2008.01/28(Mon)

君に初恋、桜色。5−2

chapter5−2

【More・・・】

「なぁ、確か彼氏はいないんだったよな。じゃあさ、あんたの過去の恋愛話が聞きたいんだけど」

 久家はカクテルを飲みながら、視線をこちらに向けて言った。

「……過去の恋愛?」
「そう、恋バナってやつ」
「なんで、そんなこと……」
「聞きたいから。だってあんた絶対経験豊富だし、強烈な揉め事とかありそうだもん。そうゆうの聞きてぇの」
「………」

 悪趣味だな、と思った。人の恋愛話、しかも揉め事の話を聞きたいだなんて、どういう神経をしてるんだろう。仲の良い友達同士でなら、こういう話題も盛り上がるものだろうが、知り合って間もない相手に聞かせたい話ではない。

 会うのはまだ二度目で、一度寝た相手とはいえ、そこまで自分のことを話す必要はないと思う。久家が聞きたがっているような揉め話は、たくさん持っているけれど。

「話せるような話、ないよ……」

 久家の方は見ずに、前を向いたままボソッと呟いた。

「なにそれ。ずっと彼氏いないわけじゃねーだろ?どんくらいいないの?」
「………2年、くらい」

 松橋と別れてから、もうすぐ2年になる。その後は誰とも恋人関係になったことがないから、『彼氏』という存在は松橋が最後だった。むろん久家に松橋とのことを話すつもりはないが。

「へぇ、意外。2年もいないんだ。ひょっとしてその人のこと引きずってるとか?」

 久家は驚いたような様子で、興味深そうに訊ねてくる。まるで本当に友達かなにかの話を聞いているような、そんな普通の反応だった。

(なんなんだろう……)

 本当にただ、秋家とこういう話がしたかっただけなんだろうか。あんなメールを送ってくるのだから、秋家に執着しているか、いっそ悪意でもあるのかと思っていたけれど、今の久家からはそういうものを一切感じない。それが不思議でならない。

 淫乱呼ばわりされて恥をかかされて、当然腹は立っているのだが、そんなにかまえなくてもいいような気がしてきた。聞かれたことに適当に答えていれば、すぐに終わるかもしれない。

「……引きずってるわけじゃないよ」
「でも2年もいないんだろ?なんかあったからじゃないの?」

 少し、ギクッとした。何気に鋭い久家は、2年も彼氏がいないことにやたら食いついてきて、ずいぶんとしつこくそのことについて聞かれた。だが全ては答えず、別れる時に少しケンカしただけだ、とかなり省略して言っておいた。

 その他にも、今まで付き合った人の数だとか、初体験はいつだとか、本当に秋家ばかりが質問責めにされたが、言いたくないことには答えたくない、とはっきり告げて、教えても問題のなさそうなことだけ話した。

「……じゃあこれ最後の質問。今までで1番好きだったのって誰?」
「え、誰って……」

 一通り話を聞き終えた久家は、最後に妙な質問をしてきた。過去の恋人を横に並べて、その中から1番を選べと言っている。しかしこんなことを聞いても、その相手を知らない久家にはなんの面白味もないと思うのだが。

(ホント、わかんない人……)

 だがバカ正直に考えている自分も自分だ、と思いつつ、やっぱり松橋だろうか、と結論を出す。1番記憶に新しいせいもあるが、すぐに顔が浮かぶのは松橋だし、それにもし彼の性格が優しいままだったなら、今も付き合っている可能性だって無いとは云えない。あんなことになってしまったからどうしても悪いイメージが先行するが、付き合い初めの頃は本当に優しくてかっこいい人だった。

 だからそういう意味でなら、1番は松橋、になるのかもしれない。しかし心の底から好きになれた人がいないから、久家の聞きたい答えとは少し違うのかもしれないけれど。

「……2年前に別れた人、かな」
「ふーん?やっぱ未練あんじゃねーの」

 そうじゃないけど、と思ったが、さっきも似たようなやりとりをした気がするので、口には出さなかった。

「ふぁ〜……あー、じゃ、そろそろ帰る?俺も明日仕事だしさ。眠くなった」

 大きなあくびをした久家は、あっさりと帰ると言い出した。驚いた秋家は、パッと久家の方を向いた。彼は本当に眠そうに目をこすりながら、マスターにお勘定を頼んでいる。その姿に、秋家は色んな意味で驚いた。

(なんなの……?本当に話したかっただけ?しかも眠くなった、って子供じゃあるまいし……。それにこの容姿で仕事って、何やってるんだろう……)

 不思議だ。なんだかこんなに緊張感のない男からのメールに恐怖を覚えていたなんて、バカみたいに思えてくる。もしかしたらあのメールは、本当に久家にとってはなんでもない、単なる悪ふざけだったのだろうか。段々そんな気がしてきて、秋家は店を出る久家の後に続きながら、その背中に向かって声をかけた。

「ねぇ!」
「あ……?」

 あんだよ、と久家はだるそうに振り返る。

「あ、あの、ずっと送ってきてたメール。どうして、あんなひどいこと、書いてたの……?」

 少しだけ高い位置にある顔を見上げて訪ねると、久家はあぁ、と小さく呟き、ある意味予想通りの答えを返してくれた。

「あれね、別に内容に意味はねーけど。電話出ねぇしメールの返事もねぇし、じゃあ返事したくなるようなこと書けばいいかって、そんなもん」
「そう、か……」

 認識の違い、価値観の違い。確かに秋家と久家とでは、年も違えば性格も生活環境も周りの人間も、全てが違っているだろう。だがここまでかけ離れているとは、なんだかショックでもあった。

 まるで、子供のいじめのようだなと思う。秋家にとっては不眠症になるくらいのダメージだったのに、久家にとっては悪戯の範囲だったのだ。こうも意識の違いがあっては、たとえ秋家がメールのことでこの男を責めたとしても、そんなことかよ、程度でいなされてしまうだろう。

(バカみたい……)

 キュッと下唇を噛んで、秋家は悔しいと思った。あんなに悩んだのに、怖かったのに。
 だが理由がわかって、もう今日からは怯えなくてすむのだから来てよかった、無理矢理そう思うことにして、我慢しよう、と秋家は責めたい気持ちをグッと堪える。

「あの、じゃあもう、メールはやめてね」
「そうだなぁ……毎日はやめるよ、めんどくせぇし。でもたまに入れるから。返事、忘れないようにね。じゃあ俺帰るわ。あんたも気ぃつけて、そんじゃ」

 おやすみ、と手を振りながらあっさり帰る久家に、秋家は呆気に取られた。

(どうして……?)

 どう見ても、秋家のことが好きだとは思えない。それなのになぜ、こんなにしつこくされなければならないのだろう。久家の強引さが松橋と似てると思っていたが、なんだか少し違う気がしてきた。

 松橋は、本当に秋家のことが好きだった。だからどんなにひどくされても、それが強引さの裏に見えていたから、秋家も強く拒否できずに流されていたところがある。秋家への強すぎる好意故に暴走しているところがあって、あれが隠された本性であっても、普段はあんな性格ではなかった。

 だが久家の場合は、元々ああいう性格なんじゃないだろうか。秋家のことを気に入って、だから執着されているのかと思っていたが、今日の様子からしてそれはほぼ皆無のような気がする。

(だから、だったらなんでだよう……)

 わからない。

「はぁ……」

 秋家は大きくため息をつくと、とにかく帰ろうと歩き出した。駅まで向かう途中で、おごってもらったお礼を言っていないことを思い出し、メールしようかどうか悩んだが、こんどは自分が出せばいいか、とメールするのはやめた。どうせまた会わなければいけないのだから。

 だが確かに久家の考えは不明だが、少なくとも嫌がらせはもうされないと思うと、それだけでも多少気は楽になった。もちろん問題はこれだけではないから、秋家の不眠症が解消されることはまだ先かもしれないが。

 秋家は電車に揺られながら、窓の外を眺めた。そしてここ数日ずっと考えていたことを、もう一度よく考えてみる。

(大丈夫?本当に言ってしまって、大丈夫なのかな……)

 石富にあんな顔をさせてしまったことが申し訳なくて、石富に避けられていることがつら過ぎて。だからもう、全てを話してしまおうかと思っている。

 もちろん『全て』というからには、秋家の恋心についても隠さず話すつもりだ。そして、ちゃんと謝って、許してもらう。気持ちに答えてほしいなどと思っていないから、せめて気持ち悪くなければ、このまま一緒に仕事を続けてほしい、そうお願いする。
 きっと石富なら、それでもいいと言ってくれると、そう信じるしかない。

(でももし辞めたいって言われたら、それはしょうがないよね…)

 場合によっては、秋家が辞めてもいいと思っている。ウィンド・ベルに大事なのは、明らかに秋家より石富の方なのだから。

(西澤さんも、石富なら店任せられるだろうし……)

 悪いようにばかり考えていると涙が出そうになるが、石富に告白するということはそれくらいのリスクは覚悟しておかなくてはならない。

 石富にいろんなことを隠したまま今の状態を維持するか、何もかもを壊す覚悟で全てを打ち明けるか。

 今までは怖くて、それができなかった。すっと守ってきたものが壊れてしまって、その後のことが想像できなくて、ただ恐ろしかった。でもこのまま隠していても、秋家はいつか壊れてしまうかもしれない。
 それならば、いっそ。

(剣二、なんて言うかな……)

 親友に告白をされた石富は、どんな反応をするだろう。
 その姿を色々想像し、秋家は面白くなり、そして、泣きたくなった。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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