2008.07/02(Wed)
番外編/拍手御礼SS (前編)
番外編/拍手御礼SS (前編) 〜Happy Birthday Kenji〜
「あ、優二郎くん、お疲れ様。気をつけて帰ってね」
「はーい」
木幡優二郎はそう言うと、それじゃあ、と言いながら裏口から出て行った。その後ろ姿を見送ってから、秋家尚和は急いでカウンターまで戻ると、空いた席の片付けに向かう。
夕方のピークに入った店内は、ずっと満席状態だ。喫茶店という名称ながらほぼ食堂化しているウィンド・ベルは、やたらと回転率がいいので、店は小さくともかなり忙しい。木幡と交替で入った晴希と共に、秋家はいつも通りせかせか働く。だが、そうやって仕事をしながらも、時折今晩の予定を思い出し、秋家はこっそり口元をほころばせていた。
昨日、5月12日は、恋人である石富剣二の誕生日だった。
でも今日が仕事だったため、特に何か派手なことはせず、いつもより少しだけ豪華な晩ご飯を作り、ビールで乾杯をして、当日のお祝いはそれで終わった。その代わり今日は、仕事が終わったら食事に出掛ける予定でいる。
明日は水曜の定休日でお休みだから、久しぶりに外でゆっくり飲もうと、石富がそう提案した。秋家としてもゆっくりしたい気持ちはあったので、一日ずらしてお祝いすることにしたのだ。
家にいることが多く、石富と外に飲みに出るのは久しぶりなので、秋家はそれが楽しみでたまらない。それに。
(昨日あげた時計、つけてくれるよね)
誕生日のお祝いは一日ずれるけれど、プレゼントは当日の方がいいだろうと、秋家は昨夜、石富に腕時計をプレゼントした。グッチのシンプルな腕時計で、値段は7万円程だったが、石富は箱を開けた時に目を剥いて驚き、なにやら申し訳なさげな視線を向けてきた。だが、すぐに微笑んで『ありがとう』と言ってくれて、秋家を抱き締めた。
――ありがとう、なお。俺時計持ってないから、嬉しいよ。……でも、こういう高いのは、今回限りにしような。俺が指輪あげたから、お前ちょっと気ぃ使っただろ?ごめんな、なんか……うまく言えねーけど、すごく、嬉しいんだけど……なんだろうな、いらないって言ってるんじゃないんだ。でも、もっと安くていいんだ。つーか、プレゼントとかなくても、一緒にいてくれればそれでいい。だから……ああもう、何言ってんだろ、俺……
そう言って秋家の髪の中に鼻をうめた石富は、ごめん、と一言呟いた。
石富の言葉ははっきりしないものだったが、秋家は彼の言いたいことが、とてもよくわかった。それは、自分が指輪をもらった時に感じたものと、おそらく全く同じ感情だろうと思ったからだ。
愛する人に贈り物をされるのはとても嬉しいが、その反面、お金を使わせてしまったことをつらく感じてしまうものだ。それはなにも、相手の収入を心配しているとか、そういう目線のものではなくて、ただ、自分へのプレゼントのために高いお金を使わなくていいのに、という、純然な申し訳なさだ。なにもいらないから一緒にいてくれたらいい、というのは、ただの言葉ではなく、混じり気のない真っ白な本心であるから、そう思える。
とはいえ、自分が贈る立場なら、やっぱりいいものをあげたい、と思ってしまうのも、また仕方がないことだ。お互いの気持ちはわかるけれど、なかなか、うまく折り合わせることは難しい。
秋家がそう話すと、その通りだな、と言って石富は笑った。だから来年からは、せっかく誕生日が近いのだから、一緒に出掛けて、一緒にプレゼントを買おうということになった。誕生日が嬉しいという年でもないけれど、毎年一緒に買いに行けるんだと思えば、年を取る日も楽しみだと思える。
でも時計は大事にする、と言って、出掛ける時はつけるよう約束してくれた。
秋家がプレゼントに腕時計を選んだ理由は、身に付けるものがいい、と思ったことと、もう1つ。これは石富には言えないのだが、秋家は男の人が、袖を少しまくって腕時計を見る姿が、なぜか好きだった。特にスーツの人がくっと袖を引いて時間を見ていると、それがサラリーマンのおじさんでも、あ、と思うくらいには気にしてしまう。
こんなセクシャリティ丸出しの細かい好みを、石富に押し付けるつもりはないのだけれど、腕時計をつける習慣のない石富を見ていて、あれやってほしいな、と思ったことがあるのは、否めない。
(なんか自分で自分が気持ち悪いや……)
引かれるから絶対言わないでおこう、と思いながら、秋家は仕事に意識を集中させた。それでもやっぱり時々、知らぬ間に口元が緩んでしまっていたのだが。
夜の8時を過ぎて、まだ店内にお客はたくさんいたが、食事の人は少なくなったので少し手がすいた。今晴希が休憩に行っているので、帰ってきたら事務室に行こうと思いながら、カウンターをクロスで拭いていたら、来客を告げるドアベルの音が鳴った。
「いらっしゃいま……え、きーちゃん……?」
「やっほー、なおさん。久しぶり」
手を振りながら入ってきたのは、何年ぶりかと思うほど長らく会っていなかった友人、輝一郎(きいちろう)だった。ビックリした秋家は、まじまじと輝一郎の顔を見つめ、彼がカウンターに座るまで凝視し続けた。
「ちょ、なおさん見すぎ。コーヒー1つね」
笑いながら言う輝一郎にハッとした秋家は、ごめん、と笑いながら謝ると、久しぶりだね、と言いながらコーヒーの準備をする。気持ち多めに注いであげて、はい、と目の前に差し出した。
「1年以上は会ってないよね。なんかきーちゃん、大人っぽくなった?」
「そう?そういうなおさんは全然変わってないね。ホント、9つも上なんて信じらんねーよ」
「はは、ありがとう」
友人、といっても、輝一郎は秋家より9つも年下だ。知り合った時の輝一郎はまだ大学生で、当時から言動も大人びていてかっこよかったけれど、今はなんだかそれに、妙な箔が付いたような気がする。
知り合ったきっかけは、2丁目で秋家が輝一郎にナンパされたからだが、彼と体の関係があるわけではない。
3年ほど前、1人で飲んでいる秋家に声をかけてきたのが、当時まだ21歳の輝一郎だった。秋家はその頃、軽そうな人ならベッドでの相手もしていたので、当然そうなるつもりで一緒に酒を飲み、輝一郎もまた、最初はそのつもりで声をかけ、一緒に飲んだのだと言った。だが。
――なんか、あんたすごくイイよね。もしヤッたら、本気になっちまうかも。だから、やめよ、セックス。俺あんたとは、そういうの無しで長く付き合いたいって思うんだけど。
輝一郎はこう言って、だからその分お話しよう、と笑ってカクテルを飲み干した。秋家は最初、もしかして年が上過ぎて引いたのか、と思ったけれど、どうもそういう雰囲気は感じなかったので、輝一郎の言うまま友人としてたまに一緒に飲むようになった。さすがにこの年齢差で、普段から一緒に遊ぶ、ということはなかったけれど、若いのにしっかりしている輝一郎とは、酒を飲んでも年の差をあまり感じず、楽しくほどよい付き合いができていた。
そして輝一郎と知り合ったことは、後にウィンド・ベルに大きな有益をもたらしてくれることになった。
知り合って1年後に、輝一郎から『大学生になった弟が、バイト先を探してる』と聞いて、『じゃあ、うちはどう?』と秋家は彼に聞いたのだ。
「優二郎のやつ、ちゃんと働いてる?我が弟ながら、2年もよく続いてるよ」
木幡輝一郎、彼はウィンド・ベルのアルバイト、木幡優二郎の、4つ年上の兄なのである。顔も背格好も似ていないけれど、ここの兄弟は仲がいいらしく、優二郎の話にはたまに輝一郎のことが出てくる。
「すごく助かってるよ。真面目だし礼儀正しいし。そういえば、なんで優二郎くんがいる時に来なかったの?てゆうかきーちゃん、うち来んの初めてだよね。どうしたの、急に」
「んー?まぁ、弟が働いてるとこ来んの、なんか恥ずかしいってのもあったし、それに今日は、なおさん見に来ただけだから。なんか、あれだね。表情が昔と違うよ。明るくなったっつーか、幸せそうっつーかさ」
からかう様ににやりと笑って、輝一郎は秋家を見上げた。なにやら意味深な笑みに、秋家はどきっとして少し赤くなり、はは、とごまかすように笑った。見透かされているようで、変にドキドキする。そんなことないよ、と輝一郎に話している時、レジのところに会計のお客さんが来た。
「あ、ありがとうございます!ごめんきーちゃん、ちょっと」
「うん」
輝一郎にことわり、秋家はお客の精算を済ませると、ありがとうございました、と頭を下げ、テーブルの片付けに向かった。トレイに乗せた食器を厨房に持っていくと、石富が食器洗浄機のところに腕を組んで立っていて、どう見ても機嫌がいいとはいえない顔で、くい、とカウンターの方を顎でしゃくった。
「誰だよ」
「え?あ、えと、優二郎くんのお兄さんなんだけど……」
カウンターにはコーヒーを飲んでいる輝一郎がいるだけなので、彼のことを指しているのは間違いなかった。
2年前、優二郎を雇う、という話を石富にした時、秋家は『友達の弟』と説明し、自分の性癖についても理解してくれている、と話した。それ以上は言わなかったし、聞かれもしなかったが、弟が理解しているのなら、その『友達』も当然知っていると誰が聞いても思うだろう。そして場合によっては、どういう『友達』なんだか、というようなことも、考えるかもしれない。
(今更だけど、それってすごく、イヤ……)
もし輝一郎と体の関係があったなら、秋家は優二郎を雇いはしなかった。というか、最初の晩にセックスしていたら、弟のバイト先の相談をするような仲には、絶対にならなかったと思う。
輝一郎とは、なにもやましいことなどない。だが、事実を知らない人間の目に、それがそのまま写ってくれるとは限らない。
石富も優二郎に、兄の話を聞いたことはあっただろう。そしてそれが秋家の『友達』ということも知っている。だが石富は、輝一郎に会ったことがなかった。今初めて、彼の姿を見たのだ。
(もしかして、なにか疑ってる……?)
本当に友達という認識しかなかったから、秋家は失念していた。もし輝一郎が、極端な話、晴希のような見た目なら、石富も普通に友達として見てくれたかもしれない。だが輝一郎の外見は、いかんせんそう思わせるようなものではなかった。
背は180cm以上あるし、顔も男らしく整っている。なんとなく知られているだろう秋家の好みのタイプに、当てはまってしまっているのだ。
確かに、最初会った時はかっこいいと思いはした。でも今は、本当に友達としか思っていないし、まして会うことだってほとんどない。たまにメールすることはあるが、それも年に数回だし、本当にやましいことなど全く無い。だから気にせず、堂々としてれば、いいのだけれど――石富が独り言の声量で呟いた言葉に、秋家の体は一気に冷えて固まった。
「ハタ坊の兄貴……っつーと、あれか。お前の、お友達だったな……へぇ、アレがね……」
そう言ってカウンターに視線を向ける石富に、秋家は何も、言葉を返せなかった。
お待たせして申し訳ありませんでした(待っててくれたのなら嬉しいです)☆
励ましのコメくださった方、どうもありがとうございました(^-^)
SSのはずがなぜか終わらず、まだ続きます(;>△<)
新キャラ出てるし、どうなってんだ……まだ熱があるようです (Θ_Θ;)
【More・・・】
「店長、じゃあ俺、あがりますね。お疲れ様でした」「あ、優二郎くん、お疲れ様。気をつけて帰ってね」
「はーい」
木幡優二郎はそう言うと、それじゃあ、と言いながら裏口から出て行った。その後ろ姿を見送ってから、秋家尚和は急いでカウンターまで戻ると、空いた席の片付けに向かう。
夕方のピークに入った店内は、ずっと満席状態だ。喫茶店という名称ながらほぼ食堂化しているウィンド・ベルは、やたらと回転率がいいので、店は小さくともかなり忙しい。木幡と交替で入った晴希と共に、秋家はいつも通りせかせか働く。だが、そうやって仕事をしながらも、時折今晩の予定を思い出し、秋家はこっそり口元をほころばせていた。
昨日、5月12日は、恋人である石富剣二の誕生日だった。
でも今日が仕事だったため、特に何か派手なことはせず、いつもより少しだけ豪華な晩ご飯を作り、ビールで乾杯をして、当日のお祝いはそれで終わった。その代わり今日は、仕事が終わったら食事に出掛ける予定でいる。
明日は水曜の定休日でお休みだから、久しぶりに外でゆっくり飲もうと、石富がそう提案した。秋家としてもゆっくりしたい気持ちはあったので、一日ずらしてお祝いすることにしたのだ。
家にいることが多く、石富と外に飲みに出るのは久しぶりなので、秋家はそれが楽しみでたまらない。それに。
(昨日あげた時計、つけてくれるよね)
誕生日のお祝いは一日ずれるけれど、プレゼントは当日の方がいいだろうと、秋家は昨夜、石富に腕時計をプレゼントした。グッチのシンプルな腕時計で、値段は7万円程だったが、石富は箱を開けた時に目を剥いて驚き、なにやら申し訳なさげな視線を向けてきた。だが、すぐに微笑んで『ありがとう』と言ってくれて、秋家を抱き締めた。
――ありがとう、なお。俺時計持ってないから、嬉しいよ。……でも、こういう高いのは、今回限りにしような。俺が指輪あげたから、お前ちょっと気ぃ使っただろ?ごめんな、なんか……うまく言えねーけど、すごく、嬉しいんだけど……なんだろうな、いらないって言ってるんじゃないんだ。でも、もっと安くていいんだ。つーか、プレゼントとかなくても、一緒にいてくれればそれでいい。だから……ああもう、何言ってんだろ、俺……
そう言って秋家の髪の中に鼻をうめた石富は、ごめん、と一言呟いた。
石富の言葉ははっきりしないものだったが、秋家は彼の言いたいことが、とてもよくわかった。それは、自分が指輪をもらった時に感じたものと、おそらく全く同じ感情だろうと思ったからだ。
愛する人に贈り物をされるのはとても嬉しいが、その反面、お金を使わせてしまったことをつらく感じてしまうものだ。それはなにも、相手の収入を心配しているとか、そういう目線のものではなくて、ただ、自分へのプレゼントのために高いお金を使わなくていいのに、という、純然な申し訳なさだ。なにもいらないから一緒にいてくれたらいい、というのは、ただの言葉ではなく、混じり気のない真っ白な本心であるから、そう思える。
とはいえ、自分が贈る立場なら、やっぱりいいものをあげたい、と思ってしまうのも、また仕方がないことだ。お互いの気持ちはわかるけれど、なかなか、うまく折り合わせることは難しい。
秋家がそう話すと、その通りだな、と言って石富は笑った。だから来年からは、せっかく誕生日が近いのだから、一緒に出掛けて、一緒にプレゼントを買おうということになった。誕生日が嬉しいという年でもないけれど、毎年一緒に買いに行けるんだと思えば、年を取る日も楽しみだと思える。
でも時計は大事にする、と言って、出掛ける時はつけるよう約束してくれた。
秋家がプレゼントに腕時計を選んだ理由は、身に付けるものがいい、と思ったことと、もう1つ。これは石富には言えないのだが、秋家は男の人が、袖を少しまくって腕時計を見る姿が、なぜか好きだった。特にスーツの人がくっと袖を引いて時間を見ていると、それがサラリーマンのおじさんでも、あ、と思うくらいには気にしてしまう。
こんなセクシャリティ丸出しの細かい好みを、石富に押し付けるつもりはないのだけれど、腕時計をつける習慣のない石富を見ていて、あれやってほしいな、と思ったことがあるのは、否めない。
(なんか自分で自分が気持ち悪いや……)
引かれるから絶対言わないでおこう、と思いながら、秋家は仕事に意識を集中させた。それでもやっぱり時々、知らぬ間に口元が緩んでしまっていたのだが。
夜の8時を過ぎて、まだ店内にお客はたくさんいたが、食事の人は少なくなったので少し手がすいた。今晴希が休憩に行っているので、帰ってきたら事務室に行こうと思いながら、カウンターをクロスで拭いていたら、来客を告げるドアベルの音が鳴った。
「いらっしゃいま……え、きーちゃん……?」
「やっほー、なおさん。久しぶり」
手を振りながら入ってきたのは、何年ぶりかと思うほど長らく会っていなかった友人、輝一郎(きいちろう)だった。ビックリした秋家は、まじまじと輝一郎の顔を見つめ、彼がカウンターに座るまで凝視し続けた。
「ちょ、なおさん見すぎ。コーヒー1つね」
笑いながら言う輝一郎にハッとした秋家は、ごめん、と笑いながら謝ると、久しぶりだね、と言いながらコーヒーの準備をする。気持ち多めに注いであげて、はい、と目の前に差し出した。
「1年以上は会ってないよね。なんかきーちゃん、大人っぽくなった?」
「そう?そういうなおさんは全然変わってないね。ホント、9つも上なんて信じらんねーよ」
「はは、ありがとう」
友人、といっても、輝一郎は秋家より9つも年下だ。知り合った時の輝一郎はまだ大学生で、当時から言動も大人びていてかっこよかったけれど、今はなんだかそれに、妙な箔が付いたような気がする。
知り合ったきっかけは、2丁目で秋家が輝一郎にナンパされたからだが、彼と体の関係があるわけではない。
3年ほど前、1人で飲んでいる秋家に声をかけてきたのが、当時まだ21歳の輝一郎だった。秋家はその頃、軽そうな人ならベッドでの相手もしていたので、当然そうなるつもりで一緒に酒を飲み、輝一郎もまた、最初はそのつもりで声をかけ、一緒に飲んだのだと言った。だが。
――なんか、あんたすごくイイよね。もしヤッたら、本気になっちまうかも。だから、やめよ、セックス。俺あんたとは、そういうの無しで長く付き合いたいって思うんだけど。
輝一郎はこう言って、だからその分お話しよう、と笑ってカクテルを飲み干した。秋家は最初、もしかして年が上過ぎて引いたのか、と思ったけれど、どうもそういう雰囲気は感じなかったので、輝一郎の言うまま友人としてたまに一緒に飲むようになった。さすがにこの年齢差で、普段から一緒に遊ぶ、ということはなかったけれど、若いのにしっかりしている輝一郎とは、酒を飲んでも年の差をあまり感じず、楽しくほどよい付き合いができていた。
そして輝一郎と知り合ったことは、後にウィンド・ベルに大きな有益をもたらしてくれることになった。
知り合って1年後に、輝一郎から『大学生になった弟が、バイト先を探してる』と聞いて、『じゃあ、うちはどう?』と秋家は彼に聞いたのだ。
「優二郎のやつ、ちゃんと働いてる?我が弟ながら、2年もよく続いてるよ」
木幡輝一郎、彼はウィンド・ベルのアルバイト、木幡優二郎の、4つ年上の兄なのである。顔も背格好も似ていないけれど、ここの兄弟は仲がいいらしく、優二郎の話にはたまに輝一郎のことが出てくる。
「すごく助かってるよ。真面目だし礼儀正しいし。そういえば、なんで優二郎くんがいる時に来なかったの?てゆうかきーちゃん、うち来んの初めてだよね。どうしたの、急に」
「んー?まぁ、弟が働いてるとこ来んの、なんか恥ずかしいってのもあったし、それに今日は、なおさん見に来ただけだから。なんか、あれだね。表情が昔と違うよ。明るくなったっつーか、幸せそうっつーかさ」
からかう様ににやりと笑って、輝一郎は秋家を見上げた。なにやら意味深な笑みに、秋家はどきっとして少し赤くなり、はは、とごまかすように笑った。見透かされているようで、変にドキドキする。そんなことないよ、と輝一郎に話している時、レジのところに会計のお客さんが来た。
「あ、ありがとうございます!ごめんきーちゃん、ちょっと」
「うん」
輝一郎にことわり、秋家はお客の精算を済ませると、ありがとうございました、と頭を下げ、テーブルの片付けに向かった。トレイに乗せた食器を厨房に持っていくと、石富が食器洗浄機のところに腕を組んで立っていて、どう見ても機嫌がいいとはいえない顔で、くい、とカウンターの方を顎でしゃくった。
「誰だよ」
「え?あ、えと、優二郎くんのお兄さんなんだけど……」
カウンターにはコーヒーを飲んでいる輝一郎がいるだけなので、彼のことを指しているのは間違いなかった。
2年前、優二郎を雇う、という話を石富にした時、秋家は『友達の弟』と説明し、自分の性癖についても理解してくれている、と話した。それ以上は言わなかったし、聞かれもしなかったが、弟が理解しているのなら、その『友達』も当然知っていると誰が聞いても思うだろう。そして場合によっては、どういう『友達』なんだか、というようなことも、考えるかもしれない。
(今更だけど、それってすごく、イヤ……)
もし輝一郎と体の関係があったなら、秋家は優二郎を雇いはしなかった。というか、最初の晩にセックスしていたら、弟のバイト先の相談をするような仲には、絶対にならなかったと思う。
輝一郎とは、なにもやましいことなどない。だが、事実を知らない人間の目に、それがそのまま写ってくれるとは限らない。
石富も優二郎に、兄の話を聞いたことはあっただろう。そしてそれが秋家の『友達』ということも知っている。だが石富は、輝一郎に会ったことがなかった。今初めて、彼の姿を見たのだ。
(もしかして、なにか疑ってる……?)
本当に友達という認識しかなかったから、秋家は失念していた。もし輝一郎が、極端な話、晴希のような見た目なら、石富も普通に友達として見てくれたかもしれない。だが輝一郎の外見は、いかんせんそう思わせるようなものではなかった。
背は180cm以上あるし、顔も男らしく整っている。なんとなく知られているだろう秋家の好みのタイプに、当てはまってしまっているのだ。
確かに、最初会った時はかっこいいと思いはした。でも今は、本当に友達としか思っていないし、まして会うことだってほとんどない。たまにメールすることはあるが、それも年に数回だし、本当にやましいことなど全く無い。だから気にせず、堂々としてれば、いいのだけれど――石富が独り言の声量で呟いた言葉に、秋家の体は一気に冷えて固まった。
「ハタ坊の兄貴……っつーと、あれか。お前の、お友達だったな……へぇ、アレがね……」
そう言ってカウンターに視線を向ける石富に、秋家は何も、言葉を返せなかった。
お待たせして申し訳ありませんでした(待っててくれたのなら嬉しいです)☆
励ましのコメくださった方、どうもありがとうございました(^-^)
SSのはずがなぜか終わらず、まだ続きます(;>△<)
新キャラ出てるし、どうなってんだ……まだ熱があるようです (Θ_Θ;)
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