2008.01/20(Sun)

君に初恋、桜色。4−2

chapter4−2

【More・・・】

 秋家は元々、心が丈夫な方ではない。プレッシャーには弱いし、誰かに何かを強く言われることも、言うことも苦手だ。他人の悪意にも敏感で、嫌われてると思うと普通に会話ができなくなる。

 そしてそういうストレスは、すぐに体に出てしまう。ついこの前久しぶりに起こった発作がいい例で、精神に強い衝撃や苦しみを受けると、心臓はドキドキして息が詰まり、手が細かく震えだす。ただ、パニック発作というほどひどいものでははない。

 日常生活に支障はないし、原因は石富のことだと自分でわかっているから、いつどこで発作が起こるかわからなくて不安だ、という危惧はない。

 発作が起こるのはいつも、石富が彼女と仲良さそうにしているところを見た、というような、視覚から捉えた直接的な情報によって、いろんな醜い感情が湧き出してきて抑えられなくなった時だ。だから要は、見ることさえなければ発作は起こらなくて、秋家はそれを高校生の時に気付き、だからそういう場面を見なくてすむよう努力していた。

 とにかく、精神があまり強くないのは昔から自覚していて、だから久家からの嫌がらせメールで病んだ心が、体に影響するのも当然だった。
 このところ秋家は、あまりよく眠れない。

「お前、最近変だな」

 夜の9時半過ぎ。閉店作業も全て終わり、アルバイトの子も帰って、自分達も帰ろうと裏口に向かっていた時だった。
 ふいにドアの手前で振り返った石富が、唐突にこう言った。

「そ、そう?」

 できるだけいつも通り振る舞っていたつもりだったが、石富は秋家がおかしいことに気がついたみたいだった。気付いてくれて嬉しいような、気付かないでいてほしかったような、複雑な気持ちだ。

「なんかよくぼんやりしてねぇか?心ここにあらずっていうか」
「そう、かな……」

 確かに最近はあまり眠れていないせいで、気付けばボーっとしていることが多い。久家からのメールをどうしたらいいだろうと、いつの間にか考えていたりする。2年前、松橋のことで悩んでいた時期も、ちょうどこんな感じだった。悩むとすぐに不眠症になって、寝不足とストレスで意識が散漫になる。

 でもだからといって、石富に話せる内容の悩みではないし、この前みたいに病気で心配してくれるのならいざ知らず、こんなことで心配させたくなんかない。だらしない自分が引き起こした、ある意味自業自得とも言えるこんなことで、石富を煩わせるなんてできない。

「別になんでもないんだけどね……今日はアーチとツリーの飾りつけで疲れたからかな」

 12月になり、毎年この時期になると、商店街のアーチ装飾とクリスマスツリーの設置が各店舗の人総出で行われる。会長であるプラモデル屋の主人の指示のもと、みんなで協力して商店街を賑わすために、アーチを飾り、大きくてきれいなクリスマスツリーを作り上げる。

 石富は店を空けられないため、毎年秋家が参加しているのだが、若い男連中はあれこれと使われることが多い。だからけっこう疲れるため、秋家はそれを言い訳にしてごまかした。

「あとは店をイルミネーションしなきゃね。あ、店の中のクリスマスツリーもそろそろ出さないと……」
「なお!」

 秋家の話を遮るようにピシリと名を呼ばれ、ビクッとして体が揺れた。普段アルバイトの子達がいる前では、石富は秋家のことを苗字で呼ぶ。2人でいる時は「おい」とか「お前」とかなので、昔のように「なお」と呼ばれることはほとんどない。だから名前を呼ばれると、すごくドキッとする。

 そのうえ、ごまかすようにしゃべりだした秋家を咎めるように、怒った声音で呼ばれてはなおさら、心臓のドキドキが止まらなくなった。

「ごまかすんじゃねーよ。なんかあったのか?」

 怒ったように、でも優しく聞いてくれる石富に、思わず助けを求めてしまいそうになる。ゲイだというのはバレてるんだし、言ってもいいような気もするけれど……でも話すとなると、こういうメールをされることになった経緯を、当然説明しなければならない。どこで知り合ったのか、体の関係の有無、付き合っている相手なのか、そうじゃないならなぜ……そういうことも話さないといけなくなる。

(無理だよ……そんなの言えない)

 一晩だけの相手を求めて2丁目に行っているなんて、ノーマルの石富には嫌悪を催す話だろう。秋家を傷つけまいとして顔には出さないだろうが、心ではそう思われている……そう考えるだけでゾッとした。

 そんなの嫌だ。絶対言えない。

 秋家は無理矢理笑顔を作って、心配そうに自分を見下ろしている石富にわざと明るい声で言った。

「大丈夫だよ、なんもないし。ホント、ただ疲れただけだから」

 普通に言えた、と思って石富を見ると、彼は苛立ったような表情をした後、フッと目を逸らして、少し哀しそうな顔をして横を向いた。

「……お前は、いつも何も言わない……いつもだ……」
「…………え?」

 切なげに呟かれた言葉に、秋家の心臓はどきりと震えた。どうして、そんな声で、そんなこと――

 だが石富はそのままこちらを見ずに、また明日な、と言い残して裏口から出て行った。

「剣二……」

 残された秋家は1人、ぽつりと呟き、石富が出て行った後のドアを見つめていた。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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