2007.12/28(Fri)

君に初恋、桜色。1−5

chapter1−5

【More・・・】

 母親が晩ご飯よ、と呼びに来たが、とてもじゃないけど家族の前に出られるような顔じゃないと思ったので、秋家は夕食を断り部屋に閉じこもった。
 西澤が亡くなった時以上に大泣きしてしまい、泣きすぎて目が痛かった。いつか石富も結婚するんだろうな、と漠然と考えていた学生時代、『おめでとう』と自分は言ってあげられるか悩んだこともあったけれど、それが現実となって初めてわかった。とてもじゃないが、笑っておめでとうなんて言えやしない。

 夜になってもずっとベッドでグズグズしていたら、トントンと部屋をノックする音がして、母親の声が廊下からドア越しに聞こえてきた。

「お友達が来たわよ。入ってもらっていいわね?」
「……は!?え、ちょっと!なに勝手に上げてんの……!?」

 誰とも約束などしていないのに、急に家まで来た友達を勝手に部屋まで上げるなんて、いくら母親でも強引過ぎる。悪いけど帰ってもらってよ、と言うより早く、がちゃ、とドアが開き、入ってきた人物に秋家は、呼吸が止まりそうなくらい驚いた。

「よぉ、久しぶりだな」

 まるで、数週間程度会わなかった友人に対するような、軽い挨拶をしながら入ってきたのは、まぎれもなく石富だった。まるで、というよりは、石富にとっては本当に、もしかしたらその程度のことなのかもしれなかったが。
 だが秋家には、そんなレベルの話ではない。石富を視界に捉えた瞬間、心臓がどぉんと大きく膨れて、本当に一瞬息が出来なくなった。
 瞬きを忘れたように目を見開き、秋家は部屋に入ってきた石富を凝視した。

(な……んで……)

 8年ぶりに見る、想い人の姿。ときめくけれど、どちらかといえば戸惑いの方が大きかった。 何も言葉が出てこなくて、秋家はただじっと、信じられない思いで石富を見つめる。

 高校生の時から大人びていたが、それに見合う年齢になってきて、10代の頃より男らしさが増している。落ち着いた大人の笑みを浮かべ、石富は秋家が座っているベッドの横に、あぐらをかいて座った。

「電話、くれたんだって?」

 電話、という言葉に、ぴくっと秋家の頬が引き攣った。奥さんに聞いて、わざわざうちに来てくれたんだろうか。そういえば、泣いて顔がひどいんだった、と思い出して、秋家は目を逸らして下を向いた。

「ごめん、わざわざ……あの、電話でよかったのに、なんで、来たの……?」

 毛布をぎゅっと握って、秋家はベッドの上でかちかちに緊張していた。ドクドクする心臓の音が聞こえないかと心配で、距離を取ろうと少しずつ壁に後ずさった。

「かかってきてた番号がこの家のだったから……それに、久しぶりだし会いに行こうって思ってな。で、お前今なにしてんだ?実家に帰ってきたのか?」

 秋家が電話した理由については聞かず、石富は秋家の近況を問うてきた。まさか告白するつもりでかけた、とは言えないから、なんの用だったか聞かれないでよかったとホッとしつつ、秋家は喫茶店を経営することになった経緯をかいつまんで話した。
 話しているうち、どうして石富は秋家が高校卒業と同時に連絡を絶ったのか聞かないんだろう、と気になったが、秋家からはなんだか言い出しにくく、話題はそのまま秋家が開く喫茶店のことになった。

「へぇ、喫茶店かぁ……お前、料理はできんの?」
「んと……料理っていうか、軽食だけ出すつもり。前の人が残してくれたレシピがあって……それくらいなら、俺でもなんとか、できるから」

 なぜ、進学した大学を嘘ついてまで、8年間も避けていたのか。怒って責めてくれたら秋家も謝れるのに、石富はそのことに全く触れない。蛇の生殺しのような気もするが、触れてこないことに安心もしている。だってもう、告白なんかできるわけはない。

 結婚しているとなると、たとえ気持ちを伝えるだけだとしても、それもはばかられる。かつて親友だった男に好きだと言われて、石富にとっては余計なわずらわしさが増えるだけなのではないか。でも、だけど。

(どうしよう……どっちにしろ、結婚してなかったとしても、どうせうまくいくわけないんだし、好きだったんだよ、とだけ言って、それで終わりにしてもらおうか……)

 言ったほうがいいかな、と考える秋家に、石富はその決心が鈍るような、びっくりするようなことを言い出した。

「なぁ、俺が厨房やるってどう?」

 一瞬、何を言われたのか意味がわからなくて、秋家はきょとんとして石富を見た。

「……?」
「だから、俺が料理作るって言ってんの。そのかわり、悪いけどレシピ通りじゃなくて、俺のオリジナルで作ることになっちまうけどさ。しかも喫茶店だけど本格的な洋食にするぜ?まぁ和食もありでな」

 どうだよ?とニコニコしながら目顔で問うてくる石富に、秋家の頭の中は混乱した。

 ナニ言ってんの?本気なの?

 理解ができなかった。
 嘘をついて8年も避けてきた秋家に、なぜこうも何のわだかまりもなく接することができるのか。
 全然気になっていないのか、それとも石富にとっては大した問題ではなかったのか。あるいは、もっと他に理由があるのかもしれないが、いずれにせよ、石富の意図は全く読めないものだった。

 だが秋家は、あの店で一緒に働ける、ということに、とてつもなく大きな魅力を感じた。同じ場所に、朝から夜まで一緒にいられる。たとえそれが仕事でも、すごく素敵なことじゃないかと、夢を見ているような気持ちになった。
 かつての西澤と次郎のように、自分達もあの場所で、同じように時間を共有できる。

(すごい……!)

 夢みたい――だが結局、そう遠くない未来に、秋家は目を覚まし後悔することになる。自分達が、西澤と次郎と決定的に違うところを、この時の秋家は見失っていて、ただ一緒にいられるということだけに浮かれて、共同経営の提案を受け入れた。

 それから数週間後、風流の改装が終わった。だが店名は、風流ではなく『ウィンド・ベル』という名に変えた。西澤と次郎、彼ら2人がいてこその『風流』だから、その名は彼らと一緒に思い出にしようと秋家は思った。
 英語で『風鈴』という意味の『Wind−Bell』。風流、の『風』も入っているし、なんとなく響きがいいな、と思ってこの名にした。

 それから、石富と2人での喫茶店経営が始まった。西澤から受け継いだコーヒーの味と、秋家が驚くほどの石富の料理の腕前は、来る者の舌を唸らせる。さらには、店長である秋家と料理長の石富の容貌が、老若問わず女性を常連客に取り込んだ。これには多少、疲れることが多々あるが、仕事のうちだと秋家も笑顔で対応している。

 だが、こうして店の経営が波に乗るのに反比例して、秋家の心は日に日に沈んでいった。
 石富とは、毎日顔を合わす。だが、間違いなく夜には家に、奥さんのところへ帰って行く。それが毎日苦しくてたまらなかった。

 忙しさもあって、結局8年間避けていた謝罪もしていないままだし、なによりその話を石富がしてこないから、秋家も言っていいものかどうかわからない。それに、結婚のことに関しても聞けていないままで、いつ結婚したのか、子供はいるのか、気になって仕方ないのに聞けないまま月日だけが過ぎ、さらに聞きづらさは増していった。

 普通に考えれば、子供の話くらいは自分からしてきてもよさそうなのに、石富は一切家族の話をしない。とはいえ、仕事中しか顔を合わせないから、する話といえば仕事の話ばかりで、秋家もあまり自分の話はしなかったのだけれど、なんだかそれも日に日にこれでよかったのか、という自問に変わってきた。

 西澤と次郎のように、と甘いことを夢見ての共同経営だったけれど、自分達はそもそも恋人同士ではないのだ。あの2人のように愛に満ちてなどいないのだから、彼らのように、なんて土台無理な話だった。そんなことにも気付かず、報われない想いを抱いたまま毎日顔を合わすつらさなど、学生の時に嫌というほど味わい尽していたはずなのに、また同じことを繰り返してしまった。

 浅慮な自分に返ってきた酬いは、毎日己の心をひた隠し、親友のふりをして笑顔で接すること。これのなんと、つらいことか。
 逃げた8年はなんの意味もなく、触れてももらえないから謝ることもできない。だがもう、どうしたらいいのか行き詰まってしまった。まさか今更、石富に辞めてくれだなんて言えるわけがないし、それに石富がいなくなったら、もうこの店は営業できないだろう。

 そしてそうやって日々を過ごすうちに、秋家のフラストレーションはまたしても『男』を相手にすることに向かってしまった。

 西澤と出会えて、確かに自分は変わった。もしあのままフリーターと夜遊びを続けていたら、それこそ救いようのない人生を送るはめになっていたことだろう。彼のおかげで、こんな自分が店の経営までできるようになり、夜遊びもしなくなった。だが、どうやっても好きな男とはうまくいかない。だったら、誰か好きになれるように、1人でも多くの男と出会ってみた方がいい、もうそうとしか考えが及ばなくなった。

 だから、以前のように一晩限りとかではなく、きちんと恋人関係になって付き合っていると、そのうち好きになれるかもしれない、そう願いながらがんばってみた。でも、習性というか、もうこれは秋家の生態とでも言うべきか、やっぱり1人とは長く続かず、誰とでも体の関係ばかりが先行して、気持ちが湧いてこない。以前ほどひどくはないが、それでも『だらしない』と自責するほどには滅入っていた。

 そして段々と秋家の心は渇いていき、親友であり仕事仲間である良いパートナーを演じることにも慣れてきた、店のオープンから4年後のこと、ふとしたことから、秋家は石富が離婚していたことを知ることになる。

 たまたま、石富と仲の良かった高校の同級生が、ウィンド・ベルに偶然訪れたことがあった。武田(たけだ)という彼は、秋家を見てたいそう驚き、石富もここで働いていると教えてやると、石富も離婚して大変だよなぁ、とぼそっと呟いたのだ。秋家も知っていると、むしろ知らないなどとはつゆ思わず、武田は当然のように、なぁ?と秋家に同意を求めた。

 そうだね、と曖昧に笑いながら、その場は受け流した。そしてその夜の閉店作業中、離婚してたんだね、と顔を見ないようにして、なんでもないことのように石富に聞くと、彼もまたなんでもないことのように『ああ』とだけ言った。

 やはりつらいのだろうか、と思うとかわいそうで、慰めるつもりというわけではなかったが、こんど海にサーフィン見に行っていい?と明るく聞いてみた。そしたら石富は笑顔で、連れて行ってやるよ、と言ってくれて、秋家はとても嬉しくなった。

 この時から、秋家と石富の関係は『親友』に戻ったようになった。石富が離婚していた、と知ったことで、秋家の中の汚れた感情が無くなったのかもしれない。ただ、いつ離婚したのかということも、その理由ついても、石富は話してはくれなかった。

 とはいえ、親友のように戻れはしても、そもそもの関係性が形を変えるはずもなく、秋家が恋心に苦しむことはその後も変わらなかった。年月を経るごとに慣れて、そして渇き。だが想いはいっこうに薄れることもなく、秋家は相も変わらず体だけの意味のないつながりを求めて、あの後ろ暗い街に行く。7年経ってなお。


「お客さん、着きましたよ」

 ぼんやりと窓の外を眺めていた秋家に、タクシーの運転手が声をかける。気付けば見慣れた商店街の入り口に、車は止まっていた。

「あ、はい、ありがとうございました」

 1万円札を渡し、おつりはいいです、と言って財布をしまった。すみませんねぇ、と嬉しそうに微笑む中年の運転手ににこりと笑いかけ、おやすみなさい、と言って車を降りた。

 走り去るタクシーを見送ってから、真っ暗な商店街を1人、とぼとぼと歩く。もう何度、ここをこうして歩きながら、同じことを思っただろう。

(むなしいなぁ……)

 きっとこれからも、何度も繰り返すんだろう。

 自分の成長の無さにただ、秋家は冷たいため息をついた。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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Comment

●しぐなるあさま

いらっしゃいませー(*^^)!
相方さんのお怪我の具合はどうでしょうか。
大変でしょうに、お越しくださいましてありがとうございます♪

店長さん、なんでかこんなキャラになったちゃいましたww
でも、こういう人だからこそ、晴希を他人とは思えずつい心配してしまう、という感じです。
前のとは違ってアダルトに暗めでいきますのでwよろしくお願いしますね♪
お暇な時にまたいらしてください☆
遠麗 | 2007.12.25(火) 23:29 | URL | コメント編集

●店長(´・ω・`)…

秋家さんがこんな淫らだったとはw

ハル君達にはとても大人だっただけにちょっと意外でした。

でも(じいさんロマンス含め)おもしろいです!
前回の爽やかさとはまた違った濃い話が見られそうで期待してます♪
しぐなるあ | 2007.12.25(火) 02:26 | URL | コメント編集

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