2008.02/12(Tue)

君に初恋、桜色。7−1

chapter7−1

【More・・・】

「ありがとう、また明日ね」
「ああ、気をつけとけよ」
「うん、わかった」
「それじゃな」

 石富は軽く手を上げると、静かに車を発進させた。
 その黒いSUVに手を振ってから、秋家は裏道を通って、今日は定休日のウィンド・ベルの外階段を上がり自宅に戻った。そしてリビングのソファに腰を下ろすと、はぁ、と息を吐きながらそのままごろんと横になる。

(剣二の家、泊まっちゃったよ……)

 昨夜あの後。
 久美子を送ると言って出て行った石富は、10分くらいしてから部屋に戻ってきた。戻ってきてすぐに、腹が減ったな、と言ってパスタを作ってくれたのだが、2人でそれを食べている間、石富は何かを考えているかのようにずっとぼんやりしていた。

 久美子のことか、美奈子のことか、もしくは他のことなのか。
 石富の思考を占めているものの正体はわからなかったが、とても自分の話ができる雰囲気ではなく……つまり、結局昨夜は、告白はおろか高校卒業後のことの謝罪すらできなかった。だがそもそも、久美子に離婚の経緯を聞かされた時点で、告白していいものなのかどうか迷ってしまい、さらに、石富は久美子の結婚のことや美奈子のことを知らされて、胸中平静ではなかったはずだった。

 とてもじゃないが、まだその上に親友からの告白などという、超重量級の負担をかけてしまうのは、ひどく躊躇われた。石富も、もう最初のように秋家と『話す』という気は無くなっていたんじゃないかと思う。だから当然、久美子に離婚の原因を聞いたことも言っていないので、石富は秋家がそれを知っていることを、知らないままだ。

(謝ってすむ問題じゃないけど……奥さんに聞いたこと、言った方がいいのかな……なんか、告白するつもりだったのに、なんでこうなっちゃったんだろう……神様に、ジャマでもされてるみたい……)

 店での話の途中でかかってきた久家からの電話といい、避難した石富の家に突然訪問してきた久美子といい、タイミングが良すぎるというか悪すぎるというか。神様が見ていて、秋家が告白することを邪魔しているようにすら思えてくる。お前に告白する資格なんかない、そう、咎められているような。

(こういう運命、なんて思うのは、大袈裟すぎかな……)

 ただ好きなだけなのに、どうしてこう、他に悩まされるようなことばかり起きるのか。

 昨夜、遅い夕食が終わってから、今日はもう遅いからと家に帰ろうとした秋家を、石富は危ないから泊まって行けと引き止めた。石富は、秋家がストーカー行為をされてるんじゃないかと心配してくれているようで、家に来てたらどうするんだ、と怒った顔で言われた。

 正確に言えば、秋家に好意も、異常と云える程の執着心も持っていない久家は、ストーカーというのとは少し違う。でも、行動の不可解さやしつこさは似たようなものだし、それに、好意を持たれてないのなら、なぜしつこくされているのかと聞かれたら、秋家には答えられない。むしろ自分こそがそれを知りたいくらいなので、その説明に困ると思いあえて否定はしなかった。

 それで結局、石富の厚意に甘えて泊まらせてもらうことになり、しかも俺はこたつで寝るからベッドを使え、と半ば無理矢理ベッドを使わされた。ただでさえ不眠症の秋家が、石富の匂いに包まれる布団で落ち着けるはずもなく、緊張してドキドキして、石富の寝息や寝返りをうつ微かな音にすら心臓を跳ねさせていたものだから、朝方になって少し眠れただけだった。

 それで、9時半頃に起こされて遅い朝食を取った後、石富が用事があるから出掛けると言うので、そのついでにこうして家まで送ってくれた、というわけだった。

 石富は車の中で、久家から電話があっても出るな、メールは無視しろ、誰か家に来たらよく確認しろと、やっぱり過剰なくらい心配してくれて、なんだかとてもくすぐったいような恥ずかしいような、おかしな気分になった。

 石富が心配してくれるのは素直に嬉しい。だが、電話やメールを無視し続けること自体は簡単だけど、このままではずっと気が落ち着かない。家に来られるかもしれない、と怯えながら暮らしていかなければならないのは、かなりきつい。

(どうすれば、いいのかな……)

 はっきり目的がわからないから、対応に困る。松橋のように好意で執着されているわけではないし、家に来られたくなければ出て来い、と言って会うことを望みはするものの、体の要求もなければ恐喝めいたことをするわけでもない。
 となると、他に何か理由があると思うのだけど、それが全くわからない。

「ふぁ……」

 じっと考えていたら、あくびが出た。昨夜あまり眠れなかったから、やはり少し眠いようだ。考えなければならないことはたくさんあるのに、夜眠れない体には明るい時間に睡魔がやってきてしまう。

(だめ、眠い……)

 目を覚まそうと、秋家は風呂に入った。
 昨夜、石富の家で入るよう勧められたのだが、着替えもなかったし、何よりすごく恥ずかしかったので、明日帰って入るから、と断った。男のくせにこんなことで恥ずかしがるのは気持ち悪い、と自分でも思うが、家に行ったのも初めてなのに、風呂まで借りるのは心臓が耐えられなかった。

 熱めのシャワーをあびて幾分眠気も吹き飛び、買ったまま放置していた推理小説を読み始めた秋家だったが、数時間経つとまた眠くなってきた。今寝ると夜に余計眠れないと思い、体でも動かそうかと店の掃除を思いついた。

 普段から清掃は日常的にやってはいるが、さすがに細かいところまでは手が回らない。ちょうど12月だし、毎年恒例の大掃除前に少し自分でやっておこうと、秋家はジャージに着替えて1階の店舗に下りた。

 夕方になり薄暗くなっていたので、一部だけ店内の灯りをつけ、まず事務室の掃除から始めた。散らかっているわけではないが、どうしても埃は出てしまう。本棚の中身を少しずつ出しながら、ハンドクリーナーで埃を吸い、そこを雑巾できれいに拭く。しばらくその作業をしていたら、店のドアがコンコンとノックされる音が聞こえた。

 まさか久家だろうかと警戒して、ブラインドの隙間から外を窺い見ると、知らない女の人がドアの前に立っていた。久家じゃなかったことに安心し、何か用事だろうかとドアの鍵を開けて、外に立っていた女の人に話しかけた。

「あの、今日は定休日なんですが、なにかご用ですか?」

 穏やかに聞く秋家に、女性は一瞬ビックリしたような顔をしたが、すぐに、なにか含みのありそうな笑顔になる。

「すみません、お休みなのに。それと、用事があるのは私じゃなくて……」

 そう言いながら、なにやら楽しそうな笑みを浮かべる彼女を不思議に思って見ていると、視界の端に人の影が写った。ふっとそちらに顔を上げた秋家は、顔が引き攣りそうなくらい驚き、声が出なくなった。

「残念。用事あるの、俺なんだよね」

 その彼女の横から現れたのは、恐ろしく冷たい笑顔を浮かべた、久家だった。

テーマ : 自作BL連載小説 - ジャンル : 小説・文学

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