2008.01/10(Thu)

君に初恋、桜色。3−2

chapter3−2

【More・・・】

 しばらくそうしてうずくまっていたが、どうやら本格的に熱が出てきたらしく、頭がくらくらしてきた。石富のせいで心臓はドキドキしているけれど、体が熱いのはそのせいばかりでもないだろう。寝よう、と思い立ち上がろうとすると、ぐらりと立ち眩みに襲われた。

 階段の手すりを掴んでゆっくり体を起こし、玄関のドアを開けて部屋に入った。寝室に行き、ベッドの上に脱ぎ捨ててあったパジャマに着替えると、温かな布団に入って目を閉じる。

(タバコのにおいしたな……)

 抱き締められた時、微かにタバコのにおいがした。基本的に秋家はタバコの煙やにおいが好きではなく、普段から喫煙者の石富にも止めたらどうか、と言っているくらい苦手だ。吸うなら外で、という“店長”の注意を素直に聞いて、どんなに寒い日でも石富は外で吸っている。灰皿も裏口の側に1つ置いてあるだけだし、石富以外は誰も吸わないので、それの片付けも石富がたまにやっている。

 それくらい苦手な秋家なのだが、さっき石富の体から香った微かなタバコのにおいには、なぜか全く不快感を覚えなかった。むしろ石富の体臭だと思えば好ましく、ずっと側にいて嗅いでいてもいいくらいに思えた。

(単純だなぁ……剣二ならなんでもいんだ、俺って……)

 ウトウトして遠のく意識の中で、背中と腰に感じた石富の手の温かさを思い出した。またギュッてしてほしいな、そう思った秋家は、その後すぐに寝息を立てていた。


 ゆっくり瞼を開いた秋家は、目を覚ましてごほごほと咳をした。どうやら間違いなく風邪のようで、最悪だ、と改めて昨夜の自分を呪った。いくら精神的にまいっていたとしても、体に影響するような飲み方をするなんて、全く情けない話だ。店の責任者であるのだから、もう少し考えるべきだったと、今更どうにもならない後悔をする。

 喉の痛みに顔をしかめ、秋家は壁にかかってある時計を見てめちゃくちゃ驚いた。時計は4時半を回っていて、いつの間にか8時間も眠っていたらしい。

(うそ……やば。下、大丈夫かな……)

 店の様子を気にして、秋家は見に下りようかと考えたが、朝より症状が悪化しているため、やはり調理場に行くわけにはいかない。どうしよう、と考えていた秋家は、枕元に置いてあった携帯のランプが点滅していることに気がついた。開いてみるとメールが来ていて、石富からのものだった。

『調子はどうだ?えつみが早めに来てくれたから店は心配ない。ゆっくりしてろ。でも寝て起きたら一度メールよこせよ!』

 受信時刻は12時18分で、4時間以上も前だった。秋家はそのまま返信画面にして、『ずっと寝てて今起きたよ。ごめん』と書いて送った。するとすぐに、『腹減っただろ?お粥作って持って行かすから、玄関開けとけよ』という返事が来て、熱で火照った秋家の体はさらに熱くなった。

 素直に、嬉しいと思う。石富は優しいから、こういうのは彼にとって当たり前のことだけど、心配させて悪い、と思う反面、心配してくれることがとても嬉しいと思う。

 なんだかくすぐったい気分で秋家はベッドから起き上がり、玄関の鍵を開けに行ってから、リビングのこたつのスイッチを入れた。座っているとごほん、ごほんと咳が出て、お粥を誰が持って来てくれるのかわからないけど、うつしたら悪いから中には入れない方がいいかな、と思った。

 しばらくして、ピンポンとチャイムが鳴り、秋家は慌てて玄関まで行ってドアを開けた。

「ごめんね……あれ、ハル君が来てくれたの?」
「あ、はい。店長声が……大丈夫ですか?」

 開けた玄関先にいたのは、小さい土鍋が乗ったお盆を、危なっかしく抱えた晴希だった。ヒヤヒヤした秋家はとりあえずお盆を受け取って、大丈夫だよ、とにこりと微笑んで見せた。それでも晴希は心配そうな顔をして、大きな目で秋家を見上げてくる。

「あの、石富さんからの伝言です。病原菌ばらまかれたら困るから、下りてくるなよ、って言ってました。でも本心は、無理しないで休んでろ、だと思います」

 石富の伝言を勝手に変換して伝える晴希に、秋家は思わず笑ってしまった。晴希もへへ、と可愛らしく笑うと、それじゃあお大事に、と言って仕事に戻って行った。ありがとう、と言い玄関を閉め、こたつにお盆を置いてからお茶を入れた。

 布巾を使って土鍋の蓋を開けると、真っ白い湯気がふわりとたって、同時にとても良い匂いがした。特にお腹が空いているとは思ってなかったけど、急に食欲が湧いた。簡単な塩粥みたいだが、種を取って小さく刻んだ梅干の身が入っていて、秋家はそれを見て涙が出そうになった。いつだったか秋家が、梅干を好きだと言ったことを覚えてくれていたのだろうかと思って、それが嬉しくて泣けてきた。

 熱で涙腺がゆるんでいるのか、おかしいくらいに涙が出て止まらなかった。そのうち昨日のことも思い出して、それで悲しくもなった。何がなんだか自分でもよくわからなくて、秋家は泣きながらお粥を食べた。

 石富の作ってくれた梅粥はとてもおいしかったのに、涙の味が混じってしまった。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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