2007.12/22(Sat)
笑う策士と不機嫌なエンジェル(中編−1)18禁
中編−1 ※18禁
ヒカリはいつものように帰り道に買い物をして、家に帰った。昨日は一生懸命作ったぶり大根に何も言ってくれなかったから、今日は手抜きしてやるつもりだ。今日の朝だって、黙ったまま朝食を食べて、行ってきますも言わずに仕事に行ったから、すごく、ムカついた。
(口聞いてやんないから。だって俺、家政婦なんでしょ……)
そこまで思って、ハタと昨日志波の表情が変わった瞬間を思い出した。
――志波さんもしかして、家政婦代わりがほしかっただけなんじゃないですか!?だからすぐに一緒に住みたいとか言ったんでしょ!
ヒカリがこう言ったあと、志波は急に表情を変えた。何が志波を怒らせたのか、ヒカリは考えてみる。
(家政婦“代わり”じゃなくて、ホントに家政婦だと思ってたりして……そんな人じゃない、よね。いくらなんでも……恋人なのに、家政婦なんて言っちゃったから?思い上がりすぎかな……でも、そもそも志波さん、俺のこと好きなのかな……)
もやもや、もやもや。どう考えても気持ちが晴れない。
ヒカリは洗濯機を回しながら、ぐずぐず悪い方にばかり考えてしまう自分が情けなくなった。今までこんな扱いされたことがないから、大事にされてばかりだったヒカリには免疫がなさ過ぎて、どうやって仲直りすればいいのかわからない。
どよんとした気分で手抜きご飯の準備をして、洗濯物を干したヒカリは、いつものように夕方のニュースをつけた。これを見ていたら、志波はまたいつもみたいに帰ってくる。今日は、汚くても我慢して、抱きつかれても大人しくしてるから。
(だから、いつもみたいにしてくれたら、仲直りできるから)
志波の帰りをこんなに緊張して待つのは初めてだ。泣きそうな気分でニュースを見ていたヒカリは、次のニュースです、と言ったキャスターが読み始めた内容に、心臓が凍りつきそうになった。
『次のニュースです。本日午後4時30分頃、Y市K造船、ドック内で、クレーンで運搬中の船体の一部が落下し、周辺にいた作業員数名が病院に運ばれました。詳しい情報はまだわかっていません。現在、警察が関係者に事情を聞いています』
そのまま次のニュースに移ったテレビに、ヒカリはどうして!?と叫んだ。
K造船。志波が勤めている造船所だった。
体ががたがたと震えだし、どうしよう、どうしよう、と頭は完全にパニックになった。
(どうしよう、志波さんだったらどうしよう……!!)
考えだしたら止まらなくて、涙をボロボロ流しながらヒカリは震える手で携帯電話を握った。着信履歴から志波の携帯ナンバーを探し、コールする。
「お願い……出て……!」
しかし願いもむなしく、そのまま留守番電話サービスにつながって、ヒカリは電話を切った。もう一度かけてみたが、やはり同じだった。
「やだぁ……どうしよう……」
涙が止まらず、べそべそ鼻をすすりながらヒカリは電話帳を引っ張り出すと、K造船の番号を探した。かけてみたが、誰も出ない。何回も鳴らすけれど、誰も取ってくれなかった。
ヒカリは居ても立っても居られず、コートも着ずにそのまま外に飛び出した。
11月下旬の夜は寒くて、ヒカリは凍えそうになった。でも、戻る気にはならない。とにかく家にじっとなどしていられないから、K造船まで行こうと思った。
場所は、なんとなくだがわかる。電車に乗っている時、海の向こうにいくつものオレンジ色の大きなクレーンが見えて、あれが俺の仕事場、と志波が教えてくれたことがある。
行こう、とヒカリが歩きだした時だった。
「ヒカリ!」
どこからか、ヒカリを呼ぶ声がして、ヒカリはキョロキョロと辺りを見回す。すると後ろから、でっかい人間が走ってきて、ヒカリはその姿を見て、安心のあまり力が抜けてその場にしゃがみこんでしまった。
「ヒカリ、何やってんだよ!車からお前が見えたから、びっくりしたじゃねーか!」
志波だった。まぎれもなく本物の志波で、ヒカリは安心のあまりポロポロ涙を流し、よかった、よかったとつぶやいた。
志波は地面にぺたっと座り込むヒカリを抱き起こし、冷えた体をギュッと抱き締めてから、あ、わりぃ、とヒカリを離した。
「汚れてっからよ……」
「………っ…!」
なんでこんな時に限って……!とヒカリはムカついて、いつも通りシンナーくさい志波に飛び上がるようにして抱きついた。
「うおっ、どうした……?」
ほこりくさい、シンナーくさい、でも、間違いなく志波のにおいで、ヒカリはとても嬉しくて、とても安心した。
「死んじゃったかと思いました……!電話も出ないし……!」
ぎゅっと強く抱きつくと、志波も冷たいヒカリの体を強く抱き締めてくれる。
「電話……?あぁそりゃ気付かなかっただけだ、すまん。ブロック落ちたニュース見たんだな……。大丈夫、俺じゃねーよ。病院運ばれたやつも、重体だけど命に別状はねーってよ。心配してくれたのか?体、こんなに冷たくして」
はむ、と冷たい耳殻を噛まれて、ヒカリはぴくっと体を震わせた。
「造船所、行こうと思ったんです」
「は!?ここから歩いてか!?ヒカリの足じゃ、朝になっちまうよ?」
くすくすと笑う志波に、ヒカリはなぜだか胸がうずくのを感じた。
(なんだろこれ……こんな気持ち、知らない……)
いつも大事にされるばかりで、自分からは何もしたことなかったヒカリ。
どうして、大人しくあの汚い部屋を掃除したのか。得意でもない料理を勉強しながら作ってあげて、好きじゃない抱かれ方をされても、断ることなくセックスに応じて。それは、どうして?
もし死んじゃってて、もう会えなかったら、さっきまで自分も死のうと思っていた。
(全然、中身はタイプじゃないのに……俺はもっと、大事にされて、甘えるのが好きなのに……)
なのにヒカリは、今まで知らなかった気持ちをいっぱい志波に持っているみたいだ。これを全部まとめたら、なにになるんだろう。
「帰ろう、ヒカリ。お前マジで体冷たすぎ。帰って風呂入ろうな」
ヒカリを抱っこしたまま、志波は家への道を歩いて行く。途中すれ違う人に奇異な目で見られたが、志波はヒカリを下ろさなかった。
家について、ヒカリは玄関で下ろしてもらった。先に風呂場に行って浴槽を洗い、湯を張る。志波はいつもヒカリがうるさく言うことに従って、玄関でつなぎを脱いで風呂場まで来た。
「今日は言うこと聞いてくれるんですか?」
「……ばーか。いつもはな、お前が怒るのが可愛いからよ、つい意地悪すんだけど……。もうやめるよ。家政婦代わりなんて言われたらきついわ、さすがに」
志波は自嘲するように笑い、ごめんな、とヒカリの頭を撫でた。
「ヒカリ、お前本気で家政婦代わりって思ってるか?」
「……わかんないです。でも、嫌なわけじゃないんです。ただ、それだったら、誰でもいいのかな、って不安はあります。だって志波さん、ノンケでしょ?」
ただ家のことをしてもらいたいだけなら、なにもヒカリでなくてもいいのではないか。もし、ヒカリが思っているように志波がノーマルな性嗜好の持ち主ならなおさら、男のヒカリよりも女性の方が家事は向いていると思う。
「……俺は確かに、ゲイじゃねーよ」
やっぱり、と思う。別にノンケでもいい、と思っていたのに、少しショックを受けている自分がいた。でもそれがどうしてなのか、ヒカリにはまだわからない。
「でもな……、まぁ、とりあえず、風呂入るか。ヒカリ、寒いだろ?」
志波に言われて、ヒカリも服を脱いだ。えっちなことをされるかと思ったけど、志波はあくまでヒカリにそういう意味で触れることはせず、ちゃんと頭と体を洗ってから、2人で浴槽につかった。志波の体が大きいので、せまい浴槽に並んで座ることはできない。横向きだと、志波は脚がおさまりきらないのだ。だから一緒に入る時にはいつも、志波の脚の間にヒカリが座って、後ろから志波に抱かれている格好で温まる。
「ゲイじゃないのに、どうしてあの店にいたんですか?」
振り返ってヒカリが聞くと、志波は照れたように笑ってから、ヒカリのうなじにちゅっとキスをした。
「ナンパしに行ったんだ。ヒカリをな」
「え……?」
言っている意味が、よくわからない。その言い方だと、ヒカリのことが目的であの店に来て、さらに以前からヒカリのことを知っていたように聞こえるのだが。
「意味、わかんないです」
「あー…あのな、俺はさ、ずっと前からヒカリのこと知ってたんだ。それこそもう、何年も前から知ってて、ずっと、好きだったんだ」
「…………」
振り返ったまま、信じられないことを言う志波の目を、じっと見つめた。あんまり見るな、と照れたみたいに笑う志波が、誰だコレ、と思うくらいいつもとは違いすぎて、変だった。
「ヒカリ、俺が何言っても嫌いにならないって約束できるか?」
「……できます。嫌いにならないです」
「じゃあ、前向いて、こっち見ないで聞いてくれ。けっこう、恥ずかしい話だかんな。俺がお前を最初に見たのはな、7年前のクリスマスの日だ」
「え!?」
【More・・・】
翌日。ヒカリはいつものように帰り道に買い物をして、家に帰った。昨日は一生懸命作ったぶり大根に何も言ってくれなかったから、今日は手抜きしてやるつもりだ。今日の朝だって、黙ったまま朝食を食べて、行ってきますも言わずに仕事に行ったから、すごく、ムカついた。
(口聞いてやんないから。だって俺、家政婦なんでしょ……)
そこまで思って、ハタと昨日志波の表情が変わった瞬間を思い出した。
――志波さんもしかして、家政婦代わりがほしかっただけなんじゃないですか!?だからすぐに一緒に住みたいとか言ったんでしょ!
ヒカリがこう言ったあと、志波は急に表情を変えた。何が志波を怒らせたのか、ヒカリは考えてみる。
(家政婦“代わり”じゃなくて、ホントに家政婦だと思ってたりして……そんな人じゃない、よね。いくらなんでも……恋人なのに、家政婦なんて言っちゃったから?思い上がりすぎかな……でも、そもそも志波さん、俺のこと好きなのかな……)
もやもや、もやもや。どう考えても気持ちが晴れない。
ヒカリは洗濯機を回しながら、ぐずぐず悪い方にばかり考えてしまう自分が情けなくなった。今までこんな扱いされたことがないから、大事にされてばかりだったヒカリには免疫がなさ過ぎて、どうやって仲直りすればいいのかわからない。
どよんとした気分で手抜きご飯の準備をして、洗濯物を干したヒカリは、いつものように夕方のニュースをつけた。これを見ていたら、志波はまたいつもみたいに帰ってくる。今日は、汚くても我慢して、抱きつかれても大人しくしてるから。
(だから、いつもみたいにしてくれたら、仲直りできるから)
志波の帰りをこんなに緊張して待つのは初めてだ。泣きそうな気分でニュースを見ていたヒカリは、次のニュースです、と言ったキャスターが読み始めた内容に、心臓が凍りつきそうになった。
『次のニュースです。本日午後4時30分頃、Y市K造船、ドック内で、クレーンで運搬中の船体の一部が落下し、周辺にいた作業員数名が病院に運ばれました。詳しい情報はまだわかっていません。現在、警察が関係者に事情を聞いています』
そのまま次のニュースに移ったテレビに、ヒカリはどうして!?と叫んだ。
K造船。志波が勤めている造船所だった。
体ががたがたと震えだし、どうしよう、どうしよう、と頭は完全にパニックになった。
(どうしよう、志波さんだったらどうしよう……!!)
考えだしたら止まらなくて、涙をボロボロ流しながらヒカリは震える手で携帯電話を握った。着信履歴から志波の携帯ナンバーを探し、コールする。
「お願い……出て……!」
しかし願いもむなしく、そのまま留守番電話サービスにつながって、ヒカリは電話を切った。もう一度かけてみたが、やはり同じだった。
「やだぁ……どうしよう……」
涙が止まらず、べそべそ鼻をすすりながらヒカリは電話帳を引っ張り出すと、K造船の番号を探した。かけてみたが、誰も出ない。何回も鳴らすけれど、誰も取ってくれなかった。
ヒカリは居ても立っても居られず、コートも着ずにそのまま外に飛び出した。
11月下旬の夜は寒くて、ヒカリは凍えそうになった。でも、戻る気にはならない。とにかく家にじっとなどしていられないから、K造船まで行こうと思った。
場所は、なんとなくだがわかる。電車に乗っている時、海の向こうにいくつものオレンジ色の大きなクレーンが見えて、あれが俺の仕事場、と志波が教えてくれたことがある。
行こう、とヒカリが歩きだした時だった。
「ヒカリ!」
どこからか、ヒカリを呼ぶ声がして、ヒカリはキョロキョロと辺りを見回す。すると後ろから、でっかい人間が走ってきて、ヒカリはその姿を見て、安心のあまり力が抜けてその場にしゃがみこんでしまった。
「ヒカリ、何やってんだよ!車からお前が見えたから、びっくりしたじゃねーか!」
志波だった。まぎれもなく本物の志波で、ヒカリは安心のあまりポロポロ涙を流し、よかった、よかったとつぶやいた。
志波は地面にぺたっと座り込むヒカリを抱き起こし、冷えた体をギュッと抱き締めてから、あ、わりぃ、とヒカリを離した。
「汚れてっからよ……」
「………っ…!」
なんでこんな時に限って……!とヒカリはムカついて、いつも通りシンナーくさい志波に飛び上がるようにして抱きついた。
「うおっ、どうした……?」
ほこりくさい、シンナーくさい、でも、間違いなく志波のにおいで、ヒカリはとても嬉しくて、とても安心した。
「死んじゃったかと思いました……!電話も出ないし……!」
ぎゅっと強く抱きつくと、志波も冷たいヒカリの体を強く抱き締めてくれる。
「電話……?あぁそりゃ気付かなかっただけだ、すまん。ブロック落ちたニュース見たんだな……。大丈夫、俺じゃねーよ。病院運ばれたやつも、重体だけど命に別状はねーってよ。心配してくれたのか?体、こんなに冷たくして」
はむ、と冷たい耳殻を噛まれて、ヒカリはぴくっと体を震わせた。
「造船所、行こうと思ったんです」
「は!?ここから歩いてか!?ヒカリの足じゃ、朝になっちまうよ?」
くすくすと笑う志波に、ヒカリはなぜだか胸がうずくのを感じた。
(なんだろこれ……こんな気持ち、知らない……)
いつも大事にされるばかりで、自分からは何もしたことなかったヒカリ。
どうして、大人しくあの汚い部屋を掃除したのか。得意でもない料理を勉強しながら作ってあげて、好きじゃない抱かれ方をされても、断ることなくセックスに応じて。それは、どうして?
もし死んじゃってて、もう会えなかったら、さっきまで自分も死のうと思っていた。
(全然、中身はタイプじゃないのに……俺はもっと、大事にされて、甘えるのが好きなのに……)
なのにヒカリは、今まで知らなかった気持ちをいっぱい志波に持っているみたいだ。これを全部まとめたら、なにになるんだろう。
「帰ろう、ヒカリ。お前マジで体冷たすぎ。帰って風呂入ろうな」
ヒカリを抱っこしたまま、志波は家への道を歩いて行く。途中すれ違う人に奇異な目で見られたが、志波はヒカリを下ろさなかった。
家について、ヒカリは玄関で下ろしてもらった。先に風呂場に行って浴槽を洗い、湯を張る。志波はいつもヒカリがうるさく言うことに従って、玄関でつなぎを脱いで風呂場まで来た。
「今日は言うこと聞いてくれるんですか?」
「……ばーか。いつもはな、お前が怒るのが可愛いからよ、つい意地悪すんだけど……。もうやめるよ。家政婦代わりなんて言われたらきついわ、さすがに」
志波は自嘲するように笑い、ごめんな、とヒカリの頭を撫でた。
「ヒカリ、お前本気で家政婦代わりって思ってるか?」
「……わかんないです。でも、嫌なわけじゃないんです。ただ、それだったら、誰でもいいのかな、って不安はあります。だって志波さん、ノンケでしょ?」
ただ家のことをしてもらいたいだけなら、なにもヒカリでなくてもいいのではないか。もし、ヒカリが思っているように志波がノーマルな性嗜好の持ち主ならなおさら、男のヒカリよりも女性の方が家事は向いていると思う。
「……俺は確かに、ゲイじゃねーよ」
やっぱり、と思う。別にノンケでもいい、と思っていたのに、少しショックを受けている自分がいた。でもそれがどうしてなのか、ヒカリにはまだわからない。
「でもな……、まぁ、とりあえず、風呂入るか。ヒカリ、寒いだろ?」
志波に言われて、ヒカリも服を脱いだ。えっちなことをされるかと思ったけど、志波はあくまでヒカリにそういう意味で触れることはせず、ちゃんと頭と体を洗ってから、2人で浴槽につかった。志波の体が大きいので、せまい浴槽に並んで座ることはできない。横向きだと、志波は脚がおさまりきらないのだ。だから一緒に入る時にはいつも、志波の脚の間にヒカリが座って、後ろから志波に抱かれている格好で温まる。
「ゲイじゃないのに、どうしてあの店にいたんですか?」
振り返ってヒカリが聞くと、志波は照れたように笑ってから、ヒカリのうなじにちゅっとキスをした。
「ナンパしに行ったんだ。ヒカリをな」
「え……?」
言っている意味が、よくわからない。その言い方だと、ヒカリのことが目的であの店に来て、さらに以前からヒカリのことを知っていたように聞こえるのだが。
「意味、わかんないです」
「あー…あのな、俺はさ、ずっと前からヒカリのこと知ってたんだ。それこそもう、何年も前から知ってて、ずっと、好きだったんだ」
「…………」
振り返ったまま、信じられないことを言う志波の目を、じっと見つめた。あんまり見るな、と照れたみたいに笑う志波が、誰だコレ、と思うくらいいつもとは違いすぎて、変だった。
「ヒカリ、俺が何言っても嫌いにならないって約束できるか?」
「……できます。嫌いにならないです」
「じゃあ、前向いて、こっち見ないで聞いてくれ。けっこう、恥ずかしい話だかんな。俺がお前を最初に見たのはな、7年前のクリスマスの日だ」
「え!?」
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