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2008.11.27 (Thu)

夜明けのキスをあなたに 5−9

Chapter5−9

【More・・・】

 ごん、となにやら頬に衝撃を感じ、園部は目を覚ました。薄暗い部屋の中、見慣れた天井が目に入り、そして微かに、ジンジンと左頬が痛いことに気付く。

 くい、と頭だけを動かせて左側を見ると、そこに手があった。自分のものではなく、昨夜共に幸せな時間を過ごした恋人の手が、肩口で丸まっているのが見える。

(先輩の手が当たったのか……)

 どうやら伊鶴が無意識に伸ばした腕が、園部の頬にクリーンヒットしたらしい。伊鶴の方に視線を向けると、彼は仰向けで薄く口を開いて、スースーと寝息を立てながらまだよく眠っている。意外と寝相はそう良くないらしいとおかしくなって、園部はしばらく間、じっとその横顔を眺めた。

 寝顔を見つめるだけで、胸の奥の方からじわじわと湧き上がってくる、なんとも云えないこの幸福感。これを今まで知らずに生きてきたのかと思うと、ひどくもったいないような気分になる。
 殴られたことすらおもしろくて、こんなに良い目覚めは生まれて初めてだな、と長い睫毛が時々ぴくぴくと動くのがなんとも可愛く、飽きもせずじっと見つめ続けた。

(……なんか、喉渇いたな)

 激しい運動をしたにもかかわらず、ろくに水分も取らずに寝てしまったからか、ふと喉の渇きを覚えた。何か飲もう、と園部は伊鶴を起こさないようそっと肩口の手をのけると、体を横にずらしてベッドから下りる。足音をさせぬようキッチンに向かい、冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出すと、ごくごくと1/3ほど飲んだ。

(5時半か……)

 キッチンからリビングの壁掛け時計を見ると、時刻は明け方の5時半過ぎ。眠った時間を考えると、起きるのにはまだ少し早い。だが本来なら起きているはずのこの時間、なんだか目が覚めてしまった園部は、ペットボトルを持ったままリビングに行き、窓の遮光カーテンを開けた。

 レースカーテンをめくって窓の外を見ると、空は白くなりかけていて、東側に目をやれば、昇り始めたばかりの太陽が見える。11階という高さからのそれは、仕事帰りに地面から見るものとはまた少し違って見えた。

 水を飲みながら、なんとなくその光景に浸っていた時、かちゃりとドアノブの回る音がして、寝室から伊鶴が出てきた。きょろきょろと首を回してリビングを見回し、窓辺に立つ園部を見つけると、眠そうに目をこすりながらペタペタと裸足で近づいてくる。

 大きめの園部のTシャツを着て、あちこち髪の毛の跳ねた頭でぐしぐし目をこする姿は、まるで子供のように微笑ましくて、園部は思わずくすくす笑ってしまう。

「おはよう、先輩。起こしちゃったかな」
「………いや。さっき目ぇ覚めたら、お前いなくて、探しにきた……俺も、水ちょうだい」
「いいよ。喉渇いたでしょ」
「うん……」

 はい、とペットボトルを渡すと、伊鶴はこくこくと半分ほど飲み、はぁ、と小さく息を吐いた。昨夜、最後の方にはもう、伊鶴の声は掠れていて、ろくに喘ぐこともできないほどだったので、伊鶴も相当喉が乾いているに違いない。痛くはないか心配だが、ありがとう、とペットボトルを返してくれる声はいつもの彼の声だったので、ひとまずホッとする。
 
「なにしてたんだ?」
「んー?日の出見てるんだよ。先輩も見る?」
「うん」

 園部は窓を開けると、おいで、と伊鶴の手を引いてそのまま後ろから抱き締め、髪の毛に唇を寄せた。跳ねた髪の毛の先が頬に当たり、それがくすぐったくて心地よくて、くんくんと鼻を動かせば、起きたばかりの温かな匂いがする。
 伊鶴のお腹の前で手を組んで、体をピタリと密着させると、うっとりした声で園部は囁いた。

「一緒に朝迎えるの、初めてだね」
「ああ、そうだな」
「一緒に日の出見るのも、初めてだね」
「ああ、そうだな……」

 神々しいほど強いオレンジ色の光を放ち、太陽はゆっくりゆっくり、その高度を上げていく。その光は痛いほどに眩しくて、人を、自分達を、照らし続けてくれる。絶対的な強さであり、優しさであり、あたたかさであり……それは園部にとって、伊鶴の存在そのものと云えた。

「……先輩の名前、太陽が昇るって意味なんだよね」
「え……」
「ほら、高校ん時に教えてくれたでしょ。先輩とお姉さんの名前がダジャレだってさ」
「……覚えてるのか?」
「うん、覚えてるよ。すごくきれいな名前だって思ったし、よく似合ってると思った。先輩はね、俺の太陽なんだよ」

 そう言って園部は、伊鶴を抱く腕にぎゅっと力を込める。伊鶴はそんな園部の腕に手を添えて、頬擦りするように身を寄せると、照れたように呟く。

「……太陽なんて、大袈裟な……」
「大袈裟なんかじゃないよ。本当のことだもん。俺にとってはお日様みたいにあったかくて……輝いてるよ」
「………なんだ、それ。恥ずかしいやつだな……」
「へへ。でも、ホントだから」
「……変なやつ」

 ぶっきらぼうな口調で伊鶴はこんなことを言うが、本当は照れているだけだと園部にはわかるから、くすくすと笑いながら髪の毛にちゅ、ちゅ、とキスをした。伊鶴はくすぐったそうに肩をすくめ、こら、と言いながらも逃げようとはしない。首の後ろに唇を寄せて、髪の毛を舌ではらうようにうなじを舐めると、伊鶴はびくんと身を竦ませる。

 キスというより吸い付くようにうなじや耳の後ろを愛撫していると、伊鶴は首を捻って園部の方を向き、何度か瞬きをしたあと、そっと目を伏せた。

「先輩……」

 薄く開いた唇に己のそれを重ね、形を確かめるように舌と唇でゆっくり何度もなぞる。舌を触れ合わすことはせず、唇だけを互いに吸って、舐め合う。ちゅぱ、と音がして、伊鶴の唇が離れ、目が合って微笑み合った。

 気付けば太陽は、もうほとんどその姿を見せていて、眩しい光に照らされた街が、少しずつ動き始めている。

 今、夜が明けた。
 大切な人を腕に抱き、共に朝を迎えることが、こんなにも幸せなのだと初めて知る朝。

 なんて穏やかな気持ちなんだろう。なんて満たされているのだろう。
 なんの憂えもなく、ただ、幸せ。

「先輩」

 もう一度キスをする。優しく、甘く、そっとその唇に触れれば、満たされた心はオーバーフローしそうだけど、だがそれに限界などはなく、もっともっと園部は満たされてゆくのだ。
 伊鶴がいれば、他に何もいらないほどに。

「もうちょっと寝ようか、先輩」
「そうだな……まだ少し眠い……」

 伊鶴は目をこすって、あふ、とあくびをした。
 塾である日野家の生活リズムは、一般的な時間割りより少しずれてはいるが、基本的に朝起きて夜眠るというスタイルで生活しているらしい。だからいつもなら、伊鶴はこの時間夢の中にいるはずなので、まだ眠らせてあげないといけない。しかも、昨夜のあれでかなり疲れているだろうから、なおさら休ませた方がいい。

 窓を閉め、レースカーテンだけ引いて、園部は伊鶴と手をつないだ。なんでだ、と恥ずかしがる伊鶴と寝室までの短い距離を歩いて、一緒にベッドに入る。

「園部」
「なに?」
「俺ちょっと、疲れてるみたいだ……もし、昼になっても起きなかったら、起こしてくれ」
「いいよ、わかった」

 やはり疲れているらしい伊鶴はそう園部に頼むと、安心したように横になって目を閉じた。しばらくその顔を見つめてから、自分も目が覚めなかったら困る、と念のため携帯のアラームをセットし、園部は伊鶴のおでこに、起こさないようふわっと軽くキスをする。

「ちゃんと起こすからね、先輩」

 だから安心して、俺の隣で眠って。

 太陽は昇ったが、伊鶴は今夢の中。自分もその隣で、これから共に夢を見る。

 おやすみ、と囁くように呟いて、一回り小さな手を握ったら、ちょっとだけ伊鶴が笑ったような気がした。

テーマ : 自作BL連載小説 ジャンル : 小説・文学

21:04  |  夜明けのキスをあなたに  |  CM(1)  |  EDIT  |  Top↑

*Comment

■秘密コメYさまへ

いらっしゃいませ♪
いつもありがとうございます!
ようやくこのシーンを書くことができました。
全てこのために……というくらいだったので、ホッとしております^^

コミックも読んでくださってありがとうございます(〃д〃)
最後は確かにちょっと駆け足っぽかったですね^^
でも、話数とページ数が決まっているようなので、作家さんかなり悩まれたと思うんですよ><
そんな中で、よくまとめてくださったと思います。
本当に感謝。・゚゚・(>_<;)・゚゚・。

このお話ももうすぐ終わりですが、よろしくお願いしますね^^
ありがとうございました♪♪
遠麗 |  2008.12.03(水) 06:31 |  URL |  【コメント編集】

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