2007.12/29(Sat)
君に初恋、桜色。2−1
chapter2−1
(西澤さん、お盆以来久しぶりになってしまってごめんなさい。あなたが亡くなって、もう7年が経ちました)
この墓には、西澤と次郎の2人が眠っている。西澤は、次郎と養子縁組をしてから、自分達が入るための墓も購入していた。2人共家を出た身であったし、いくら次郎が西澤姓になったからといっても、西澤家の墓に入ることを次郎が躊躇ったのだそうだ。
西澤はその気持ちを理解し、だから2人で一緒に眠るために、多少無理してでも買う必要があったんだ、と話してくれた。
そして現在、この墓の使用名義人は、秋家になっている。西澤の身内は光子だけだが、光子は嫁いでいて姓も違うし、なにより光子本人が、秋家の方が祭祀に相応しいと、西澤の意志通り秋家に継承させてくれた。
――君にいつか大事な人ができたら、一緒にここに入るといい。わしらと一緒だがね。
笑って西澤にそう言われ、いつか本当にそういう人ができればいい、と望んでいたが、7年経った今も、2人の墓にその報告はできていない。
(俺は何も変われません……お2人のように、愛し合える存在を見つけられません……)
情けない報告しかできない自分を許してください、と秋家は2人に心の中で詫びる。
秋家は当然次郎には会ったことがないが、西澤に写真を見せてもらったことがある。白黒のそれに写っていたのは、若いがすぐ西澤とわかる端整な顔の青年と、そしてその横に、思わず自分かと思えるほど秋家とよく似た、笑顔の次郎だった。
他人の空似とはいえ、あまりに似ているその写真を見た時は、本当に驚いてしまったものだ。彼らの写真は全てアルバムに整理してしまってあるが、何枚かは写真立てに入れて仏壇に飾ってある。
年を取ってからの写真もあり、そういう次郎の写真は秋家に将来の自分の姿を予見させたが、年を取るのも悪くない、と思わせてくれるような、いい写真ばかりだ。それを撮った西澤の、気持ちがこもっていることも理由なのかもしれないけれど。
似ている、ということもあり、秋家にとって次郎は『西澤の大切な人』という以上に親しみを感じる人物だった。
生きている時に会えていたら素晴らしかったろうに。今でも時々思うけれど、次郎を亡くした悲しみを紛らわすために、2丁目に訪れた西澤と出会うことができたのだから、むしろ次郎が、西澤と秋家を会わせてくれたんじゃないかと思っている。
秋家はしばらく墓前で座り込んでいたが、お昼がきたのかお腹も空いてきたので、もう一度だけ手を合わせ、また来ます、と呟いてから駐車場に向かった。
車を少し走らせ、西澤と一緒によく行った日本蕎麦屋で昼食をとってから、次郎が好きだったんだ、と言って連れて行ってくれた甘味処にも寄った。西澤自身は甘いものが苦手なくせに、次郎が喜ぶから仕方なく付き合ってたんだよと、それでも嬉しそうに思い出を語る西澤は、秋家にとって羨望そのものだった。
年を取り、50年以上連れ添っていてもなお、恋愛をしていた彼らは、まさに運命の2人だったと心底思う。こういう相手と巡り会えたらどんなに幸せだろうと、皺のある顔にさらに皺を寄せて笑う西澤を見つめて、いつも思っていた。
秋家は甘味処であんみつを食べた後、大型のリカーショップに寄って、晩酌用の麦焼酎とウイスキーを買った。そのまま家に帰ってもよかったのだが、せっかくだからと遠回りをして、海まで出てみた。海岸線を走りながら、海にもよく散歩しに来たなぁと思い出にふけりながら、サーフィンをしている若者を見て、ふと石富の姿を思い出した。
(今日なにしてんのかな……)
4月7日と11月15日が前経営者の命日だということは、石富をはじめスタッフのみんなには伝えてある。だから石富にとっては毎年のことで、前々から休みがわかっていたはずだから、誰かと約束でもしていたかもしれない。
(誰かと遊んでる……?デートとか、してるかも)
自分で想像しておいて、勝手に軽く傷ついた。
しかし、石富が離婚したと聞いてからもう、2年以上は経っているが、彼女ができたという話は今まで一度も聞いたことがない。だが2年以上いないとも考えにくいから、もしかしたら秋家に黙っているだけなのかもしれないが、ただ、少なくとも。
(間違いなく誰かとヤってはいるよね……)
また勝手な想像で、こんどはけっこう傷ついた。
どんよりと落ち込んだ気分で運転していた車は、いつの間にか海岸線を抜けて見慣れた街に戻っていた。
(あと15分くらいで着くかな……)
早く帰って、店で1人で飲もう、そう思い、赤信号で車を停車させた秋家は、ハンドルにもたれて何の気なしに歩道に目をやった。
「………!」
ドクンと、心臓が鳴る音がした。
(剣、二……?)
歩道を、石富が歩いていた。いつもは結んでいる茶色い長めの髪を下ろし、黒いジャケットにジーンズというカジュアルな服装で歩いている姿は、とても33歳には見えない、若々しいものだった。
あまり仕事以外で顔を合わすことがない秋家は、その姿にきゅんと胸を高鳴らせたが、同時に、並んで隣を歩いている女性の姿に、きりり、とその胸を痛めた。
石富はその女性に話しかけるように横を見下ろし、そして笑顔になる。とても可愛い外見をしたその女性も石富を見上げ、頬を染めるようにしてはにかんだ笑顔を見せている。
秋家の、知らない女の人だった。店に来たことがあったかな、と考えてみたが、覚えている限り一度も見たことはない。もしかして別れた奥さんだろうか、とも考えたが、あの彼女の照れ具合からして、それはないように思える。
(誰……?彼女、なの……?)
いきなりのひどいショックに、目を逸らせなくなった。楽しそうに話しながら歩いていく2人を、凝視する視線を逸らせない。
パァー!パッパァー!
秋家の後ろに停車していた車が、青になっても進まない秋家の車に、1回軽く鳴らせばよいものを、非常識なほどけたたましくクラクションを鳴らした。
その、ほんの一瞬のこと。
クラクションの音にハッと我に返った秋家と、クラクションの音に驚いて何事か、とこちらを向いた石富の、視線が合った。時間にするとコンマ何秒というものだったが、確かに、見られた。
秋家はすぐさま目を逸らし、アクセルを踏んで車を急発進させた。
心臓が、ドクドクと大きな音を立て、同時に、錆びたナイフで切り裂かれるような、鈍くもひどく、激しい痛みに襲われる。
あれは、誰だ。それに剣二と、目が合った。
(どうしよう、どうしよう……!)
秋家は久しぶりに、自分がわからなくなるくらいめちゃくちゃになった。頭も、心も。
【More・・・】
11月15日、西澤の7回目の命日は、11月にしては暖かく、過ごしやすい天気になった。秋家は午前、予定通り墓参に訪れ、西澤と次郎の眠る墓に手を合わせていた。(西澤さん、お盆以来久しぶりになってしまってごめんなさい。あなたが亡くなって、もう7年が経ちました)
この墓には、西澤と次郎の2人が眠っている。西澤は、次郎と養子縁組をしてから、自分達が入るための墓も購入していた。2人共家を出た身であったし、いくら次郎が西澤姓になったからといっても、西澤家の墓に入ることを次郎が躊躇ったのだそうだ。
西澤はその気持ちを理解し、だから2人で一緒に眠るために、多少無理してでも買う必要があったんだ、と話してくれた。
そして現在、この墓の使用名義人は、秋家になっている。西澤の身内は光子だけだが、光子は嫁いでいて姓も違うし、なにより光子本人が、秋家の方が祭祀に相応しいと、西澤の意志通り秋家に継承させてくれた。
――君にいつか大事な人ができたら、一緒にここに入るといい。わしらと一緒だがね。
笑って西澤にそう言われ、いつか本当にそういう人ができればいい、と望んでいたが、7年経った今も、2人の墓にその報告はできていない。
(俺は何も変われません……お2人のように、愛し合える存在を見つけられません……)
情けない報告しかできない自分を許してください、と秋家は2人に心の中で詫びる。
秋家は当然次郎には会ったことがないが、西澤に写真を見せてもらったことがある。白黒のそれに写っていたのは、若いがすぐ西澤とわかる端整な顔の青年と、そしてその横に、思わず自分かと思えるほど秋家とよく似た、笑顔の次郎だった。
他人の空似とはいえ、あまりに似ているその写真を見た時は、本当に驚いてしまったものだ。彼らの写真は全てアルバムに整理してしまってあるが、何枚かは写真立てに入れて仏壇に飾ってある。
年を取ってからの写真もあり、そういう次郎の写真は秋家に将来の自分の姿を予見させたが、年を取るのも悪くない、と思わせてくれるような、いい写真ばかりだ。それを撮った西澤の、気持ちがこもっていることも理由なのかもしれないけれど。
似ている、ということもあり、秋家にとって次郎は『西澤の大切な人』という以上に親しみを感じる人物だった。
生きている時に会えていたら素晴らしかったろうに。今でも時々思うけれど、次郎を亡くした悲しみを紛らわすために、2丁目に訪れた西澤と出会うことができたのだから、むしろ次郎が、西澤と秋家を会わせてくれたんじゃないかと思っている。
秋家はしばらく墓前で座り込んでいたが、お昼がきたのかお腹も空いてきたので、もう一度だけ手を合わせ、また来ます、と呟いてから駐車場に向かった。
車を少し走らせ、西澤と一緒によく行った日本蕎麦屋で昼食をとってから、次郎が好きだったんだ、と言って連れて行ってくれた甘味処にも寄った。西澤自身は甘いものが苦手なくせに、次郎が喜ぶから仕方なく付き合ってたんだよと、それでも嬉しそうに思い出を語る西澤は、秋家にとって羨望そのものだった。
年を取り、50年以上連れ添っていてもなお、恋愛をしていた彼らは、まさに運命の2人だったと心底思う。こういう相手と巡り会えたらどんなに幸せだろうと、皺のある顔にさらに皺を寄せて笑う西澤を見つめて、いつも思っていた。
秋家は甘味処であんみつを食べた後、大型のリカーショップに寄って、晩酌用の麦焼酎とウイスキーを買った。そのまま家に帰ってもよかったのだが、せっかくだからと遠回りをして、海まで出てみた。海岸線を走りながら、海にもよく散歩しに来たなぁと思い出にふけりながら、サーフィンをしている若者を見て、ふと石富の姿を思い出した。
(今日なにしてんのかな……)
4月7日と11月15日が前経営者の命日だということは、石富をはじめスタッフのみんなには伝えてある。だから石富にとっては毎年のことで、前々から休みがわかっていたはずだから、誰かと約束でもしていたかもしれない。
(誰かと遊んでる……?デートとか、してるかも)
自分で想像しておいて、勝手に軽く傷ついた。
しかし、石富が離婚したと聞いてからもう、2年以上は経っているが、彼女ができたという話は今まで一度も聞いたことがない。だが2年以上いないとも考えにくいから、もしかしたら秋家に黙っているだけなのかもしれないが、ただ、少なくとも。
(間違いなく誰かとヤってはいるよね……)
また勝手な想像で、こんどはけっこう傷ついた。
どんよりと落ち込んだ気分で運転していた車は、いつの間にか海岸線を抜けて見慣れた街に戻っていた。
(あと15分くらいで着くかな……)
早く帰って、店で1人で飲もう、そう思い、赤信号で車を停車させた秋家は、ハンドルにもたれて何の気なしに歩道に目をやった。
「………!」
ドクンと、心臓が鳴る音がした。
(剣、二……?)
歩道を、石富が歩いていた。いつもは結んでいる茶色い長めの髪を下ろし、黒いジャケットにジーンズというカジュアルな服装で歩いている姿は、とても33歳には見えない、若々しいものだった。
あまり仕事以外で顔を合わすことがない秋家は、その姿にきゅんと胸を高鳴らせたが、同時に、並んで隣を歩いている女性の姿に、きりり、とその胸を痛めた。
石富はその女性に話しかけるように横を見下ろし、そして笑顔になる。とても可愛い外見をしたその女性も石富を見上げ、頬を染めるようにしてはにかんだ笑顔を見せている。
秋家の、知らない女の人だった。店に来たことがあったかな、と考えてみたが、覚えている限り一度も見たことはない。もしかして別れた奥さんだろうか、とも考えたが、あの彼女の照れ具合からして、それはないように思える。
(誰……?彼女、なの……?)
いきなりのひどいショックに、目を逸らせなくなった。楽しそうに話しながら歩いていく2人を、凝視する視線を逸らせない。
パァー!パッパァー!
秋家の後ろに停車していた車が、青になっても進まない秋家の車に、1回軽く鳴らせばよいものを、非常識なほどけたたましくクラクションを鳴らした。
その、ほんの一瞬のこと。
クラクションの音にハッと我に返った秋家と、クラクションの音に驚いて何事か、とこちらを向いた石富の、視線が合った。時間にするとコンマ何秒というものだったが、確かに、見られた。
秋家はすぐさま目を逸らし、アクセルを踏んで車を急発進させた。
心臓が、ドクドクと大きな音を立て、同時に、錆びたナイフで切り裂かれるような、鈍くもひどく、激しい痛みに襲われる。
あれは、誰だ。それに剣二と、目が合った。
(どうしよう、どうしよう……!)
秋家は久しぶりに、自分がわからなくなるくらいめちゃくちゃになった。頭も、心も。
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