2007.08/24(Fri)

あの日の君と風鈴の音1−3

chapter1−3

【More・・・】

 夜も8時を過ぎて、炭酸で膨れていたお腹も落ち着き、オーダーストップの8時半が近くなった平日の店内は、客はカウンター席の老紳士のみだった。それも商店街のプラモデル屋の主人で、他に客がいないのをいいことに、石富がカウンターまで出てきて主人とマジンガーZの話をしていた。秋家は10分程前に厨房裏の狭い事務室に入ったままで、おそらく事務仕事をしているのだろうから、9時の閉店までは出てこないだろう。
 
 晴希はさすがにマジンガーZの話は全くわからないので、テーブル席を回って砂糖や塩といった備品をチェックしていた。すると、店のドアが開くチリンチリンという音がして、晴希は営業スマイルでいらっしゃいませ、とドアを振り向いた。

「あ……」

 そう、声に出したのは、入ってきた人物の方だった。晴希は一瞬声が出なくて、そのまま顔を見つめてしまった。それでもすぐに、その人の後ろに立っていた女の子が不思議そうに見てきたので、込み上げる感情を抑えてむりやり笑顔を作った。

「いらっしゃいませ……久しぶりだね」
「ああ……バイト、してんのか?」
「うん、えと、しょう君は……デート?」
「ああ、まぁ……」
 
 わずかに逸らされた目線に少し傷つきながら、晴希はドアから見て正面に2つ縦に並んでいるテーブル席の、奥のテーブルに2人を案内した。本当は、他に客がいない時はできるだけカウンターから見える位置のテーブルに案内するべきなのだが、晴希はわざとカウンターから死角になる席へ2人を案内する。

「のちほどお伺いします」

 そう言って軽く頭を下げて、晴希は逃げるように背中を向けた。女の子の「知り合いなの?」と聞く声が聞こえたけれど、それに対しての彼の返事を聞くのが嫌で、さっさとカウンターにひき返した。
 
 カウンターに入ると石富が何か言いたげに晴希を見たが、晴希は黙々と水とおしぼりの用意をして、それをトレーに乗せた。すると石富が、さっとそのトレーを横からさらうように持ち上げてしまう。

「あ……」
「持ってってやるよ。なんて顔してんだ」

 石富は晴希の頭をくしゃっと撫でると、さっさとカウンターを出て行った。石富に撫でられた髪を触って、かなわないな、と思う。きっとさっきまでの晴希の態度や表情で、石富はなにか感じたのだろう。気を使わせて悪いことをしてしまったかもしれない。そう思って晴希が下を向いていると、プラモ屋の主人が席を立った。

「ハル君、勘定頼むよ」
「あ、は、はい」

 お客さんの前で暗い顔なんてだめなのに、とわかっているけれど、どうしても気分は暗く落ち込んでしまう。無理に笑顔を作り精算をすませると、主人は石富に「帰るよ」と告げ、店を出て行った。
 カウンターに一人残された晴希は、下を向いて立っていることしかできない。

(なんで、来るんだろう……)

 晴希を見た時の彼の顔や、一緒にいた女の子の顔を思い出して、晴希は心に苦いものが広がっていくのを感じていた。

「ハル坊、大丈夫か?」

 石富の声でハッと我に返り、見上げたその表情にずいぶん心配させていることを知る。

「ご、ごめんなさい、なんでもないです」
「なんでもねーって顔じゃねーだろ。まぁ、とりあえずアイスティー2つ頼むわ」
「はい……」

 晴希は言われたままアイスティーの準備をすると、それをトレーに乗せた。石富は苺のショートケーキを一つ、厨房の冷蔵ケースから持ってきて、それもトレーに乗せて運んでいった。

(あのケーキは彼女が食べるんだよね……しょう君のおごりなのかな、やっぱ)

 デートだから当然か、と考えて、また黒いドロドロが胸いっぱい広がる。バイト中にこんなことで落ち込んで、石富に気を使わせている自分の情けなさに、また余計に気分が滅入ってくる。どうしてすぐに顔に出てしまうんだろう。どうして平気なふりができないんだろう。

(しょう君だって困ってた……)

 カウンターと厨房の間の台にもたれて、晴希はできるだけ顔を明るくしようと頬をぐにぐに指で揉んだ。石富に変に思われて何か聞かれても、なんでもないことのように答えなければならない。そして案の定、石富はカウンターに戻ってくるなり晴希を厨房の中に引っ張りこんだ。

「あの坊ちゃんは知り合いか?なんか普通じゃなかったぞ、お前」
「はぁ、知り合いっていうか……甥です」
「………は?オイ?」
「甥です」
「………」

テーマ : 自作BL小説 - ジャンル : 小説・文学

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