2008.01/05(Sat)
君に初恋、桜色。2−4
chapter2−4
そして年が明けてすぐの日曜日。
夜の9時を回り、閉店作業をしている時、松橋が、ウィンド・ベルにやって来たのだ。秋家はもう、目を剥いて驚き、どうして、と彼を凝視するしかできなかった。松橋は見るからに怒っていて、だが秋家が最初に思ったことは、石富に己の性癖を知られてしまう、という恐怖だった。
その恐怖心に体が小さく震えだし、松橋が何を言うつもりなのか考えると不安で、心臓がドクドクと打ち震えた。
松橋はぐるりと店内を見回して秋家の正面に来ると、怯えている秋家の顔を覗きこむように身を屈める。
――ここがあんたの家なんだな。なんで隠してたんだよ。
隠してたわけじゃない、そう言おうと思うが声が出なくて、秋家は返事ができなかった。もしかして後をつけられたのだろうか、と思うと呼吸がおかしくなりそうで、カウンターにいたえつみが心配そうに横に来てくれた、その時。
厨房から石富が、どうした、と言いながら出てきてしまった。
その声にはじかれたようにビクッと肩を揺らした秋家を、松橋は見逃さなかったようで、明らかに敵意剥き出しの顔つきで石富を睨みつけ、石富も気を害したのか、挑戦的な視線で松橋を見た、らしい。後ろにいた石富の顔は見れなかったが、松橋の言葉でそれを察した。
――あんだよ、その目。ずいぶん挑戦的じゃん。あんた、もしかして……
――…っ、松橋くん!
喉が潰れたように声が出なかったのに、松橋が石富に対して何を言おうとしたのかわかった途端、言わせない、と遮るように松橋の名を呼んでいた。間違いなく、秋家との関係を疑った発言をするつもりだったのだろう。そんなこと言われてたまるか、と秋家は必死に松橋をなだめ、とにかく後で話そう、と2階に上がってもらった。
最悪だった。松橋のあの態度を、ただの友達だと説明するには、あまりに苦しすぎた。
見苦しいとこ見せてごめんなさい、と2人に頭を下げ、下手な言い訳はせず、自分はこういう趣味の人間で、あれは付き合っている相手だ、と説明した。秋家のことを気持ち悪いと感じて店を辞められても、それは仕方ない、と覚悟して。
だが予想に反して、えつみは表情1つ変えずに、『そうなんだ。でも店長趣味悪いよ。あれは別れた方がいいって。店長くらい美人ならもっといい男いるんじゃない?』と、まるで女友達にでも言うかのようなセリフを残し、さっさと閉店作業に戻ってしまった。
えつみの神経の太さにはかなり驚いたが、それよりも秋家は、石富の反応が心配だった。とても目が見られず、顔も上げられなくて、俯いたまま『ずっと隠しててごめん……』と再び頭を下げた。
石富は秋家の肩に手を置き、謝ることじゃない、と言って顔を上げさせた。そして、気にしなくていい、とそのまま背中を向け、厨房の中へと戻っていった。怒っているのかと思ったが、翌日から何も変わらず接してきたので、秋家ももう、それ以上は何も言えなかった。
そして松橋はというと、石富とは幼なじみで特別なことは何もない、と説明したにもかかわらず、その日以来、秋家に対してひどく執着した行動を取るようになった。家を知ったばかりにしょっちゅう来るようになり、店が終わるのに合わせて外で待っていたり、自分が休みの日にやって来て、2階でずっと秋家の帰りを待っていたり。
止めてほしいと言っても聞いてくれなくて、だったら別れると言えばめちゃくちゃ怒って、顔を平手打ちされた。今まで付き合った男にすぐ殴る人間は何人かいたが、松橋には一度も手を上げられたことがなかったから、秋家はひどく驚いて、そして怯えた。
最初は優しくて大人で、本気になれるかもしれないと思っていたのに、本性は案外キレやすく、手が出るのが早かった。それとも、秋家が彼をこんな風にしてしまったのだろうか。いずれにせよ、殴られてレイプのようなセックスをされても、どうしても強く拒否できなかった。自分が悪い、という気持ちがあったせいもあるし、何より、それ以上怒らせることがとても怖かった。
どのみち家を知られることになるのなら、最初から素直に教えておけば石富にバレることもなかったかもしれない、と後悔したけれど、何を思っても後の祭だ。離れることもできないまま、松橋との関係がずるずると数ヶ月続いて、秋家はかなり神経をすり減らしていた。
そしてある時、秋家の顔色の悪さを心配してくれたえつみに、松橋のことをかいつまんで話したら、まだ付き合ってたのか、と目を三角にして怒られた。だからという訳ではないが、一回りも年下の女の子に心配されるのも情けない、と思い、きちんと改めて松橋に別れ話を申し出た。当然殴られたけれど、もう付き合えない、とはっきりと意志を伝え、ごめんなさいと謝った。
すぐにきれいさっぱり関係が切れたわけではなかったが、いつの間にか向こうから連絡が来なくなり、そのまま松橋とは終わる形になった。気にはなったけれど、だからと言ってこちらから連絡するわけにもいかず、自然消滅に近い感じでじわじわ関係性は消えていった。
その後松橋とは一度も会っていないが、彼のことは石富にゲイであることがバレた嫌な思い出と直結していることもあって、あまり思い出したくない男だった。暴力をふるわれたことや、ウィンド・ベルに乗り込んできたこと事態は、秋家に原因があるのだからしょうがないと思えるが、とにかく『石富にバレた』ということが秋家には何よりも耐えがたかった。
あの時は、もう消えてしまいたいと本気で思った。松橋を怒らす原因を作ったのは自分だが、松橋を責めたい気持ちは拭いきれない。どうして店に来たんだ、と今でも時々思う。
どんなに大人に見えても、生きた年数はそれ以上にはならない。要は松橋も若造で、結局自分の感情の赴くままに、TPOなど考えもせずに秋家に怒りをぶつけに来たのだ。いくら腹が立っていたとはいえ、松橋は相手の都合どころか、自分のことも考えてなかったように思える。
エリートなのだから、己の立場を守るためにも、男への痴情でバカな行動に出るのは控えるべきだったのだ。もし秋家の店にタチの悪い人間がいたとしたら、会社にバラす、と脅迫される可能性だって無いとは言い切れない。そんなことも考えずに、感情で行動してしまうのはきっと、若さゆえの暴走であろう。
秋家はこの時以降、若い男には極力気をつけるようになった。
誰かに声をかけられたらほとんど拒みはしないが、最低限のルールは自分の中で決めている。一晩の相手には、できるだけ軽そうな、遊んでそうな男を選ぶこと、これが秋家の決めているルールだった。尤も、声をかけてくるのはほとんどそういうタイプばかりなので、結局誘いがあれば応じることが多いのではあるが。
昨夜の久家にしても、『ケンジ』という名前に加えて、見るからに軽い遊び人、しかも女の方が好きなバイと言っていたから絶対大丈夫だと思った。だからOKした。
『あんたのこと気に入った』と言われた時は本当に驚いて、そしてかなり困ってしまった。
若い男は怖い。何をするかわからない。
久家のあの強引さは、本性を現した後の松橋を思い出させる。
電話がかかってきたら無視しようと思っていたが、果たしてそれが最善なのか、今になって不安になってきた。次かかってきたら、出た方がいいだろうか、それともやはり、無視する方がいいのか。
アルコールにふわふわする意識ではまともな思考も浮かばず、石富のことや久家のことが頭の中でごちゃごちゃと混ざり合って、何から考えればいいのかわからない。
(なんかもう、かんべんしてよ……)
秋家は考えを放棄するように、グラスに残っている焼酎をぐいっと一気に飲み干した。
【More・・・】
時間も合わない、家の場所は教えない、まともなデートもできない、松橋のフラストレーションが溜まるのは当然で、だが年末、正月と忙しかった秋家には、松橋を思いやる余裕もなかった。そして年が明けてすぐの日曜日。
夜の9時を回り、閉店作業をしている時、松橋が、ウィンド・ベルにやって来たのだ。秋家はもう、目を剥いて驚き、どうして、と彼を凝視するしかできなかった。松橋は見るからに怒っていて、だが秋家が最初に思ったことは、石富に己の性癖を知られてしまう、という恐怖だった。
その恐怖心に体が小さく震えだし、松橋が何を言うつもりなのか考えると不安で、心臓がドクドクと打ち震えた。
松橋はぐるりと店内を見回して秋家の正面に来ると、怯えている秋家の顔を覗きこむように身を屈める。
――ここがあんたの家なんだな。なんで隠してたんだよ。
隠してたわけじゃない、そう言おうと思うが声が出なくて、秋家は返事ができなかった。もしかして後をつけられたのだろうか、と思うと呼吸がおかしくなりそうで、カウンターにいたえつみが心配そうに横に来てくれた、その時。
厨房から石富が、どうした、と言いながら出てきてしまった。
その声にはじかれたようにビクッと肩を揺らした秋家を、松橋は見逃さなかったようで、明らかに敵意剥き出しの顔つきで石富を睨みつけ、石富も気を害したのか、挑戦的な視線で松橋を見た、らしい。後ろにいた石富の顔は見れなかったが、松橋の言葉でそれを察した。
――あんだよ、その目。ずいぶん挑戦的じゃん。あんた、もしかして……
――…っ、松橋くん!
喉が潰れたように声が出なかったのに、松橋が石富に対して何を言おうとしたのかわかった途端、言わせない、と遮るように松橋の名を呼んでいた。間違いなく、秋家との関係を疑った発言をするつもりだったのだろう。そんなこと言われてたまるか、と秋家は必死に松橋をなだめ、とにかく後で話そう、と2階に上がってもらった。
最悪だった。松橋のあの態度を、ただの友達だと説明するには、あまりに苦しすぎた。
見苦しいとこ見せてごめんなさい、と2人に頭を下げ、下手な言い訳はせず、自分はこういう趣味の人間で、あれは付き合っている相手だ、と説明した。秋家のことを気持ち悪いと感じて店を辞められても、それは仕方ない、と覚悟して。
だが予想に反して、えつみは表情1つ変えずに、『そうなんだ。でも店長趣味悪いよ。あれは別れた方がいいって。店長くらい美人ならもっといい男いるんじゃない?』と、まるで女友達にでも言うかのようなセリフを残し、さっさと閉店作業に戻ってしまった。
えつみの神経の太さにはかなり驚いたが、それよりも秋家は、石富の反応が心配だった。とても目が見られず、顔も上げられなくて、俯いたまま『ずっと隠しててごめん……』と再び頭を下げた。
石富は秋家の肩に手を置き、謝ることじゃない、と言って顔を上げさせた。そして、気にしなくていい、とそのまま背中を向け、厨房の中へと戻っていった。怒っているのかと思ったが、翌日から何も変わらず接してきたので、秋家ももう、それ以上は何も言えなかった。
そして松橋はというと、石富とは幼なじみで特別なことは何もない、と説明したにもかかわらず、その日以来、秋家に対してひどく執着した行動を取るようになった。家を知ったばかりにしょっちゅう来るようになり、店が終わるのに合わせて外で待っていたり、自分が休みの日にやって来て、2階でずっと秋家の帰りを待っていたり。
止めてほしいと言っても聞いてくれなくて、だったら別れると言えばめちゃくちゃ怒って、顔を平手打ちされた。今まで付き合った男にすぐ殴る人間は何人かいたが、松橋には一度も手を上げられたことがなかったから、秋家はひどく驚いて、そして怯えた。
最初は優しくて大人で、本気になれるかもしれないと思っていたのに、本性は案外キレやすく、手が出るのが早かった。それとも、秋家が彼をこんな風にしてしまったのだろうか。いずれにせよ、殴られてレイプのようなセックスをされても、どうしても強く拒否できなかった。自分が悪い、という気持ちがあったせいもあるし、何より、それ以上怒らせることがとても怖かった。
どのみち家を知られることになるのなら、最初から素直に教えておけば石富にバレることもなかったかもしれない、と後悔したけれど、何を思っても後の祭だ。離れることもできないまま、松橋との関係がずるずると数ヶ月続いて、秋家はかなり神経をすり減らしていた。
そしてある時、秋家の顔色の悪さを心配してくれたえつみに、松橋のことをかいつまんで話したら、まだ付き合ってたのか、と目を三角にして怒られた。だからという訳ではないが、一回りも年下の女の子に心配されるのも情けない、と思い、きちんと改めて松橋に別れ話を申し出た。当然殴られたけれど、もう付き合えない、とはっきりと意志を伝え、ごめんなさいと謝った。
すぐにきれいさっぱり関係が切れたわけではなかったが、いつの間にか向こうから連絡が来なくなり、そのまま松橋とは終わる形になった。気にはなったけれど、だからと言ってこちらから連絡するわけにもいかず、自然消滅に近い感じでじわじわ関係性は消えていった。
その後松橋とは一度も会っていないが、彼のことは石富にゲイであることがバレた嫌な思い出と直結していることもあって、あまり思い出したくない男だった。暴力をふるわれたことや、ウィンド・ベルに乗り込んできたこと事態は、秋家に原因があるのだからしょうがないと思えるが、とにかく『石富にバレた』ということが秋家には何よりも耐えがたかった。
あの時は、もう消えてしまいたいと本気で思った。松橋を怒らす原因を作ったのは自分だが、松橋を責めたい気持ちは拭いきれない。どうして店に来たんだ、と今でも時々思う。
どんなに大人に見えても、生きた年数はそれ以上にはならない。要は松橋も若造で、結局自分の感情の赴くままに、TPOなど考えもせずに秋家に怒りをぶつけに来たのだ。いくら腹が立っていたとはいえ、松橋は相手の都合どころか、自分のことも考えてなかったように思える。
エリートなのだから、己の立場を守るためにも、男への痴情でバカな行動に出るのは控えるべきだったのだ。もし秋家の店にタチの悪い人間がいたとしたら、会社にバラす、と脅迫される可能性だって無いとは言い切れない。そんなことも考えずに、感情で行動してしまうのはきっと、若さゆえの暴走であろう。
秋家はこの時以降、若い男には極力気をつけるようになった。
誰かに声をかけられたらほとんど拒みはしないが、最低限のルールは自分の中で決めている。一晩の相手には、できるだけ軽そうな、遊んでそうな男を選ぶこと、これが秋家の決めているルールだった。尤も、声をかけてくるのはほとんどそういうタイプばかりなので、結局誘いがあれば応じることが多いのではあるが。
昨夜の久家にしても、『ケンジ』という名前に加えて、見るからに軽い遊び人、しかも女の方が好きなバイと言っていたから絶対大丈夫だと思った。だからOKした。
『あんたのこと気に入った』と言われた時は本当に驚いて、そしてかなり困ってしまった。
若い男は怖い。何をするかわからない。
久家のあの強引さは、本性を現した後の松橋を思い出させる。
電話がかかってきたら無視しようと思っていたが、果たしてそれが最善なのか、今になって不安になってきた。次かかってきたら、出た方がいいだろうか、それともやはり、無視する方がいいのか。
アルコールにふわふわする意識ではまともな思考も浮かばず、石富のことや久家のことが頭の中でごちゃごちゃと混ざり合って、何から考えればいいのかわからない。
(なんかもう、かんべんしてよ……)
秋家は考えを放棄するように、グラスに残っている焼酎をぐいっと一気に飲み干した。
●Rayさま
遠麗 | 2008.01.10(木) 00:12 | URL | コメント編集
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あけましておめでとうございます。
早々の年賀ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。
早々の年賀ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。
Ray | 2008.01.06(日) 02:41 | URL | コメント編集
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