑った。
「こんばんは叔父さん!」
「お、おう、世利佳。元気だったか?」
「うん!」
夜にお出かけできて嬉しいのか、世利佳はやたらとハイテンションでニコニコ顔だ。一方佳蓮は相変わらず大人しくて、元気か?と問うた石富に、こくんと頷いただけだった。
「久しぶりだな、剣二……」
「ああ……どうしたんだよ、急に。ビックリすんじゃねーか」
どうにも気まずく、お互い、どこか遠慮がちだ。どうしたもんか、と思っていたら、秋家がトレイにアイスコーヒーとアイスクリームを乗せて、テーブルにやってきた。
「剣二、座ってお兄さんと話してていいよ。もうすぐ閉店だし」
「え、ああ……」
確かに、何か話があるから来たのだろうから、それを聞かないわけにもいかない。それに、カミングアウトした結果を知ってる秋家が、一矢と会ってこんなにニコニコしているのも不思議だった。先に一矢になにか聞いて、石富にも話すよう勧めているなら、きっと悪い話ではないんだろう。
石富は一矢の向かいに腰を下ろし、グラスを配る秋家の所作を見つめた。一矢の前にアイスコーヒーとアイスクリームを置き、世利佳と佳蓮の前にもアイスを1つずつ置いた。
「ありがとう!」
「……ありがとう」
すると、世利佳が元気にお礼を言った後、佳蓮が小さな声でありがとうと言ったのが聞こえて、初めて声を聞いた石富は、しゃべったことに少しビックリした。
「およ、めずらしいな。佳蓮が初対面の人にしゃべったよ。相当見慣れた人間じゃねーと寄り付きもしねーのにな。なおちゃんすげー」
「俺も、しゃべったの初めて聞いた……」
「そうなの?はは、それは嬉しいな」
にこっと佳蓮に微笑みかけて、秋家はごゆっくり、と言ってカウンターに戻っていった。佳蓮はぼーっとその後ろ姿を見つめていて、それを見た一矢が、佳蓮のほっぺたを指でつつきながら、からかうように言った。
「どうした佳蓮。惚れちまったか?」
「…っ……おい……」
それが自分に対してのタチの悪い揶揄に聞こえて、石富は腹が立った。だが一矢はわかっていないようで、なぜ怒るんだ、という顔をしてから、あ、と気付いて慌てて顔の前で手を振った。
「違う違う!なんも含みはねーよ!それにオレは今日、謝りに来たんだからな」
「……え?」
謝りに来た、と言われて、スーッと怒りは引いていった。
家族に話しに行った日から、ちょうど今日で1週間。本当はもっと早く来たかったが、遅くなった、と言って、一矢は真剣な顔で謝ってくれた。
「オレ、オヤジの話聞いて、もう全くその通りだなーと思ったんだ。お前確かにチビの時から頑固だったし、オヤジの言う通り、縁切ると決めたら、迷いなくそれ本気でやるヤツだって、オレも思う。それにオレ、考えたんだけどよ……よく考えたら、お前、オレに相談したあの時から、なおちゃんのこと好きだったわけだよな……20年だろ、20年。すげーよ、お前ら。そんなの誰が何言ったって、変わるわけねーよな」
「兄貴……」
一矢の言葉に、目の奥がツンとする。男となんかありえない、と言い続けた一矢が認めてくれて、こうして会いに来てくれた。父と同じように、おそらく本当の意味での理解はできないだろうけど、気持ちをわかってくれて、許してくれたのなら、それで充分だと思った。
「オレが余計なこと言ったから20年もかかっちまったのかと思うと、まぁ、責任?つーか、それなりに感じてるわけよ。でもオレもな、まさかそういうのとは思わなかったからよ……あの時は、ホントにそう思ったんだ。けど、悪かったな」
「……っ、そんな、もう、昔のことだし……今はすごく幸せだから、いいんだ」
一矢がこんなに素直に謝るのなんて、よく考えたら初めてじゃないだろうか。なんだか妙に恥ずかしくて、嬉しくて、照れ隠しに石富は、ノロケるようなことを言った。
すると一矢は、ノロケんじゃねーや、とからかうように笑って、それから少しだけ表情を曇らせると、母親のことを話しだした。
「おふくろもな、ホントはあれ、お前に謝りたいと思ってんだ。ひでーこと言ったって、気にやんでる。でも、ババァもあれで案外頑固だからな。あれだけお前に文句言っといて、すぐにやっぱり許すとは言えねーんだよ。時期見て、そのうちお前の方から、会いに来てやってくれや」
「……わかった」
母と今すぐ顔を合わせるのは、石富にも無理だと思う。だが将来、実家に秋家を連れて行けるようになる日が、くるかもしれない。そしてそれはたぶん、そう遠くない未来に、きっとおとずれる。
「そういえば、仕事はどうだ?遅刻とかしてないだろうな」
「してねーよ。めっちゃ遣り甲斐あるし、楽しいぜ」
「そっか、よかった……なぁ、なんで、前の工場ん時は、無断欠勤なんかしてたんだ?」
「え、ああ、それな……」
何の気なしに聞いた石富の質問に、一矢は口ごもる。以前も確か、この話をした時の一矢の様子は、おかしかった。なにか理由があるのだろうかと思い、石富はしつこく聞いてみる。単なるさぼりが理由なら、この反応はちょっと、不自然な気がするからだ。
「……剣二、誰にも言わねーって、約束できるか?」
「え……わかった、いいよ。誰にも言わない。あ、でも、なおには言うぜ?聞く権利あるだろ」
「あー…そうだな。なおちゃんは、しょうがねーか」
こうして聞いた一矢の話は、思いも寄らない内容だった。
一矢が社長の指示で、工場に持ち込まれた車を1台、修理したそうだ。中古でいい、というから、部品を中古と交換したのに、お客さんに渡した請求書には、新品と書かれていた。事務員である社長の妻に間違ってると言ったものの、気になった一矢は後日、こっそり事務室の机から請求書の控えを取り出し、今まで自分が修理した車の請求額を、いくつか見てみた。
「ビックリしたさ。中古なのに、全部が新品で請求されてた。オレが修理やったんだからな、間違いねー。あのボケ夫婦、そんなこずるいことして小銭儲けてやがったんだ。腹が立って、仕事する気なくなってな……反抗のつもりだったんだがよ」
「……それで、勝手に休んだりしたのか」
「まーな。でも、あの夫婦、そのうちパクされると思うぜ」
一矢はなにか、確信的な笑みを浮かべ、そう言いきった。
この約1ヵ月後、一矢のいた工場に修理を依頼した客が数人、警察に被害届けを出し、不正な請求が発覚することになる。そのうえ、脱税していたことまで明らかになり、一矢の宣言通り、夫婦の手は後にまわることになるのだが、この時点では一矢もそれ以上は話さなかったので、石富はよくわからないまま、そうだといいな、と言ったのだった。
その後9時半を少し過ぎてから、一矢達は帰って行った。帰り際、やっぱり佳蓮は秋家にだけバイバイと言い、叔父である石富には小さい手をふにゃふにゃ振ってくれただけで、それがちょっと、なにやら複雑に寂しかった。
「なんだよあいつ。俺にはしゃべんねーくせによ」
「はは、なんでだろう。それにしても、みんな名前可愛いよね」
「ああ、あれ、全部車だぞ」
「車……?あっ、ホントだ。すごい、さすがお兄さん」
「いや、バカだろ。まぁ、可愛いからいいけど」
「ふふ、ひどいなぁ。…………剣二、お兄さん来てくれて、よかったね」
ふいに優しい声でそう言われ、石富は秋家を見て、ああ、と笑った。
本当に、来てくれてよかった。認めてくれたことを、きっと秋家の方が喜んでいると思う。家族に許されることで、気持ちが、どうしても覚えてしまう罪悪感が、ふわりと少し、軽くなる。
「さあ、なおちゃん。あと1日で休みだ。がんばろー」
「ちゃんはやめてよ、剣二が言うと、なんかむず痒い」
「なんでだよ」
一矢の真似をしてそう呼ぶと、秋家は背中をかく真似をして嫌がった。でも、本当は照れてるのがわかるから、それが可愛くて思わず笑みがこぼれる。
それから残っていた厨房の片付けを2人でやりながら、石富は一矢に聞いた修理工場の話を秋家に聞かせた。そんなことする人がいるなんて信じられない、と秋家は驚愕していたが、ただでさえ不景気な中、加えて原油や諸物価の急激な高騰を考えると、そういうことをする人間が出てきても、なんら不思議なことはない、と石富は思う。だからといって許していい行為ではないが、同じ自営業者として、全くの他人事とも言いきれない。
今は繁盛しているウィンド・ベルも、いつかかんこ鳥が鳴く日が、来るかもしれない。そうなった時、正しく打開できる保障なんて、どこにもないのだ。
だが何があっても、秋家と2人ならなんでも一緒に乗り切れると、そう思う。行き詰まったら一緒に考えて、2人で答えを出せばいい。ものすごく苦しいことでも、大変なことでも、相手を信じ、手をつないでいれば、きっと自分達は大丈夫だ。
「なお、明後日は一緒に、海行こうな」
「うん」
翌日も店は常に満員で、やはり忙しかったが、明日は休みだと思うだけでそれも全く苦にならず、あっという間に一日が終わった。だが、気が緩んで1週間の疲れが一気に出たのか、2階に上がってソファに横になった途端、石富は死んだように眠っていて、翌朝秋家に起こされるまで目を覚まさなかった。
「……え、あれ!?俺寝てたのか……?マジかよ、くそっ、Hするつもりだったのにー!」
「…………一応、俺起こしたよ?でも、全然起きなくてさ。泥のように眠るって、ああいうのだね、きっと」
連休中お疲れさま、と微笑まれ、本当に疲れていたんだな、と実感した。
その後シャワーをして朝ご飯を食べて、2人は2週間ぶりに海へと出かけた。暖かいというよりは少し暑いくらいで、海は先々週より人が多かった。
「よぉ、智祐、久しぶり」
「けんちゃん!来たんだね」
智祐は嬉しそうに言って、先に行ってるから、と海へと入っていった。それを見送りつつ、石富はビーチチェアを2つ並べて砂の上に置き、その片方に腰かけた。
秋家も黙って隣に座り、2人でしばらく、海を眺める。
「剣二は、行かないの?」
「行くけど、一服してから」
石富はシャツのポケットからタバコを取り出し、火をつけた。結局禁煙はまだしていないが、本当にそろそろ、始めないといけない。
(マジでやらねーと……ホント口だけ野郎だと思われる……)
それはあまりに情けない。
石富は1本だけ吸い終えると、それを携帯灰皿に入れて、立ち上がった。羽織っていたシャツを脱ぎ、ビーチチェアの背にかけ、首から、指輪を通したチェーンをはずし、秋家に渡した。
「なくなるといけねーから、持っといてくれ」
「うん……」
秋家はそれを両手で包むように握って、本当に幸せそうな笑みを、微かに浮かべた。
先週、指輪を渡した時、最初は困惑していた秋家だが、泣きながらも、嬉しい、ありがとうと言ってくれて、今では本当に肌身離さず持ってくれている。風呂と寝る時以外は常に身に付けて、とても大切にしてくれているのだ。もちろん、石富にとってもこれは宝物だから、波にさらわれないように、今はパートナーに預けておく。
「よし、じゃあ、行ってくるわ」
「うん、気をつけてね」
ロングボードを抱えて、踏みしめるように砂の上を歩く。
目の前に広がる海はどこまでも広く、いっそ果てなどないように思える。南中近い太陽に照らされた沖の海面はチカチカと光り輝き、まるであの指輪の、小さなダイヤのようだと思った。
(キレイだな……)
海が、あざやかに美しい。
秋家と一緒に来るようになるまで、そんなこと思ったこともなかったけれど、秋家という存在が、石富の見るもの全てを、強く生き生きと、あざやかに映しだす。
恋愛というのは、本当に不思議だ。甘くて、楽しくて、夢のように幸せだが、同時に、もし相手をなくしたら、と考えると、死にそうなほどの恐怖を感じる。
まるで海みたいだな、と石富は思った。光が差す場所は美しく神秘的だけど、深海は暗くて冷たくて、ひどくおそろしい。だがそれも海の一部であるように、そういう恐怖も、きっと恋愛の一部なんだろうと思う。
相手を想う限り、いつかなくしたら、という恐怖は、消せないのかもしれない。だが、しっかりと手をつないで、強く想い合っていれば、差し込む光はいつも明るく、自分達を照らし続けてくれるはずだ。
光り輝く海は、どこまでも広く、果てなく、続いているのだから。
〜The End〜
この回で終わらせようと思ったら、めっちゃ長くなってしまいました(□`;)
(いつも長いような気もしますが……)
お手間取らせまして申し訳ありません><
さて、短編〜中編の予定で始まりました続編ですが、ビックリするくらい長くなってしまいましたΣ(゚д゚lll)
なんでこうなるんだろう……
とにかく家族公認にしたかったので、オヤジにオカンに兄貴に甥に姪に、石富ファミリー総出演でしたw
特に兄貴はキーマンで、本当はもっとダメ人間になる予定だったんですが(…)、なんか中途半端なレベルで終わってしまいました(-ω-;)
むしろちょっとイイ人……?
でもバカなので、思慮に欠ける部分が多いという、そういう大人ですw
とにかく無事終了できて、ホッとしております。
連載中、たくさんの拍手をいただきまして、本当にありがとうございました。
温かいコメントには、本当に励まされました。
今後の予定は、キリリク作品→番外編→拍手御礼SS→新連載という流れでまいりたいと思います。
よろしければ、今後もお付き合いくださると嬉しいです。
長期連載のうえに更新が遅いにもかかわらず、いつもご訪問くださって本当にありがとうございます。
これからも、当ブログをよろしくお願いいたします<(_ _)>
●唯香さま
遠麗 | 2008.07.02(水) 02:52 | URL | コメント編集
●お疲れさまでしたm(__)m
お久しぶりでございます〜。
すっかりご無沙汰をいたしましてm(__)m
遅らばせながら、君恋の連載終了、お疲れ様でした〜〜vv
男前剣二の、ちょっとしたヘタレっぷりがツボだったこの連載(*^_^*)
でも、大好きな剣二視点と言う事で、毎回来るたびに悶えさせていただいておりました♪
そして、やっぱり今回はなんと言っても兄貴──ッ!!
いい加減だけど、でもそんなとこがちょっと可愛くて好きだよ〜〜(笑)
おまけのSSや4コマ劇場(?)も、めちゃんこ楽しませていただきました♪
また次回作を楽しみにしておりますので〜♪
何やら風邪をひかれたとの事……
肌寒い日が続いております。無理をされないように、お身体ご自愛くださいませm(__)m
また体調が回復されて、新連載を開始されるのをお待ちしておりますのでvv
本当にお疲れ様でしたm(__)m
すっかりご無沙汰をいたしましてm(__)m
遅らばせながら、君恋の連載終了、お疲れ様でした〜〜vv
男前剣二の、ちょっとしたヘタレっぷりがツボだったこの連載(*^_^*)
でも、大好きな剣二視点と言う事で、毎回来るたびに悶えさせていただいておりました♪
そして、やっぱり今回はなんと言っても兄貴──ッ!!
いい加減だけど、でもそんなとこがちょっと可愛くて好きだよ〜〜(笑)
おまけのSSや4コマ劇場(?)も、めちゃんこ楽しませていただきました♪
また次回作を楽しみにしておりますので〜♪
何やら風邪をひかれたとの事……
肌寒い日が続いております。無理をされないように、お身体ご自愛くださいませm(__)m
また体調が回復されて、新連載を開始されるのをお待ちしておりますのでvv
本当にお疲れ様でしたm(__)m
水城 | 2008.06.30(月) 09:36 | URL | コメント編集
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なんとか終わらせることができました……
攻め視点は難しいですw
風邪は治りかけなのですが、書いててよくわからない展開になってしまいましたw
兄貴よかったですかw
個人的にダメレベルが低くなってしまったので、それが若干心残り><
でも“ハンパにイイ人”具合は気にいってますw
新連載、CP以外ノープランですが(…)、がんばります!
ありがとうございました(*^^*)