2008.01/13(Sun)

君に初恋、桜色。3−4

chapter3−4

【More・・・】

 取り箸なしで、同じお鍋からうどんを取って食べる。仲の良い友人同士なら、そんなに気にすることではないはずだった。
 でも秋家にとってはすごく緊張することで、箸を入れるのに少々躊躇ってしまいそうになる。だが石富は性格がおおざっぱなせいか、あまりそういうことを気にしないたちで、嫌いでない人間なら缶ジュースの回し飲みも平気なタイプだった。

 逆に秋家は、そういうのはすごく苦手で、よっぽど好意の持っている相手でないとできない。箸にしろ缶ジュースにしろ、他人が口をつけたものを間接的にとはいえ自分の口に入れるということに対して、どうしても抵抗感を拭いきれない。

 だからこそ、必要以上に意識してしまうのだ。石富と、間接的に口を合わせていると思うと、それだけで恥ずかしくてたまらない。だが秋家はそれを顔には出さず、ふわふわと湯気がたつお鍋から、うどんを小皿に取った。
 石富が作ってくれたのは鍋焼きうどんで、中にはしいたけや油揚げ、わかめに牛肉に水菜とたくさんの具が入っていて、真ん中に生卵が落としてある。

「汁も飲めよ。絶対うまいし」
「うん」

 れんげでスープも少し入れて、ちゅるんとうどんを食べたあと、うすく透き通ったスープをフーフー冷まして飲んでみた。するとこれが、本当にびっくりするほどおいしかった。

「んー、うまっ。なにコレ、すごいね」
「だろ?関西風ってやつだな。オヤジが兵庫育ちだから、うちじゃ昔からなんでも薄味なんだよ。だから俺はこっちの方が好きなんだ」
「そっか、剣二の父さん、関西だったね。すごくいいだし出てる。作ったの?」
「作ったっつーか、茶碗蒸しに使ってるだし汁なんだ。それにちょっとアレンジ加えてな。我ながら天才だな」
「あはは、ホント、天才だよ」

 秋家が褒めると、石富は嬉しそうに白い歯を見せて、そーだろ?とにかっと笑った。その笑顔にこちらまで嬉しくなって、好きな人とおいしいものを食べることは、もしかしたら1番幸せなひと時かもしれないな、と思った。

(だからみんな好きな人を食事に誘うのかなぁ……)

 少し違うかもしれないけど、こんどごはん食べに行こう、という定番の誘い文句は、好きな人とおいしいものを食べたい、という思いも少しはあると思うのだ。尤も、最大の理由はこの人をどうにか落としたい、という下心だろうけど。

「剣二は料理なんでもできるね。洋食は完璧だし、和食もすごいんだもん」

 喫茶店で茶碗蒸しなんて普通は出さないだろうが、ウィンド・ベルでは和食の定食にセットで出している。洋食がメインなので数は少ないけれど、野菜炒めやとんかつ、からあげ、生姜焼きなどの定番メニューは揃えてあって、これがかなり好評で人気があるのだ。中でも茶碗蒸しは絶品だと、特に年配客の方々が絶賛してくれている。

 同じ商店街のプラモデル屋の主人にいたっては、これはどこの高級割烹にもおとらんぞ、と鼻息荒く褒めてくれて、休みの日は必ず奥方と連れ立って和定食を食べに来てくれる。

「おいおい、俺は中華もすげぇんだぜ?興味があるもんは完璧に攻略するのが俺の趣味なんだ」
「そういえば、前働いてたとこは洋食レストランだったよね。じゃあ本当に和と中華は趣味で勉強したんだ?」
「ああ」

 石富はずるずるとうどんをすすり、熱いだろうスープも冷まさず飲んでしまう。秋家は少々猫舌気味だけど、石富は全く平気で、舌も強いが歯も丈夫だった。キャンディをあげてもすぐにごりごり噛み砕いてしまうほど歯が強くて、いつも見ているこっちが痛い気分になる。

「レストランほど給料出せなくてごめんね……」
「アホ。なに言ってんだ今更。それに今ので俺は満足してるし、第一共同経営なんだから、お前が謝ることじゃねーだろ」

 あはは、と笑ってくれる石富に、秋家はいつも救われる。
 ウィンド・ベルを始める前まで、石富は首都圏では有名な洋食レストランのチェーン店で働いていたらしい。だがウィンド・ベルを一緒にやるという話になって、むろん石富はそこを辞めた。そんな大手を辞めてしまって本当にいいのかと、秋家は何度も石富に確認したのだが、石富はかまわないと言ってあっさりと退職してきた。

――そんなフランチャイズチェーンで決まったモン作るより、俺は自分で全部やりたいんだよ。それに下っ端コックで言われた通りのことやってるのにも、いい加減うんざりしてたんだ。だからお前の話は渡りに船ってやつなんだから、気にすんなっつーの。それにそもそも、俺から一緒にやろうって言い出したんだからよ。

 辞めさせてしまったようで気にやむ秋家に、心配するなと石富は肩を叩いてくれた。
 だが未だに思い出して気になる時があって、うざいかな、とは思いつつもたまにこうして謝ってしまう。

「あぁ、それよりさ。お前昨日、墓参りだったの?」
「え……?」

 ドキリとした。一時の楽しさに忘れかけていたが、昨日、石富が女の人とデートしているところを見てしまったんだった。石富から話を持ち出してくるかもしれないとは思っていたが、まさか今だとは思わず、準備不足だった秋家の心臓は不意をつかれてドクドクと早鐘を打ち始める。

「あぁ……えと、うん、そう、お墓参り……」

 明らかに動揺しているようなどもった言葉に、秋家は内心でしまった、と呟いた。それでまたさらに動揺して、ドックンドックンと心臓が重く早く動く。ごほごほとごまかすように咳をして、俯いたまま石富の言葉を待った。

「そう、だよな……じゃあ、あの時は、帰りだったのか?」

 あの時、というのは、むろん秋家と目が合った時のことだろう。

「あ、うん……そう」

 こくん、と首を縦に振り、素直に肯定する。だがそのまま、剣二はデートだったの?と聞けるほどには、秋家の精神は強くない。聞きたくないけれど、石富が自分から彼女のことを言えば、つらくても聞かざるを得ない。

「俺のこと、気付いたよな?目、合ったもんな」
「うん……」
「一緒にいた女の子、見た?」
「……うん」

  やっぱり、と思った秋家は、俯いたままギュッと目を瞑った。石富は、“親友”である秋家に、彼女ができたことを話してくれるつもりなのだ。

 黒く染まる心を隠しつつ覚悟を決めた秋家だったが、続いた石富の言葉は、全くもって意外なものだった。

「あれさ、別れた嫁さんの、妹なんだよな」
「…………え?い、妹、さん……?」

 微塵も予想していなかった答えに、秋家は驚いて顔を上げ、きょとんとした表情で石富を見つめた。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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