2008.02/01(Fri)
君に初恋、桜色。6−2
chapter6−2
「おつかれ、えっちゃん。おやすみ」
「おつかれ。気ぃつけてな」
大きな声で挨拶をし、裏口から出て行くえつみに、秋家と石富はそれぞれいらえを返す。えつみがぴしゃりとドアを閉めて出て行った後、秋家の心臓は急速にドクドクと脈打ち始めた。2人きりになって、いよいよだ、と緊張感がどこまでも膨れ上がる。
この期に及んで、まだどこかに迷っている自分がいて、何から話せばいいのか考えがまとまらない。ドキドキし過ぎて、胸が裂けてしまいそうだと思った。
「なお」
ビクッと体が揺れる。石富は仕事着のままカウンターまで来て、まだごそごそとテーブルクロスをたたんでいる秋家の名を呼んだ。
「う、うん……もう終わるから」
しゃべると緊張で喉の奥が引き攣りそうになる。早く終わらせなきゃ、と急ぐが、石富はそれを待たずになぜか秋家に謝ってきた。
「……ごめんな」
「え……?」
秋家は驚いて横を向く。石富は腕を組んで立っていて、とても真剣な顔で秋家を見つめていた。何に謝っているのかわかりかね、きょとんとした顔で見つめ返すと、石富はばつが悪そうに視線を逸らした。
「いや……なんかよ、お前だけ悪いみたいな言い方しちまっただろ?いっつもなんも言わねぇ、とか……。俺だってお前に言ってねぇことあるのによ、自分のこと棚上げして、てめぇ勝手なこと言った……だから、ごめんな」
秋家はびっくりして目を丸くした。そんなこと、石富が謝ることじゃないのに。
結婚のことや離婚のこと、確かに石富に聞いてない話はたくさんあるけれど、それはそもそも秋家が何も言わないで逃げたことが原因なのだと思う。秋家が言わないから石富も言わなかった、ただそれだけのことで、なにも石富が悪いわけではない。
「そんな……最初に嘘ついたの、俺なんだよ?剣二は、俺がなんも言わないから自分も話さなかったんでしょ?だから悪くないよ」
気にしないで、と言うと、石富は一度秋家を見て、それから、まだ少し何か言いたそうな寂しげな目をしてから、結局何も言わず、もう一度「悪かった」とだけ呟いた。
(どうしたんだろう……)
いつもと少し様子の違う石富に戸惑いながらも、秋家はクロスを全部たたみ終えると、戸棚の中にそれをしまった。石富がそれを見て、親指でカウンター席を差したので、秋家は石富の隣の椅子に並んで腰を下ろす。
時間にして十数秒ほど沈黙状態が続いた後、石富が、彼らしからぬ弱い声音でゆっくりと話し始めた。
「……お前がさ、言いたくないことなら、本当はそっとしておいてやりたいんだ。昔から、そう思ってた。でも、大人気ねぇとは思うんだけど、やっぱり気になる。だからお前が話してくれなくて、ついあんなこと言っちまった……でもホントに、言いたくねぇなら無理に話さなくていいんだぜ?」
そう言って、石富はこちらを見た。その視線に、弱々しい声色に、秋家は切なくなって、そして石富がずっとそのことを気にしていたのだと知った。今日秋家が必死に話を聞いてほしい、などと言ったものだから、自分のせいではないかと自責したのだろう。
そう思うと秋家は苦しくなって、じっと見つめてくる視線を受け止めきれなくなった。静かに目を逸らし前を向き、ドキドキしながら落ち着こう、落ち着こう、と何度も自分に言い聞かせる。
「無理なんかじゃないよ。本当はもっと、早く言っとくべきだったんだ……話、聞いてくれるよね?」
横目で石富を見ると、少し戸惑いながらも彼は黙って頷いた。
「……高校の時、誰か付き合ってるやついるのか、とか聞かれても、俺いつも嘘ついてたでしょ?剣二、たぶんそれ気付いてたよね」
「……なんとなくな。でもそれはあれだろ。ちゃんと理由があったんじゃないか。それは言えなくて当然だから、責める気はねぇよ。むしろ俺の方が無神経だった」
すまん、とまた謝られて、自分が謝って許してもらうために話しているのに、これでは逆ではないかと思った。秋家は自分が悪いと思い苦しんできたが、石富もまた、自分が悪かったのだと悩んでくれていたのかと思うと、胸が熱くなってくる。
それは嬉しいことだけれど、同時に、ひどく申し訳ない。
「謝らないで……知らなかったんだから、当然のことだよ。まさか、男なのに、その……男、が好きなんて、思わないでしょ。自分の身近に、そういう人種いるとか……普通は考えないもんね」
ゲイだとかホモだとか、そういう直接的な言葉を出すことに、なぜか躊躇した。石富に、その手のストレートな単語を自分の声で聞かれたくないと本能的に思い、つい余計な言い回しが多くなってしまった。
「と、とにかく、そういう恋愛の話になった時、いっぱい嘘ついたし、逃げたりしてた。ごめんなさい」
俯くようにして頭を下げ、ちらりと石富の様子を見てみたが、表情を見ることはできなかった。
「……いーよ……俺も悪かった」
ただ低い声で、また謝られた。だから秋家は、そんなことない、と首を横に振って石富の非を否定し、次に話すことを頭の中で考えた。
(高校出てからのこと……)
おそらく石富も、1番知りたいことだろうと思う。嘘をついてまで、秋家が消えた理由を。
「剣二、それでね……」
意を決して、秋家が口を開いたその時。
ブブブブ……と、ズボンの尻ポケットに入れていた携帯電話が振動した。バイブにしてあったそれは、BGMを消している静かな店内に意外と大きく響き、石富も当然その音に気が付く。
「携帯?お前のか?」
「う、うん、ごめん……」
慌ててポケットから出してディスプレイを見た秋家は、一瞬顔が引き攣った。どうしてこんな時に、と舌打ちをしたくなるようなタイミングの悪さで電話をしてきたのは、あれから音沙汰のなかった久家だった。
(最悪……!)
石富のいる時に、まるで図ったような間の悪さだ。ディスプレイを見つめたまま固まっていると、何かを察知した石富がぼそりと呟く。
「出れないような、電話とか?」
「え、と……そうじゃ、ないけど……」
どこまでしつこいのか、久家はなかなかコールを止めない。早く切れろと思っていたが、以前家に行くと言っていたことを思い出し、ひょっとして出なかったら来るかもしれないと思うと急に怖くなり、秋家は慌てて通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『おっせーよ!まぁ、出なかったら家まで行くつもりだったんだけどね』
(やっぱり……!)
秋家は、絶望感にも似た悔しさに目を閉じ、キュッと唇を噛んだ。
だがその横顔を、石富が睨むように見つめていた事など、秋家は全く気がついてはいなかった。
【More・・・】
「おつかれさまでーす。おやすみなさーい!」「おつかれ、えっちゃん。おやすみ」
「おつかれ。気ぃつけてな」
大きな声で挨拶をし、裏口から出て行くえつみに、秋家と石富はそれぞれいらえを返す。えつみがぴしゃりとドアを閉めて出て行った後、秋家の心臓は急速にドクドクと脈打ち始めた。2人きりになって、いよいよだ、と緊張感がどこまでも膨れ上がる。
この期に及んで、まだどこかに迷っている自分がいて、何から話せばいいのか考えがまとまらない。ドキドキし過ぎて、胸が裂けてしまいそうだと思った。
「なお」
ビクッと体が揺れる。石富は仕事着のままカウンターまで来て、まだごそごそとテーブルクロスをたたんでいる秋家の名を呼んだ。
「う、うん……もう終わるから」
しゃべると緊張で喉の奥が引き攣りそうになる。早く終わらせなきゃ、と急ぐが、石富はそれを待たずになぜか秋家に謝ってきた。
「……ごめんな」
「え……?」
秋家は驚いて横を向く。石富は腕を組んで立っていて、とても真剣な顔で秋家を見つめていた。何に謝っているのかわかりかね、きょとんとした顔で見つめ返すと、石富はばつが悪そうに視線を逸らした。
「いや……なんかよ、お前だけ悪いみたいな言い方しちまっただろ?いっつもなんも言わねぇ、とか……。俺だってお前に言ってねぇことあるのによ、自分のこと棚上げして、てめぇ勝手なこと言った……だから、ごめんな」
秋家はびっくりして目を丸くした。そんなこと、石富が謝ることじゃないのに。
結婚のことや離婚のこと、確かに石富に聞いてない話はたくさんあるけれど、それはそもそも秋家が何も言わないで逃げたことが原因なのだと思う。秋家が言わないから石富も言わなかった、ただそれだけのことで、なにも石富が悪いわけではない。
「そんな……最初に嘘ついたの、俺なんだよ?剣二は、俺がなんも言わないから自分も話さなかったんでしょ?だから悪くないよ」
気にしないで、と言うと、石富は一度秋家を見て、それから、まだ少し何か言いたそうな寂しげな目をしてから、結局何も言わず、もう一度「悪かった」とだけ呟いた。
(どうしたんだろう……)
いつもと少し様子の違う石富に戸惑いながらも、秋家はクロスを全部たたみ終えると、戸棚の中にそれをしまった。石富がそれを見て、親指でカウンター席を差したので、秋家は石富の隣の椅子に並んで腰を下ろす。
時間にして十数秒ほど沈黙状態が続いた後、石富が、彼らしからぬ弱い声音でゆっくりと話し始めた。
「……お前がさ、言いたくないことなら、本当はそっとしておいてやりたいんだ。昔から、そう思ってた。でも、大人気ねぇとは思うんだけど、やっぱり気になる。だからお前が話してくれなくて、ついあんなこと言っちまった……でもホントに、言いたくねぇなら無理に話さなくていいんだぜ?」
そう言って、石富はこちらを見た。その視線に、弱々しい声色に、秋家は切なくなって、そして石富がずっとそのことを気にしていたのだと知った。今日秋家が必死に話を聞いてほしい、などと言ったものだから、自分のせいではないかと自責したのだろう。
そう思うと秋家は苦しくなって、じっと見つめてくる視線を受け止めきれなくなった。静かに目を逸らし前を向き、ドキドキしながら落ち着こう、落ち着こう、と何度も自分に言い聞かせる。
「無理なんかじゃないよ。本当はもっと、早く言っとくべきだったんだ……話、聞いてくれるよね?」
横目で石富を見ると、少し戸惑いながらも彼は黙って頷いた。
「……高校の時、誰か付き合ってるやついるのか、とか聞かれても、俺いつも嘘ついてたでしょ?剣二、たぶんそれ気付いてたよね」
「……なんとなくな。でもそれはあれだろ。ちゃんと理由があったんじゃないか。それは言えなくて当然だから、責める気はねぇよ。むしろ俺の方が無神経だった」
すまん、とまた謝られて、自分が謝って許してもらうために話しているのに、これでは逆ではないかと思った。秋家は自分が悪いと思い苦しんできたが、石富もまた、自分が悪かったのだと悩んでくれていたのかと思うと、胸が熱くなってくる。
それは嬉しいことだけれど、同時に、ひどく申し訳ない。
「謝らないで……知らなかったんだから、当然のことだよ。まさか、男なのに、その……男、が好きなんて、思わないでしょ。自分の身近に、そういう人種いるとか……普通は考えないもんね」
ゲイだとかホモだとか、そういう直接的な言葉を出すことに、なぜか躊躇した。石富に、その手のストレートな単語を自分の声で聞かれたくないと本能的に思い、つい余計な言い回しが多くなってしまった。
「と、とにかく、そういう恋愛の話になった時、いっぱい嘘ついたし、逃げたりしてた。ごめんなさい」
俯くようにして頭を下げ、ちらりと石富の様子を見てみたが、表情を見ることはできなかった。
「……いーよ……俺も悪かった」
ただ低い声で、また謝られた。だから秋家は、そんなことない、と首を横に振って石富の非を否定し、次に話すことを頭の中で考えた。
(高校出てからのこと……)
おそらく石富も、1番知りたいことだろうと思う。嘘をついてまで、秋家が消えた理由を。
「剣二、それでね……」
意を決して、秋家が口を開いたその時。
ブブブブ……と、ズボンの尻ポケットに入れていた携帯電話が振動した。バイブにしてあったそれは、BGMを消している静かな店内に意外と大きく響き、石富も当然その音に気が付く。
「携帯?お前のか?」
「う、うん、ごめん……」
慌ててポケットから出してディスプレイを見た秋家は、一瞬顔が引き攣った。どうしてこんな時に、と舌打ちをしたくなるようなタイミングの悪さで電話をしてきたのは、あれから音沙汰のなかった久家だった。
(最悪……!)
石富のいる時に、まるで図ったような間の悪さだ。ディスプレイを見つめたまま固まっていると、何かを察知した石富がぼそりと呟く。
「出れないような、電話とか?」
「え、と……そうじゃ、ないけど……」
どこまでしつこいのか、久家はなかなかコールを止めない。早く切れろと思っていたが、以前家に行くと言っていたことを思い出し、ひょっとして出なかったら来るかもしれないと思うと急に怖くなり、秋家は慌てて通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『おっせーよ!まぁ、出なかったら家まで行くつもりだったんだけどね』
(やっぱり……!)
秋家は、絶望感にも似た悔しさに目を閉じ、キュッと唇を噛んだ。
だがその横顔を、石富が睨むように見つめていた事など、秋家は全く気がついてはいなかった。
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