2007.12/27(Thu)

君に初恋、桜色。1−4

chapter1−4

【More・・・】

 その日から、秋家と西澤の不思議な付き合いが始まった。祖父と孫ほど年のあいた2人に、当然性的な関係などあるはずはなかったが、ただ並んで座って肩を寄せ、静かに酒を飲む。そんな穏やかな時間を、2人は過ごすようになった

 そして出会ってから数週間後、秋家は西澤に、店を手伝ってほしいと頼まれた。 西澤と次郎の喫茶店、『風流』は、次郎が病に臥せてからずっと休業していたそうで、次郎は最後までそのことを気にしていたらしい。だから西澤は、次郎のためにも店を再開させたいと言った。
 
 秋家はもちろん、二つ返事で引き受けた。同時に、夜遊びを一切止め、東京を離れることに決めた。これまでの生活を、変えようと決心した。
 アパートを引き払い、風流の2階に西澤と同居し、営業を再開させた。最初はお客も少なかったが、まずは若い秋家の見目の良さにミーハーな客がつき、そして元々味には定評のあったコーヒーに、舌の肥えた常連客も次第に増えてきた。

 秋家は次郎のレシピを参考に、彼が作っていた軽食の調理を引き継いだ。同時にコーヒーの淹れ方も学び、夜は西澤にコーヒーのことはもちろん、紅茶や中国茶について、経営の仕方、その他西澤の持つノウハウ全てを享受した。
 むろんその理由は、自分が死んだらこの店を継いでほしい、という西澤の希望からだった。

 そしてその時は、思いがけず早くやってきた。秋家と出会ってから半年も経たずして、西澤は病床に臥せることになってしまった。入院した方がいい、と秋家は勧めたが、西澤は病院で死ぬのは嫌だと言い、家に医者を呼んでの診察を続けた。

「西澤さん、入院しましょう?」
「いや、次郎はここで死んだ。だからわしも、ここを最後の場所にしたいんだよ。そして君に看取ってもらえれば幸せだ」

 秋家は1人で風流の営業を続けた。常連のお客は西澤のことを心配してくれて、それを西澤に伝えたら彼は、それは嬉しいことだ、と笑った。
 
 そしてその年の、11月15日。
 秋家は西澤の手を握り、涙を流しながら、目を閉じたままぜぇぜぇと息をする西澤の顔を見つめた。救急車を呼ぼうとした秋家を止め、苦しそうに、だがなぜか嬉しそうにも見える表情で、切れ切れに言葉を発する。

「次郎の…ところへ、行ける…嬉しいんだ……。君に会えたことは、わしの幸運の1つだ……」
「西澤さん……!」

 西澤は最後に、天井の方へ腕を伸ばした。何かを掴むようにして、そして微笑む。ぱたり、とその手が落ち、秋家はしばらくそのかたわらで、むせび泣いた。

 西澤は、これまでの人生において、自分には幸運が3つあったと語っていた。
 一つ目は戦争で死ななかったこと。二つ目は次郎に出会えたこと。そして三つ目は、もう会えないと思っていた次郎に再会できたこと、だと。

――君に会えたことは、わしの幸運の1つだ

 秋家に会えたことは、西澤の四つ目の幸運になれたということだろうか。一緒に過ごした時間は半年にも満たないが、秋家は西澤との出会いによって、人生が大きく変わった。西澤にとっても秋家の存在が幸運になったのなら、それは何より嬉しいことだ。

「西澤さん、ありがとうございました」

 それから、秋家は光子に連絡し、西澤の訃報を伝えた。どうして入院させなかったのか、と責められたが、西澤が光子に渡してくれ、と預かっていた手紙を渡すと、それを読んだ光子は、泣いて秋家に詫びた。

「兄は、ここで死にたかったようです。私だと無理矢理入院させると思ったから、あなたに連絡させなかったのね。次郎さんと同じ場所で死にたかったんだわ……ごめんなさいね、あなたには、色々迷惑をかけたようで」

 光子はありがとう、と言い、西澤の残したわずかな遺産を全て秋家に譲ると言ってくれた。このお店をもらっているのに、そのうえ遺産までも受け取れない、と断ったが、うちは金持ちだからいいのよ、などと、冗談とも本気ともつかないことを笑いながら言うので、ありがたく受け取ることにした。
 だからそのお金で、古くなった店を改装することにし、そして同時に、秋家はある決心をしていた。

 秋家は西澤と、毎晩酒を飲みながらいろんな話をしたのだが、その中でも1番聞いてもらった話が、中学の時からずっと好きで、忘れられない男がいるということだった。

 中学で初めて出会って、高校も同じところに行き、ずっと自分達は大親友だった。大親友の、ふりをしていた。大好きで、何をするにもいつも一緒にいたが、ただの友達の好きにしては好き過ぎるんじゃないかと思うようになった、中2の夏。
 彼女ができた、と嬉しそうに言う姿を見て、心臓がきりきりと痛くなった。先に彼女ができた友達が羨ましいのか、悔しいのか、そう考えてもみたが、苛立ちや怒りはどうやっても彼女の方に向かっていった。

――なんで、俺と遊んでくれないの?なんで、俺の方優先しないの?

 ムカついて、イラついて、つらくて悲しくて。そして、彼女と別れた、と聞いた時はすごく嬉しくて、でもすぐに新しい彼女ができるから、また嫉妬して。それを高校卒業までくり返していた。

 だが進路は、高校卒業ではっきりと別れることになった。調理師になりたいと言っていた彼は、調理の専門学校に進み、秋家は大学へ進学した。
 向こうは、離れようが自分達は親友だから、疑うことなく付き合いは続くと思っていただろう。だが秋家は、進路が離れたことをきっかけに、連絡を取らないようにした。いい加減、彼女を紹介されることが苦しくなりすぎた。
 離れることで、この気持ちが消えればいい、そう、願いながら。

 その後8年間、全く会わなかった。進学すると言っていた大学も嘘を教えていたため、向こうは避けられていると思ったに違いない。

「でも、忘れられません……いっぱい遊んで、誰か本気で好きになれる人でも現れてくれるかと思ったけど、無理でした。友達のふりをするのがつらかったけど、会えないのはもっとつらいです。この8年、会いたくてしょうがなかった……でもやっぱり、会うのもつらい気がします。どうしたらいいのかわからないです……」

 秋家の話を聞いて西澤は、それはつらいことだ、と呟いた。

「君が好きだということを彼に伝えていれば、8年の間に思い出になったかもしれないね。だが君は逃げてしまった。なぜもう会わない、と決めたのなら、思い切って好きと言わなかったんだい?問題は会わなかったことじゃなくて、好きだと言わなかったことだよ。同じ会わないなら、後悔しない方がよくはないかね。
 もう50年以上前になるが、わしも次郎に想いを告げる時は覚悟していたよ。時代も時代だからね。会わないどころか、死ぬ覚悟だった」

 死ぬ覚悟、という言葉に、いかに自分が弱い心だったかを知った。西澤の言う通り、どうせ会わないと決めたのなら、言えばよかったのだ。そして玉砕すれば、それは破れた初恋の思い出になり、新しい恋愛ができていたかもしれない。
 終わらないのではなく、自分が終わらせていないのだ。

 西澤の言葉で覚悟を決めた秋家は、喫茶店の改装に合わせて、自分も新しくスタートすることに決めた。
 だから秋家は、大学を出てからは初めて、4年ぶりに実家に帰ってきた。両親にはめちゃくちゃに怒られたが、店を持つことになったという話をすると、がんばれと応援してくれた。そして自分の部屋の押入れから高校の卒業アルバムを引っ張り出して、電話を握りしめたまま深呼吸をした。

 卒業生名簿の、3年2組の欄。1年の時は別だったが、2年3年と同じクラスで、2年間2人共、同じ出席番号だった。
 
 1番 秋家尚和
 2番 石富剣二

 どくん、と名前を見ただけで、心臓が大きく跳ねた。
 石富(いしとみ)剣二(けんじ)。いつも出席番号は秋家の後ろで、中学で初めて出会った時も、石富は秋家の後ろにいた。

(家にかけたら、誰が出るかな……おばさん、俺のこと覚えてるかな……)

 ずっと連絡を取っていなかったので、実家の番号しか秋家にはわからない。だが、実家にいる可能性は低いだろう。
 秋家は震える手で番号を押した。数回のコールの後に電話に出た声は、彼の母親ではない、若い女性のものだった。

『もしもし、石富ですが』
「あ、あの、秋家と申しますが、剣二さんはいらっしゃいますか?」

(誰だろう……姉ちゃんも妹もいないはずだけどな……)

 石富には兄が1人いるだけで、他に兄弟はいないはずだ。だが『石富です』と名乗り、当然のように自宅の電話に出るということは、少なくとも身内か、もしくは兄の奥さんだろうか、と考えた秋家はだが、次に電話相手が発した言葉に、心臓が潰れそうなほどのショックを受けていた。

『すみません、主人はただいま出掛けてまして。秋家さんですね?帰りましたら折り返しお電話差し上げるよう伝えておきます』

 なんと言って電話を切ったのか、全く覚えていない。今でも、思い出せない。
 西澤の言葉に心を決め、今更でも想いを伝えてみようかと思ったけれど、まさか、結婚しているなんて。

(西澤さん、遅かったみたいだよ……もう、好きなんて言えないね……主人、だってさ……)

 ぼろぼろ、っと涙が零れ落ちた。結婚したことなんか、秋家は全然知らなかった。自分が連絡を絶っておいて勝手なことだと思うが、知らせてくれなかったことはショックだった。
 そして、結婚してること自体は、もう言葉もなく、ただ、とても悲しい。

 石富の妻の声が、頭から消えてくれなかった。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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