2008.01/08(Tue)

君に初恋、桜色。3−1

chapter3−1

【More・・・】

 つきん、とこめかみに小さな痛みを感じて、秋家は歩みを止めて手でそこを押さえた。

(飲み過ぎた……)

 朝、8時前。9時開店の店の準備のため、1階に下りた秋家の頭を軽い頭痛が襲った。昨夜は石富のことや久家のことで考え過ぎて、ついつい酒の量が多くなり、いつの間にかカウンターに伏せたまま数時間ほど眠ってしまっていた。夜中に目が覚めてからはちゃんと部屋に戻ったけれど、今朝は起きる時に少しつらかった。

 晩酌はいつもしているが、本当にちょびっとだけで、特に酒に強いというわけではない。外に飲みに出ても控えるようにしているから、もう何年も二日酔いなんてならなかったけれど、昨日は己の容量をオーバーしてしまったらしい。

 原因は、考えるまでもなく石富のことだ。久家から電話があったこともその1つではあるが、やはり石富が女の子と一緒にいたことがひどくダメージになっている。だから強くない心は酒に逃げてしまった。

 秋家はしばらく痛みが引くのを待つと、事務室に向かった。3畳くらいの狭いそこは、一応事務室として使用している小部屋だ。デスクと本棚でほぼスペースは埋まってしまっていて、けれどここを使うのは秋家1人なので、狭くても問題はない。毎日閉店時間前に、ここでパソコンと睨めっこしている。

 秋家は本棚の上に置いてある救急箱の中から頭痛薬の箱を出した。タブレットを2個手の平に出して、カウンターのところにある浄水器のついた水道からグラスに水を注いだ。

「………ふぅ」

 薬を飲んでもすぐには頭痛は治まらず、逆になんだか痛みが増したようにずきんずきんとこめかみが疼く。それになんだか寒気もしてきて、立っていられなくなった。

(やっぱりここで寝たのがまずかったかな……)

 頭を押さえてカウンターの椅子に座り、秋家は目を閉じた。
 しばらくじっとしていると、カラカラと裏口のドアが開く音がして、秋家は閉じていた目をゆっくり開いた。

(剣二、来た……)

 痛みはまだ治まらないが、石富を心配させるのは嫌だった。今日会ったら昨日のことをどう言おう、と考えていたが、今は体調の悪さを悟られないことの方が大事だと思った。

 秋家はカウンターに手をついて立ち上がると、控え室から出てきた石富にいつもと同じように笑顔を見せた、つもりだったのだが。

「おはよう」
「おはよう……ってお前、すげぇ顔色悪いな」

 自分ではわからなかったが、よほどひどい顔をしているらしく、石富はすぐに秋家の体調の悪さを見破った。

「え……そう、なのかな……」
「ああ、ひでぇ……いいから座ってろよ」
「う、うん……」

 肩を押されて、その手の温かさに少しドキドキしつつ、秋家は大人しく椅子に座った。しかし心配させまいと思っていたのに、まさか瞬時にわかるほど顔色が悪いとは思わなかった。

「なんだ、風邪か?」
「……違うと思う。ちょっと、頭が痛いだけだよ……」

 二日酔いなんて恥ずかしくて言いたくないから、頭痛がするだけだと症状だけを話した。翌日の仕事に影響が出るほど飲むなんて、体調管理のできないヤツ、と思われたくはない。それに薬が効いてきたのか、じわじわ痛みも引いてきた。ただ、痛みがやわらいだぶん、少しふらふらしてきた気がするけれど。

「頭痛だけか?……熱は?」

 石富はそう言うと、スッと手を伸ばし、手の平を秋家のおでこにぴたりと当てた。

「……っ…」

 ドキン、と心臓が震えた。久しぶりに、緊張で心がざわめいた。
 たまにこうして石富の手が体に触れると、緊張して胸が高鳴る。親友の演技をすることはできても、こればかりは抑えることができない。ときめきはいつまでも無くならず、今でも13歳の時と同じように心がきらめく。

 ただ、それを顔に出さないようにする演技力は、13歳の時より上達しているだろうけど。

「ちょっと熱あるな……」

 秋家のおでこから手を離し、石富は腕を組んで言った。

「え……うそ」

 秋家は自分でおでこに手を当ててみる。だが自分ではよくわからず、頬も触ってみたが熱いという気はしなかった。でもさっきから頭がふらふらしているのは確かなので、石富の言うように少し熱があるのかもしれない。

「咳は出てねぇみたいだけど、喉は痛くないか?風邪だったら休んだ方がいいかもな。飲食店だし」

 石富の言う通りだ。人の口に入るものを扱う以上、無理をして店に出るわけにはいかない。だが秋家がいなければ、パートの有利子が1人で接客しなければいけないくなる。

「でも有利子さん1人になっちゃうよ」
「まぁ、朝はちょっとがんばってもらうしかねぇけど、俺もこっち手伝うし、なんとかなるだろ。あとはえつみに電話して、早めに来れるか聞いてみるさ。あいつがダメならハタ坊にも聞いてみるしな。心配するな」

 にこりと、なんとも優しい笑顔を向けられて、秋家は少しびっくりした。そして同時に、すごく照れた。めちゃくちゃ恥ずかしくなって、秋家は思わず目を逸らして俯いた後、不自然だったろうか、と気になった。

「じゃ、じゃあ、お願いしていい?調子よくなったら、下りてくるから……。ごめんね」
「ああ、休んでろ」

 うん、と返事をして、椅子から立ち上がろうとした秋家の視界がくらりと揺れて、ひどい眩暈に体がよろけた。あ、と思った秋家の体はだが、倒れることなく石富の腕に抱きとめられていた。

 床に倒れなくてよかった、とまだ少し揺れる視界に頭を押さえつつ、ぐらぐらする脳ミソが次第に落ち着いてくると、秋家は今の状態を急に意識した。

 石富に、抱き締められている。

(う、うわ……!)

 秋家は思わず、反射的に目の前の石富の胸を手で押し返そうとした。だがその時、秋家の背中と腰に回された石富の腕に、ギュッと、一瞬だけ力がこもった。本当に、ほんの一瞬だけ。

(え………?)

 だがそれはすぐに離され、石富は秋家の腕を掴むようにして体を支えると、大丈夫か?と、いたって普通の心配顔で見下ろしてくる。

「1人で歩けないなら連れて行こうか?」

 だが秋家はというと、刹那の抱擁に何が起こったのかわからず、当惑のあまりきょとんと石富を見上げていたが、ハッとしてぶんぶん首を横に振った。

「だ、大丈夫……ありがとう、歩けるから」
「そうか、気をつけろよ」

 石富の腕を離れ、秋家は少々ふらふらしながらも、1人で裏口から外に出た。ふらふらするのは熱のせいか、あるいは石富の腕の熱さのせいなのか。自宅の玄関に続く外階段をゆっくり上がりながら、ドクドクと速く打つ心臓に息が苦しくなりそうだった。

(今の、さっきの、なんだったの……?)

 確かに、抱き締められた。

 学生時代にふざけて抱きつかれたことは何度かあったけれど、あの時と今とでは何もかもが違う。どうして、あの状況で力を込める必要があったのだろうか。

 ただの気紛れか、それとも、それほどにも意味のない、石富にとっては特に意識しての行為ですらなかったかもしれない。でも秋家にとっては大変な出来事で、熱に浮かされた脳ミソが、さらに熱くなってくる。

(ギュって、された……剣二の匂いした……髪にくち、当たってた……)

 死にそう、と、階段を上りきった玄関の前で、秋家はうずくまってぎゅっと目を閉じた。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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