2008.02/03(Sun)
君に初恋、桜色。6−3
chapter6−3
とにかく早く電話が切りたくて、無駄かなとは思いつつ忙しいと伝えてみる。焦って出てしまったのはいいが、石富に不審がられないよう、言葉を選びながら話さなければいけないので、異様にビクビクしてしまう。
気のせいか、石富がいる方の腕がなんだか、ぴりぴりしているようでとても落ち着かなかった。
『なんか用って、あんたバカかよ。仕事終わったんだろ?出て来いっつってんの』
さも当然のように言い切る久家に、秋家は怒りも通り越し、もはや呆れるしかない。言葉が通じないわけでもないだろうに、どうしてこうも勝手なんだろう。だが、それでも。
「忙しいって、言ったじゃないか……」
『は?じゃあ、俺がそっち行ってもいいけど?』
「……っ…」
弱みとまで言えるかどうかはわからないが、秋家はこれを言われると、どうにも従わざる得なくなるような焦燥感に駆られてしまう。家に行く、その言葉に、それだけはやめてほしいと反射的に思う。
本当に久家がこの場所を知っているかは疑問だが、もし知っていたら――そう思うとむやみにすげなくすることもできなかった。
「家に来るのは、やめて……でも今日は、本当にダメなんだ」
『へぇ〜?そんなに忙しいんなら、手伝いにでも行ってやろうか』
秋家が断る口実に嘘を言ってると思っているのだろう。バカにするみたいにくすくす笑いながら、久家はからかう口調で言った。
「だから、来ないでって言って……」
そこまで言った時、左手に持っていた携帯電話が手の中から抜き取られた。驚いて横を向くと、電話を取ったのはむろん石富で、秋家の携帯を耳に当てて何やら無言でじっとしている。
「あの、剣二……?」
呼びかけには返事をせず、しばらく黙って電話の向こうの声を聞いた後、石富は秋家に断りもなく勝手に電話を切った。
「あ……」
久家にしてみたら、秋家が勝手に切ったと思うだろう。怒らせてしまったんじゃないだろうかと思い、この後の久家の行動を考えると、少々でなくゾッとした。
「……会いに行きたかったのか?」
「え……」
急に石富に言われ、そんなわけはないと首を横に振る。
「お前の様子がおかしかったのって、こいつのせいか?もしかしてあいつじゃないかと思ったけど……違ったんだな」
「あいつ……?」
「2年くらい前か……ここに押し掛けて来たヤツいただろ」
「あ……うん、そう、あの人じゃない……」
石富はまだ秋家が松橋にしつこくされているのかと思ったらしい。さっき黙って相手の声を聞いていたのは、それを確かめるためだったのだろうか。
「名前、さっきのヤツ、なんていうんだ?」
「え……あ、ひ、久家くん……」
「……付き合ってるのか?」
「違う……けど」
付き合ってはいない、けれど、一度関係を持った、とてもこんなことまで言えるはずもなく、秋家は言葉を濁して俯いた。
「……詳しいことは後で聞くよ。とりあえず、ここには居ない方がいいな……俺んち、行こう」
「え……!?」
驚いて顔を上げると、石富はなんだか機嫌が悪そうな表情でサッと立ち上がった。
「他に行くとこあるのか?」
「ない、けど……」
着替えてくる、と控え室に向かう石富の背中を見つめながら、予想外過ぎる展開についていけず、思考がもつれてしまいそうだった。
それにさっき、石富はなんでもないことのように「俺んち行こう」などと言ったが、秋家はこれまで一度も石富の家に行ったことなどないのだ。たまにプライベートで会う時はいつも外だったし、近くにアパートを借りているとは聞いていたけれど、行ったこともなければ見たこともなかった。それが急に行くことになるなんて、誰が予想できるものか。
謝って、許してもらって、好きだという気持ちを伝えて。それでも一緒に仕事を続けてくれたら嬉しいと言うつもりだったのに、この様子だと石富の家に行けばまず、久家のことを話さなければならないだろう。
だらしない性生活を知られることは、ある意味告白する以上に恥ずかしい。一晩限りだと思った相手に付きまとわれているなんて、とてもじゃないが同情を得られるような話ではないと思う。
ましてその後に告白するだなんて、無謀としか云いようがない。己の評価を下げる話をした後に、果たして好きだと言うことができるのか。
(なんでこんなことになっちゃったんだ……)
もそもそとエプロンをはずし、石富がいるはずの控え室に向かう。石富はすでに着替え終わっていて、早くしろ、と軽く睨まれた。
迷惑をかけないように、と思っていたのに、結局こうして石富を煩わせてしまっている。松橋の時もそうだったけど、知られたくないと思う自分の思いとは裏腹に、どうやっても嫌な方向にばかり転がっている気がする。
ロッカーからコートを取り出しそれを羽織ると、石富の後に続いて裏口から外に出た。鍵を閉めてから、歩きだした石富の後ろをついて行く。
コンパスが違うから、秋家はどうしても小走りになってしまうのだが、石富は振り返りもせずにさくさく歩く。やっぱり、懲りない秋家のだらしなさに機嫌を悪くしているのかもしれない。
初めて好きな人の家に行けるというのに、踏み出す足がアスファルトに埋まりそうなほど、秋家の気持ちは重く、沈んでしまっていた。
【More・・・】
「あの、何か用……?今、忙しいんだけど……」とにかく早く電話が切りたくて、無駄かなとは思いつつ忙しいと伝えてみる。焦って出てしまったのはいいが、石富に不審がられないよう、言葉を選びながら話さなければいけないので、異様にビクビクしてしまう。
気のせいか、石富がいる方の腕がなんだか、ぴりぴりしているようでとても落ち着かなかった。
『なんか用って、あんたバカかよ。仕事終わったんだろ?出て来いっつってんの』
さも当然のように言い切る久家に、秋家は怒りも通り越し、もはや呆れるしかない。言葉が通じないわけでもないだろうに、どうしてこうも勝手なんだろう。だが、それでも。
「忙しいって、言ったじゃないか……」
『は?じゃあ、俺がそっち行ってもいいけど?』
「……っ…」
弱みとまで言えるかどうかはわからないが、秋家はこれを言われると、どうにも従わざる得なくなるような焦燥感に駆られてしまう。家に行く、その言葉に、それだけはやめてほしいと反射的に思う。
本当に久家がこの場所を知っているかは疑問だが、もし知っていたら――そう思うとむやみにすげなくすることもできなかった。
「家に来るのは、やめて……でも今日は、本当にダメなんだ」
『へぇ〜?そんなに忙しいんなら、手伝いにでも行ってやろうか』
秋家が断る口実に嘘を言ってると思っているのだろう。バカにするみたいにくすくす笑いながら、久家はからかう口調で言った。
「だから、来ないでって言って……」
そこまで言った時、左手に持っていた携帯電話が手の中から抜き取られた。驚いて横を向くと、電話を取ったのはむろん石富で、秋家の携帯を耳に当てて何やら無言でじっとしている。
「あの、剣二……?」
呼びかけには返事をせず、しばらく黙って電話の向こうの声を聞いた後、石富は秋家に断りもなく勝手に電話を切った。
「あ……」
久家にしてみたら、秋家が勝手に切ったと思うだろう。怒らせてしまったんじゃないだろうかと思い、この後の久家の行動を考えると、少々でなくゾッとした。
「……会いに行きたかったのか?」
「え……」
急に石富に言われ、そんなわけはないと首を横に振る。
「お前の様子がおかしかったのって、こいつのせいか?もしかしてあいつじゃないかと思ったけど……違ったんだな」
「あいつ……?」
「2年くらい前か……ここに押し掛けて来たヤツいただろ」
「あ……うん、そう、あの人じゃない……」
石富はまだ秋家が松橋にしつこくされているのかと思ったらしい。さっき黙って相手の声を聞いていたのは、それを確かめるためだったのだろうか。
「名前、さっきのヤツ、なんていうんだ?」
「え……あ、ひ、久家くん……」
「……付き合ってるのか?」
「違う……けど」
付き合ってはいない、けれど、一度関係を持った、とてもこんなことまで言えるはずもなく、秋家は言葉を濁して俯いた。
「……詳しいことは後で聞くよ。とりあえず、ここには居ない方がいいな……俺んち、行こう」
「え……!?」
驚いて顔を上げると、石富はなんだか機嫌が悪そうな表情でサッと立ち上がった。
「他に行くとこあるのか?」
「ない、けど……」
着替えてくる、と控え室に向かう石富の背中を見つめながら、予想外過ぎる展開についていけず、思考がもつれてしまいそうだった。
それにさっき、石富はなんでもないことのように「俺んち行こう」などと言ったが、秋家はこれまで一度も石富の家に行ったことなどないのだ。たまにプライベートで会う時はいつも外だったし、近くにアパートを借りているとは聞いていたけれど、行ったこともなければ見たこともなかった。それが急に行くことになるなんて、誰が予想できるものか。
謝って、許してもらって、好きだという気持ちを伝えて。それでも一緒に仕事を続けてくれたら嬉しいと言うつもりだったのに、この様子だと石富の家に行けばまず、久家のことを話さなければならないだろう。
だらしない性生活を知られることは、ある意味告白する以上に恥ずかしい。一晩限りだと思った相手に付きまとわれているなんて、とてもじゃないが同情を得られるような話ではないと思う。
ましてその後に告白するだなんて、無謀としか云いようがない。己の評価を下げる話をした後に、果たして好きだと言うことができるのか。
(なんでこんなことになっちゃったんだ……)
もそもそとエプロンをはずし、石富がいるはずの控え室に向かう。石富はすでに着替え終わっていて、早くしろ、と軽く睨まれた。
迷惑をかけないように、と思っていたのに、結局こうして石富を煩わせてしまっている。松橋の時もそうだったけど、知られたくないと思う自分の思いとは裏腹に、どうやっても嫌な方向にばかり転がっている気がする。
ロッカーからコートを取り出しそれを羽織ると、石富の後に続いて裏口から外に出た。鍵を閉めてから、歩きだした石富の後ろをついて行く。
コンパスが違うから、秋家はどうしても小走りになってしまうのだが、石富は振り返りもせずにさくさく歩く。やっぱり、懲りない秋家のだらしなさに機嫌を悪くしているのかもしれない。
初めて好きな人の家に行けるというのに、踏み出す足がアスファルトに埋まりそうなほど、秋家の気持ちは重く、沈んでしまっていた。
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