2007.12/25(Tue)

君に初恋、桜色。1−2

chapter1−2

【More・・・】

 終電の時刻はとうに過ぎていたので、秋家はタクシーを拾った。自宅、といっても秋家が住んでいるのは自営している喫茶店、『ウィンド・ベル』の2階なので、店のある商店街の名前を運転手に告げる。

 ゆっくりと発進するタクシーのリアシートにもたれかかり、久しぶりのセックスに疲れた体を休ませる。年を取った、などとできれば思いたくはないが、いくら気を若く持っていても、生まれてからの年数分、確実に体への負担は大きくなっている。しかも秋家は、完全にインドアの人間なので、運動というものをあまりしない。つまり単純な話、体を鍛えていないから体力がない、そしてそれに加え年齢的な衰え。まったく情けない話だ。

 秋家はネオンに輝く華やかな街から、段々と静かで何もない景色に流れていく窓の外を、うっそりと眺める。そして明日の予定を頭の中で整理した。
 明日は久しぶりにウィンド・ベルの店休日である。そもそも秋家が久々に歓楽街にやってきたのも、翌朝少しゆっくりできるから、という理由だった。だが明日は、本来店休のはずの水曜日ではなく木曜日だ。だが毎年、年に2回、曜日は関係なく必ず休業する日がウィンド・ベルにはあった。

 4月7日と11月15日。この2日だけは、店を休み1人で時を過ごす。その2度目の11月15日が、木曜日の明日なのだ。

 秋家の人生を変えた、といっても過言ではない人物の、明日は7度目の命日だった。毎年この日は午前中に墓参し、昼からはぐるりと思い出の地を回ったりしてゆっくり過ごし、そして夜は必ずウィンド・ベルのカウンターに座り、1人で酒を飲む。なんと寂しい過ごし方だと思うだろうが、秋家はこれを7年続けている。

 暗い窓の外を眺めながら、秋家は懐かしい人の姿を思い出した。

 7年前、秋家が26歳の時、彼と出会った。
 当時秋家は東京に住んでいたが、定職にもつかずアルバイトで生計を立てている、いわゆるフリーターだった。そのうえ性生活も乱れていて、ほとんど毎晩2丁目に遊びに行くという、誰が見てもダメな生活を送っていた。

 恋人は作らず、誰とでも適当に付き合って、誰とでも寝る。たまに少し気に入った人とは恋人のような付き合いもしたけれど、秋家がすぐに浮気をするから長くは持たない、そんな、恋愛とは到底呼べない薄っぺらい関係ばかりを、何年も続けていた。そんなことばかりしていたから、シャレにならない修羅場も一度や二度ではなく、いい加減自分でもどうしたらいいのかわからなくなった、そんな時期のことだった。

 5月の下旬、暑さも夏のそれへと変化していたが、当時の秋家が季節の変わり目などになんら感慨を覚えるわけもなく、ただいつものように2丁目に遊びに行った。行くしか、できなかった。
 いくら己の人生を迷ったところで、ゲイの自分が何をどうすれば正しく生きられるのか、考えたところで『どうせホモだし』という卑屈な結果にしかならず、それならそうでとことん落ちてやろうか、と救えない気持ちで1人、安いウイスキーを飲んでいる時だった。

「隣、いいかね?」

 1人の老紳士が、カウンターでまずい酒を飲んでいる秋家に声をかけてきた。年は70歳代前半くらいだろうか、しかしきちっとスーツを着て、白髪の交じる黒髪は多少薄くはあるがやはりきちんとセットされていて、手に持つ杖も年寄りのそれというよりはむしろ、おしゃれで持っているかのような印象を与えてしまうほど、一見品のある老紳士だった。

「え……と、どうぞ?」
「ありがとう」

 秋家は隣の椅子を引いてあげて、老紳士に座るよう促した。普段はナンパされても、当然男に椅子など引いてやるわけはないのだが、自然にそういった行動をとってしまった。介護の精神とでもいうか、言わば電車でお年寄りに席を譲る時のような、そんな気持ちに近かったかもしれない。
 というか、ナンパなのかどうかもよくわからないのだけれど。

「1人で、何を考えていたんだい?」

 老紳士はマスターにウイスキーを注文し、秋家の方を見て言った。

「何って、別に……」

 人生につまずいてます、なんて言えるわけもない。言えばこの人生の大先輩は、なにかしらの助言をくれるかもしれないが、それで何かが変わるような簡単な話じゃない、とこの時の秋家は思った。

「そうかね。だったら、わしの話を少し、聞いてはくれんか?」

 ウイスキーで口を湿らし、老紳士は寂しげに目を伏せ微笑んだ。
 この店にいるということはこの老紳士、ゲイか少なくともバイということになる。今でこそわりと偏見も緩んではいるものの、やはりまだまだ同性愛者には厳しい日本である。それがこの彼の青春時代となると、きっと想像もつかないほどの偏見や差別と戦ってきたのではないだろうか。彼がなんの話をするのかはわからないけれど、秋家は聞かせてください、と老紳士を見つめて言った。

「そうかね、ありがとう」

 そう言って聞いた話は、秋家の心を強く打った。話を聞きながら、気付かないうちに涙を流していたほどには、心が音をたてて動いた。

 彼、西澤(にしざわ)利光(としみつ)は、若く見えたがその時81歳で、話はその西澤のこと、そして彼の恋人との、長い人生のことだった。
 西澤は『54年前、27歳の時に、1人の青年と運命のような出会いをした』と、まるで今でも恋をしているかのような表情で語った。

 戦後日本が大変革の時を迎えていた年、西澤は戦中、見ることのできなかったプロ野球の試合を、1人で観戦しに行った。その会場で隣に座ったのが、1つ年下ののちの恋人、、大内(おおうち)次郎(じろう)だった。
 2人はお互い1人で来ていたこともあり、共に野球観戦を楽しんだあと、試合後も喜ばしいプロ野球の復活のことや、戦争に行き還らぬ人となった選手のこと、そしてこれからの日本についてを熱く語り合い、その後も連絡を取り合う約束をして別れた。

 その後会う回数は増え、いつしか西澤は男にしては華奢で美しかった次郎に、徐々に友情ではない感情を持ち始めていた。そして出会って数ヶ月経ったある日、西澤は次郎に想いを告げ、次郎からも同じだ、という返事をもらい、2人は恋人として付き合うようになった。

 だが周りの人間も、そして時代も。誰1人彼らを祝福するはずもなく、隠していたのにいつしかその交際は周囲に知れてしまい、彼らはお互いの家族の手によって引き離された。そのうえ気持ちが悪いだの、一族の恥さらしだの、家族とは思えぬような罵詈を浴びせられ、西澤はそれならば家を出る、と家族の元から離れようとしたが、それをも阻むという、ある意味拷問のような仕打ちを家族に受けていた。

 西澤は次郎を想い、きっと同じように酷い扱いを受けているのだろうと考えれば、心が蝕まれた。長男だった西澤は、結婚して子を作れと親に強く言われ、だが毎日のように見合いを薦めてくる親を彼は拒否し続けた。
 一度家を抜け出し次郎の家に行ったものの、彼は家族と共にどこかに引っ越していて、家は売りに出されていた。

 今のように携帯電話があるわけでもなく、西澤は次郎と連絡すら取れないまま、9年もの間一度も声すら聞けなかった。ところが引き離されて9年後、神は彼らを再びめぐり会わせた。どこに引っ越したのか不明だった次郎に、西澤は仕事で行った長野県で偶然出会った。本当に、神の力としか思えないほどの偶然だった。

 運命だ、そう思った2人がもう、家に戻ることはなかった。西澤が37歳、次郎が36歳、出会ってから10年目のことであった。

 家族にも知人にも見つからぬよう関東を離れ、そのまま九州に向かった。捜索されることを恐れ、1箇所に長くは留まらぬよう、1、2年、長くても4年ほどで次の土地へ移り住んだ。仕事はその都度、日雇いやアルバイトのようなことをして生活費を稼ぎ、本当に、愛だけで日々を生きてきた。

 高度経済成長に合わせるようにして始まった逃亡のような生活は、偶然なのかなんなのか、それが終わりを迎えようとした時期に、共に終わりを告げることとなる。
 しかし今度は、引き離されるような悲しい『終わり』ではなかったが。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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Comment

●米神さま

わわ、ご訪問ありがとうございます(>▽<*)

しかも読んでくださったようで、ありがとうございましたm(_ _"m)
素敵だなんて、とんでもないっ!
素人の趣味程度ですw

まだ始めたばっかですが、よろしくお願いしますね♪
遠麗 | 2007.12.17(月) 22:18 | URL | コメント編集

●フータさま

いらっしゃいませ〜♪
なんか高校生から一気に30代、しかもじいさんまで出てきて、急にシルバーな話になってしまいました…
大丈夫か私…

始まったばっかですが、よろしくお願いします(*^^*)
またお越しくださいね〜☆
遠麗 | 2007.12.17(月) 22:05 | URL | コメント編集

●こんにちわ!

新連載スタートですねー(・∀・)/♪
第一話からドッキンシーンでヤラレマシタww
老紳士さんのエピソードも切なくて気になりますっ(>_<)
運命の再会・・・っていいですね!
それだけでも泣けてきます(;ωノ|柱|。。。
でわまた楽しみに遊びにきます!
フータ | 2007.12.17(月) 15:35 | URL | コメント編集

●ありがとうございます!

初めまして。米神です。
この度は訪問&コメントありがとうございました!

BL小説、拝読させていただいたのですが、面白くて一気に読み進めてしまいました(^^)
続きも楽しみにしています♪

よろしければリンク頂いてもよろしいでしょうか??
すごく素敵な小説だったもので(*^_^*)

では、またお邪魔させていただきますm(_ _)m
米神鈴音 | 2007.12.17(月) 10:41 | URL | コメント編集

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