2007.12/31(Mon)

君に初恋、桜色。2−2

chapter2−2

【More・・・】

 商店街の近くに借りている月極駐車場に車を停め、秋家は誰かから逃げてでもいるかのように、急いでウィンド・ベルに戻った。裏口から店の中に入り、ツカツカと歩いてカウンター席に座り、はぁ、と震える息を吐いた。

 ドキドキと、心臓は未だに速いリズムで鼓動を刻んでいて、こちらを見た石富の視線が頭から離れない。手が小さく震えて、ぎゅっと両手を握り合わせた。

 初めてだった。8年ぶりに再会して、共同経営を始めてから7年弱。石富が女の人と2人でいるところを見たのは、この7年で初めてだったのだ。

 離婚して今は独り身だが、この先ずっとそうなわけはない。いつか、いい人がいたら再婚するだろうし、あれだけ見目がいいのだからデートする相手がいたって当然のことだ。それなりに覚悟はしてきたが、映像として視界に捉えたことで、より生々しく勝手に想像力が上がる。

 しばらく忘れていた、醜い感情が顔を出し、考えたくもないのに、石富があの女の人を抱く映像が脳裏に浮かんできて、叫びだしそうになった。

 頭を抱えるようにカウンターに肘をつき、秋家はしばらく動かないまま呼吸をくり返し、手の震えが治まるのを待った。高校生の時はたまにこういう症状が起こっていたが、卒業してから8年、さらに再会してから7年と、石富のプライベートに踏み込むことがなかったため、前妻はもとよりその後の彼女というものも、一度も目にしたことはない。当然気にはなっていたが、聞きたくても聞けなくて、だから直接的な嫉妬心が湧くこともずっとなかった。

 高校生の頃、石富はほとんど彼女が途切れることがなく、常に誰かと付き合っている状態で、秋家はいつも苦しかった。慣れた慣れた、と思っていても、やはり一緒にいるところを見るのはつらくて、それが中学の頃から続くうちにいつしか発作のような症状が出るようになってしまった。動悸が激しくなって手が震えて、不安と焦燥感に襲われて呼吸がしにくくなる。しばらくじっとしていれば治まるのだが、まさか未だに出るとは思わなかった。

 彼女に対しての単純な嫉妬心と、羨ましいと思う気持ち、そして秋家が自分に抱く嫌悪感、そういったものがない交ぜになって、まるで何かに追い立てられてるかのような気持ちになってくる。それが身体に影響しているのだろう。要は過度のストレスからきていると思うのだが、それが15年ぶりに現れたこと自体にも、秋家はひどく動揺した。

「高校生の時のまんまだよ……ちっとも、成長してない……」

 独り言は虚しく、誰もいない店内に響き、よりいっそう孤独感が増した。自分はいつだって1人、そう思うとひどくやるせない。

 秋家は2階の自宅に上がり、西澤と次郎の写真が入った写真立てを持って下り、カウンターに置いた。そしてグラスを2つ用意して、1つには先ほど買ったウイスキーの水割りを作り、そしてもう1つには麦焼酎を注ぐ。ウイスキーは西澤の分、焼酎は次郎の分だ。秋家も自分のグラスに焼酎を注いで、乾杯、と言って2人のグラスと合わせた。

 発作も治まり、アルコールを飲んで少し落ち着いた秋家は、明日石富と顔を合わせた時になんと言おうか考えた。目が合ったのは向こうだってわかっていて、それを秋家が逸らしたことも気付いただろう。

 石富の方から話を持ち出してくるのを待った方がいいだろうか。何も言ってこない可能性だってあるから、下手にこちらから話を出すよりはいいかもしれない。

 とにかく、変な空気にしてスタッフのみんなに気を使わすことだけは避けなければいけない。秋家と石富は、中学の頃からの大親友だとみんなには話していて、8年間会っていなかったことや、実はプライベートではまれにしか会わないことなどは特に教えてはいない。わざわざ話す必要もないし、店の経営者2人がぎこちない雰囲気だと、彼らも仕事がやりにくいだろうから。

 ウィンド・ベルには秋家と石富以外に、スタッフが4人いる。日勤パートの主婦・茂上(もがみ)有利子(ゆりこ)と、大学生アルバイトの吉山(よしやま)えつみ、木幡(こはた)優二郎(ゆうじろう)、そして高校生アルバイトの若水(わかみず)晴希(はるき)。この4人が秋家の店で働いてくれている。

 有利子は3人の子を持つ、肝っ玉母ちゃんという感じのとても元気な人で、えつみと木幡はよくケンカをするが、彼らは勤めも長く、ここの主戦力と言っていいほど頼りにしている。

 そして高校1年の晴希は、秋家にとっては少し、特別な子だった。今年の4月、特にアルバイト募集の張り紙などはしていなかったのだが、すみません、と小さな声で店に入ってきて、働かせてください、と秋家に頭を下げた。

 体も小さく顔も幼いので、秋家はてっきり中学生だと思ったのだが、聞けば高校に上がったばかりで、父親が定年退職したから家のために働きたい、と真剣な表情で言うものだから、どうにも断れず採用することにした。それに不思議と、晴希には秋家を惹きつける何かがあった。

 実のところ、人手は足りていたのだ。この小さな喫茶店に、アルバイトが4人もいては人件費がかさんで仕方ないのだが、えつみと木幡に事情を話し、彼らの時間を少し削って晴希に与えてもらうことにした。若いけれどしっかり者の彼らは、遊ぶためではなく家のために働きたい、という晴希の気持ちを理解してくれて、無理なお願いにもかかわらず、3人でシフトを回す提案を受け入れてくれた。

 晴希は一生懸命仕事を覚え、意欲的に働いてくれた。可愛らしい容姿に加え、真面目で素直で純粋で、秋家が忘れていたものを思い出させてくれるような、本当にいい子だった。石富も、からかって意地悪をしたりしているが、あれは石富なりの愛情表現で、可愛くて仕方ない、という気持ちの表れであることくらいは秋家にもわかる。

 そんな晴希が、ある時急に元気がなくなった。石富の話では、晴希の甥だという少年が現れてからだということだったが、その甥の少年が彼女らしき美しい少女と連れ立って来ている時、晴希はずいぶんわかりやすく動揺し、つらそうな顔をするものだから、すぐにわかった。この子もまた、自分と同じなのだと。だから最初晴希に惹かれたのかな、と秋家は思った。

 報われない想いに胸を潰し、きっとずいぶん長いこと悩んできたに違いない、そう思ったけれど、だがこちらから話すことはしなかった。晴希とて、できることなら隠しておきたいことだろうから、それならその気持ちを尊重してあげようと思った。ただ、何かあれば力になってあげるつもりでいた、そんな夏のこと。甥の少年の彼女が店に現れたことにより、事態は一変することとなった。

 晴希はたくさん傷つき、でも挫けずに努力し、今は甥の少年、聖一と恋人になることができて、幸せそうな笑顔を振りまいている。秋家も、心から嬉しく思った。晴希が傷つけられた時は、自分のことのように胸が痛くなり、泣いてどうにもならなかった晴希を、ずっと抱き締めていた。本当に痛いほど、気持ちがよくわかったから。

 男の身でありながら男を好きになり、その人と相思相愛になれる確率など極めて低いものだ。相手がノーマルなら、ほぼゼロに近いと言ってもいい。でも晴希は両想いになり、きちんと恋愛にすることができた。うまくいった晴希と、うまくいかない秋家の違いは、勇気と強さに他ならない。

 告白する勇気と、結果を受け入れる心の強さ。

 晴希は聖一に好きだと伝え、一度ふられている。それを彼は、きちんと受け入れた。秋家には、それができなかったのだ。告白もできず、ただ逃げるしかできなかった。

 あの小さな少年は、秋家なんかよりずっと強くて、そしてとてもきれいな心を持っている。下手をすれば親子でもおかしくないくらい年下の少年に、秋家は眩しくも憧れに近い感情を持っているのだが、当の晴希はそんなこと考えもしないだろう。逆にあの少年は、秋家のことを尊敬していると言い、きらきらした目で見つめてくるものだから、くすぐったくてたまらない。

 晴希だけではなく、えつみも木幡も、秋家のことを人格者だと思っているようだが、一皮剥けば好きな人間に告白すらできず、何年も逃げ続けているような、弱い、小さな人間なのだ。

(どうしようもない人間なのよ、俺は……)

 少しアルコールが回り、余計にネガティブな思考になってきた秋家の耳に、携帯電話の着信メロディが聞こえてきた。最近の売れている歌手には無頓着な秋家の携帯は、昔人気だったロックバンドの歌、しかも若干マイナー気味な曲に設定されていて、懐かしいその曲に秋家はポケットから携帯を取り出した。

(誰……?)

 携帯を開いて名前を見て、秋家は違う意味でどきりと心臓を鳴らした。かかってくるだろうと思ってはいたが、まさか昨日の今日でかけてくるとは思わなくて、出るのを躊躇った。

 携帯の液晶画面に出ている名前は、昨夜ベッドを共にした若い青年、久家(ひさいえ)賢志(けんじ)だった。

テーマ : 自作BL小説 - ジャンル : 小説・文学

19:39  |  君に初恋、桜色。  |  CM(4)  |  EDIT  |  Top↑

Comment

●フータさま

あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いします(*^^)

なんか自分で思ってなかった方向に話が進んでまして、どうしたらいいのか迷い気味…
でもがんばれ店長…!

今年もよろしくお願いします☆
またいらしてくださーい(・ω・)!
遠麗 | 2008.01.05(土) 22:38 | URL | コメント編集

●米神さま

あけましておめでとうございます!
遅レス申し訳ありません(>_<;)
昨年はお世話になりました♪
今年もよろしくお願いしますね〜♪
またお越しくださいませ☆
遠麗 | 2008.01.05(土) 22:36 | URL | コメント編集

●こんにちわ!

明けましておめでとうございます!
去年は素敵なお話ありがとうございました!
今年もヨロシクお願いします(・∀・)/

秋家さんの気持ちに共感しちゃいました(>_<)セツナイ
そしてキラキラお目めの晴希君が
やっぱり可愛いですv
それでは、また楽しみに来させていただきますね♪
フータ | 2008.01.02(水) 18:30 | URL | コメント編集

明けましておめでとうございます☆彡
昨年はいろいろとお世話になりました。
今年もよろしくお願いします(*^▽^*)

小説の方もまた楽しみにしてます♪
米神鈴音 | 2008.01.02(水) 03:42 | URL | コメント編集

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