2007.08/24(Fri)
あの日の君と風鈴の音2−2
chapter2−2
聖一は縁台の上にあぐらをかいていて、晴希は少し後ろで体育座りをしていた。ふと晴希は、聖一の体ばかり見ている自分に気付いた。そして、うっすら汗の浮いた肩や、日に焼けた二の腕を見て、なんだか変な気分になる自分を訝しんだ。それで慌てて目を逸らすと、後ろめたい自分をごまかすように立ち上がった。
「僕、麦茶入れてくるね」
聖一の返事は聞かずに、台所ではなく洗面所まで走っていくと、晴希は水でばしゃばしゃと顔を洗った。
(今、僕、なに考えた……?)
晴希は顔も拭かずに俯いたまま、顔からぽたぽた落ちる雫を見つめた。
聖一のことは、生まれた時から一緒にいて、もちろん大好きだ。成長してどんどんかっこよくなって、体も顔も、もう子供とは呼べない、男のそれへと変化している。それを今日久しぶりに会って、さっき突然、意識した。
(なんでそれでドキドキするんだ……!?)
その時の晴希にはまだわからなかったが、今思えば、あれがいわゆる性の目覚めという、思春期の現象だったのかもしれない。でも、晴希はそれを、どうにか強すぎる憧れとして抑えこもうとした。思春期に、女の子の胸や脚にドキドキするならともかく、男の人の逞しい腕や広い肩に胸が高鳴るなんて、どう考えても普通じゃない。晴希は半ばパニックになって、何度も水で顔を洗った。
(違う違う、絶対違う……!)
本当は水のシャワーでも浴びて頭を冷やしたかったけど、麦茶を入れに行くと言ったのにシャワーはおかしいだろうと、顔を洗って少し冷静になった頭で考えた。びしょびしょになった顔をタオルで拭いていると、なかなか戻ってこない晴希を気にして、聖一が洗面所にやってきた。
「何してんだ、晴希。気分でも悪いのか?ああ、もう、髪が濡れてるぞ」
ビクッとして声も出ず、晴希は無意識に後退りした。気付いているのかいないのか、聖一は近づいてきて晴希からタオルを奪うと、髪を拭いてくれた。
晴希はというと、がちがちに緊張してしゃべることもできず、ただの憧れだ、と何度頭の中で繰り返してもドキドキは治まらず、逆にこの爆発しそうなほどに緊張している状況に、これがただの憧れであるはずがないことを思い知らされただけだった。
「スイカ食べ過ぎたか?もどしたとか?」
晴希は言葉では答えず、首を横に振った。
聖一は優しい。こういうところも、晴希は好きだった。でも今はこの優しさも、ただ晴希をつらくさせるだけだ。
「台所にいると思ったのに、いねーから。どうした?なんかあったか」
晴希は聖一の優しい声に泣きそうになって、自分のこのやましい気持ちだけは知られたくないと思い、意地で笑って顔を上げた。聖一の顔を見たとたん、心臓がどん、と跳ねたけれど、必死で笑ってなんでもないよと告げた。
「ちょっと汗掻いたから、顔洗ってたんだ」
声が震えていなかったことに安心して、もういいよ、と頭を拭いてくれていたタオルを手に取ろうとした時だった。
聖一が身を屈めたと思ったら、端整な顔がいきなりアップになって、何を思う間もなく唇に柔らかいものが触れた。考えるまでもなく、それは聖一の唇だったのだけれど、晴希の頭は真っ白になって、脳が働くことを止めてしまった。
口をうすく開けたまま放心する晴希に、聖一はなんでもないことのようにこう言った。
「気にすんなよ。意味ねーから」
それから晴希を置いたまま、彼は洗面所を出ていってしまった。
一人残され、やっとされたこと、言われたことを頭が受け入れて理解して、考えていたら涙が出てきた。頭にタオルをかけたままトイレに駆け込んで、蓋をしたままの便座に座って泣いた。
(からかわれたんだ……!僕が変な目で見てたのばれてたんだ……!)
晴希の下手な演技ではごまかしきれなかったのか。きっと晴希のやましい気持ちに気付いて、からかうためにしたのだ。そう考えたけれど、聖一はそんな人間だろうかと、やっぱり思い直した。
小さい頃、弟たちと4人で遊んでいても、聖一はいつも下2人のことをなにくれと面倒見ていた。1番年長だったから、子供なりに責任感を持ってのことだったろうと思うけど、それでもとても優しくて頼りになって、晴希の弟、貴希(たかき)にいたっては、晴希よりも聖一の方に『兄ちゃん兄ちゃん』とくっついていた。
それくらい、晴希のことも弟たちのことも、優しく守ってくれた聖一が、晴希をからかって遊ぶなんてこと、あるわけはないと思った。彼ならば、晴希の気持ちに気付いたとしても、気付かないふりをしてくれて、例えば晴希が告白しても、きっと傷つかないように断ってくれる。そういう人だ。
(じゃあなんで……キス?)
それならばますますわからないと、晴希は思考力の低下した頭で考える。そうしてさっき聖一が触れた唇を指でなぞってみて、はずかしくなってやめた。
――気にすんなよ。意味ねーから。
意味はない。聖一にとっては意味のないキスだった。それは、聖一にとってキスはそんなに意味のあることじゃないということだろうか。男の晴希にもできる程度には、誰にでもできる行為。
(そんなにいっぱいキスしたことあるんだ……)
でも晴希は、初めてだった。
聖一はどういうつもりだったのか。晴希が聖一を好きなことがばれて、同情という意味でしてくれたか、あるいは本当になんの意味もなく、ただ気が向いただけなのか。
晴希はいくら考えてもわからず、かといって聖一に聞くこともできず、あれからいつもと変わらない態度で接してくれた聖一を、その日一日避けてしまった。
その時を境に、晴希は聖一と目も合わせられなくなってしまった。翌年の正月もお盆も、その次の正月も。聖一は晴希の家に家族と一緒にやってきたが、晴希はしゃべることができなかった。聖一は普通に話しかけてくるけれど、その普通の態度に晴希はなぜか悲しくなってしまって、うまく会話にならない。目を見ることすらできない。
それでも、来るたびに目を瞠るほどかっこよくなっていく聖一を、晴希はそっと見ていた。
聖一がこちらを向いていない時を狙うようにして見つめたり、居間にいるところを台所からこっそり窺ったり。話しかけられてもしゃべれないのに、どうしても後ろ姿は目で追ってしまう。それくらい聖一は、誰が見てもため息をつきそうなほどの美男子に成長していったのだ。
だから晴希は、目を見られただけではずかしくて、頭の中はキスされたことを思い出してそれでいっぱいになってしまった。晴希の目はどうしても聖一の唇にいってしまって、それでぎゅっと目をつぶって逃げ出してしまうのだ。
そのうちそんな晴希に呆れたのか、聖一は晴希に話しかけなくなった。食事の時間は家族の手前会話したけれど、特に用事がない時は一切晴希を見てくれなくなった。
自分が避けておいて勝手な話だが、晴希はそれが悲しくてひどく落ち込んだ。何度かこちらから話しかけてみたけれど、こんどは聖一が晴希を避けるのだ。それが胸を潰しそうに苦しくて、どうしてこんなにも苦しいのだろうと考えれば、恋をしているからという答えしか出てこない。
キスされたあの日に気付いて、そして何もわからないままその気持ちは大きくなってしまって、今では聖一を想うだけで涙が出るくらいだった。
【More・・・】
スイカも食べ終えて、一通り話も終わって、しばし沈黙が流れた。セミの大きな声と、風鈴の涼やかな音色だけが、そこにある音だった。聖一は縁台の上にあぐらをかいていて、晴希は少し後ろで体育座りをしていた。ふと晴希は、聖一の体ばかり見ている自分に気付いた。そして、うっすら汗の浮いた肩や、日に焼けた二の腕を見て、なんだか変な気分になる自分を訝しんだ。それで慌てて目を逸らすと、後ろめたい自分をごまかすように立ち上がった。
「僕、麦茶入れてくるね」
聖一の返事は聞かずに、台所ではなく洗面所まで走っていくと、晴希は水でばしゃばしゃと顔を洗った。
(今、僕、なに考えた……?)
晴希は顔も拭かずに俯いたまま、顔からぽたぽた落ちる雫を見つめた。
聖一のことは、生まれた時から一緒にいて、もちろん大好きだ。成長してどんどんかっこよくなって、体も顔も、もう子供とは呼べない、男のそれへと変化している。それを今日久しぶりに会って、さっき突然、意識した。
(なんでそれでドキドキするんだ……!?)
その時の晴希にはまだわからなかったが、今思えば、あれがいわゆる性の目覚めという、思春期の現象だったのかもしれない。でも、晴希はそれを、どうにか強すぎる憧れとして抑えこもうとした。思春期に、女の子の胸や脚にドキドキするならともかく、男の人の逞しい腕や広い肩に胸が高鳴るなんて、どう考えても普通じゃない。晴希は半ばパニックになって、何度も水で顔を洗った。
(違う違う、絶対違う……!)
本当は水のシャワーでも浴びて頭を冷やしたかったけど、麦茶を入れに行くと言ったのにシャワーはおかしいだろうと、顔を洗って少し冷静になった頭で考えた。びしょびしょになった顔をタオルで拭いていると、なかなか戻ってこない晴希を気にして、聖一が洗面所にやってきた。
「何してんだ、晴希。気分でも悪いのか?ああ、もう、髪が濡れてるぞ」
ビクッとして声も出ず、晴希は無意識に後退りした。気付いているのかいないのか、聖一は近づいてきて晴希からタオルを奪うと、髪を拭いてくれた。
晴希はというと、がちがちに緊張してしゃべることもできず、ただの憧れだ、と何度頭の中で繰り返してもドキドキは治まらず、逆にこの爆発しそうなほどに緊張している状況に、これがただの憧れであるはずがないことを思い知らされただけだった。
「スイカ食べ過ぎたか?もどしたとか?」
晴希は言葉では答えず、首を横に振った。
聖一は優しい。こういうところも、晴希は好きだった。でも今はこの優しさも、ただ晴希をつらくさせるだけだ。
「台所にいると思ったのに、いねーから。どうした?なんかあったか」
晴希は聖一の優しい声に泣きそうになって、自分のこのやましい気持ちだけは知られたくないと思い、意地で笑って顔を上げた。聖一の顔を見たとたん、心臓がどん、と跳ねたけれど、必死で笑ってなんでもないよと告げた。
「ちょっと汗掻いたから、顔洗ってたんだ」
声が震えていなかったことに安心して、もういいよ、と頭を拭いてくれていたタオルを手に取ろうとした時だった。
聖一が身を屈めたと思ったら、端整な顔がいきなりアップになって、何を思う間もなく唇に柔らかいものが触れた。考えるまでもなく、それは聖一の唇だったのだけれど、晴希の頭は真っ白になって、脳が働くことを止めてしまった。
口をうすく開けたまま放心する晴希に、聖一はなんでもないことのようにこう言った。
「気にすんなよ。意味ねーから」
それから晴希を置いたまま、彼は洗面所を出ていってしまった。
一人残され、やっとされたこと、言われたことを頭が受け入れて理解して、考えていたら涙が出てきた。頭にタオルをかけたままトイレに駆け込んで、蓋をしたままの便座に座って泣いた。
(からかわれたんだ……!僕が変な目で見てたのばれてたんだ……!)
晴希の下手な演技ではごまかしきれなかったのか。きっと晴希のやましい気持ちに気付いて、からかうためにしたのだ。そう考えたけれど、聖一はそんな人間だろうかと、やっぱり思い直した。
小さい頃、弟たちと4人で遊んでいても、聖一はいつも下2人のことをなにくれと面倒見ていた。1番年長だったから、子供なりに責任感を持ってのことだったろうと思うけど、それでもとても優しくて頼りになって、晴希の弟、貴希(たかき)にいたっては、晴希よりも聖一の方に『兄ちゃん兄ちゃん』とくっついていた。
それくらい、晴希のことも弟たちのことも、優しく守ってくれた聖一が、晴希をからかって遊ぶなんてこと、あるわけはないと思った。彼ならば、晴希の気持ちに気付いたとしても、気付かないふりをしてくれて、例えば晴希が告白しても、きっと傷つかないように断ってくれる。そういう人だ。
(じゃあなんで……キス?)
それならばますますわからないと、晴希は思考力の低下した頭で考える。そうしてさっき聖一が触れた唇を指でなぞってみて、はずかしくなってやめた。
――気にすんなよ。意味ねーから。
意味はない。聖一にとっては意味のないキスだった。それは、聖一にとってキスはそんなに意味のあることじゃないということだろうか。男の晴希にもできる程度には、誰にでもできる行為。
(そんなにいっぱいキスしたことあるんだ……)
でも晴希は、初めてだった。
聖一はどういうつもりだったのか。晴希が聖一を好きなことがばれて、同情という意味でしてくれたか、あるいは本当になんの意味もなく、ただ気が向いただけなのか。
晴希はいくら考えてもわからず、かといって聖一に聞くこともできず、あれからいつもと変わらない態度で接してくれた聖一を、その日一日避けてしまった。
その時を境に、晴希は聖一と目も合わせられなくなってしまった。翌年の正月もお盆も、その次の正月も。聖一は晴希の家に家族と一緒にやってきたが、晴希はしゃべることができなかった。聖一は普通に話しかけてくるけれど、その普通の態度に晴希はなぜか悲しくなってしまって、うまく会話にならない。目を見ることすらできない。
それでも、来るたびに目を瞠るほどかっこよくなっていく聖一を、晴希はそっと見ていた。
聖一がこちらを向いていない時を狙うようにして見つめたり、居間にいるところを台所からこっそり窺ったり。話しかけられてもしゃべれないのに、どうしても後ろ姿は目で追ってしまう。それくらい聖一は、誰が見てもため息をつきそうなほどの美男子に成長していったのだ。
だから晴希は、目を見られただけではずかしくて、頭の中はキスされたことを思い出してそれでいっぱいになってしまった。晴希の目はどうしても聖一の唇にいってしまって、それでぎゅっと目をつぶって逃げ出してしまうのだ。
そのうちそんな晴希に呆れたのか、聖一は晴希に話しかけなくなった。食事の時間は家族の手前会話したけれど、特に用事がない時は一切晴希を見てくれなくなった。
自分が避けておいて勝手な話だが、晴希はそれが悲しくてひどく落ち込んだ。何度かこちらから話しかけてみたけれど、こんどは聖一が晴希を避けるのだ。それが胸を潰しそうに苦しくて、どうしてこんなにも苦しいのだろうと考えれば、恋をしているからという答えしか出てこない。
キスされたあの日に気付いて、そして何もわからないままその気持ちは大きくなってしまって、今では聖一を想うだけで涙が出るくらいだった。
| BLOGTOP |





