2007.12/23(Sun)
笑う策士と不機嫌なエンジェル(後編)
後編
ヒカリはいつものように、洗濯機を回している間に晩ご飯の支度をしていた。といっても、昨日は結局晩ご飯を食べなかったので、今日は手抜きのそれに何か加えて、少し見栄え良くして出すつもりだ。
今日ヒカリは、昨日の激しいセックスのおかげで、朝寝坊をしてしまった。いつもはヒカリが先に起きて朝ご飯の用意をするのだが、やり過ぎて悪いと思っていたのか、志波が先に起きてパンを焼いてくれていた。半熟に失敗した固い目玉焼きと、レタスとハムのサラダ、それにホットミルク。ごめんなさい、と言って起きてきたヒカリがテーブルにつくと、志波はそれらを目の前に並べてくれた。
ご飯も食べずに激しい運動をして眠ったせいで、とてもお腹が空いていたヒカリは、ありがとうございますと言って素直にいただいた。その時に、昨日あれだけ過去の話を全部聞かせてくれたのだから、とかねてより気になっていたことを、思い切って聞いてみた。それは、志波のベッドに転がっていた、うさぎのぬいぐるみのこと。
掃除の時に扱いに困って、絶対過去の彼女の物だと思って志波に聞いたら、女の忘れ物じゃないから捨てないでくれ、と言うので、ずっとベッドの上に飾ってある。それぞれ顔も大きさも手触りも違う、3体のうさぎのぬいぐるみ。唯一の共通点は、みんな白うさぎだということだった。
彼女の忘れ物じゃないなら誰かにもらったのかとも考えたが、しかし志波のような男に誰がぬいぐるみなど贈るだろう。だから出所がわからなくて、今更怒りませんから、と尋問すると、志波は聞く方が恥ずかしいような理由を言った。
――あれは、俺が自分で買ったんだ……ほれ、お前ってさ、イメージが白いうさぎみたいだったから、ストーカーしてる時期にな、なんとなく、店で見てお前に似てるなぁ、なんて思ってたらよ、気付いたら買ってたんだ……それが3回……ってヒカリちゃん、引かねーでくれよ……
正直、なんと言っていいか困ってしまった。ヒカリを天使だと言ったりうさぎだと言ったり、どうにも神聖化されすぎていて、どうしたらいいかわからなくなる。ヒカリは普通の人間で、志波が初めてヒカリを見た12歳の時ほど、清浄潔白なわけじゃない。
『……志波さん、俺は人間です。そんなに、きれいな生きものじゃないんです。ちゃんと、俺のことを見てください』
ヒカリがそう言ったら、志波は笑って、わかってる、と言った。
――俺はお前のことちゃんと見てるさ。昔みたいにきれいなフィルター通して見てるわけじゃねぇ。お前が人並みに泣いたり怒ったり……セックスするのだって知ってんだ。それでも、お前は俺にとってずっとうさぎで天使なのよ。エロくて可愛いうさぎの天使、略してエロうさ天使だな。ガハハ。
などとしょうもないことを言って、自分でげらげら笑っていた。しかし、ちゃんとヒカリを人間として見てくれてるというのはわかったので、つまんないこと言ってないで仕事行ってください、と追い出した。でも、昨日の事故のことが怖かったので、気をつけてください、と付け加えて。
するとあの無神経男は、『まぁ、死んでも俺はヒカリの側から離れねぇからな。ヒカリちゃんは幽霊の俺ともエッチしてくれるか?なぁ?』なんてことを笑いながら言うものだから、ヒカリはバカ!と叫んで大きな背中を叩いてやった。
あんなにデリカシーのない人間、なんで好きなんだろう、とまだ不思議で仕方がないが、最初はヒカリの好みで近づいて惚れさせる、という志波の策略に、まんまとヒカリはハマってしまったから、それこそもう、仕方のないことなのかもしれない。
「さて、洗濯終わったかな」
汚れた作業服を毎日洗うことに苦痛を感じなくなっているのは、単なる慣れなのか、それとも。
ベランダで洗濯物を干し終えキッチンに戻った時、ちょうど玄関のドアが開き、志波が帰ってきた。
「ただいまヒカリ〜」
「あれ?早くないですか?」
「ああ、今日は残業しなかったんだ。それよりおかえりのチューは?」
そう言ってまたいつものように汚れたままキッチンに入ってきて、ヒカリをぎゅうぎゅう抱き締める。
「また、もう!昨日は言うこと聞いてくれたのにー!シンナーくさいです!」
「ヒカリ俺のこと好きだろ?だからまずは熱い抱擁をだな」
昨日のヒカリの告白を理由に、髭をじょりじょり頬に擦りつけてくる。ヒカリは少し考えて、志波の顔を両手で挟みこむと、唇にチュッと軽くキスした。
「志波さん、お願い。玄関でつなぎ脱いで、すぐお風呂入ってきて?」
小首をかしげて、ヒカリお得意のふんわりスマイルで“お願い”したら、志波は顔を赤くして、わかったよ、とおとなしく従った。風呂に行く途中振り返って、やるなヒカリ、と呟く志波に、ナニが?ととぼけて見せ、ヒカリはご飯の準備をする。
(怒るからおもしろい、って言ってたもんね。だから怒らなければいいってことだ。へへ、俺の勝ち!)
目には目を。策士には策を。志波と付き合いだして、ヒカリは少し、たくましくなったのかもしれない。
初めてヒカリが恋した男は、部屋は片付けられない、デリカシーもない、そのうえ元ストーカーという過去を持つ、無精なウドの大木だった。
どこが好きなの?何がいいの?本当にあれでいいの……?
自問すればきりがないが、しかしそれが恋というものなのだろう。理屈などなく、その人が好き、ただそれだけ。そしてその愛する人のためにご飯を作ることは、この上なく幸せなことなのだと思うヒカリは、自然に頬を緩ませる。
(明日はもう1回、ぶり大根作ってみようかな……)
一昨日より、煮込む時間を長くしてみよう。そうすればきっとあの大きな恋人は、うまいと言ってヒカリを抱き締めてくれるはずだから。
ヒカリはそうして、お風呂から出てきた愛する恋人に、天使のような笑顔を向けたのだった。
〜The End〜
【More・・・】
翌朝。ヒカリはいつものように、洗濯機を回している間に晩ご飯の支度をしていた。といっても、昨日は結局晩ご飯を食べなかったので、今日は手抜きのそれに何か加えて、少し見栄え良くして出すつもりだ。
今日ヒカリは、昨日の激しいセックスのおかげで、朝寝坊をしてしまった。いつもはヒカリが先に起きて朝ご飯の用意をするのだが、やり過ぎて悪いと思っていたのか、志波が先に起きてパンを焼いてくれていた。半熟に失敗した固い目玉焼きと、レタスとハムのサラダ、それにホットミルク。ごめんなさい、と言って起きてきたヒカリがテーブルにつくと、志波はそれらを目の前に並べてくれた。
ご飯も食べずに激しい運動をして眠ったせいで、とてもお腹が空いていたヒカリは、ありがとうございますと言って素直にいただいた。その時に、昨日あれだけ過去の話を全部聞かせてくれたのだから、とかねてより気になっていたことを、思い切って聞いてみた。それは、志波のベッドに転がっていた、うさぎのぬいぐるみのこと。
掃除の時に扱いに困って、絶対過去の彼女の物だと思って志波に聞いたら、女の忘れ物じゃないから捨てないでくれ、と言うので、ずっとベッドの上に飾ってある。それぞれ顔も大きさも手触りも違う、3体のうさぎのぬいぐるみ。唯一の共通点は、みんな白うさぎだということだった。
彼女の忘れ物じゃないなら誰かにもらったのかとも考えたが、しかし志波のような男に誰がぬいぐるみなど贈るだろう。だから出所がわからなくて、今更怒りませんから、と尋問すると、志波は聞く方が恥ずかしいような理由を言った。
――あれは、俺が自分で買ったんだ……ほれ、お前ってさ、イメージが白いうさぎみたいだったから、ストーカーしてる時期にな、なんとなく、店で見てお前に似てるなぁ、なんて思ってたらよ、気付いたら買ってたんだ……それが3回……ってヒカリちゃん、引かねーでくれよ……
正直、なんと言っていいか困ってしまった。ヒカリを天使だと言ったりうさぎだと言ったり、どうにも神聖化されすぎていて、どうしたらいいかわからなくなる。ヒカリは普通の人間で、志波が初めてヒカリを見た12歳の時ほど、清浄潔白なわけじゃない。
『……志波さん、俺は人間です。そんなに、きれいな生きものじゃないんです。ちゃんと、俺のことを見てください』
ヒカリがそう言ったら、志波は笑って、わかってる、と言った。
――俺はお前のことちゃんと見てるさ。昔みたいにきれいなフィルター通して見てるわけじゃねぇ。お前が人並みに泣いたり怒ったり……セックスするのだって知ってんだ。それでも、お前は俺にとってずっとうさぎで天使なのよ。エロくて可愛いうさぎの天使、略してエロうさ天使だな。ガハハ。
などとしょうもないことを言って、自分でげらげら笑っていた。しかし、ちゃんとヒカリを人間として見てくれてるというのはわかったので、つまんないこと言ってないで仕事行ってください、と追い出した。でも、昨日の事故のことが怖かったので、気をつけてください、と付け加えて。
するとあの無神経男は、『まぁ、死んでも俺はヒカリの側から離れねぇからな。ヒカリちゃんは幽霊の俺ともエッチしてくれるか?なぁ?』なんてことを笑いながら言うものだから、ヒカリはバカ!と叫んで大きな背中を叩いてやった。
あんなにデリカシーのない人間、なんで好きなんだろう、とまだ不思議で仕方がないが、最初はヒカリの好みで近づいて惚れさせる、という志波の策略に、まんまとヒカリはハマってしまったから、それこそもう、仕方のないことなのかもしれない。
「さて、洗濯終わったかな」
汚れた作業服を毎日洗うことに苦痛を感じなくなっているのは、単なる慣れなのか、それとも。
ベランダで洗濯物を干し終えキッチンに戻った時、ちょうど玄関のドアが開き、志波が帰ってきた。
「ただいまヒカリ〜」
「あれ?早くないですか?」
「ああ、今日は残業しなかったんだ。それよりおかえりのチューは?」
そう言ってまたいつものように汚れたままキッチンに入ってきて、ヒカリをぎゅうぎゅう抱き締める。
「また、もう!昨日は言うこと聞いてくれたのにー!シンナーくさいです!」
「ヒカリ俺のこと好きだろ?だからまずは熱い抱擁をだな」
昨日のヒカリの告白を理由に、髭をじょりじょり頬に擦りつけてくる。ヒカリは少し考えて、志波の顔を両手で挟みこむと、唇にチュッと軽くキスした。
「志波さん、お願い。玄関でつなぎ脱いで、すぐお風呂入ってきて?」
小首をかしげて、ヒカリお得意のふんわりスマイルで“お願い”したら、志波は顔を赤くして、わかったよ、とおとなしく従った。風呂に行く途中振り返って、やるなヒカリ、と呟く志波に、ナニが?ととぼけて見せ、ヒカリはご飯の準備をする。
(怒るからおもしろい、って言ってたもんね。だから怒らなければいいってことだ。へへ、俺の勝ち!)
目には目を。策士には策を。志波と付き合いだして、ヒカリは少し、たくましくなったのかもしれない。
初めてヒカリが恋した男は、部屋は片付けられない、デリカシーもない、そのうえ元ストーカーという過去を持つ、無精なウドの大木だった。
どこが好きなの?何がいいの?本当にあれでいいの……?
自問すればきりがないが、しかしそれが恋というものなのだろう。理屈などなく、その人が好き、ただそれだけ。そしてその愛する人のためにご飯を作ることは、この上なく幸せなことなのだと思うヒカリは、自然に頬を緩ませる。
(明日はもう1回、ぶり大根作ってみようかな……)
一昨日より、煮込む時間を長くしてみよう。そうすればきっとあの大きな恋人は、うまいと言ってヒカリを抱き締めてくれるはずだから。
ヒカリはそうして、お風呂から出てきた愛する恋人に、天使のような笑顔を向けたのだった。
〜The End〜
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